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三章 二幕:呪いと時の神の翼
三章 二幕 4話-2
しおりを挟む「殿下」
アルフレドの声がした。レオンハルトの瞳が、僅かに揺れる。
「殿下、最後の質問をしましょう」
それは、ガイルの声だった。落ち着け、と言っているような声音だ。
ひと瞬きしたレオンハルトは、抑揚のない無感情な声音で、百々華を断罪する。
「闇烏、お前の行為は死に値する。しかし、お前はこの世界の者ではない。選べ。死か、帰還か」
「き…帰還……? 向こうの世界に帰れば、死なずに済むの……?」
「最後の慈悲だ。俺としてはここで切り捨て、魔物の餌にしてやりたい」
「かっ、帰りますっ!! 帰るから殺さないでっ!!」
涙で流れた化粧の所為で、百々華はひどく醜い顔になっていた。まるで彼女の本性そのもののように。
レオンハルトは剣を振って血を落とすと、鞘に収め、アルフレドを振り返った。
「連れ帰って帰還を実行してください」
アルフレドは頷き、部下たちに指示を出すと、その場の収拾を始める。
レオンハルトは感情の抜け落ちた顔でその様子を眺めながら、傍に控えていたガイルに声を掛けた。
「ガイル」
「はい、殿下」
「ここを頼んでいいか」
「お任せください。殿下はルヴィウス様のところへ」
ガイルの気遣いに「ありがとう」と返したレオンハルトは、やっと人に戻れた気がした。身を翻すと同時に、転移魔法を展開する。
レオンハルトが転移で自室へ戻ると、ベッドの傍にハロルドがいた。眠り続けるルヴィウスを、レオンハルトの代わりに診てくれているのだ。
「殿下、終わりましたか」
レオンハルトに気づいたハロルドは、椅子から立ち上がり、近づこうとして体を硬直させた。
「殿下、そのままルヴィウス様に近づくのは、ちょっと……」
「……―――あぁ、そうだな」
レオンハルトは自分の有様を確認し、ベッドへ近づくのをやめた。
その場でしばらくルヴィウスの顔を見つめた後、踵を返しバスルームへ向かう。浄化魔法を使ってもよかったのだが、物理的に何もかもを水に流したかった。
魔法で湯を沸かし、頭からシャワーを浴びる。髪や顔についていたオルトランの血が、バスルームの床を流れていった。
湯の色が透明になっても、レオンハルトはしばらく動けなかった。
自身の手を見つめて、ぎゅっと握りしめる。
初めて、人を切った。相手がどんな罪を犯していようと、正しく人であろうとするのなら、司法の手に委ねるべきだった。けれど自分は、言い訳一つ聞くことなく、剣を振り下ろした。
後悔はない。大切なものを傷つけた代償を払わせたのだから。
でも、これをルヴィウスが知ったらどう思うだろうか。
怯えるだろうか。二度と口を聞いてくれなくなるのではないか。血に塗れたこの手で体に触れることを、拒むのではないだろうか。
「化け物……」
レオンハルトは呟いて、泣きながら笑った。
人を切り捨てたことより、ルヴィウスにどう思われるかのほうが重要だなんて、どうかしている。
そのまましばらく湯に打たれていると、ドア越しに「殿下、大丈夫ですか」とハロルドに声を掛けられた。
空気の読めない臣下は、こんな時でも健在だ。でも、それがありがたかった。
レオンハルトは「すぐ行く」と返事をし、シャワーを止めた。
バスルームを出て体を拭き、部屋着に着替えると、いつものように魔法で髪を乾かす。
鏡に映る自分の顔が、知らない人のようだった。こんな顔をルヴィウスが見たら、なんて言うだろう。そう考えただけで、涙が溢れてくる。零れ落ちる前に拭い、部屋へ戻った。すると、すぐにハロルドが気遣ってくる。
「殿下、お食事はどうされますか」
「いい、いらない」
「少しでも召し上がったほうが―――」
「必要ないっ!」
きつく言い返すと、ハロルドが息を飲んだ。怖がらせた。そう思ったが、どうでも良かった。
自室に控えております、とハロルドの声が聞こえた。無意識に、わかった、と答えた気がする。
ベッドの端に座り、眠るルヴィウスを見つめた。
