【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

NOX

文字の大きさ
89 / 177
四章 一幕:管理者と筥の秘密

四章 一幕 8話-5

しおりを挟む
 
 レオンハルトはご機嫌な顔で、ぱちん、と指を鳴らす。
 すると、空を埋め尽くすほどだった氷の剣が、跡形もなく消えうせた。地面に見えない鎖で縛りつけられている騎士たちは、安堵のため息をつく。
 ルヴィウスも、ほっと胸を撫でおろした。

 もうこの際、静かに去ってくれればそれでいい。騎士のほとんどが内心そう願っていたのだが、空気の読めない一人の猛者が、レオンハルトへ声を掛けてきた。

「あの~、ついでにこの鎖の拘束魔法も解いていただけないでしょうかぁ」

 周りの騎士たちが青ざめ「バカか、シルヴィオ!」と慌てている。
 この空気の読めなさ具合、誰かを想像させるものがある。

 ルヴィウスは、怖いと思っていた騎士たちが、なんだか哀れに思えてきた。
 レオンハルトと一戦交えたが、彼と騎士らの力の差は歴然だった。レオンハルトが本気を出せば、ただの虐殺になってしまう。
 なにより、森から飛び出てきた時、背後にいたダイアウルフの群れからルヴィウスを助けてくれたのは、彼らだ。
 自分一人では交渉できなくとも、レオンハルトがいる。ここはきちんと話し合いをして、穏便に帰国する手段を取ろう。と、ルヴィウスは考えた。

「レオ、解いてあげて」
「いや、しかし、反撃されるかも―――んっ」

 ルヴィウスは背伸びをし、レオンハルトに口づけをした。

「お願い、レオ」
「わかった」

 レオンハルトは満面の笑みで、ぱちん、と指を鳴らす。
 キス一つで言うこと聞くのかよ! べた惚れだな、おい! 魔王のようだった男の豹変ぶりに、拘束魔法を解かれた騎士たちは各々心の中で突っ込みを入れていた。

「あら、わたくしの出番はなくなったのかしら」

 少ししゃがれた女性の声に、レオンハルトとルヴィウスは振り返る。
 動けるようになった騎士たちは、全員が深く頭を垂れた。

 長く真っ直ぐな濃いグレーの髪に、ヴィジョンブラッドの瞳。色白で凛としたオーラを纏うその人は、バランスの取れた体形に赤褐色の軍服を着ていた。
 背丈は女性にしては高く、レオンハルトより少しばかり低い程度だ。年齢はアレンより少し年上、三十手前ぐらいに見える。

「イルヴァーシエル公爵閣下にご挨拶申し上げます」

 ゲルニカが代表して言うと、他の騎士たちが「ご挨拶申し上げます」と繰り返す。
 彼らが口にしたその名に、レオンハルトとルヴィウスは、はっとする。
 管理者と筥を監視する役割を担う皇国の家門、イルヴァーシエル。いずれどこかで会うだろうと思っていた人物が、いま、目の前に居る。

 イルヴァーシエル公爵と呼ばれたその女性は、見惚れるような歩みでレオンハルトたちの前へと進み出た。
 そして右手を胸に当て、左手を後ろに回し、ボー・アンド・スクレープに似た形で頭を下げる。

「エルグランデル皇国筆頭公爵家、イルヴァーシエルが当主、カトレア・イルヴァーシエルと申します」

 カトレアの行動に驚いたのは、彼女の臣下である騎士たちだ。

 エルグランデルは皇国だが、皇家は存在しない。イルヴァーシエル公爵家が事実上の首長なのだ。国の代表とも言えるその人が、成人しているかどうかも分からない少年らに、頭を下げている。これはいったいどう言うことか。
 しかし、彼らの驚きはこれだけに留まらなかった。

「ご挨拶痛み入る、イルヴァーシエル公爵。私はヴィクトリア王国が第二王子、レオンハルト・ルース・ヴィクトリア。こちらは婚約者で公爵子息のルヴィウス・アクセラーダ」

 騎士たちは息を飲む。
 力の差が歴然だったとは言え、怪我をさせなくて良かった。国交がないとは言え隣国の王族。むしろあのまま氷の刃に貫かれていたとしても、抗議できていたかどうかわからない。

「殿下のご来訪、お出迎えに不手際がありましたこと、心から謝罪いたします」
「頭を上げてくれ。こちらこそ、先触れもなく領域を侵犯したこと、申し訳なかった。それと“過保護な守役”の件についても礼を言っておこう」
「寛大なお言葉、感謝いたします」

