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四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 8話-4 △
しおりを挟む薄氷の上にいるような緊張感があった。
誰も、動かない。いや、動けない。
しばらく視線を交わし合っていた二人だったが、ゲルニカが先に戦意を解き、剣を鞘に納めたことで、空気が再び流れ出した。
相手に争う気が無くなったと判断したレオンハルトは、ぱちん、と指を鳴らす。
魔の森に吹き飛ばされていた双子の片割れが、木の葉だらけになりながら出てくる。
荒野に吹っ飛んでいったもう片方も、のそり、と立ち上がった。
泥に足を取られていた金髪の男も地面から抜け出し、黒髪の騎士の足を拘束していた木の根も解ける。
地面に突っ伏していた赤髪の騎士は、「なんなんだよっ」と文句を言いながら立ち上がった。
ゲルニカはその様子を見て、仲間たちが最初の一手のあと、次の攻撃に出られなかったのは、目の前の見たこともない男の拘束魔法だったのかと、今さらながらに感心する。しかも、誰も大怪我を負っていない。
戦闘において最も難しいのは『生かす』ことだ。捕虜にするでもないのであれば、それは『いつでも首を飛ばせる』という意思表示に他ならない。
力の差は歴然だった。これ以上交戦すれば、部隊が丸ごと被害にあう。このまま距離を保ち、丁寧に、しかし迅速に事情を聞き出し、対応はその後に決めるべきだろう。
そう決めたゲルニカが、降参の意図を伝えるために両手を上げた。
「我々の負けだ。しかし、こちらの事情も汲んでいただきたい。ここは話し合いで―――」
ひゅんっ、と水の矢が空気を切り裂いた。
気を抜いていた所為で、レオンハルトの対応が遅れる。
矢は、ルヴィウスに向かって一直線に飛び、突き刺さる前にバングルの保護魔法が発動した。
ぱぁん! と矢が砕け散る。その衝撃で、ルヴィウスの体が後ろへ弾き飛んだ。その先は、断崖だ。
咄嗟にレオンハルトが手を伸ばしたが、僅かに届かなかった。
崖下へと落下していくルヴィウスを追い、レオンハルトは躊躇うことなく飛び降りる。
垂直落下していくルヴィウスに浮遊魔法を掛け、逆に自分には加速魔法を掛けた。追いついて抱き留めた直後、上昇するために飛行魔法を展開した。
風を切って空へと向かって飛び、崖の上へと姿を現す。僅か数秒の出来事に、騎士たちがどよめいた。
「うそだろっ? あんなスピードの飛行魔法ありっ?」
「信じられんっ!」
「いやいや、感心してる場合じゃ無くね?」
「めっちゃ怒らせてる気がするんですけどっ」
「あの子に水魔法放ったの誰だよ!」
「新人が余計なことしやがって!」
「黙れ」
空から降ってきたその声は、まるで魔王の最後通告のようだ。
ゆっくりと地上へと降り立ったレオンハルトは、ルヴィウスに完璧すぎる保護魔法を掛けたあと、騎士たちを振り返った。
「手加減してやったのに、俺の大事なルゥを狙うとは、よほど死にたいんだな」
気配だけで大地を凍らせるほどの威圧が、騎士らを息苦しくさせる。怒りを隠そうともしないレオンハルトは、もはや魔王そのものだ。
「あれで手加減とかおかしくないっ?」
「もういいから逃げろっ! 撤退だ!」
「撤退賛成っ!」
「よしっ、逃げろっ!」
騎士らが背中を向けようとした、その時。
「誰が逃がすものか」
地を這うような怒りを含んだ声と、見えない鎖が騎士たちを地面に繋ぐ。圧倒的な力の差に、絶望することさえ忘れそうになる。
レオンハルトは自分の剣を拾い上げ、一歩ずつ騎士たちに近づく。彼が、ぱちん、と指を鳴らすと、宙に無数の氷の剣が出現した。その禍々しさに、息をすることさえも出来ない。少しでも妙な真似をすれば、全員串刺しにする。そういう警告だ。
レオンハルトは部隊の中心人物であろう7人を通り過ぎ、後ろで控えていた10名の騎士のうち、中央でガタガタと震えていた男の前に立つ。
