【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 1話-1

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 黒南風くろはえが去り、白南風しらはえが吹く七月六日。
 宵が迫る時刻、アクセラーダ公爵邸の本邸一階にある大ホールでは、ルヴィウスの十七歳の誕生日を祝うパーティーが開かれていた。
 煌びやかなシャンデリアの下、カルテットが奏でる音楽が、招待客らの耳を楽しませている。

 顔見知りとの歓談、この機会に商談や縁談をまとめようと下心を持つ者の上辺だけの会話、社交界の噂、流行りのドレス、真偽不明の恋愛話。
 百を超える招待客が訪れている会場は、賑やかにざわついている。

 その喧騒から隔てられるように、主賓入場用の重厚な扉の前で、ルヴィウスはレオンハルトと寄り添って、入場の合図を待っていた。

「緊張してる?」

 レオンハルトがルヴィウスの横髪を耳に掛ける。お揃いのピアスを見せつけたいようだ。

「あんまり。今回はできるだけ楽しみたいかな」
「そうだな、俺もそう思う」

 そう言い、レオンハルトがルヴィウスの頬を包み込み、額にキスをする。

 手袋をしているため、大好きなレオンハルトの手の感触が得られなくて、ルヴィウスはどこか寂しい。
 その気持ちを見透かしているのか、今夜のレオンハルトはルヴィウスにべったりだ。

 今夜のために、二人で意見を出し合い、ギリギリまで調整した、互いの瞳の色を指し色に入れた夜会服。対のデザインや、お揃いの色、相手の色を纏うなど、夜会服は仲の良さをアピールするのに重宝する。ただし、彼らの場合は「これ以上アピールされても……」と思われている節があることは、否めない。

「ダンス、いっぱい練習したね」

 ルヴィウスが昨日までの日々を思い出して笑う。

 二人とも、社交界へのお披露目として十二歳から十八歳の貴族子女が行うデビュタントはすでに済ませているが、のらりくらり言い訳をして、ダンスは避けてきた。
 しかし、もうすぐ成人すること、そしてその先にある結婚を考えれば、いつまでも避けてはいられない。
 そこで、誕生日パーティーでファーストダンスをお披露目しようと、改めてダンスに取り組んでみたのだが、思いのほか、レオンハルトが足を引っ張ることになったのだ。

「まさか、レオがあんなにダンスが苦手だったなんて思わなかったよ」
「俺もここまで苦手だとは思ってもみなかった。ルゥにはたくさん練習に付き合ってもらったな」
「レオ、運動神経はいいのにね」
「リズム感が壊滅的なんだよな。だからって魔法でどうにかなるもんでもないし」
「ふふっ、レオは誰かに合わせるより自分で突き進むタイプだもんね」
「それはダンスに関係なくないか? どうでもいいけど、早くルゥを抱きしめたい」
「せっかく綺麗に着飾ったのに?」
「着飾ってるから、こうして抱きしめるのを我慢してるんじゃないか。皺になったら大変だから」
「じゃあ、終わったらいっぱい抱きしめて?」
「当然」

 そう言い、レオンハルトはルヴィウスに顔を近づけて触れるだけの小さなキスをした。

「愛してる」

 以前から愛情表現がストレートなレオンハルトだったが、最近は前にも増して、こうしてキスをして愛を囁く。
 ルヴィウスはその気持ちに応えたくて、小さなキスを返して「僕も」と囁き返した。
 
 お互いに、少し不安なのだと気づいている。

 今日、この夜会のあと、ヒースクリフ達と話す機会を得た。今まで知らなかったことを、今夜、知ることになる。きっと、今までのような、ただ愛し合っていればよかった婚約者同士ではいられなくなるだろう。
 自分の役割を知り、それを背負うということは、幸せなことばかりではない。特に、レオンハルトがこの先背負うであろう重責を想えば、不安も募る。
 だからこそ、二人はいまこの時を楽しもうと決めた。

「レオンハルト・ルース・ヴィクトリア第二王子殿下、ならびに、ご婚約者ルヴィウス・アクセラーダ様のご入場です」

 宣言のあと、扉が開き、拍手が起こる。
 レオンハルトが左手を差し出す。ルヴィウスはそっと右手を添えた。二人は笑顔でホールへと入り、そのまま中央まで進むと、向かい合ってお辞儀をした。

