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四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 8話-5
しおりを挟むレオンハルトはご機嫌な顔で、ぱちん、と指を鳴らす。
すると、空を埋め尽くすほどだった氷の剣が、跡形もなく消えうせた。地面に見えない鎖で縛りつけられている騎士たちは、安堵のため息をつく。
ルヴィウスも、ほっと胸を撫でおろした。
もうこの際、静かに去ってくれればそれでいい。騎士のほとんどが内心そう願っていたのだが、空気の読めない一人の猛者が、レオンハルトへ声を掛けてきた。
「あの~、ついでにこの鎖の拘束魔法も解いていただけないでしょうかぁ」
周りの騎士たちが青ざめ「バカか、シルヴィオ!」と慌てている。
この空気の読めなさ具合、誰かを想像させるものがある。
ルヴィウスは、怖いと思っていた騎士たちが、なんだか哀れに思えてきた。
レオンハルトと一戦交えたが、彼と騎士らの力の差は歴然だった。レオンハルトが本気を出せば、ただの虐殺になってしまう。
なにより、森から飛び出てきた時、背後にいたダイアウルフの群れからルヴィウスを助けてくれたのは、彼らだ。
自分一人では交渉できなくとも、レオンハルトがいる。ここはきちんと話し合いをして、穏便に帰国する手段を取ろう。と、ルヴィウスは考えた。
「レオ、解いてあげて」
「いや、しかし、反撃されるかも―――んっ」
ルヴィウスは背伸びをし、レオンハルトに口づけをした。
「お願い、レオ」
「わかった」
レオンハルトは満面の笑みで、ぱちん、と指を鳴らす。
キス一つで言うこと聞くのかよ! べた惚れだな、おい! 魔王のようだった男の豹変ぶりに、拘束魔法を解かれた騎士たちは各々心の中で突っ込みを入れていた。
「あら、わたくしの出番はなくなったのかしら」
少ししゃがれた女性の声に、レオンハルトとルヴィウスは振り返る。
動けるようになった騎士たちは、全員が深く頭を垂れた。
長く真っ直ぐな濃いグレーの髪に、ヴィジョンブラッドの瞳。色白で凛としたオーラを纏うその人は、バランスの取れた体形に赤褐色の軍服を着ていた。
背丈は女性にしては高く、レオンハルトより少しばかり低い程度だ。年齢はアレンより少し年上、三十手前ぐらいに見える。
「イルヴァーシエル公爵閣下にご挨拶申し上げます」
ゲルニカが代表して言うと、他の騎士たちが「ご挨拶申し上げます」と繰り返す。
彼らが口にしたその名に、レオンハルトとルヴィウスは、はっとする。
管理者と筥を監視する役割を担う皇国の家門、イルヴァーシエル。いずれどこかで会うだろうと思っていた人物が、いま、目の前に居る。
イルヴァーシエル公爵と呼ばれたその女性は、見惚れるような歩みでレオンハルトたちの前へと進み出た。
そして右手を胸に当て、左手を後ろに回し、ボー・アンド・スクレープに似た形で頭を下げる。
「エルグランデル皇国筆頭公爵家、イルヴァーシエルが当主、カトレア・イルヴァーシエルと申します」
カトレアの行動に驚いたのは、彼女の臣下である騎士たちだ。
エルグランデルは皇国だが、皇家は存在しない。イルヴァーシエル公爵家が事実上の首長なのだ。国の代表とも言えるその人が、成人しているかどうかも分からない少年らに、頭を下げている。これはいったいどう言うことか。
しかし、彼らの驚きはこれだけに留まらなかった。
「ご挨拶痛み入る、イルヴァーシエル公爵。私はヴィクトリア王国が第二王子、レオンハルト・ルース・ヴィクトリア。こちらは婚約者で公爵子息のルヴィウス・アクセラーダ」
騎士たちは息を飲む。
力の差が歴然だったとは言え、怪我をさせなくて良かった。国交がないとは言え隣国の王族。むしろあのまま氷の刃に貫かれていたとしても、抗議できていたかどうかわからない。
「殿下のご来訪、お出迎えに不手際がありましたこと、心から謝罪いたします」
「頭を上げてくれ。こちらこそ、先触れもなく領域を侵犯したこと、申し訳なかった。それと“過保護な守役”の件についても礼を言っておこう」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
