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四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 1話-1
しおりを挟む闇烏の騒動からちょうど一年が経った、一月の半ば。ルヴィウスは公爵家のガゼボで、人を待っていた。
暖房魔道具のおかげで、ガゼボ周辺は春のように温かい。そのせいか、先ほどまで本を読んでいたのだが、眠気が忍び寄ってきたため、気分転換に庭に出ることにした。
席を立ち、レオンハルトから贈られた銀ぎつねのケープを羽織り、ガゼボを出る。魔道具の範囲から外れたため、吐く息は白く、頬を撫でる空気が冷たい。
寒さの中でも美しさを保ち、訪れる人に安らぎを与える空間。それが冬の庭園だ。
公爵家の庭園は菖蒲の時期が一番美しいが、冬も常緑樹や耐寒性の花木、多年草で目を楽しませてくれる。
本邸に近い位置に設置されたガゼボは、人目に付きにくい場所にありながら、庭全体が見渡せる造りになっており、特別な来客との静かなティータイムを過ごすにはうってつけの場所だ。
円錐形の樹形が美しいトウヒ、黄緑色の葉が明るいゴールドクレスト、料理にも使われる月桂樹に、冬の女王クリスマスローズ。赤、白、桃と三種三色の椿に、そろそろ蕾を付け始めるロウバイ。花壇には色とりどりのパンジーにビオラ、プリムラ。
公爵夫人であるエレオノーラが主催する公爵家のお茶会は、季節を問わず美しく整備された庭を楽しめる数少ない機会として、誰もが招待状を望む催しの一つだ。
赤、黄緑、ピンクに、八重咲の黒いクリスマスローズ。庭師が手塩にかけて育てた花を眺めながら、ルヴィウスはかじかむ手に息を掛ける。
吐いた息は白くなり、空気に溶けていった。
最近、夢見が悪い。いや、悪いというか、何か夢を見ているのに、起きたらどんな夢かを忘れている。そんなことが、ここ一年ほど続いている。一、二か月に数回のペースだったが、最近は一、二週間に一度は見るようになった。
できることなら、どんな夢を見ているか覚えた状態で目を覚ましたい。
なぜなら、そこに大切な何かを忘れてきているような気がしているからだ。
「寒いのに、こんなとこで何してんの」
声とともに、背中から抱きしめられる。顔だけ振り返ると、愛しい人の笑顔があった。
「レオ、いらっしゃい」
そう言うと、キスが降ってくる。ルヴィウスは当たり前のように、レオンハルトの唇の温かさを感じながら、目を閉じた。
レオンハルトは口づけが好きらしい。それに、人目をあまり気にしない。口づけの意味を知る前は気にしていなかったが、閨教育でその意味を知った直後は、人前でされることが恥ずかしかった。
けれど、今となってはそれも懐かしい思い出で、いつの間にか気にならなくなった。これが慣れというものだろうか。
唇が離れたあと、レオンハルトはルヴィウスを抱きしめなおし、首筋に顔を埋めた。
ルヴィウスは、ふふ、と笑って彼の好きにさせる。疲れて甘えていると分かっているからだ。
ルヴィウスはレオンハルトの柔らかい蜂蜜色の髪に頬を寄せると、彼がこの国にもたらした新たな変革とその功績を労う。
「今朝の新聞に載ってたね、魔法省でのゴーレムの生産。レオが頑張ってたことが皆に認められて、僕も嬉しいよ」
「ん~、そうなんだけど、やっと形になって、これからってところかなぁ」
そう言い顔を上げたレオンハルトは、ルヴィウスの肩に顎を乗せ、頭を摺り寄せた。これは、背中からルヴィウスを抱きしめる体勢を取るときの彼の癖だ。
「これで鉱山とか橋脚工事とか、解体工事なんかの死傷者が減るね」
「とは言え、仕事を奪われる面もあるからなかなか塩梅が難しい」
「そこはレオじゃなくて王太子殿下のお仕事でしょ」
「知らん顔はできないよ、兄上が苦労するの嫌だし」
「だからゴーレムの製造を公共事業にする案を出したの?」
「そう。そしたら魔法省のジジイどもが、魔法使い以外の人間を製造過程に使うなんてとんでもないって反対してきてさ」
「でも、生産を担う人がいてくれたら、魔法使いは魔法研究に専念できるよね?」
「そう! だから純粋に魔法を極めたい人たちからは喜ばれてる。いろいろ調整して、結局は魔法省管轄ってことで承認を通して公共事業にねじ込んだんだけど、なんか上層部が納得いってないみたいでさ。王族権限使うことも出来るんだけど、遺恨を残すのもなぁって悩んでたら、あのクソジジイども、交換条件に凶龍の宝玉か逆鱗を研究材料に差し出せって言い出してきやがった」
「え、じゃあ―――」
「渡すわけないじゃん。逆鱗はルゥのだし、宝玉は兄上の名義になってるし。ふざけんなって話だよ」
そう言ってレオンハルトは小さくため息をついた。
レオンハルトが魔法省に身を置くようになったのは、昨年の春からだ。外交や騎士団に身を置くことが多かった王族が、初めて魔法省に来るとあって、最初の頃は「扱いに困る」と揉めたようだ。
特に長老級―――レオンハルトが言うところの“クソジジイ”ども―――の魔法使いたちと。
とは言え、新しい術式や魔道具を生み出す才能あふれる第二王子に憧れを抱く若者や、権威や権力より研究に没頭したい中堅層、魔法使いであることに誇りを持つ者には、老若男女問わず、もろ手を挙げて受け入れられていると聞く。
今回のゴーレム製造がなんとか形になったのも、そういった支持層のバックアップがあったからでもある。
「レオ、寒いからガゼボに行こ?」