「どうか私と一曲踊ってください、愛しい人」
「もちろんです、私の愛する人」

 二人は決まり文句を口にしたあと、手を取り合う。
 音楽が始まり、レオンハルトがルヴィウスの腰を引き寄せ、最初のステップを踏む。
 練習の甲斐があり、スムーズな出だしだ。そのあともステップを踏み、ターンをし、時々顔を寄せ合って笑いあう。
 仲睦まじい二人の姿に、会場は柔らかな雰囲気に包まれた。

 もうすぐ音楽が終わる。残すステップはあと五つ。
 しかし、気を抜いた所為か、レオンハルトのステップの歩幅がルヴィウスの足の位置と重なりそうになった。
 慌てたレオンハルトは、ルヴィウスの腰を掴んで抱き上げると、そのまま、くるり、とターンし、危なげなく彼を着地させた。音楽は丁度、そこで終了する。
 わぁっ、と拍手と歓声が起こる中、レオンハルトとルヴィウスはお辞儀をしながら、小声で言いあっていた。

「あぶなかった、ルゥの足を踏むところだった」
「持ち上げるなら言ってよ、びっくりした」

 すっと顔を上げた二人は、何事もなかったかのように完璧な笑みを張り付け、レオンハルトはエスコートのスタイルを取った。

 そのあとはグラヴィスがパーティーの開催宣言をし、配られたシャンパンで乾杯。そして長い、長いあいさつ回りが始まる。

 いつもなら何組かが遠まわしに「婚約者が男であることはどうなのか」的なことを言ってくるが、今年はその手の話はされなかった。むしろ「ご結婚が楽しみです」と皆が口を揃えて言う。
 そのことにルヴィウスは、安堵しながらも、少し悔しい思いがした。レオンハルトの伴侶として認められたと言うよりは、『この年齢まで破談にならなかったのだから仕方ない』という諦めが言葉の奥に滲んでいるように感じたからだ。

 夜会が中盤に差し掛かった頃、ヒースクリフとイーリス、エドヴァルドが顔を出した。
 ルヴィウスはレオンハルトと共に形式的な挨拶を済ませる。その後、ヒースクリフとイーリスの相手はグラヴィスに、エドヴァルドの対応はノアールに任せ、レオンハルトとルヴィウスは再び残りの挨拶回りへと向かう。

 似たような挨拶、代わり映えのない会話、本音の見えないやり取り。
 必要と思われる顔ぶれへの挨拶がすべて終わった頃には、二人はヘトヘトに疲れ果てていた。
 終始、笑顔を張り付けていたことで、顔が強張っているうえに、無駄に華美で窮屈な夜会服の重さが、疲労度に追い打ちをかけている。

 休憩しよう、と意見が一致した二人は、専用の休憩用テラスへ向かった。
 二人掛けのソファに並んで座り、手袋を外して指を絡ませ手を繋ぐ。やはり素手の感触は、温かくて愛おしい。

 こてん、とレオンハルトの肩に頭を乗せたルヴィウスが、少し気落ちした声で呟いた。

「今年は嫌味を言われなかったね。やっとみんな、レオのこと諦めてくれたみたい」
「まさか、分かってないのか?」
 レオンハルトが目を丸くする。
「なにを?」
「グリフィード聖下やマイスナー卿が、会う人、会う人にルゥの話をしてて、評判がうなぎ登りってこと」
「えぇっ?」知らない。初めて聞いた。
「それだけじゃないぞ。ルゥは魔法科専攻に編入した時、新聞に記事が載っただろう?」
「載ったけど……」あれはちょっと恥ずかしかった。
「他国の首長が後ろ盾についてて、アカデミーでは成績S+、俺が大陸一の魔法使いなら、ルゥは大陸二位だよ。だいたい、全属性を操れて、すべての魔法を無詠唱で使えるのは俺とルゥだけでしょ。ルゥより俺に相応しい人なんている? いないよね? もっと自信持ってよ、俺の婚約者殿」

 ちゅ、と軽い口づけをしたレオンハルトは、目を細めて愛おしそうにルヴィウスを見つめた。

 こういう目を向けられると、愛されていると強く実感する。
 口づけも、肌を重ねて繋がることも愛を確かめ合う行為だけれど、ルヴィウスはレオンハルトの瞳に自分だけが映るこの瞬間が、なにより嬉しい。この先もずっと、自分だけを映していて欲しいと思ってしまう。
 そう思ったからか、ルヴィウスは少し我が儘を言ってみたくなった。

