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四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 8話-3 △
しおりを挟む体を震わす程の衝撃が、空気を揺るがす。
指をひとつ鳴らす程度の間が空いたあと、地鳴りのような大きな音がし、不規則に地面が揺れた。
静けさを取り戻したタイミングで身を起こすと、さっきまで空を飛んでいたトカゲの魔物三羽が、燻りながら荒野に落下し、絶命していた。
いったい、何が起きたのか。ルヴィウスだけでなく、戦闘態勢を取っていた騎士達も呆然としている。
「ルゥ!」
レオンハルトの声に反応し、ルヴィウスがそちらを振り返る。
レオンハルトはルヴィウスに駆け寄ってくると、座り込んだままの彼を抱きしめてくれた。
「ごめん! 遅くなった!」
「れお…」
安堵から力が抜けたルヴィウスは、くたり、とレオンハルトに身を預けた。すぐに異変を察知したレオンハルトは、片手でルヴィウスの腰を抱きとめたまま、もう片方の手で後頭部を支えると、躊躇うことなく、深く口付ける。
「んぅ…っ」
ぶわっ、と一気に魔力が流れ込んでくる。数年ぶりの口付けでの魔力交換。枯れた泉が満ちるように、ルヴィウスの体が蘇っていく。
心地良さと、安堵と、愛しさでいっぱいになったルヴィウスは、レオンハルトの背中に手を回し、力いっぱい抱きついた。
はぁ、と濡れた吐息が漏れ、離れた唇と唇の間に唾液の糸が伝う。
レオンハルトはルヴィウスのこめかみにキスをして、「もう大丈夫」と治癒魔法を掛けた。あちこち擦り切れたり、かすり傷が出来ていたりしたものが、綺麗に治っていく。
ほっと息をついたルヴィウスを、レオンハルトは縦抱きにし、立ち上がる。ルヴィウスは甘えるようにレオンハルトの首に腕を回し、縋りついた。
そうしてやっと、冷静さを取り戻しかけたルヴィウスの耳に、騎士たちの話し声が聞こえてくる。
「なぁ、俺たち、何を見せつけられてるわけ?」
「濃厚なラブシーン」
「それよりあれ見ろよ。ワイバーンが焼き鳥になってる」
「一騎当千とはこのことだな。ここまでの威力となると、もはや魔王と言っていい」
「勇者じゃなくて? 見た目からして魔王っていうよりイケメン勇者じゃん」
「冒険小説読みすぎじゃね?」
「てか、狼に追われてた子、超かわいーんだけど」
最後の言葉に反応したのはレオンハルトだ。
ルヴィウスを抱き上げたまま、騎士たちを鋭い視線で射抜く。
会話を繰り広げていた7人の騎士は平然としていたが、後方に控えていた他の騎士たちは、皆一様に体を強張らせた。
「何者だ、お前たち」
レオンハルトが威圧するように言う。
それに返事をしてきたのは、手前にいる騎士たちだった。
「それはこっちの台詞だよぉ、カッコいい魔法使いさん」
「君たち、どこの子?」
「ねぇ、それよりこの子達、魔力の波長が寸分たがわず一緒ってすごくない?」
「そんなことあり得るのか?」
「これ、報告したほうが良くね?」
「賛成」
「君たち、申し訳ないが―――」
騎士の一人が一歩近づいた瞬間、氷の刃が当該騎士の足元に突き刺さる。
「寄るな」
敵意をむき出しにしたレオンハルトに、騎士らは戦闘態勢を取る。
騎士は全部で17名。鎧を着用し、剣を構えているが、全員が魔剣士で魔法の属性も強い。一度に相手をするには、いくらレオンハルトでも分が悪すぎる。
だからと言って、実践経験のないルヴィウスが参戦しても、戦力どころか足手まといになるのが関の山だ。
「ルゥ、下がってて。もしもの時は転移以外の魔法ならなんでも使っていいから」
ルヴィウスは、こくり、と頷き、レオンハルトから数メートル下がって距離を取った。
魔力が満ちて、バングルの保護魔法も復活している。せめて、自分のことは自分で守ろう。そう決めたルヴィウスは、きゅっと自分の手を握りしめた。
すらり、と剣を抜いたレオンハルトは、17人の魔剣士を前に彼らの力量を測る。
後方の10名はたいしたことはない。だが、前方の7名を一度に相手にするなら、気を抜くわけにはいかない。
短い黒髪に緑の瞳の大柄な男は、指揮官だろう。この中で最も魔力が強い。
