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三章 二幕:呪いと時の神の翼
三章 二幕 4話-1 △
しおりを挟む王宮の第三層、迎賓区にある小ホール。出席者が五十名程度の夜会やパーティーを開催する時に使用されるホールだ。
小さいとは言え、王宮の一角。白亜の壁に、ベルベッドのカーテン、クリスタルのシャンデリアや、天井を彩る天地創造を模した絵画は、賓客を呼ぶにも相応しい品位を保っている。
本来であれば今夜、聖女一行の歓迎舞踏会を開く予定だった。だが、ルヴィウスが傷つけられ、呪いに掛けられた。これは明らかな敵対行為だ。
舞踏会は取りやめとなり、昨日のやり取りを見ていた貴族らからも噂が広まったため、聖女一行はもはや歓迎すべき賓客ではなくなった。
「殿下、この度のお力添え、深く御礼申し上げます」
白い聖騎士の騎士服を身にまとったアルフレドが、黒い騎士服を着たレオンハルトに頭を下げる。
レオンハルトは扉を見据えたまま、「顔を上げてください」と返した。彼の傍にいたガイルが、少し動揺している。レオンハルトがここまで感情のない声を発するのは、仕えて以来はじめてだった。
顔を上げたアルフレドは、レオンハルトの表情を伺った。彼の表情からは、感情が読み取れない。
一見冷静に見えるが、限界まで自分を押し殺しているのだろう。そうしなければ手あたり次第に誰かを傷つけるかもしれない。それくらい、レオンハルトは追い詰められている。
アルフレドはどう声を掛けるべきか、悩んだ。
アルフレドが王国へやって来たのは、今朝のことだった。
予定通り、レオンハルトが設置した転移陣を使って、王国側の魔法使いの補助を受け、第一聖騎士団を引き連れて来た。
目的は、百々華を連れ帰るだめだ。彼女をエスタシオから引き離すことが出来たおかげで、帰還用の召喚陣の準備が整った。あとは本人が帰る意志を示すだけだ。それも問題なく引き出すことが出来るだろう。
「殿下」
アルフレドは届かないと分かりつつも、レオンハルトに声を掛けた。
レオンハルトは、アルフレドを見ようともしなかった。しかし、それでもと心に決め、アルフレドは言葉を紡ぐ。
いつか、この言葉を思い出してくれればという願いを込めて。
「殿下、どうか一人で背負い込むのはおやめください。殿下とルヴィウス様の周りには、お二人を大事に思う方々がいます。私も、グリフィード聖下もそうです。いつかお二人だけでは乗り越えられない物事に直面した時、思い出してください。お二人の傍には、お二人以外の世界もあるのだということを」
アルフレドはレオンハルトを見つめていたが、反応が返ってくることはなかった。
致し方ないことだと、アルフレドは小さくため息をつく。
朧な記憶の中ではあるが、自分にも覚えがある。喪失の恐ろしさは、狂気を産む。心が冷え、人ではなくなる感覚。それは、自分を含め、世界が無に還ると同義。手当り次第に屠ることに、躊躇いがなくなる恐れがある。
アルフレドは小さく息を飲んだ。
こうなってしまった以上、最悪、百々華“だけ”を連れ帰ることが出来ればいい。だが、一瞬でも隙が出来れば、最悪を避けることができるはずだ。せめて、若き管理者が必要以上に傷つかないよう、手を打たねば⋯⋯。
不意に、ホールの入口近辺が騒がしくなる。アルフレドが右手を上げると、第一聖騎士団の騎士たちが扉の右と左に整列し、剣を抜く。
ガイルはレオンハルトの一歩後ろに控え、いつでも応戦できるよう剣に手を掛けた。
静かに外側へと開かれた扉の先には、オルトランにエスコートされたドレス姿の百々華がいた。
「きゃぁっ、なによこれっ!」
無数の剣先に驚いた百々華が、オルトランの背後に隠れる。
共に連れて来た聖騎士はオルトランの他に三名。全員が剣を抜こうとしたが、別の扉から彼らの後ろへと移動していた聖騎士らが、それを阻止する。
「ようこそ、聖女様」
レオンハルトは氷のような笑みを浮かべた。
「なんなのよ、これはっ! 今日は舞踏会でしょっ! あたしとレオンの婚約発表じゃないのっ?」
レオンハルトは右の眉を僅かに上げた。この女はいったいなんなのか。最後まで、理解できそうもない。
「中へお入りください」