「ねぇ、レオ」
「ん?」
「あのさ、魔力交換だけど……、バングルでもいいんだけど、時々は口づけでして?」

 可愛らしいルヴィウスのお願いに、レオンハルトは本当に嬉しそうに笑って、「いいよ」とキスをくれた。

「殿下、ルヴィウス様」

 カーテンの向こうから、アクセラーダ家の執事に声を掛けられた。レオンハルトが「なんだ」と答え、第二王子の顔に戻る。

「公爵閣下がそろそろ二階の一番奥の貴賓応接室へ来るようにと、仰っております」

 レオンハルトは「わかった」と答え、ルヴィウスの手を握りしめた。

「着替えてから行こう。この格好じゃ堅苦しすぎる」
「陛下と会うのに失礼じゃない?」
「このあとは非公式だからいいの」

 言うなり、レオンハルトはルヴィウスを抱き寄せて、転移魔法で彼の私室へ移動する。

 通いなれた、ルヴィウスの私室。
 初めて会った日から、何度ここで逢瀬を重ねてきただろう。
 手を繋ぎ、抱きしめ合い、口づけを交わし、他愛もない話で笑って、時には喧嘩をして、ルヴィウスが泣いたこともあった。

 レオンハルトはルヴィウスのこめかみに口づけて、その細い腰を抱き締めなおした。

「ルゥ……、これからも、俺と一緒にいてくれる?」

 少しだけ不安が滲むレオンハルトの声音に、ルヴィウスは口づけを返した。

「僕の居場所は、レオの隣だけだよ」

 そう告げると、レオンハルトは眉尻を下げて「そうだな」と笑う。ルヴィウスはもう一度口づけてから、レオンハルトの夜会服に手を伸ばした。

 親指の爪ほどもある大きなダイヤモンドのブローチを外し、装飾品専用のベルベッドの布地が張られたトレーに、そっと置く。
 次に、チェーンのように連なる真珠の装飾を丁寧に外して、ダイヤモンドの隣に並べた。
 一つ、また一つと、レオンハルトの装いから宝飾品を外していく。

「ルゥのアクセサリーは俺が外すね」

 そう言ってレオンハルトは、ルヴィウスがしてくれたように、彼の夜会服から一つ、またひとつと、宝飾品を丁寧に外し、トレーへと並べた。

 宝飾品を外し終えると、次はレースやタッセルなどの装飾品を互いに外し合う。重く華美な装いが、だんだんと軽くなっていく。
 ジャケットのボタンを外す時は、一つ外すたびに、口づけを交わした。互いに脱がせあって、しわにならないようそれぞれのトルソーに羽織らせる。

「なんだかんだ、楽しかったな、今日の夜会」

 レオンハルトがトルソーに着せた正装に目を向けながら、ルヴィウスの腰を抱いて言った。

「ダンス、またしようね」
「今度はもうずっとルゥを抱っこして踊るよ」
「あはっ、なにそれ、おかしいっ」

 笑い合って、見つめ合って、それから、キスをした。
 今日、何度目の口づけだろう。レオンハルトと一緒に居ると、言葉を交わすようにキスをしてしまう。
 ルヴィウスは、日常になったこの行為が、結婚して一緒に住むようになっても変わってほしくないな、と思った。

「ルゥ、もう一回、ちゃんと抱き締めさせて」

 そう言い両手を広げたレオンハルトの胸に、ルヴィウスは迷わず飛び込む。
 しっかりと抱きしめあって、心臓の音を重ね合わせた。

「あいしてる」

 ルヴィウスが囁いた。

「俺も。ルゥを愛してるよ」
「ねぇ、レオ」

 ルヴィウスが胸元からレオンハルトを見上げる。レオンハルトは「なに?」と柔らかく笑った。

「永遠を誓うから、僕をどこまでも連れて行って」

 ルヴィウスの言葉に、レオンハルトの瞳が揺れる。
 神に誓う前に、自分に永遠を誓ってくれた。そのことが、レオンハルトから不安を拭い去っていく。

「どこまでも連れて行くよ、ルゥ」

 そう答えて、レオンハルトはしっかりとルヴィウスを抱き締めなおした。

 ―――大丈夫。二人なら、なんだって乗り越えていける。

 ふっと体が浮遊感に包まれる。
 ルヴィウスがレオンハルトの腕の中で目を開けると、二階の一番端にある貴賓応接室の前だった。
 
 
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