指揮官の右にいる、赤髪を一つに纏めている優男、魔力はそこそこだが気配が暗殺系だ。
反対側にいる黒髪に青い目のあどけなさを残す男は、繊細な魔力操作が得意とみえる。
赤髪の右後ろにいる、黒髪を三つ編みにした細目の騎士は、右足を僅かに下げたからスピード重視。
黒髪青目の左後ろにいる、金髪に赤い瞳、頬に十字傷がある男は行動が読みにくい陽動戦に向いた騎士。
この5人の後ろにいるやや小柄な茶髪のショートカットの二名は、顔も魔力もそっくりだ。双子の魔剣士の特性を生かした攻撃など、予測もつかない。
レオンハルトは右足を少し下げ、剣を構え直した。
ピリッ、と空気が張り詰める。
荒野から魔の森へと、砂ぼこりを巻き上げて風が吹き荒れた瞬間、レオンハルトが暴発を意味する古代語を呟き、緊張の糸を切った。
後方の10名の騎士が、突然爆ぜるように隆起した地面に体を吹き飛ばされていく。
煙幕のように膨れ上がった砂ぼこりが魔剣士たちを飲み込んだ。その中から、双子の騎士が一直線にレオンハルトめがけて飛んでくる。
レオンハルトは、右の騎士を剣で受け止め、左の騎士を魔法で魔の森へと吹き飛ばした。
「ラーイっ」
飛んでいった双子の片割れを気に掛けた隙に、剣で受け止めたもう片方を力任せに振り払う。
魔力で加速をつけていたため、彼は勢いよく荒野へと弾き飛ばされていった。
すぐさま、別の騎士たちが攻撃を仕掛けてくる。
黒髪を三つ編みにした騎士が、驚くほどのスピードで間合いを詰めて、剣を横に払ってきた。
レオンハルトは防御壁を盾代わりに攻撃を受け、反対から短剣を突いてきた金髪で顔に十字傷がある男の手を凍らせると、足元の地面を泥化させ、バランスを崩させる。
僅かな隙を生んだ瞬間を狙い、レオンハルトはすぐさま地面を蹴ってルヴィウスの近くまで下がった。
レオンハルトが指を一つ鳴らす。すると、展開した魔法の盾がなくなり、その拍子に黒髪の騎士がバランスを崩した。
次いで、泥に足を取られていた金髪の騎士が、その騎士の上に派手に転ぶ。
「いってぇっ! どけっ、シルヴィオ!」
「そんなこと言われても、足が抜けないんだってば!」
起き上がるのに苦労している間に、レオンハルトは黒髪の騎士の足元の地面を操作し、しゅるり、と伸びてきた木の根で彼の足首を拘束した。
「嘘だろっ、あいつ属性いくつ持ってんだよ!」
これで4人が戦闘不能だ。
ルヴィウスを背に庇い、次の攻撃に備えるレオンハルトは、ちりっ、と空気が焼ける気配を感じた。
すぐさま防御壁と冷却の術を展開し、ルヴィウスを抱いて崖の手前まで後退する。それと同時に炎の塊が飛んできて、先ほどまでいた地点に大きな穴をあけた。
防御壁が割れ、炎と冷却魔法がぶつかったことで水蒸気が発生し、視界が格段に悪くなる。
霧散した水蒸気を切り裂くように、赤髪の騎士が気配もなく切り込んできた。
レオンハルトは、剣を弾き飛ばされつつも、次の左からの攻撃を避けながら拘束魔法で赤髪の騎士の動きを無効化し、避けた反動すら味方につけて、体を回転させ、威力が増した蹴りをわき腹に食らわせる。
赤髪の騎士は無様に地面に倒れ伏した。
レオンハルトが、ふっ、と息をついた隙をついて、今度は、しゅるり、と魔力で練られた鎖が伸びてきた。
レオンハルトはその鎖に両腕両足を拘束されてしまう。
術を展開した黒髪に青い目の騎士が、じっとこちらを見据えていた。
レオンハルトは感情のない不敵な笑みを浮かべ、右の指を鳴らす。
瞬間、ぱりんっ、と魔法の鎖が粉々に砕け散った。
「なかなか上手い術だった。だが、弱い」
レオンハルトが左手を、くいっ、と振る。すると、地面に転がっていたレオンハルトの剣が、鎖を放ってきた騎士めがけ勢いよく飛んでいった。
ガキンッ、と鋼がぶつかり合う音がした。
指揮官と思われる短い黒髪に緑の瞳の大柄な男が、レオンハルトの魔法によって飛んできた剣を、自分の剣で弾いたのだ。
「大丈夫か、ジーク」
「は、はい、ゲルニカ隊長」
ジークと呼ばれた騎士が立ち上がる。彼を助けに入った男、ゲルニカは隙のないオーラを身にまとい、レオンハルトを見据えていた。
もちろん、レオンハルトもゲルニカを鋭い目で睨みつけている。
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