86 / 177
四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 8話-2 △
しおりを挟むこれからどうしよう。手首のバングルを見つめる。
いつもなら、レオンハルトがすぐに飛んでくる。ここがレオンハルトの知らない場であっても、バングルに刻まれた陣とルヴィウスの中の魔力を座標にして。少なくとも、通信魔法を使って無事を確かめることはしてくるはずだ。それに、召喚魔法でルヴィウスをレオンハルトのところへ呼び出すことだってできる。
それなのに、ルヴィウスは今も、魔の森の奥に一人、取り残されたままだ。
どうしてレオンハルトがなんの行動も取ってこないのか、理由は分からない。可能性としては、魔の森の魔素や瘴気が邪魔をして、座標を探しあぐねているということが考えられる。
ならば、動かずにここで待ったほうがいい。幸い、このスペースに魔物は入ってこられないようだ。危険な森をうろつくより、レオンハルトがルヴィウスの場所を特定してくるほうが早いに違いない。
そう結論付けたルヴィウスは、しばし息を整えることに精神を集中する。
これはレオンハルトに教わった、実戦で追い詰められた時の戦術の一つだ。
混乱は機会を逃し、冷静さは逆転の一手を掴む。危機に陥った時こそ、恐怖という感情を排除する必要があるのだ。
落ち着いてくると、いろいろな音が聞こえ始めてくる。
森のざわめき、獣の鳴き声、魔物の気配や咆哮。こんな恐ろしい森に、レオンハルトは子供の頃から一人で来ていたのかと思うと、その頃の彼を抱きしめてあげたくなる。
「ねぇ、君、大丈夫?」
「うわぁっ!」
突然の声に驚いて飛び起きると、すぐそばに人が立っていた。
長い銀の髪、漆黒の瞳、美しい顔立ちに白い肌。ルヴィウスより少し背が高いくらいの背丈。
声は男性っぽかったが、見た目は中性的だ。その人は、エスタシオの人が着ていたような、シンプルなワンピースに腰紐を巻いた格好をしていた。
「ごめんね、びっくりさせて」
「いえ、あの、あなたは……、人間でしょうか?」
およそ、初対面の人にする日常会話ではない。が、ここは魔の森だ。人ではなく人型の魔物だったら、今度こそ命の危機。
つまり、ルヴィウスの頭は混乱しているということだ。
銀の髪の人は、目をぱちくりさせた後、声を上げて笑った。
「あははっ、気持ちは分かるよ! でも、少なくとも君に危害を与えるような存在ではないかな」
「そ、うですか…」
答えつつ、少し距離を取る。「えぇ、あなたを襲おうと思ってます」などと宣言して襲う人は、まずいない。いや、この場合、人かどうかも怪しいが。
「迷ったんだね」
「そう、です」
「名前は? あ、私はエルだよ」
「は、はじめまして、エル様。えぇっと、僕はルヴィウス・アクセラーダです」
あ、しまった。軽々しく真名を伝えてはいけないと、講義で習ったばかりだ。とは言え、レオンハルトの影響力により、王国―――いや、この大陸でルヴィウスのことを知らない者など、ほとんどいないのだが。
「長いなぁ。ルヴィって呼んでいい?」
「は、はい、どうぞ」
どうやら名前の心配はしなくて良さそうだ。いや、安心するのはまだ早い。
「出口まで送ろうか?」
そう言い、エルは手を差し伸べてくる。
ルヴィウスは逡巡し、バングルを付けている右手を差し出した。悪意があれば、バングルが弾くからだ。
「いい判断だね、ルヴィ」
ルヴィウスの手を掴んだエルは、悪戯を仕掛ける前の子どものように、にこり、と笑う。
そしてルヴィウスの手をそのまま自分のほうへと強く引き、彼を立ち上がらせた。
すると、掴んだルヴィウスの手の平を上に向かせ、ぽん、とリンゴによく似た赤い木の実を置く。大樹の枝に実っていたものと、よく似ていた。
「これ、大事なものなんだ。預かっておいてくれるかな、ルヴィ。お礼に祝福を渡しておくね。今度は大事な人と会いに来てほしいな」
言い終えるやいなや、エルは、とん、とルヴィウスの体を押した。
「え―――」
後ろ側に向かって倒れこむかと思った瞬間。
どしゃっ、と地面に倒れ込んだ。
「いっ、たぁ…っ」
顔を上げると、樹々の間から差し込む陽の光と、青空が見える。森の出口だ。
安心したのも柄の間、背後で、ザザッ、と複数の生き物が草をかき分ける音がした。
振り返ると、たくさんの赤い目が見える。またしても、ダイアウルフだ。ルヴィウスは素早く立ち上がり、森の外を目指して全力で駆け出す。
背後と斜め左右から、獣の気配が迫る。なんとか転ばずに森から抜け出たものの、ダイアウルフの喉を鳴らすような低い声が追いかけてきた。心の中で何度も、何度もレオンハルトを呼ぶ。
足がもつれる。もう走れない。今日何度目かの転倒。振り返ると、ダイアウルフが飛びかかってくる。
そして、『ギャンッ!』という獣の断末魔。
バングルが保護魔法を展開するより早く、ダイアウルフの体が真っ二つになって吹き飛んでいく。
レオンハルトだ! そう思って攻撃が飛んできたほうを向くと、見知らぬ赤褐色の鎧を身につけた騎士たちがいた。
彼らは森から群れで駆け出してきたダイアウルフを、剣でなぎ払い、魔法で吹き飛ばし、時には首を落として討伐していく。
