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四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 5話-2
しおりを挟む眉根を寄せたレオンハルトは、アルフレドのことを思い返す。彼に掛けられた言葉はいろいろある。が、その時は意味が分からなかったが、いまルヴィウスの話を聞いて合点がいったものがある。
―――貴方は私と同じです。貴方はこれから、昔の私と同じ運命を辿ることになるでしょう。
アルフレドはそう言った。自分と同じだ、と。
禁書庫にある特定の情報―――レオンハルトやルヴィウスに直接関わる事柄には、どういうわけか制約が掛かっている。今まで、制約に掛けられた情報を正しい意味でやり取りできる相手は、ルヴィウスだけだった。
でも、負担になってほしくなくて、きちんと話したことはない。つまり、ルヴィウスにはまだ、管理者と筥の話をしていないのだ。なのに、彼はその言葉を、“正しい意味で”発した。マイアンに聞いた、と言って。
管理者も筥も、単純に音として発音し、会話を交わすなら、誰にでも出来る。文脈が日常会話であれば、それも問題ない。だが、管理者と筥が何を意味し、どういう存在なのかを説明するには、制限が掛かる。
例えば「書類の管理者が箱を用意した」という会話には何も問題ない。だが、「管理者の魔力の受け皿となる人間のことを筥と呼ぶ」この言い回しは制限が掛かる。
そして制限が掛かる範囲も厳密で、当事者である者とそうでない者の間では、たとえ互いが同じ言葉を認識していても、正しく伝えあうことが出来ない。
先ほどルヴィウスは「国王と王妃陛下も関わっている」と言っていた。
昔から、何か知っているだろうとは思っていた。けれど、禁書庫や管理者に関わる内容で、両親との会話が“正しく”成立したことはない。
レオンハルトが当事者で、ヒースクリフとイーリスはそうではないからだ。だから、彼らに自分の力や禁書庫のことを話すことは早々に諦めた。
しかし、マイアン・グリフィードは、当事者であるルヴィウスとの会話を“正しく”成立させた。そしてアルフレドはレオンハルトを“自分と同じ”と言った。
それらから推察される真実は、彼らも当事者だということを、示している。ちょうど、エスタシオへ行く前に現れた禁書には、それを示す言葉があった。
―――私たちは魂の一部を切り取り、欠片を媒介にして答えを輪廻に埋め込んだ。
そんなことあり得るのかと思うが、可能性としてはゼロではないだろう。
同じ時代に、二人の管理者と筥は存在できない。ならば、あの二人は一つ前の管理者と筥ということになるのではないだろうか。
どういう事情か分からないが、記憶を持ったまま生まれ変わり、接触した際に『欠片』と呼ばれる何かを返した。そう判断するのが妥当だ。
黙り込んでしまったレオンハルトに、ルヴィウスが「レオ?」と声を掛けてくる。レオンハルトは「あぁ、ごめん」と苦笑して、ルヴィウスの額に口づけた。
「聖下とマイスナー卿は、先代の管理者と筥ってことであってる?」
「うん、そう。聖下は一つ前の代の筥で、アルフレド様は管理者。聖下は、アルフレド様が十五歳で聖剣の主として会いに来た時、いつも夢でぼんやりと見ていたことが前世の記憶だってことを思い出したんだって。それで二人は、三年待って婚約して、アルフレド様が二十歳の時に結婚したんだけど―――」
「はっ? 待って、あの二人、結婚してんの?」
「うん、隠してないって言ってたけど、でも大々的に公表してるわけじゃないから知らない人が多いみたい」
「へぇ、知らなかった。雰囲気が甘かったから恋人関係なのかもとは思ったけど……って言うか、すごい歳の差じゃないか? マイスナー卿って三十歳くらいだろ? 聖下がたぶん、五十歳くらい?」
「それくらいじゃないかな。前の生を終えた時期が関係してるのかも」
「マイスナー卿のほうが前の生で長生きしたってこと?」
「うん、アルフレド様は、聖下の話だと250年くらい生きたみたいで―――」
「はぁっ? 250年っ?」
「うん。管理者は長寿になる傾向らしくて。魔力量に関係してるんじゃないかって」
「うそだろ……、じゃあ、俺も……?」
「たぶん、そうなるのかな」
ルヴィウスを抱きしめるレオンハルトの腕に力が入る。彼が何を不安に思ったのか、ルヴィウスにはすぐに分かった。
「だから逆鱗がいるんだよ」
「え?」
ルヴィウスはレオンハルトの腕の中から、彼を真っ直ぐに見つめた。その銀月の瞳には、強い想いが宿っている。
「逆鱗は体を造り変えることが出来るよね? 君は僕に魔力を貯められる器を作るために手に入れてくれたかもしれないけど、僕は違うことに使いたい。君が管理者になった時、同じくらいの寿命になれるように逆鱗で体を造り変えて、君と出来るだけ長く一緒にいられるようにしたいんだ。その方法が、器を作ることなら、そうする。でも、そうじゃないなら、器なんかいらない」
