【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

NOX

文字の大きさ
69 / 177
四章 一幕:管理者と筥の秘密

四章 一幕 1話-1

しおりを挟む
 
 闇烏やみがらすの騒動からちょうど一年が経った、一月の半ば。ルヴィウスは公爵家のガゼボで、人を待っていた。

 暖房魔道具のおかげで、ガゼボ周辺は春のように温かい。そのせいか、先ほどまで本を読んでいたのだが、眠気が忍び寄ってきたため、気分転換に庭に出ることにした。
 席を立ち、レオンハルトから贈られた銀ぎつねのケープを羽織り、ガゼボを出る。魔道具の範囲から外れたため、吐く息は白く、頬を撫でる空気が冷たい。

 寒さの中でも美しさを保ち、訪れる人に安らぎを与える空間。それが冬の庭園だ。
 公爵家の庭園は菖蒲の時期が一番美しいが、冬も常緑樹や耐寒性の花木、多年草で目を楽しませてくれる。

 本邸に近い位置に設置されたガゼボは、人目に付きにくい場所にありながら、庭全体が見渡せる造りになっており、特別な来客との静かなティータイムを過ごすにはうってつけの場所だ。

 円錐形の樹形が美しいトウヒ、黄緑色の葉が明るいゴールドクレスト、料理にも使われる月桂樹に、冬の女王クリスマスローズ。赤、白、桃と三種三色の椿に、そろそろ蕾を付け始めるロウバイ。花壇には色とりどりのパンジーにビオラ、プリムラ。

 公爵夫人であるエレオノーラが主催する公爵家のお茶会は、季節を問わず美しく整備された庭を楽しめる数少ない機会として、誰もが招待状を望む催しの一つだ。

 赤、黄緑、ピンクに、八重咲の黒いクリスマスローズ。庭師が手塩にかけて育てた花を眺めながら、ルヴィウスはかじかむ手に息を掛ける。
 吐いた息は白くなり、空気に溶けていった。

 最近、夢見が悪い。いや、悪いというか、何か夢を見ているのに、起きたらどんな夢かを忘れている。そんなことが、ここ一年ほど続いている。一、二か月に数回のペースだったが、最近は一、二週間に一度は見るようになった。
 できることなら、どんな夢を見ているか覚えた状態で目を覚ましたい。
 なぜなら、そこに大切な何かを忘れてきているような気がしているからだ。

「寒いのに、こんなとこで何してんの」

 声とともに、背中から抱きしめられる。顔だけ振り返ると、愛しい人の笑顔があった。

「レオ、いらっしゃい」

 そう言うと、キスが降ってくる。ルヴィウスは当たり前のように、レオンハルトの唇の温かさを感じながら、目を閉じた。

 レオンハルトは口づけが好きらしい。それに、人目をあまり気にしない。口づけの意味を知る前は気にしていなかったが、閨教育でその意味を知った直後は、人前でされることが恥ずかしかった。
 けれど、今となってはそれも懐かしい思い出で、いつの間にか気にならなくなった。これが慣れというものだろうか。

 唇が離れたあと、レオンハルトはルヴィウスを抱きしめなおし、首筋に顔を埋めた。
 ルヴィウスは、ふふ、と笑って彼の好きにさせる。疲れて甘えていると分かっているからだ。

 ルヴィウスはレオンハルトの柔らかい蜂蜜色の髪に頬を寄せると、彼がこの国にもたらした新たな変革とその功績を労う。

「今朝の新聞に載ってたね、魔法省でのゴーレムの生産。レオが頑張ってたことが皆に認められて、僕も嬉しいよ」
「ん~、そうなんだけど、やっと形になって、これからってところかなぁ」

