【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 一幕:管理者と筥の秘密

四章 一幕 8話-2 △

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 これからどうしよう。手首のバングルを見つめる。
 いつもなら、レオンハルトがすぐに飛んでくる。ここがレオンハルトの知らない場であっても、バングルに刻まれた陣とルヴィウスの中の魔力を座標にして。少なくとも、通信魔法を使って無事を確かめることはしてくるはずだ。それに、召喚魔法でルヴィウスをレオンハルトのところへ呼び出すことだってできる。

 それなのに、ルヴィウスは今も、魔の森の奥に一人、取り残されたままだ。

 どうしてレオンハルトがなんの行動も取ってこないのか、理由は分からない。可能性としては、魔の森の魔素や瘴気が邪魔をして、座標を探しあぐねているということが考えられる。
 ならば、動かずにここで待ったほうがいい。幸い、このスペースに魔物は入ってこられないようだ。危険な森をうろつくより、レオンハルトがルヴィウスの場所を特定してくるほうが早いに違いない。

 そう結論付けたルヴィウスは、しばし息を整えることに精神を集中する。
 これはレオンハルトに教わった、実戦で追い詰められた時の戦術の一つだ。
 混乱は機会を逃し、冷静さは逆転の一手を掴む。危機に陥った時こそ、恐怖という感情を排除する必要があるのだ。

 落ち着いてくると、いろいろな音が聞こえ始めてくる。
 森のざわめき、獣の鳴き声、魔物の気配や咆哮。こんな恐ろしい森に、レオンハルトは子供の頃から一人で来ていたのかと思うと、その頃の彼を抱きしめてあげたくなる。

「ねぇ、君、大丈夫?」
「うわぁっ!」

 突然の声に驚いて飛び起きると、すぐそばに人が立っていた。

 長い銀の髪、漆黒の瞳、美しい顔立ちに白い肌。ルヴィウスより少し背が高いくらいの背丈。
 声は男性っぽかったが、見た目は中性的だ。その人は、エスタシオの人が着ていたような、シンプルなワンピースに腰紐を巻いた格好をしていた。

「ごめんね、びっくりさせて」
「いえ、あの、あなたは……、人間でしょうか?」

 およそ、初対面の人にする日常会話ではない。が、ここは魔の森だ。人ではなく人型の魔物だったら、今度こそ命の危機。
 つまり、ルヴィウスの頭は混乱しているということだ。

 銀の髪の人は、目をぱちくりさせた後、声を上げて笑った。

「あははっ、気持ちは分かるよ! でも、少なくとも君に危害を与えるような存在ではないかな」
「そ、うですか…」

 答えつつ、少し距離を取る。「えぇ、あなたを襲おうと思ってます」などと宣言して襲う人は、まずいない。いや、この場合、人かどうかも怪しいが。

「迷ったんだね」
「そう、です」
「名前は? あ、私はエルだよ」
「は、はじめまして、エル様。えぇっと、僕はルヴィウス・アクセラーダです」

 あ、しまった。軽々しく真名を伝えてはいけないと、講義で習ったばかりだ。とは言え、レオンハルトの影響力により、王国―――いや、この大陸でルヴィウスのことを知らない者など、ほとんどいないのだが。

「長いなぁ。ルヴィって呼んでいい?」
「は、はい、どうぞ」

 どうやら名前の心配はしなくて良さそうだ。いや、安心するのはまだ早い。

「出口まで送ろうか?」

 そう言い、エルは手を差し伸べてくる。
 ルヴィウスは逡巡し、バングルを付けている右手を差し出した。悪意があれば、バングルが弾くからだ。

「いい判断だね、ルヴィ」

 ルヴィウスの手を掴んだエルは、悪戯を仕掛ける前の子どものように、にこり、と笑う。
 そしてルヴィウスの手をそのまま自分のほうへと強く引き、彼を立ち上がらせた。
 すると、掴んだルヴィウスの手の平を上に向かせ、ぽん、とリンゴによく似た赤い木の実を置く。大樹の枝に実っていたものと、よく似ていた。

