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三章 二幕:呪いと時の神の翼
三章 二幕 6話
しおりを挟む波間を漂うような心地よさに包まれていたレオンハルトは、遠くのほうで名前を呼ばれているような気がして、重い瞼を開けた。
けれど覚醒できなくて、無意識に腕の中の温もりを抱き締めなおす。
愛おしい、愛おしい、この世界で唯一の温もり。失くしてしまったら、きっと生きてはいけない。
そう言えば、誰かが言っていた。この温もりを失った自分が、世界を壊すのだと。そのことに妙に、納得がいった。
ルヴィウスが居ない世界になど、意味はない。
そんな世界に生きていたくなどない。
この愛情が他人から見て異常であろうと、構わない。
誰にも理解されなくていい。
ルヴィウスだけが、この想いを受け取ってくれれば、それでいい。
「ルゥ……」
愛おしい人の名前を呟いたら、唇に何かが触れた。閉じかけていた瞼をもう一度開く。
何度か瞬きを繰り返していると、腕の中の温もりが動き、また唇に何かが触れた。
「起きて、僕の王子様」
ぱち、と目が開く。ルヴィウスの声に、今度こそレオンハルトの意識は覚醒した。
「ルゥ……?」
「起きた? お寝坊さんだね、僕の王子さまは」
腕の中でルヴィウスが微笑んでいる。
もう一度、会えた。失わずに済んだ。そのことに、レオンハルトの視界が歪む。
レオンハルトは、力いっぱいルヴィウスを抱きしめた。
「誰のせいだと……っ」
「僕の所為だね、ごめん」
「ごめんじゃない!」
「レオ、一緒に眠ってくれたの?」
それには、頷くだけの返事をした。
抱きしめるルヴィウスの体から、呪いの痕跡が消えている。
呪いが消えているということは、エスタシオでは無事、聖女を帰還させる召喚陣を起動させることができ、騒動を治めることができたのだろう。
枕元に、ハロルドが造った魔道具の懐中時計があった。
時間を操作する禁忌の魔道具『クロノスの翼』。それは初期値の11:11を指していた。
ルヴィウスが眠りについて十日。後を追うように自分に昏睡魔法を掛けてから、八日が経ったということだ。
ルヴィウスの右手首にある黄金色のバングルをさすったレオンハルトは、そのまま引き寄せて口づけをした。
このバングルをルヴィウスの手首に戻し、彼が起きたタイミングで術の効果が切れるよう魔法を展開しておいてよかった。
目で見て触れることが出来るのだとしても、この世の理から外れたルヴィウスの傍に、何もできずただ居ることしかできない時間は、ひどく辛かった。ただ待つことなど、できなかった。一人の時間が、耐えられなかった。だから、一緒に眠った。
今回のことで、レオンハルトは、自分にとってルヴィウスがどんな存在なのかを、痛感した。
ルヴィウスは、婚約者だ。将来の伴侶で、今は恋人関係にある。でも、それだけには収まらない。
ルヴィウスは、レオンハルトにとって、世界の総てなのだ。
レオンハルトはルヴィウスをぎゅっと抱き締めた。
「ルゥ、もう二度と俺を独りにしないで」
「ふふっ、甘えん坊さん?」
「ふざけてないで、ちゃんと答えて!」
珍しくぽろぽろと涙を流すレオンハルトに、ルヴィウスは愛おしさを募らせる。
弱い自分を見せるのは、怖いことだ。特に、恋をしている相手には。だからきっと、レオンハルトのこれは恋ではないのだ。そして自分のこの気持ちも、もう恋とは呼べない。
「あいしてる、レオ」
ルヴィウスが、初めてその言葉を使った。レオンハルトは目を瞬かせる。涙は止まったようだ。
「レオ、あいしてるよ。だから、ずっと傍にいさせて。それで、ずっと傍にいて」
ルヴィウスが伝えてくる想いに、レオンハルトの瞳が再び揺れる。
「いつも言ってるだろ、傍にいるし、傍にいてほしいって」
「うん、そうだね」
ふわり、と微笑んだルヴィウスは、そっと触れるだけのキスをした。レオンハルトもそれに応えるように、口づけを返す。
ただただ、純粋に気持ちを確かめ合う口づけは、互いの心の奥を見せ合って繋がっているように感じられる。だからこそルヴィウスは、レオンハルトの僅かな変化に気づいてしまった。
唇を離したルヴィウスは、鼻先が触れそうな距離で囁いた。
「ねぇ、レオ」
「ん?」
「僕、どんなレオも愛せるよ」
「どういう、こと……?」
「レオが嫌いなレオのことも、僕のために誰かに責められるようなことをするレオも、たとえレオが世界を壊してしまっても、僕だけはいつも君を愛しているから」
そう伝えたルヴィウスを抱きしめるレオンハルトの腕が、僅かに震える。