その騎士は、ルヴィウスのバングルに組み込んであった反射の魔法により、自分が放った水の矢を跳ね返され、腕に傷を負っていた。
「お前だな、ルゥに水の矢を射たのは」
声だけで凍り漬けにできそうなほどの冷酷さだ。標的にされた騎士は涙を流し、顔を真っ青にして、今にも気を失いそうだ。
レオンハルトが右の人さし指を、すい、と横に振る。すると、その騎士が地面に倒れこんだ。
逃げようとしたところを、レオンハルトが足蹴にし、仰向けにする。遠慮なく右足で腹を押さえつけると、剣を振り上げた。
「お前は俺の大事なものを傷つけようとした。代償を払え」
いまにも剣が振り下ろされる、まさにその時だ。
「そこまでだよ! レオっ、落ち着いて!」
ルヴィウスがレオンハルトを後ろから抱きしめ、力いっぱい引っ張り、騎士の上から足を退けさせる。
ルヴィウスは、とにかく必死だった。このままレオンハルトが一方的に力でねじ伏せたら、明らかな侵略行為だ。王族がそんなことをしたら、戦争に発展しかねない。ここは何としてでも、食い止めなくては。
「俺は落ち着いている。だいたい、あいつはルゥを攻撃した」
「僕はレオのおかげで無事だから! とにかく落ち着いて! それから、この怖い魔法どうにかして!」
ルヴィウスは空に浮かぶ無数の氷の剣を指さす。
レオンハルトは「嫌だ」と唇を尖らせて拒んだ。ならば、とルヴィウスは条件を出す。
「向こう一ヶ月会うのやめるよっ?」
「それは困るが、ここで引きたくない」
くそぉ、この頑固王子め! ルヴィウスはレオンハルトをなんとか説得するため、自分が出せる交渉カードを順に切っていく。
「僕が怖いんだよ! だからあの氷の剣を消して!」
「ルゥには当たらないから大丈夫だ」
「そんなことできるのっ? ―――じゃなくて! そう言うことじゃなくて、血を見るのは嫌だな~!」
「なら消し炭にするか? 一瞬だぞ?」
レオンハルトが指先に炎を灯す。
騎士たちは内心焦った。いやいやいや、骨も残らないのはさすがに鬼畜すぎる!
「そういうことじゃないってば! レオには優しい王子様でいてほしいの!」
「優しいのはルゥ限定だぞ」
「わぁ、嬉しい~っ」
うあ~、ぜんぜん話を聞いてくれない~っ。他に何かないかな。レオンハルトの意識を完全にこちらに向け、怒りを忘れさせる条件。えぇっとー、えぇっとー……、そうだっ!
「じゃ、じゃあ! あの魔法を消してくれたら、レオがしてほしいことなんでも聞いてあげる!」
「なんでも?」
レオンハルトの表情が和らぐ。
固唾を飲んで様子を見守っていた騎士たちは、がんばれ少年! と内心ルヴィウスを応援しだした。自分たちの命運は、ルヴィウスの行動に掛かっていると理解したのだ。
「そうだよ! それにほら、僕、今日誕生日だから! ねっ? 誰かが怪我するのなんて見たくないなぁ」
甘えて見せると、レオンハルトが、ふむ、と納得の表情を見せた。よし、あと一押しだ。
「それで、レオは僕に何をしてほしいの? なんでもいいよ?」
あざとく上目遣いで見つめてみると、レオンハルトの頬が緩む。そっと耳打ちされたお願いに、ルヴィウスは顔を赤らめた。
―――今日、どうやって準備してきたか、今度ベッドの上でしてみせて?
いやいやいや、それはどうかと思う。と言うか、どうしてレオンハルトは閨事に関しては、どこか意地悪になるのだろう。それが嫌ではない自分もどうかしているかもしれないが。
「だめ?」
子犬の顔で強請られて、ルヴィウスは「えぇっと」とまごつく。
ちらり、と騎士たちを伺うと、祈るような眼を向けられていた。頼むからいいって言ってくれ、そう言わんばかりだ。
ルヴィウスは仕方なく、いいよ、と頷いた。
人の命と国家間の危機が掛かっている。自慰を見てみたい、なんてお願いくらい、聞いてやろうではないか。
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