「これ、大事なものなんだ。預かっておいてくれるかな、ルヴィ。お礼に祝福を渡しておくね。今度は大事な人と会いに来てほしいな」

 言い終えるやいなや、エルは、とん、とルヴィウスの体を押した。

「え―――」

 後ろ側に向かって倒れこむかと思った瞬間。

 どしゃっ、と地面に倒れ込んだ。

「いっ、たぁ…っ」

 顔を上げると、樹々の間から差し込む陽の光と、青空が見える。森の出口だ。

 安心したのも柄の間、背後で、ザザッ、と複数の生き物が草をかき分ける音がした。
 振り返ると、たくさんの赤い目が見える。またしても、ダイアウルフだ。ルヴィウスは素早く立ち上がり、森の外を目指して全力で駆け出す。

 背後と斜め左右から、獣の気配が迫る。なんとか転ばずに森から抜け出たものの、ダイアウルフの喉を鳴らすような低い声が追いかけてきた。心の中で何度も、何度もレオンハルトを呼ぶ。

 足がもつれる。もう走れない。今日何度目かの転倒。振り返ると、ダイアウルフが飛びかかってくる。

 そして、『ギャンッ!』という獣の断末魔。

 バングルが保護魔法を展開するより早く、ダイアウルフの体が真っ二つになって吹き飛んでいく。

 レオンハルトだ! そう思って攻撃が飛んできたほうを向くと、見知らぬ赤褐色の鎧を身につけた騎士たちがいた。
 彼らは森から群れで駆け出してきたダイアウルフを、剣でなぎ払い、魔法で吹き飛ばし、時には首を落として討伐していく。

 20体はいたであろうダイアウルフの群れは、ほとんどがただの肉塊となり、生き残った数匹が森へと引き返していく。
 ルヴィウスは座り込んだまま、息を整えながらも、見知らぬ騎士たちを窺う。

 人数は17。みな体格がよく、背も平均より高いようだ。
 剣を使うのに、魔法も駆使していた。だから、魔剣士だと判断がつく。
 しかし、魔剣士は王国にレオンハルトただ一人。では、彼らはいったい何者なのか。

「あ……」

 ある可能性に気づき、ルヴィウスは青ざめた。
 魔の森に接しているのは、王国だけではない。未だ国交のない国、エルグランデル皇国。ルヴィウスは間違ってエルグランデルへ転移してしまったのだ。レオンハルトがすぐさま助けに来られなかった理由はこれだ。

「君、大丈夫?」

 騎士の一人が、声を掛けてきた。
 逃げなければ。本能がそう判断する。公爵家子息で王族の婚約者。捕らえられれば、何をされるか分からない。

 背後は魔の森。正面は荒野。左は騎士達。では右は? そちらを確認すると、数十メートル先は断崖だった。飛び出した先が違えば、真っ逆さまだったかもしれない。

 逃げ場がない。しかし、このまま何もせずに捕まるわけにはいかない。
 ルヴィウスは立ち上がろうとしたものの、目眩がして、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。その時はじめて、体の中の魔力が激減していることに気づく。割合としては、一割残っているかどうか。このままでは魔力枯渇を起こしてしまう。

「怪我はないか?」

 別の騎士が言う。すると、それを皮切りに、他の騎士も会話に加わってくる。

「どこの子だろー」
「汚れているが、身なりはいいな」
「迷子」
「こんな辺鄙なところで?」
「ひとまず保護しようよ」

 会話を繰り広げていた7人の騎士たちが、近づいてくる。だが、ルヴィウスは立ち上がることさえ出来なかった。
 もうダメかもしれない。ぎゅっ、と目を瞑った時だった。

『ギャアアアァッ』

 空をつんざくような叫び声が降ってくる。咄嗟に耳を塞ぎ仰ぎ見ると、鳥を大きくしたような、しかしその様相はトカゲのようでもある、気味の悪い空飛ぶ爬虫類がいた。
 ルヴィウスは再び恐怖に慄いた。大きさは狩猟小屋ほどもある。それが三羽。どこからどう見ても魔物だが、王国に飛翔系の魔物はいない。

「ワイバーンだ!」誰かが叫ぶ。
「バリスタなんて用意してないぜ!」
「誰か飛べる~?」
「それただの餌」
「餌に夢中になってる間に切れねぇかな」
「バカ言ってないで陣形を整えろ!」
「来るぞ! 全員、構え―――」

 指揮官らしき騎士が指示を言い終える前に、突然、晴れた空が嘶き、稲光が走る。
 その場に居た全員が、咄嗟に防御態勢をとった。
 
 
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