 そう言い顔を上げたレオンハルトは、ルヴィウスの肩に顎を乗せ、頭を摺り寄せた。これは、背中からルヴィウスを抱きしめる体勢を取るときの彼の癖だ。

「これで鉱山とか橋脚工事とか、解体工事なんかの死傷者が減るね」
「とは言え、仕事を奪われる面もあるからなかなか塩梅が難しい」
「そこはレオじゃなくて王太子殿下のお仕事でしょ」
「知らん顔はできないよ、兄上が苦労するの嫌だし」
「だからゴーレムの製造を公共事業にする案を出したの?」
「そう。そしたら魔法省のジジイどもが、魔法使い以外の人間を製造過程に使うなんてとんでもないって反対してきてさ」
「でも、生産を担う人がいてくれたら、魔法使いは魔法研究に専念できるよね?」
「そう! だから純粋に魔法を極めたい人たちからは喜ばれてる。いろいろ調整して、結局は魔法省管轄ってことで承認を通して公共事業にねじ込んだんだけど、なんか上層部が納得いってないみたいでさ。王族権限使うことも出来るんだけど、遺恨を残すのもなぁって悩んでたら、あのクソジジイども、交換条件に凶龍の宝玉か逆鱗を研究材料に差し出せって言い出してきやがった」
「え、じゃあ―――」
「渡すわけないじゃん。逆鱗はルゥのだし、宝玉は兄上の名義になってるし。ふざけんなって話だよ」

 そう言ってレオンハルトは小さくため息をついた。

 レオンハルトが魔法省に身を置くようになったのは、昨年の春からだ。外交や騎士団に身を置くことが多かった王族が、初めて魔法省に来るとあって、最初の頃は「扱いに困る」と揉めたようだ。
 特に長老級―――レオンハルトが言うところの“クソジジイ”ども―――の魔法使いたちと。

 とは言え、新しい術式や魔道具を生み出す才能あふれる第二王子に憧れを抱く若者や、権威や権力より研究に没頭したい中堅層、魔法使いであることに誇りを持つ者には、老若男女問わず、もろ手を挙げて受け入れられていると聞く。
 今回のゴーレム製造がなんとか形になったのも、そういった支持層のバックアップがあったからでもある。

「レオ、寒いからガゼボに行こ?」

 その誘いに「そうだな」と答えたレオンハルトは、軽々とルヴィウスを抱き上げる。
 ルヴィウスも十六になり、それなりに成長したのだが、魔物討伐にも自ら赴くレオンハルトにしてみたら、たいした重みでもないらしい。

 ガゼボに着くと、メイドがお茶の準備を終えて下がったところで、柱の横にガイルが待機していた。
 彼はルヴィウスと同い年だが、鍛え方が違うため、急激に大人っぽく成長した。騎士の中でも人気が高く、レオンハルトがガイルを連れて歩いていると、どちらに黄色い声が上がっているのか分からないほどだ。

「あれ、ハロルドは?」

 レオンハルトの腕から解放されたルヴィウスが問うと、ガイルが笑顔で答えた。

「今日はお休みを頂いております。レーベンドルフ家へ顔を出すと言っておりました」
「そうなんだ。ハロルドのところ、兄弟仲いいものね」
「帰りやすくなったんだろ。ルゥを助けた功績は表に出せないけど、代わりに母上が茶会でハロルドを褒めまくってるから」
「それ、レオがお願いしたんでしょ?」
「俺は知らん。母上が勝手にやってることだ」
「魔法省でもレオが褒めまくってるって聞いたけど」
「別に褒めてない。事実を話しているだけだ」

 レオンハルトはぶっきらぼうに答え、椅子に腰を下ろした。ルヴィウスも椅子に座りながら、素直じゃないな、と苦笑いした。

 ハロルドが作った時間を止める魔道具『クロノスの翼』は、いま、王宮の宝物庫で静かに眠っている。

 人体の時を操作することは、呪いと同じく禁忌の領域だ。
 この世界の理を歪めてしまう“時間を操る魔法”は、存在してはならない。なにより、作ろうと思っても作れる代物ではない。
 ハロルドがいかに天才的視点を持っていたかを知らしめる作品ではあるが、彼が罪に問われ排除されかねない物でもある。
 そのため『クロノスの翼』は王家預かりとなり、ハロルドは今後も王家に重用されることとなった。