―――この愛おしい存在以外、何もいらない。ルヴィウスだけが居てくれたらいい。
真珠色の頬に触れようと手を伸ばし、躊躇って、触れないまま手を引いた。
さっき、人を切ったばかりの手だ。ルヴィウスを穢してしまうような気がして、頬を撫でることさえできなかった。
だが、このままここにいては、いつルヴィウスに触れてしまうか分からない。
レオンハルトは、ふらり、と立ち上がり部屋を出た。
扉の外で警護にあたっていた騎士に何かを話しかけられたが、何と答えたか分からない。気が付くと、美しい古代魔法の魔法陣が輝く、禁書庫の前にいた。
レオンハルトの存在を受け入れるかのように、結界が光の粒になって消えていく。
中に入ると、いつも通りランプが下りてきて、レオンハルトを誘導する。後についていくと、何事もなかったかのように、テーブルや椅子が現れ、ティー・セットが用意されると読書灯が灯る。
レオンハルトが席に着くのを見計らったかのように、二冊の禁書が現れた。
触れてもいないのに右の禁書の表紙が開き、パラパラとページが捲られていく。
開かれたページには、レオンハルトが求めていた記録が書かれてあった。
~~~~~~~~~~
長い年月をかけ、理は世界の不変を変えた。
理が管理者に施す最大の恩恵、逆鱗。
永久に筥を傍に置きたければ、神の力で造り変えなければならない。
私の筥に資格はあるか。
理の外へ弾き出され、再び不変の輪に戻ることを許された筥だけが、その資格を持つ。
手に入れた神の一片を、筥に食ませよ。
筥の中の魔力は変革の邪魔をする。
総てが整えば、世界樹が救いの手を差し伸べるだろう。
これは、私から君へ渡す幾つ目かの欠片。
私は君と、君の大切な者の幸せを願っている。
だから、怖れずに前へ進め。
君は私を継ぐ者であり、私たちの愛し子なのだから。
~~~~~~~~~~
後半はともかく、前半は逆鱗を使う方法だ。
レオンハルトの意思が僅かに戻る。
「私の筥に資格はあるか……」
レオンハルトの筥、ルヴィウスに逆鱗を使う資格はあるのか。
答えは、然だ。
ルヴィウスは闇烏に呪われた。時を止め、今まさに理の外にいる。
この禁書の通りであれば、逆鱗を口の中に入れ、体内を満たしているレオンハルトの魔力を取り除いた状態で、世界樹の救いを待てばいい。
そこまで考えて、乾いた笑みが零れた。バカバカしい。
「お伽噺じゃあるまいし……」
世界樹は、お伽噺の中にしか存在しない。ならば、比喩と考えるのが正しいだろう。
世界樹の役割はなんだったか。確か、どこかにある神聖な泉に根を下ろしていて、世界中の負を浄化する、だったか。現実でそれを示すものはなんだろう。
考えているうちに、もう一冊の禁書が開かれた。自然と、そちらに視線が向く。
「今代の管理者よ……」
~~~~~~~~~~
今代の管理者よ、お前はいくつ欠片を宿したか。
お前は約束を果たすべく、欠片を集めている。
これは、私とお前の契約であり、約束である。
友よ、私たちを思い出せ。
宿命に抗うことは出来ないが、運命は変えられる。
使命ならば、挑むことができる。
お前はいくつ欠片を宿したか。
まだ人であればいい。
いいや、まだ人のままでいい。
まだ世界の変革は不確かで、不安定で、歪んでいる。
だからお前はまだ人なのだ。
世界の理は、世界の仕組み。
抗えるのは、神の代理人だけ。
~~~~~~~~~~
―――だからお前はまだ人なのだ。
本当に? 一度に禁書を二冊も読んだことで、どんどん魔力が満ちていくのに、まだ人だと言えるのか。
指先一つでいとも容易く他人の命を奪える力があるのに、これでもまだ人だと言うのだろうか。
―――まだ人であればいい。
分からない。でも、化け物にでもなったような気持ちだ。
それから、どうやって朝を迎えたのか、よく覚えていない。
禁書庫から戻り、いつの間にかまたルヴィウスの傍にいた。それ以外、自分が何をどう行動したのか、思い出すことさえ出来なかった。
ルヴィウスのいない世界は、何もかもが無意味だ。
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