神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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三章 二幕:呪いと時の神の翼

三章 二幕 5話

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 朝が来て、誰かに呼ばれ、支度をして、第二王子としての責務を淡々とこなす。
 自分じゃない何者かが、体を勝手に動かしているような気がしていた。

 色のない世界で日常が流れていくとは、こういうことを言うのかもしれない。
 世界を壊す前に、自分が壊れてしまいそうだった。

 闇烏やみがらす捕縛の連絡を受けたヒースクリフたちが王宮に戻ったのは、アルフレドが百々華らを連れて転移陣でエスタシオへ戻る直前だった。
 国同士の話し合いとして簡潔に今後の意見交換をし、後日、正式に教皇より謝意の使途憲章が出されることが約束された。

 王宮の転移陣を設置した迎賓区の一角で、魔法使いたちが聖騎士たちと罪人らを順次、エスタシオへ送っている。
 レオンハルトは今回の責任者として、そして第二王子として、王宮へ戻ったばかりのエドヴァルドと共に、この場に立っていた。

 百々華は先にエスタシオへ連れ帰られており、罪人の列には、レオンハルトが切ったオルトランの姿があった。

 今のオルトランに片腕はないが、命はある。レオンハルトがとどめを刺したかのように見えた彼の体は、百々華が目を逸らした隙に、アルフレドが機転を効かせ、神聖魔法で入れ替えたゴーレムだ。

 もともと、百々華に「帰る」と言わせるため“オルトランという存在”を使う作戦だった。
 隙を見て彼とゴーレムを入れ替えることは、作戦に組み込まれていた手順だ。
 だが、腕を切り落とす予定ではなかった。
 アルフレドがあのタイミングで入れ替えを行ってくれなければ、レオンハルトは本当にオルトランを葬っていたかもしれない。

 レオンハルトは、ただ、ただ、自分が恐ろしかった。
 人を切りつけたのに、人を屠っていたかもしれないのに、感情が動かないなんて、化け物のようだ。こんなにも残酷な一面があることを、ルヴィウスが知ったら、なんと言うだろうか。
 そんなことを考える度に、自分にとって愛を乞う対象も、罪の意識を抱かせる唯一の存在も、ルヴィウスなのだと思い知らされる。

「第二王子殿下」

 声を掛けてきたのは、アルフレドだった。
 言葉に神聖力を纏わせているのか、レオンハルトの意識が少し現実を捉える。
 蒼い瞳が自分を認識したと分かったアルフレドは、レオンハルトの両手を取った。そして、ゆっくりと神聖力を流し込む。

 温かなものが体を巡ったことで、レオンハルトの自我が、今度はしっかりとアルフレドを捉えた。

「殿下、貴方は私と同じです」
「おなじ⋯⋯?」
「貴方はこれから、昔の私と同じ運命を辿ることになるでしょう。それはきっと、辛くて苦しい道のりかもしれません。ですが、手を離さないでください。ルヴィウス様の手をしっかりと掴んで、離さないで。どうしても困ったときは、私と聖下を呼んでください。必ず助けに参ります」

 何と答えたらいいか分からず、レオンハルトは目を瞬かせた。
 アルフレドは柔らかく微笑み、もう一度、しっかりと、レオンハルトの手を両手に包み込んだ。

「殿下の罪は、私が浄化いたしました。殿下の明日は、ルヴィウス様のためにあります。そして殿下のこの手は、ルヴィウス様を抱き締めるためにある。躊躇わず、しっかりと抱きしめてさしあげてください」

 その言葉に、視界が潤む。
 人を私怨から理不尽に傷つけた事実は消えない。けれど、ここに自分のことを許そうとしてくれる人がいる。

 レオンハルトは「ありがとうございます」と告げて、なんとか笑顔を作り、エスタシオへ戻っていくアルフレドを見送った。

「兄上」

 レオンハルトに呼ばれたエドヴァルドが「なぁに?」と兄の顔で笑いかけてくれる。皆まで聞かないが、大事な弟に何か辛い出来事があったことは、察しているようだ。

「すみません、後のこと、押し付けてもいいですか」
「ふふっ、レオン、頑張ったものね。いいよ、父上や母上には上手く言っておいてあげる」
「ついでにアクセラーダ公爵にも上手く言っておいてください」
「えー、公爵に嫌われるとノアとの仲を邪魔されるんだけどなぁ」
「借りは返します。ノアール嬢といつでも話せる通信魔道具なんていかがでしょうか」
「それ、レオンが付けてるバングルみたいにアクセサリーに出来る?」
「もちろんです」
「よし、交渉成立。なんて伝えようか」
「そのまま伝えてください。ルゥは俺と眠るから、公爵邸には帰せません、と」
「え? 眠るってなに? 会いに行くだけじゃないの? ちょっと! レオンっ!」

 エドヴァルドが呼び止めるのも聞かず、レオンハルトはその場から姿を消した。転移魔法で自室へ戻ったようだ。

「えぇ~……、ぜったい怒られるやつじゃん……」
「安請け合いするからですよ、王太子殿下」

 そう言ったのはガイルだ。護衛を置いていくとは何事か、と最初のころは腹が立ったものだが、今はもう慣れた。そもそも、護衛が必要なほどレオンハルトは弱くない。だからこそ、傍を離れて自分が出来ることがある。

「ガイルは詳細を知ってる?」
「えぇ、ハロルドに聞きました。二十三日までルヴィウス様は眠りにつかれるそうです。殿下のことですから、自分にも似たような魔法を掛けるのでしょう。ついでに邪魔されないよう、部屋に結界でも張るんじゃないでしょうか」
「はぁぁ~……」

 盛大にため息をついたエドヴァルドは、晴れ渡る空を見上げた。

「ぜったい怒られる事案じゃないか……」

 子煩悩なグラヴィスが腹を立てる様子が目に浮かぶようだ。
 エドヴァルドは「可愛い弟のためだ。仕方ない」と呟き、ガイルとともにヒースクリフ達が待つ黄金宮へ向かうことにした。
 
 
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