そう誘うものの、百々華の足は恐怖で動かないようだ。
アルフレドが右手を上げ、何かを指示する。すると百々華たちの背後に陣を取っていた聖騎士達が、剣を突き付けホールへ入るよう脅しにかかる。
仕方なく百々華たちは、一歩、また一歩と、鋭い剣先で作られた道を進んだ。
レオンハルトとアルフレドまで数メートルの位置まで来た時、オルトランが声を上げた。
「これはどういう事ですか! マイスナー卿!」
敵意を感じ、ガイルがレオンハルトの前に出る。
アルフレドは眉ひとつ動かさず、オルトランの疑問に答えを投げてやった。
「オルトラン・オブリー、他三名、貴様らは反逆の恐れありと、処分が下っている」
「反逆っ? 何かの間違いでしょうっ!」名も知らぬ騎士が訴える。
「我らは聖女様の護衛に任命された誇り高き聖騎士ですよ!」隣の騎士が叫んだ。
「聖騎士としての務めを全うしているだけではないですか!」もう一人が主張する。
誰も彼も、身勝手な主張この上ない。
アルフレドは聖剣を抜き、オルトランらにその切っ先を向けた。
「モモカ嬢は魅了と呪いを使い、国を混乱させた。しかしその力はすでに無く、いま彼女に付き従っているお前たちは、自らの意思で闇烏の下僕となり果てたのだ。弁解の余地はない」
闇烏、その言葉にオルトランらが百々華へ目を向ける。百々華は「違う、違う」と震えながら首を横に振るばかりだ。
騎士らは青ざめ、震えだした。
昨日、ルヴィウスに呪いを掛けた時点で、百々華は力を使い切った。エスタシオから百々華と共に来た他の聖騎士たちは正気を取り戻し、すでにアルフレドの指揮下にある。
つまり、未だに百々華と行動を共にしているということは、魅了の影響ではなく、自分の意思の表れ。
コツ、コツ、と靴音がした。
皆の視線がそちらを向く。
レオンハルトはオルトランの前へと進み出ると、顔色一つ変えず、躊躇いもなく剣を振り下ろす。
「うああああぁっ!」
絶叫と共に、血が噴き出した。床に、オルトランの右腕が落ちる。彼は床に倒れ込み、痛みにのたうち回り、辺りを血に染めていく。
「きゃあああぁっ!」
一拍おいて百々華が叫んだ。彼女はその場に座り込み、ぶるぶると体を震わせて頭を抱える。
「お前の下僕だろう。最期くらい言葉を掛けてやれ。聞こえているか、哀れな聖女?」
聖女、と呼ばれた百々華は、恐怖に慄きながらなんとか顔を上げた。
そこには、血だらけのオルトランが横たわっている。ひゅー、ひゅーと枯れた喉で息をするオルトランを足蹴にしたレオンハルトは、恐怖で慄く視線に一切の慈悲なく、心臓めがけて剣を突き刺した。
ごぽり、と口から血を吐いたオルトランは、生体反応としての痙攣を起こしたあと、ただの肉塊となり果てる。
レオンハルトが剣を胸から抜いた拍子に顔の位置が横を向き、生気を失った目が百々華へと向いた。その目と視線が合った瞬間、百々華は死を予感した。
パチン、とレオンハルトが指を鳴らす。その直後、オルトランの遺体が消え失せた。
百々華の後ろにいた三人の騎士たちは、我先にと立ち上がり駆け出したが、すぐにアルフレドの部下たちに取り押さえられた。
「ど……、どこに、やったの……」
百々華が体を震わせ、涙を零しながらレオンハルトに問うた。
「あいつはルゥを傷つけた。八つ裂きにしても足らない。今ごろ、魔の森で魔物の餌になっているだろう。次はお前だ、闇烏」
「いやっ! いやよっ!! 助けてっ、ねぇっ、アルなら助けてくれるでしょうっ?」
百々華はアルフレドに救いを求めたが、彼はただ黙って冷たい視線を投げかけるばかりだった。
キンっ、と音がするかのように、迷いのない切っ先が百々華へと向けられる。見下ろしてくるレオンハルトの目は、人のものとは思えない昏さを宿していた。
「お願い……っ、謝るから…っ、謝るから、許して……っ」
「お前はルゥに呪いを掛けた。俺が許すと思うか」
「呪いを解くわっ! だから許してっ!」
「そんな力、お前にはもうない。それに、わざわざ解く必要もない。お前が死ねばいいだけだ」
「ひぃっ」
レオンハルトの剣先が、百々華の喉元の薄皮を裂く。痛みと共に、血が流れだした。
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