喜んでくれるかと思ったのに、ルヴィウスの予想に反し、レオンハルトは辛そうに眉根を寄せた。
「人じゃなくなるかもしれない。ルゥはそのこと、ちゃんと分かってる?」
長寿だという話を聞いて、孤独になることを恐れたレオンハルトが、自分に課せられる重い未来より、ルヴィウスのことを案じてくれる。
レオンハルトのその優しさを、ルヴィウスは愛おしく感じた。だからこそ、これからもずっと傍に居て、彼を支えてあげたいと思える。
ルヴィウスはレオンハルトの頬をそっと撫でて、ずっと伝えたいと思っていた自分の気持ちを言葉にした。
「最初から、普通の人じゃなかったよ。僕も、レオも。それに僕ね、嬉しいんだよ。レオのために生まれて、レオのために生きていけることが。僕の生まれた意味が、生きていく理由が、ぜんぶレオのためだってことが、すごく嬉しい。僕、言ったよね? 僕の愛は重いんだよって。レオの手を離したりしないよって。僕は絶対に、君を独りにしない」
宣言するように強く言ったルヴィウスは、誓うようにレオンハルトにキスをした。唇が離れ、近すぎる距離で見つめた蒼い瞳は、ほんの少し揺らいでいた。
泣きそうになっていることを気づかれたくないだろうと思ったルヴィウスは、「聖下のお話の続きだけど」と、レオンハルトの背に腕を回した。
レオンハルトは「うん」と頷いて、ルヴィウスを抱き締めなおす。
「聖下の前のお名前は、クレア・リサージュ・ヴィクトリア。アルフレド様はニルス・シュナイダーっていうんだ。レオ、この二人のこと知ってる?」
「クレア王女……400年くらい前に行方不明になった第三王女と、彼女の護衛だった魔剣士だな。王家の歴史で習った。クレア王女は行方不明っていう情報が印象的だったし、騎士のニルスは王国初の魔剣士で興味が沸いたから。クレア王女には政略的婚約者がいたはずだから、二人は許されざる恋に落ちた恋人同士ってところか」
「うん。管理者と筥は、惹きあうからね」
「俺とルゥみたいに?」
少しだけ茶化すような言い方をしたレオンハルトに、ルヴィウスは小さく笑う。よかった、涙は引っ込んだみたいだ。
レオンハルトはルヴィウスを抱き締めなおし「それで?」と話の続きを促す。ルヴィウスはレオンハルトの胸元にすり寄って、再びマイアンから聞いた話を語った。
「アルフレド様―――ニルスの管理者としての魔力は当時歴代最強だったらしくて、その魔力でクレア王女の寿命を引き延ばしてたみたいなんだけど、それでもやっぱり筥は人だから先に逝く覚悟はしていたって」
「そこに凶龍が現れて、二人は逆鱗を手に入れた」
「そう、クレア王女はニルスが手に入れた逆鱗で体を造り変え、200年生きた。それでもニルスを置いて先に逝ってしまったわけだけど」
「だから生まれ変わった時に年齢が離れてたわけか。それにしても、よく同じ時代、同じ国に生まれ変われたな。管理者と筥はそういう運命なのか?」
「そうだったらいいな」
ルヴィウスの呟きに、レオンハルトは腕を緩めて彼の顔を覗き込んだ。ルヴィウスは目を瞬かせ、「だって」とレオンハルトを真っ直ぐに見つめ返す。
「管理者と筥の魂が結ばれてて、何度生まれ変わっても出会えるなら、次の生でも僕はレオに会えるってことでしょう?」
「まぁ、そう、なるかな」
ルヴィウスは満面の笑みを浮かべ、レオンハルトにすり寄った。
「もしそうなら、僕って、どこかの生でかなりの善行をしたんだね。ずっとレオと一緒かぁ。きっとまた、僕は君に恋をするんだろうね。ふふっ、そうだったらすっごく嬉しい」
ルヴィウスが、純粋に、偽りなく、心の底から本気でそう思っていることが窺える言葉と表情だった。
レオンハルトには、自分がルヴィウスに執着している傾向があると自覚があるが、どうやらルヴィウスもそうらしい。似たもの同士、これからもずっと一緒だ。
レオンハルトは幸せを感じながら「そうだったらいいな」とルヴィウスの髪を撫でた。
「俺も二人から話を聞きたいな。特に、マイスナー卿から」
「管理者としてのことを聞きたいの?」
「あぁ。それと、意図的な生まれ変わりが可能だった理由を聞いてみたい。凶龍の出現タイミングも気になるな。ぜんぶが繋がっているとすれば、世界に新たな種を生み、魂に手を加えていることになる。それらはすべて神の領域だ。あとは、逆鱗の使い方かな」
「使うための資格を手に入れる方法は覚えているけど、使い方自体はその時がくれば分かるだろうって言ってたよ」
「じゃあ、使い方自体は知らないわけか」
期待が外れた、とレオンハルトはため息をつく。
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