その誘いに「そうだな」と答えたレオンハルトは、軽々とルヴィウスを抱き上げる。
ルヴィウスも十六になり、それなりに成長したのだが、魔物討伐にも自ら赴くレオンハルトにしてみたら、たいした重みでもないらしい。
ガゼボに着くと、メイドがお茶の準備を終えて下がったところで、柱の横にガイルが待機していた。
彼はルヴィウスと同い年だが、鍛え方が違うため、急激に大人っぽく成長した。騎士の中でも人気が高く、レオンハルトがガイルを連れて歩いていると、どちらに黄色い声が上がっているのか分からないほどだ。
「あれ、ハロルドは?」
レオンハルトの腕から解放されたルヴィウスが問うと、ガイルが笑顔で答えた。
「今日はお休みを頂いております。レーベンドルフ家へ顔を出すと言っておりました」
「そうなんだ。ハロルドのところ、兄弟仲いいものね」
「帰りやすくなったんだろ。ルゥを助けた功績は表に出せないけど、代わりに母上が茶会でハロルドを褒めまくってるから」
「それ、レオがお願いしたんでしょ?」
「俺は知らん。母上が勝手にやってることだ」
「魔法省でもレオが褒めまくってるって聞いたけど」
「別に褒めてない。事実を話しているだけだ」
レオンハルトはぶっきらぼうに答え、椅子に腰を下ろした。ルヴィウスも椅子に座りながら、素直じゃないな、と苦笑いした。
ハロルドが作った時間を止める魔道具『クロノスの翼』は、いま、王宮の宝物庫で静かに眠っている。
人体の時を操作することは、呪いと同じく禁忌の領域だ。
この世界の理を歪めてしまう“時間を操る魔法”は、存在してはならない。なにより、作ろうと思っても作れる代物ではない。
ハロルドがいかに天才的視点を持っていたかを知らしめる作品ではあるが、彼が罪に問われ排除されかねない物でもある。
そのため『クロノスの翼』は王家預かりとなり、ハロルドは今後も王家に重用されることとなった。
温かい紅茶を一口飲んだルヴィウスは、テーブルの上に未使用の伝言蝶が置かれていることに気づいた。
先ほどティー・セットの準備をしていったメイドが置いていったのだと思うのだが、なんだっけ、とカップを置きながら考える。
その表情を見ていたガイルが、口を開いた。
「そちら、メイドが客人から預かったとのことです」
「あぁ、そうだった」
アレンに頼まれたことを思い出したルヴィウスは、伝言蝶を手に取り、言霊を込めて起動させると、そっと宙に飛ばした。
二度ほどそこで羽ばたいた蝶は、受け取り手へと飛んでいく。それを見送りながら、ルヴィウスが言った。
「いま、アレン兄さまが来てるんだ」
「今年はやけに早いな」
レオンハルトが驚いて目を瞬かせる。
「一年くらい居るらしいよ」
「それはまた長い滞在だが、何かあるのか?」
「どうしても口説き落としたい人がいるんだって」
「へぇ、あのアレン殿を惚れさせるなんて、よほどの美人なんだろうな」
「あ、あのっ、殿下!」
二人の会話に割り込んできたのは、ガイルだった。レオンハルトは驚いて、「どうした」とガイルを見る。彼は頬を少し赤らめて慌てているようだった。
「その……、ルヴィウス様とごゆっくりされてください。私は馬車のほうでお待ちして―――」
「ガイル」
透き通った声でガイルを呼んだ人物へと、三人の視線が向けられる。
急いで来たのか、少し息の上がったアレンが、満面の笑みを浮かべてガゼボへとやってきたところだった。
「あ~、なるほど、理解した」
ぼそり、と呟いたのはレオンハルトだ。ルヴィウスは苦笑いしている。ガイルは硬直しつつも、頬を赤らめていた。
アレンはガゼボへ着くなり、ルビー色の瞳を煌めかせ、ボー・アンド・スクレープでレオンハルトに挨拶をする。
「王子殿下、ご機嫌麗しく。アレン・ルーウィックがご挨拶申し上げます」
「そう畏まらなくていい。ガイルに用があるんだろう? 連れて行っていいぞ」
これに慌てたのはガイルだ。
「殿下っ? なにを仰るんですかっ?」
そして当然、ルヴィウスもアレンの援護射撃をする。
「公爵家の中に危険なんてないよ、ガイル。だから、君さえよければアレン兄さまのお相手をしてあげてくれる?」
「いや、あの……」
困り果てたガイルに、アレンが近づき上目遣いで眉尻を下げた。
「はしたなくてすまない。ガイルが来ていると聞いて嬉しくて……。僕が話相手では困るだろうか……」
「は…、はしたないだなんて、そんな……、うぅ……」
ガイルは自分を見上げてくるアレンから、なんとか視線を逸らす。
銀の髪に、美しいルビー色の瞳。色白で線が細く、妖精のように美しいと言われている青年伯爵にそう言われては、嫌とは言いにくい。とは言え、ガイルの表情を見る限り、まんざらでもなさそうだが。
「で……、殿下のお許しが、頂けるのでしたら……」
そう答えたガイルに、アレンは頬をほんのり桃色に染め、砂糖菓子のような甘い笑みを浮かべる。
当然、レオンハルトは「行ってこい」とガイルに許可を出した。
ガイルはどこか戸惑いを残しながらも一礼し、「参りましょう」とアレンに手を差し伸べる。
二人は連れ立ってガゼボから離れると、庭園の美しさを楽しみながら歩き、そのうちガイルが何事かを呟いては、アレンがうっとりと微笑む様子が見られた。
190cmの長身のガイルと、170cmと小柄なアレン。エスコートの形を取った二人は、とてもお似合いだ。
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