ルヴィウスは彼の背中をさすりながら、言葉を引き出そうと努めた。
「レオ、一人で抱えないで。僕に教えて」
「でも……」
抱きしめる腕を僅かに緩めたルヴィウスは、躊躇うレオンハルトの目を正面から捉えて、両手で彼の頬を包み込む。
「じゃあ、もし僕が同じことしたとして、君は僕を嫌いになれるの?」
その問いかけに、レオンハルトは緩く頭を振った。
レオンハルトがルヴィウスを嫌いになることなどない。嫌いになれるはずがないのだ。
ルヴィウスがどんな罪を犯そうとも、レオンハルトは彼の手を離したくはない。もしルヴィウスが堕ちるのなら、どこまでも一緒に堕ちていきたい。
「だったら分かるでしょう? ねぇ、レオ、ちゃんと君の荷物を、僕に分けて?」
そう言われ、レオンハルトは頬を包んでいたルヴィウスの手を包み込み、こく、と一つ息を飲みこむ。
ルヴィウスに嫌われたら、どうしよう。そんな弱さが、レオンハルトの気持ちを引き留めようとする。けれど、彼はルヴィウスの想いに応えたくて、その弱さを振り切った。
「人を……」
そこで、言葉が途切れる。ルヴィウスは、辛抱強く待った。
レオンハルトは一度、きゅっ、と唇を結んでから、覚悟を決めて告げる。
「人を、切った……。ルゥに剣を向けて傷つけた聖騎士を、弁解を聞くことなく、切り捨てた。マイスナー卿がギリギリのところでゴーレムと入れ替えてくれたけど……、俺は自分を止められなくて……。もしゴーレムと入れ替わってなければ、俺はあいつを殺したうえに、転移魔法を使って魔の森に捨てて、魔物の餌にしてた……」
言いきったレオンハルトは、きつく目をつむった。
「後悔してるの?」
その問いかけには、首を横に振った。
「してない。だから、怖い。魔物を屠ることと、人を殺めることには、違いがある。でも俺は、その事実より、この手を血で汚した俺を、ルゥがどう思うかってことばかり考えて、命の尊厳をないがしろにした……」
ふるり、と体が震えた。だが、それを癒すように、レオンハルトの唇にルヴィウスのそれが重なる。
「僕はレオが何をしたとしても、嫌いになったり、見捨てたりしないよ。僕のこと、侮らないで」
「え……」
きつく閉じていた目を開くと、銀月色の瞳がレオンハルトを愛おしそうに見つめていた。
「レオ、君の手が汚れているって言うのなら、僕の手も汚れてるよ。君が堕ちると言うのなら、奈落の底まで一緒に堕ちてあげる。君が背負うものの半分は、僕のものだよ。ねぇ、レオ、こんな僕を愛せる? 僕の愛はね、すごく重いんだ。君はもう僕に捕まってしまったから、この手からは二度と逃げられないんだよ」
ルヴィウスの手が、レオンハルトの手を包み込む。
レオンハルトは表情を緩め、眉尻を下げて笑った。
「望むところだよ。俺もルゥを手放すつもり、さらさらないから」
少しだけ普段のレオンハルトの雰囲気に戻ったことに安堵したルヴィウスは、鼻先を摺り寄せて囁いた。
「じゃあ、キスして?」
「キスだけでいいの?」
「そういうこと言ってると、空気読まない担当がノックしてくるんじゃない?」
「消し炭にするか」
「ダメだよ。そうならないようにするって約束しちゃったから」
「ははっ、俺も、今回はたくさん助けられたし、八つ当たりしちゃったし、褒美でもだそうかな」
「じゃあ、僕たちが仲良くしているところを最前列で見られる権利をあげようか」
「それ、すごい喜びそう」
ふふっ、と小さく笑いあい、小さなキスをする。
「ねぇルゥ、とりあえず、声を掛けられるまではキスしていよう?」
ルヴィウスは、もちろんだよ、と答えてレオンハルトを抱き締めなおす。
それから二人は、笑いあって、抱きしめあって、愛してると囁き合って、何度も唇を重ねた。
両手の指を絡めて手を繋ぎ、口づけを繰り返しては、触れ合う距離で言葉を交わす。
二人だけの時間。
二人だけの世界。
他には、何もいらないとさえ思える。
この運命こそが唯一の愛だと、そう心から信じられる。
だから、この先に何が待っていようとも、この手だけは離さない。
二人はそう誓いあい、お揃いのバングルに約束の口づけをした。
***************
お読みいただきありがとうございます。
これにて、三章二幕は終了です。
アルフレド×マイアンの紡ぎ話二話を挟んで、怒涛の四章(あちこち※ & △マーク)へと突入いたします。
四章が二幕、五章が二幕、最終章を挟み、エピローグとなる予定です。
どうぞ今しばらく、お付き合いくださいませ。
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