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三章 二幕:呪いと時の神の翼
三章 二幕 紡ぎ話-1
しおりを挟む常春の国、神聖国エスタシオ。中央都市エミリオ―ルにある大聖堂では、今日、百々華を元の世界に返す帰還の儀がひっそりと行われた。
アルフレド率いる第一聖騎士団が、彼女と罪人四名をヴィクトリア王国より転移陣を使って連行してから、僅か一日後のことだ。
時空を超え元の世界に戻すために蓄えられた神聖力は、帰還のための術の展開と共に煌びやかな光を放ち、国内の信徒たちは大聖堂の方角に向けて、祈りを捧げた。
教皇不在での儀式後、アルフレドは後処理に追われ、議事堂内の執務室にいた。
聖女を帰還させたそれらしい理由の発表記事の手配に、連れ帰った元聖騎士三名の処分についての指示。彼らは聖騎士職をはく奪のうえ、労働刑となった。
オルトランについては余罪が多すぎるため、一つひとつの罪を詳らかにし、裁判を経て処罰を決定することになっている。罪の重さを鑑みれば、極刑が妥当だろう。
書類をすべて処理したアルフレドは、傍に控えていた部下にそれを渡す。
「これで頼む。聖下の復帰は明日以降、体調とご意向を加味して発表する」
そう言うと、部下は「承知いたしました」と書類を手に、執務室を出ていった。
時計を見ると、夜の二十二時を回っている。
マイアンは、どうしているだろうか。世話役からの伝言では、百々華が帰還して間もなく、呪いの痕は消えたという報告だったが。
体調はどうだろう。ただでさえ細い体が、この四ヶ月でさらに痩せた気がする。明日からは無理のない範囲で食事を多めに摂ってもらわねば。
それから、ずっとベッドの住人だったから、筋力も落ちているに違いない。庭園の散歩に連れ出すべきだろうか。いや、すぐに歩けないかもしれない。よし、抱き上げて庭に連れて行こう。
そうだ、マッサージをするのも回復によさそうだ。市井で人気だという香りのいいクリームを買って、マイアンの白い脚や腕、背中に塗って―――
「いや、ダメだろうっ」
だんだんと想像が邪まな方向へと向かいつつあることに、アルフレドは自身の頬を叩く。
痛みで現実を取り戻したアルフレドは、ため息をついた。仕方ない、と覚悟を決め、席を立つ。
執務室の扉に内側から鍵をかけ、そのあと書棚の前へ移動する。決められた何冊かの本を手前へ引き出し、最後に書棚の中央の経典に聖剣をかざした。
いつものように、棚がゆっくりと横へと開いていく。
秘密の回廊へ足を踏み入れると、アルフレドの動きに合わせて魔道具の明かりが灯る。
背後で、書棚が元の位置に戻る音がした。
振り返ることなく、一人、回廊を進む。
目指すはこの国の教皇、マイアン・グリフィードが住まうエスタシオ宮殿にある、アルフレド専用の執務室だ。
教皇と、聖剣の主。一見すると主従関係に見える二人だが、実際には伴侶だ。
教皇という立場上、公に伴侶がいることを発表していないだけで、極秘ということでもない。なにより、エスタシオの神教は、同性婚を禁じていないため、二人は結婚の儀も済ませている。その際、側近でもある枢機卿らには報告済みだ。
宮殿の執務室に到着したアルフレドは、そのまま隣の自室へと移動し、騎士服を脱ぎ、身を清めて寝支度をする。そしてロングガウンを羽織ると、部屋を出た。
行先は当然、マイアンの自室だ。
重厚な扉の前で、今夜の警備担当の聖騎士2名が頭を下げる。
「お疲れさまでした、団長」
「聖下がお待ちになっていらっしゃいます」
てっきり先に寝ていると思っていたアルフレドは、騎士の言葉に「そうか」とつい口元が緩む。
扉を開けてくれた聖騎士は、やや苦笑いで「どうぞ」と通してくれた。
部屋の中は、眠るのに丁度よい明かりが灯っていた。
ベッドに近づき、横になっていたマイアンの様子を伺う。
気配に気づいたのか、マイアンは華のように笑った。その微笑みが愛おしく、アルフレドはベッドに入るなり彼の額にキスをした。
「体調はどうですか」
「ずいぶんいいよ。なんだか寝てばかりで申し訳ないな」
「そんなことありません。アンが頑張っていることは、皆が知っています」
「そうだといいけれど」
少し落ち込んだような表情になったマイアンの頬に、アルフレドはキスをした。途端、マイアンは表情を明るくする。
アルフレドは上掛けがマイアンの肩まで掛かるよう整えてから、彼の美しい髪を梳いた。
「さぁ、もう寝ましょう。明日から復帰に向けて動かなければならないのですから、今夜は体を休めないと」
「それはそうかもしれないけれど……」
「眠れるようになにか本でも読みましょうか?」
「私は子どもじゃないよ、アル」
ぷくっ、と頬を膨らませて抗議するマイアンは、教皇として皆の前に立つ時とはまるで違う顔をしている。
その表情を許されたのが自分だけなのだと思い知るたび、アルフレドはマイアンへの愛おしさを募らせるのだ。
「ねぇ、アル、今日は一緒に寝るだけ?」
マイアンが自分だけに見せる顔で甘えている。
アルフレドは、ぐぅ、と喉に力を込めて、本音が出てくるのを堪えたあと、マイアンを優しく抱きしめて答えた。
「アンが元気になってからです」
「アルは私を大事にしすぎじゃないかな」
「伴侶を大切にするのは当然のことです」
「まるでルヴィウス様に対するレオンハルト殿下を見ているみたいだ」
「それはそうでしょう。殿下にとってのルヴィウス様がそうであるように、アンは私の最愛ですから」
「おや、ルヴィウス様を口説こうとしたくせに、そういうことを言うのはどの口かな?」
「ちょっとした冗談です。あぁしておけば殿下がよりルヴィウス様を囲うだろうと思ってですね」
「なんだか言い訳がましい気がするけれど」
「私にはアンだけです」
「ふふふっ、分かってる。揶揄っただけだよ」
マイアンの楽しそうな顔に、アルフレドは苦笑いする。もう随分と長いこと一緒に過ごしているが、彼には何一つ勝てそうもない。
「とにかく、うまく殿下に欠片を返せてよかったです。殿下は気づいていないようですが」
「私もうまくルヴィウス様に欠片を返せたよ。これで良かったのだよね?」
「えぇ、これで良かったのです。きっと、ルヴィウス様が殿下のために動かれることでしょう」
マイアンは「そうだね」と、ふわり、と笑い、アルフレドの胸にすり寄った。
アルフレドはマイアンの首の下にそっと腕を回し、腕枕をする。もちろん、もう片方の手はマイアンの腰を抱いている。
こうしてアルフレドに包み込まれると、マイアンは幸せが何かを思い知る。そして目を閉じてその温もりを確かめると、ただ愛し愛されることの奇跡を手に入れられたことを実感して、遠いあの日に出会った神様に、お礼を言うためにもう一度会えないものだろうかと、考えてしまう。
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