 そう言い、カトレアは頭を上げた。
 ルヴィウスと目が合い、カトレアが微笑む。
 誰かに似ている。ルヴィウスはやや不躾に、カトレアを見つめた。カトレアは、ふふっ、と笑う。ルヴィウスは自分の行動がマナー違反だと気づき、すぐに謝罪を口にする。

「淑女に対し失礼な行為でした。気分を害されたようでしたら謝罪いたします」
「いえ、お気になさらず。しかし、話には聞いておりましたが、殿下が溺愛されるのも頷ける愛らしさですわね」
「我が国と貴国とは国交がないはずだが、情報は筒抜けか」
「アレンから都度、報告を受けておりますので」
「じゃあ、やっぱりアレン兄さまが……」

 ルヴィウスの戸惑いの表情に、カトレアは眉尻を下げて少し困ったように笑った。

「ひとまず我が邸へいらしてください。湯とお着替えをご用意いたします」
「いや、必要ない。このまま王国へ転移魔法で帰る」
「殿下には転移陣など必要ないかもしれませんが、陣があればルヴィウス様のご負担が少しは減りましょう。今日のような出来事は初めてだったはずです。お体を悪くしてはいけません」
「あるのか、転移陣が」
「はい。イルヴァーシエル公爵家とアクセラーダ公爵家を繋ぐ転移陣がございます。殿下の魔力量であれば、ひと息で飛べるでしょう」

 カトレアのその言葉に、レオンハルトはルヴィウスの肩をぐっと抱き寄せ、厳しい表情を浮かべた。

「どうしてそうなったのか、詳細を聞かせてもらえるか?」
「殿下がお望みなら、と申し上げたいところですが、ヴィクトリア国王陛下、ならびに王妃陛下、そしてアクセラーダ公爵閣下とのお約束がございます。本来であれば、来月のルヴィウス様のお誕生日パーティーのあと、お話合いの席にてご挨拶差し上げる予定でした」
「はっ、父上が俺からの謁見申請を引き延ばしていた理由はこれか。どこまで行っても父上は俺を子ども扱いしたいらしい」
「お怒りはわたくしに。国王陛下は殿下の御父上であらせられます。どうか、親心と思い広いお心でお許しくださいませ」

 不服そうに目をすがめたレオンハルトだったが、カトレアに文句を言ったところで仕方ないと思い直した。

「貴殿の事情は理解した。無理を言って済まない。ありがたく湯と着替えをお借りしよう。案内を頼む」
「承知いたしました。殿下をお招きできますこと、幸甚の至りにございます」

 カトレアは先頭に立ち、レオンハルトとルヴィウスを邸へ招くべく、一番近い転移陣へと向かう。
 彼らの後を、護衛するように魔剣士の17名が続いた。

 レオンハルトと剣を交えた7名が、彼の背中を見つめていた。
 エルグランデル皇国の皇王代理とも言うべきカトレアが、終始、低頭姿勢だった。なにより、彼女はレオンハルトの事情をよく知っている素振りだ。
 それはつまり、長きにわたり空席となっていた玉座が、新たな主を迎えることになるかもしれない、ということ。

 ただ、ただ、強かった。魔法の扱いはもちろん、剣技や反応スピード、状況把握に相手の力量と得意とするスキルの見定め方、戦略。
 どれをとっても、申し分ない。戦乱の世であれば、名を馳せる英雄になれる。いいや、彼一人が一つの軍と言っていい。

「ふっ」

 赤髪の騎士が、小さく笑った。隣を歩く黒髪に青い目の騎士が肘で彼を小突く。しかし、気持ちはよく分かった。

 あれだけ強いのに、愛する者には頭が上がらない。この意外性を可愛いと思えてしまうのは、全員がレオンハルトよりはるかに年上だからだろう。

 ―――これが我らの主君か。

 皇国を支える7人の騎士の表情が緩む。
 今日、こうして剣を交えることが出来たからこそ、次に会うときは晴れ晴れとした気持ちで出迎えられるだろう。
 皆が、そう感じていた。
 その日が、待ち遠しい。
 エルグランデル皇国最強の七騎士と言われる彼らが、レオンハルトの前に跪き、剣を捧げ、心からの忠誠を誓う日は、きっとすぐそこまできている。
 
 
***************
お読みいただきありがとうございます。
四章一幕、これにて終了です。
次回からは、一部の謎解き&物語の中で最大の病みの一幕、四章二幕が始まります。
お付き合いいただけましたら嬉しいです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

吸血鬼公爵の籠の鳥

江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。 血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。 吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。

亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。 その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。 ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。 魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。 騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。 ※他サイトにも掲載しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...