20体はいたであろうダイアウルフの群れは、ほとんどがただの肉塊となり、生き残った数匹が森へと引き返していく。
ルヴィウスは座り込んだまま、息を整えながらも、見知らぬ騎士たちを窺う。
人数は17。みな体格がよく、背も平均より高いようだ。
剣を使うのに、魔法も駆使していた。だから、魔剣士だと判断がつく。
しかし、魔剣士は王国にレオンハルトただ一人。では、彼らはいったい何者なのか。
「あ……」
ある可能性に気づき、ルヴィウスは青ざめた。
魔の森に接しているのは、王国だけではない。未だ国交のない国、エルグランデル皇国。ルヴィウスは間違ってエルグランデルへ転移してしまったのだ。レオンハルトがすぐさま助けに来られなかった理由はこれだ。
「君、大丈夫?」
騎士の一人が、声を掛けてきた。
逃げなければ。本能がそう判断する。公爵家子息で王族の婚約者。捕らえられれば、何をされるか分からない。
背後は魔の森。正面は荒野。左は騎士達。では右は? そちらを確認すると、数十メートル先は断崖だった。飛び出した先が違えば、真っ逆さまだったかもしれない。
逃げ場がない。しかし、このまま何もせずに捕まるわけにはいかない。
ルヴィウスは立ち上がろうとしたものの、目眩がして、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。その時はじめて、体の中の魔力が激減していることに気づく。割合としては、一割残っているかどうか。このままでは魔力枯渇を起こしてしまう。
「怪我はないか?」
別の騎士が言う。すると、それを皮切りに、他の騎士も会話に加わってくる。
「どこの子だろー」
「汚れているが、身なりはいいな」
「迷子」
「こんな辺鄙なところで?」
「ひとまず保護しようよ」
会話を繰り広げていた7人の騎士たちが、近づいてくる。だが、ルヴィウスは立ち上がることさえ出来なかった。
もうダメかもしれない。ぎゅっ、と目を瞑った時だった。
『ギャアアアァッ』
空をつんざくような叫び声が降ってくる。咄嗟に耳を塞ぎ仰ぎ見ると、鳥を大きくしたような、しかしその様相はトカゲのようでもある、気味の悪い空飛ぶ爬虫類がいた。
ルヴィウスは再び恐怖に慄いた。大きさは狩猟小屋ほどもある。それが三羽。どこからどう見ても魔物だが、王国に飛翔系の魔物はいない。
「ワイバーンだ!」誰かが叫ぶ。
「バリスタなんて用意してないぜ!」
「誰か飛べる~?」
「それただの餌」
「餌に夢中になってる間に切れねぇかな」
「バカ言ってないで陣形を整えろ!」
「来るぞ! 全員、構え―――」
指揮官らしき騎士が指示を言い終える前に、突然、晴れた空が嘶き、稲光が走る。
その場に居た全員が、咄嗟に防御態勢をとった。
20
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!
カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。
魔法と剣、そして魔物がいる世界で
年の差12歳の政略結婚?!
ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。
冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。
人形のような美少女?になったオレの物語。
オレは何のために生まれたのだろうか?
もう一人のとある人物は……。
2022年3月9日の夕方、本編完結
番外編追加完結。
美しい世界を紡ぐウタ
日燈
BL
精靈と人間が共に生きる世界。
“ウタ”を紡いで調和をもたらす、カムナギという存在がいた。
聖界から追放された一族の末裔である少年、リュエルは、 “ウタ紡ぎ” として独自の活動をする日々の中、思いがけずカムナギを育成する学び舎への招待状を渡される。
意を決して飛び込んだそこは、貴族ばかりの別世界。出会いと波乱に満ちた学生生活の幕が上がった。
強く、大らかに開花してゆくリュエルの傍には、導き手のような二人の先輩。ほころんだ心に芽生えた、初めての想いと共に。
――かつて紡がれた美しい世界が、永久になるまで。
魔王様に溺愛されています!
うんとこどっこいしょ
BL
「一目惚れをしたんだ、必ず俺に惚れさせてみせる」
異世界で目覚めた倉木春斗は、自分をじっと見つめる男──魔王・バロンと出会う。優しいバロンに、次第に惹かれていく春斗。けれど春斗には、知らぬ間に失った過去があった。ほのぼの、甘い、ラブコメファンタジー。
第一章
第二章
第三章 完結!
番外編追加
魔王の事情と贄の思惑
みぃ
BL
生まれてからずっと家族に顧みられず、虐げられていたヴィンは六才になると贄として魔族に差し出される。絶望すら感じない諦めの中で、美しい魔王に拾われたことですべてが変わった。両親からは与えられなかったものすべてを魔王とその側近たちから与えられ、魔力の多さで優秀な魔術師に育つ。どこかに、情緒を置き去りにして。
そして、本当に望むものにヴィンが気付いたとき、停滞していたものが動き出す。
とても簡単に言えば、成長した養い子に振り回される魔王の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる