【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 1話-2

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 扉の前には、誰もいない。内密な話であるため、護衛すら遠ざけているようだ。
 レオンハルトが扉をノックし「レオンハルトとルヴィウスです」と告げる。すぐに「入りなさい」とグラヴィスの声がした。

 中に入ると、正面中央の二人掛けソファにヒースクリフ、左の三人掛けソファにイーリス、右の三人掛けにグラヴィスがいた。彼らは正装のままだ。
 先日初めて顔を会わせたカトレアが、グラヴィスの隣に座っている。体に沿うマーメイドラインの銀のドレスが、とてもよく似合っていた。彼女は今日、アレンの親類として、夜会に出席している。
 予定ではアレンが同席しているはずだったが、彼の姿はない。すでにパーティーも終盤で、帰路につく招待客も多い。当主であるグラヴィスがここに居るため、エレオノーラとノアールをサポートするために会場に残っているのだろう。

「お待たせしました」

 そう告げたレオンハルトは、ルヴィウスの手を引き、テーブルを挟んでヒースクリフの対面の二人掛けソファに、共に腰を下ろす。

「これで揃ったな」

 ヒースクリフが言った。こくり、とレオンハルトが頷く。
 イーリスはどこか不安げで、グラヴィスは少し緊張しているように見えた。カトレアは覚悟を決めたかのような目をしている。

「カトレア、」ヒースクリフが王の威厳を持って指示を出す。「制約魔法を解いてくれ」

 レオンハルトは驚いた。てっきり禁書庫に制約魔法が掛けられているのだと思っていたが、そうではないらしい。

 カトレアは「承知いたしました」と答え、召喚を意味する古代語を詠唱した。魔術陣が描かれた羊皮紙が現れ、テーブルに広げられる。
 無駄のない召喚の術展開だ。王国であれば、上級魔法使いの中にあっても上位に相当する力量だ。

「ずいぶん古い形式の魔術陣だな」

 こんな時でさえ魔法に興味を抱いてしまうレオンハルトに、カトレアは苦笑して「はい」と答えた。
 レオンハルトはテーブルの上に広げられた羊皮紙を食い入るように見つめ、描かれた魔術陣の解読をし始める。
 ルヴィウスも魔術陣に目を向けてみるが、描かれている術の半分も理解できない。
 そのうち、レオンハルトが「なるほどな」と感心した表情で頷いた。

「中央の陣が制約で、その周りに術の対象者を古代語で刻むのか。制約を“正確な情報の受け渡し”とし、制約を受ける対象を“管理者と筥”とする。恐ろしく無駄がないな。この作り方なら術に掛かるのは俺たち二人だけなのに、大陸全土の人間が俺たちの知る言葉を“正しい意味”で使えなくなる。日付を入れたのは正確性を高めるためか。十四年前ということは、ルゥが俺の魔力を吸うはこだと分かった日なんだろう? その日に父上たちが集まって何を話し合ったのか、ぜひ聞かせてもらいたいね」

 レオンハルトが不敵な笑みを浮かべ、挑発するように足を組み替える。
 ヒースクリフはその態度を諫めたい気持ちになったが、羊皮紙に描かれた魔術陣ひとつから多くのことを読み取る我が子に、何を言っても聞き入れないだろう、と言葉を飲み込むことにした。

 ヒースクリフとは対照的に、カトレアはレオンハルトの才能に目を輝かせている。

「殿下はこの魔術陣をご覧になっただけでそこまでお分かりになるのですね。王国内には一般的な魔法書しかないと聞きましたが、どこで習われたのです?」
「俺専用の書庫」

 カトレアが小さく首を傾げた。説明が足らなかったようだ。いや、制約が掛かっていてこれ以上説明を足せないのだが。

「制約魔法を解いてくれたら話せる」

 レオンハルトの返答にカトレアは「分かりました」と微笑み、羊皮紙の上に手をかざした。
 時が来て役割を終えたまじないが解き放たれる、といった意味の古代語を詠唱したカトレアは、続いて羊皮紙を手に取り、炎を意味する呪文で魔術陣ごと燃やした。
 ちりっ、と音がし、灰も残すことなく羊皮紙は消え去る。
 瞬間、何かのつかえが取れたような気がして、レオンハルトとルヴィウスが、小さくため息をつく。

「何故こんなまどろっこしいことを?」

 レオンハルトのその疑問に答えたのは、カトレアだ。

「管理者と筥を守るためです」

 制約魔法はきちんと解けたようだ。今まで管理者も筥も伝達出来なかったが、いまカトレアは、確かにその言葉を“正しく”使った。

「あぁ、どこかの研究バカが攫って人体実験に使ったこともあるらしいな」
「そんなことまでご存じなのですか?」
「そうだな。管理者特権なんだろう。禁書庫の書物にはずいぶん助けられた」