そう言い、カトレアは頭を上げた。
ルヴィウスと目が合い、カトレアが微笑む。
誰かに似ている。ルヴィウスはやや不躾に、カトレアを見つめた。カトレアは、ふふっ、と笑う。ルヴィウスは自分の行動がマナー違反だと気づき、すぐに謝罪を口にする。
「淑女に対し失礼な行為でした。気分を害されたようでしたら謝罪いたします」
「いえ、お気になさらず。しかし、話には聞いておりましたが、殿下が溺愛されるのも頷ける愛らしさですわね」
「我が国と貴国とは国交がないはずだが、情報は筒抜けか」
「アレンから都度、報告を受けておりますので」
「じゃあ、やっぱりアレン兄さまが……」
ルヴィウスの戸惑いの表情に、カトレアは眉尻を下げて少し困ったように笑った。
「ひとまず我が邸へいらしてください。湯とお着替えをご用意いたします」
「いや、必要ない。このまま王国へ転移魔法で帰る」
「殿下には転移陣など必要ないかもしれませんが、陣があればルヴィウス様のご負担が少しは減りましょう。今日のような出来事は初めてだったはずです。お体を悪くしてはいけません」
「あるのか、転移陣が」
「はい。イルヴァーシエル公爵家とアクセラーダ公爵家を繋ぐ転移陣がございます。殿下の魔力量であれば、ひと息で飛べるでしょう」
カトレアのその言葉に、レオンハルトはルヴィウスの肩をぐっと抱き寄せ、厳しい表情を浮かべた。
「どうしてそうなったのか、詳細を聞かせてもらえるか?」
「殿下がお望みなら、と申し上げたいところですが、ヴィクトリア国王陛下、ならびに王妃陛下、そしてアクセラーダ公爵閣下とのお約束がございます。本来であれば、来月のルヴィウス様のお誕生日パーティーのあと、お話合いの席にてご挨拶差し上げる予定でした」
「はっ、父上が俺からの謁見申請を引き延ばしていた理由はこれか。どこまで行っても父上は俺を子ども扱いしたいらしい」
「お怒りはわたくしに。国王陛下は殿下の御父上であらせられます。どうか、親心と思い広いお心でお許しくださいませ」
不服そうに目をすがめたレオンハルトだったが、カトレアに文句を言ったところで仕方ないと思い直した。
「貴殿の事情は理解した。無理を言って済まない。ありがたく湯と着替えをお借りしよう。案内を頼む」
「承知いたしました。殿下をお招きできますこと、幸甚の至りにございます」
カトレアは先頭に立ち、レオンハルトとルヴィウスを邸へ招くべく、一番近い転移陣へと向かう。
彼らの後を、護衛するように魔剣士の17名が続いた。
レオンハルトと剣を交えた7名が、彼の背中を見つめていた。
エルグランデル皇国の皇王代理とも言うべきカトレアが、終始、低頭姿勢だった。なにより、彼女はレオンハルトの事情をよく知っている素振りだ。
それはつまり、長きにわたり空席となっていた玉座が、新たな主を迎えることになるかもしれない、ということ。
ただ、ただ、強かった。魔法の扱いはもちろん、剣技や反応スピード、状況把握に相手の力量と得意とするスキルの見定め方、戦略。
どれをとっても、申し分ない。戦乱の世であれば、名を馳せる英雄になれる。いいや、彼一人が一つの軍と言っていい。
「ふっ」
赤髪の騎士が、小さく笑った。隣を歩く黒髪に青い目の騎士が肘で彼を小突く。しかし、気持ちはよく分かった。
あれだけ強いのに、愛する者には頭が上がらない。この意外性を可愛いと思えてしまうのは、全員がレオンハルトよりはるかに年上だからだろう。
―――これが我らの主君か。
皇国を支える7人の騎士の表情が緩む。
今日、こうして剣を交えることが出来たからこそ、次に会うときは晴れ晴れとした気持ちで出迎えられるだろう。
皆が、そう感じていた。
その日が、待ち遠しい。
エルグランデル皇国最強の七騎士と言われる彼らが、レオンハルトの前に跪き、剣を捧げ、心からの忠誠を誓う日は、きっとすぐそこまできている。
***************
お読みいただきありがとうございます。
四章一幕、これにて終了です。
次回からは、一部の謎解き&物語の中で最大の病みの一幕、四章二幕が始まります。
お付き合いいただけましたら嬉しいです。
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