 温かい紅茶を一口飲んだルヴィウスは、テーブルの上に未使用の伝言蝶が置かれていることに気づいた。
 先ほどティー・セットの準備をしていったメイドが置いていったのだと思うのだが、なんだっけ、とカップを置きながら考える。
 その表情を見ていたガイルが、口を開いた。

「そちら、メイドが客人から預かったとのことです」
「あぁ、そうだった」

 アレンに頼まれたことを思い出したルヴィウスは、伝言蝶を手に取り、言霊を込めて起動させると、そっと宙に飛ばした。
 二度ほどそこで羽ばたいた蝶は、受け取り手へと飛んでいく。それを見送りながら、ルヴィウスが言った。

「いま、アレン兄さまが来てるんだ」
「今年はやけに早いな」
 レオンハルトが驚いて目を瞬かせる。
「一年くらい居るらしいよ」
「それはまた長い滞在だが、何かあるのか?」
「どうしても口説き落としたい人がいるんだって」
「へぇ、あのアレン殿を惚れさせるなんて、よほどの美人なんだろうな」

「あ、あのっ、殿下!」

 二人の会話に割り込んできたのは、ガイルだった。レオンハルトは驚いて、「どうした」とガイルを見る。彼は頬を少し赤らめて慌てているようだった。

「その……、ルヴィウス様とごゆっくりされてください。私は馬車のほうでお待ちして―――」

「ガイル」

 透き通った声でガイルを呼んだ人物へと、三人の視線が向けられる。
 急いで来たのか、少し息の上がったアレンが、満面の笑みを浮かべてガゼボへとやってきたところだった。

「あ~、なるほど、理解した」

 ぼそり、と呟いたのはレオンハルトだ。ルヴィウスは苦笑いしている。ガイルは硬直しつつも、頬を赤らめていた。

 アレンはガゼボへ着くなり、ルビー色の瞳を煌めかせ、ボー・アンド・スクレープでレオンハルトに挨拶をする。

「王子殿下、ご機嫌麗しく。アレン・ルーウィックがご挨拶申し上げます」
「そう畏まらなくていい。ガイルに用があるんだろう? 連れて行っていいぞ」

 これに慌てたのはガイルだ。

「殿下っ? なにを仰るんですかっ?」

 そして当然、ルヴィウスもアレンの援護射撃をする。

「公爵家の中に危険なんてないよ、ガイル。だから、君さえよければアレン兄さまのお相手をしてあげてくれる?」

「いや、あの……」

 困り果てたガイルに、アレンが近づき上目遣いで眉尻を下げた。

「はしたなくてすまない。ガイルが来ていると聞いて嬉しくて……。僕が話相手では困るだろうか……」
「は…、はしたないだなんて、そんな……、うぅ……」

 ガイルは自分を見上げてくるアレンから、なんとか視線を逸らす。

 銀の髪に、美しいルビー色の瞳。色白で線が細く、妖精のように美しいと言われている青年伯爵にそう言われては、嫌とは言いにくい。とは言え、ガイルの表情を見る限り、まんざらでもなさそうだが。

「で……、殿下のお許しが、頂けるのでしたら……」

 そう答えたガイルに、アレンは頬をほんのり桃色に染め、砂糖菓子のような甘い笑みを浮かべる。
 当然、レオンハルトは「行ってこい」とガイルに許可を出した。

 ガイルはどこか戸惑いを残しながらも一礼し、「参りましょう」とアレンに手を差し伸べる。
 二人は連れ立ってガゼボから離れると、庭園の美しさを楽しみながら歩き、そのうちガイルが何事かを呟いては、アレンがうっとりと微笑む様子が見られた。
 190cmの長身のガイルと、170cmと小柄なアレン。エスコートの形を取った二人は、とてもお似合いだ。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

吸血鬼公爵の籠の鳥

江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。 血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。 吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。

亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。 その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。 ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。 魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。 騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。 ※他サイトにも掲載しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...