「禁書庫?」
 イーリスが眉根を寄せる。
「そんなものがどこにあるのだ」
 ヒースクリフが厳しい表情で問う。
「王宮の地下です。六歳の時に見つけました」
「まさか、」イーリスの表情が険しくなる。「二日も行方不明になった時、禁書庫にいたの?」

 レオンハルトは親の心配など気に留めていないのか、小さく肩をすくませる。

「禁書庫にいたと言うより、しくじって迷宮に飛ばされて、攻略するのに二日かかったんです。禁書庫には高度な古代魔法が掛けられていて、俺しか行けません。管理者と筥のこと、俺とルゥの体質のこと、逆鱗のことはそこで知りました」

「お前は……」
 ヒースクリフが悩まし気に額を抑える。
「いったいどれだけ無茶をしてきたのだ。何の相談もなく、こちらがどれだけ心配していると―――」
「制約魔法で言えなかったんです。それに、言わなかったのはそちらも同じです、父上」

 レオンハルトの瞳には、苛立ちの色が浮かんでいた。
 彼らは親という立場を言い訳にし、何も告げずにいろいろな物事を進め、こちらの気持ちを確かめもしなかった。
 だから、自分でやるしかなかった。そして、自分にはそれが可能だった。レオンハルトにはその力と、手助けする知識が詰め込まれた書庫があったから。

 レオンハルトの言い分も一理ある。そう判断したのか、ヒースクリフはぐっと言葉を飲み込んだ。
 父親の顔が滲んでいた。そしてしばらく唇を一文字に引き締め、何かを思案する。すっと顔を上げた時には、また国王の表情に戻っていた。

「レオン、先に聞いておきたいことはあるか?」

 ヒースクリフからもたらされた譲歩に、レオンハルトは逡巡し、要求を告げる。

「では、まずアレン殿の出自から教えてください。昔ルゥが付けていた魔力遮断の腕輪を作ったのは彼だと聞きました。彼は、魔法や魔道具に造詣が深く、ルゥの話によれば俺たちの事情を知っている。そして、なぜか長い間その容姿が変化しない。彼はいったい何者ですか」

 予測を含んだレオンハルトの問いかけに、ヒースクリフは口を開きかけたものの、言葉を発するのをやめ、グラヴィスへと目を向けた。
 ヒースクリフの意図を理解したグラヴィスは一つ頷いたあと「それは私から話そう」と答える。

「殿下の質問に答える前に、ルヴィに聞きたい」
「はい、なんでしょうか、父上」
「お前、アレンがこの件に関係あると気づいていたな。それはなぜだ」

 聖女―――闇烏やみがらす騒動の際、ルヴィウスはグラヴィスと話す機会があった。その時にマイアンから教えてもらった情報を使って、グラヴィスにカマを掛けた時のことを言っているのだろう。
 ここで誤魔化す必要はないと考えたルヴィウスは、ありのままを答えた。

「教えてもらったんです。そういう人物が近くにいるということを。状況から考えて、監視の役割をしているのはアレン兄さまではないかと推察しました。それと、あの時はすでに、カトレア様の家名を知っていました」
「誰に教えてもらったんだ。殿下か?」
「いえ、グリフィード聖下です」

 予想もしていなかった名前が出てきたことに、グラヴィスは目を瞬かせる。当然、怪訝に思ったのは彼だけではない。ヒースクリフも眉根を寄せ、ルヴィウスに問いかけてくる。

「なぜここでエスタシオの教皇聖下の名が出てくるんだ。制約魔法の効果で知ることは出来ないはずだろう。まさか、神聖力が強いと効力がないのか?」

 ヒースクリフのこの疑問に答えたのは、レオンハルトだった。

「いいえ、父上。グリフィード聖下と、聖剣の主たるマイスナー卿は、俺たちと同じ、制約魔法の対象ですから、俺たちと情報を正しくやり取りできるんです」

 レオンハルトの言葉に、イーリスが眉を寄せ訝しげに瞬きをする。

「聖下とマイスナー卿が、どうして制約の対象になるの? 彼らはあなた達とはなんの関係もないでしょう」

「彼らは、制約魔法の陣に刻まれた“管理者と筥“に該当します。ですから、”正しい意味“ですべてを話すことが可能です」

「殿下、」カトレアが表情を強張らせる。「管理者と筥は一人ずつしか出現しませんし、イルヴァーシエル家の血は守護すべき対象を間違うことはありません」

「彼らが先代の管理者と筥なら?」
 レオンハルトがそう言うと、カトレアは目を見開き、驚いて息を飲む。
 
 
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