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四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 1話-3
しおりを挟む「そんなことが、あり得るのか……?」
グラヴィスが独り言のように呟いて眉根を寄せた。
レオンハルトは誰に目を向けるでもなく、やや苛立ちながら言う。
「あり得たからこそ、俺とルゥはそちらが教えてくれなかった情報を知ることができたんですよ」
レオンハルトはどこか責めるような物言いをした。ルヴィウスはそんなレオンハルトを見つめながら、彼の右手を、きゅっ、と両手で握りしめる。
レオンハルトの気持ちが、ささくれ立っている。愛情という理由であっても、親という立場を振りかざしてレオンハルトの気持ちを蔑ろにしてきたヒースクリフたちを、事情があると理解しながらも、素直に受け入れられずにいるようだ。
レオンハルトはルヴィウスの手の温もりと眼差しに、困ったように眉を下げて「ごめん」と笑う。
ルヴィウスは「謝る相手は僕じゃないでしょ」と言いたかったけれど、やめておいた。本人も、そのことは分かっているはずだ。
ルヴィウスの真っ直ぐな瞳から、その意思を汲み取ったレオンハルトは、ふぅ、と一つ息をつき、そのまま少し目を瞑ったあと、すっと顔を上げた。
「すみません、棘のある言い方ばかりして、子どもっぽい態度を取りました」
そう言ったレオンハルトに、ヒースクリフとイーリスも「こちらも悪かった」「ごめんなさいね」と親の顔で謝ってくる。
レオンハルトは三度ほど瞬きをしたあと、「いえ、大丈夫です」と少し恥ずかしそうに呟きを返した。
そんなレオンハルトを労うように、ルヴィウスは微笑んで、彼と目が合うと小さく頷く。レオンハルトはルヴィウスの頬にキスをして「ありがと」と囁いた。
二人の様子を窺っていたグラヴィスは、ルヴィウスの成長を誇りに思いながらも、親を必要としない日も近いのかと、複雑な思いを抱きながら口元に小さく笑みを浮かべる。
カトレアは彼らの様子を見守りながら、胸を撫でおろした。
管理者と筥は、特殊な環境を強いられる。これまでの記録を読めば、親と子が良い関係を保つのは難しいことも分かっている。
だが、レオンハルトとルヴィウスは違うようだ。
二人は、家族から愛され育ったのだろう。ヒースクリフたちの地位がそれを可能にしているのかもしれないが、今日までの日々が、辛いばかりではなかったことは確かだ。
カトレアは親子の交流に胸が温かくなるのを感じながらも、ヒースクリフらに許された時間を考え、さりげなく、話の軌道修正を試みることにした。
「殿下のお話が本当だとすれば」
そう言葉を発したカトレアに、その場の視線が集まる。カトレアは花が綻ぶように微笑んで言った。
「私の祖母が守り、私の父がお仕えしたニルス様とクレア様が、お二人の支えになられたのですね」
「まぁ、そういうことに……―――あ?」
レオンハルトは脳内で年表を広げつつ、一つの疑問を持った。
「カトレア、淑女にこの質問はマズいとは思うが……、お前、いま幾つだ」
「わたくしですか? 今年でちょうど百歳になります」
「はぁっ?」
「ひゃくさいっ?」
レオンハルトとともに、ルヴィウスも驚きの声を上げる。
カトレアは、どこからどう見ても三十歳前後だ。とてもじゃないが、百年も生きてきたようには見えない。
カトレアは、にこり、と微笑み、エルグランデル皇国が抱えるある問題を語った。
「魔素が溜まりやすい土地に暮らすためでしょうか。エルグランデルの民は王国の方に比べ、魔力が多いのです。そのせいか長寿でして、代わりに人口が少なく子が出来にくい体質です。寿命はだいたい、130年が平均。確実に子を成すために、恋愛と結婚を別に考える者もおりますし、魔力の相性が良い相手を伴侶に求める傾向にもあります。ですが、ヴィクトリア王国に憧れる若い者の中には、性質や文化より、互いを愛する気持ちを大事にしたいと思う者も多く……」
カトレアは口元にだけ笑みを浮かべ、表情を曇らせる。
はっきりと言われずとも、エルグランデル皇国が抱える抗いようのない社会構造を、想像することが出来る表情だった。
国は、人が居てこそ成り立つ。人が減れば、国は衰退する。だからと言って、感情があり、文明を持ち、自由と権利を重んじる人間という種である以上、繁殖のためだけの結婚など、受け入れがたい。
そこに抗うため、家族と断絶する者もいるだろう。変わり者だと疎外される人たちもいるかもしれない。または、自分たちのほうから人の輪を拒絶する選択をし、幸せとは程遠い結末を迎える者たちもいるだろう。
「それは……」
レオンハルトが呟くように言葉を零す。カトレアの視線が、やや俯き気味に思案している彼に向けられた。
しばらく考え込んだレオンハルトは、何かを決意したかのように顔を上げ、カトレアのヴィジョンブラッドの瞳を真っ直ぐに見据える。
「それは、俺が管理者として自分の役割を全うすれば、変えることができるのか?」
レオンハルトの蒼い瞳には、何かしらの決意が込められていた。
人を愛すること、誰かに絶対的な愛を向けられること、その想いが重なり合うこと。
レオンハルトはそのすべてを、そして、そのことがどれほど心を満たし、自分の人生を意味のあるものにするのかを、ルヴィウスを愛することで学んだ。
恋愛がすべてとは言わない。
結婚が必ずしも幸せなものだと言うつもりもない。
子を授かるかどうかが、その人の人生の価値を決めるものでもない。
けれど、それらの選択をするとき、取り払うことが出来ない壁により、諦めるしかない現実があるのは、違う気がする。
カトレアは、なんと答えたらいいか分からず、困ったように笑みを浮かべる。
たった17年しか生きていない少年に、背負わせたくはない。だが、レオンハルトには管理者としての資質が備わっている。ここまでの彼の態度を見る限り、気遣われて誤魔化されるより、はっきりと告げられて頼られることを望むだろう。
カトレアは「必ずとは言えませんが」と前置きをし、レオンハルトの疑問に答えた。
「ニルス様が管理者として、そして王としてエルグランデル皇国を統治されていた間、国は大きく栄えました。魔素濃度が薄まり、一時的に寿命が縮まり、魔力に関係なく子が出来る時期があったのです。殿下が管理者として、また王としてエルグランデル皇国へいらしてくだされば、同じ現象が起こる可能性はございます」
レオンハルトは「そうか、わかった」と答えるに留めておいた。けれど、レオンハルトがどう行動したいかは、誰の目から見ても明らかだ。
ルヴィウスはレオンハルトの右手に自身の左手の指を絡め、きゅっと握った。
レオンハルトの視線が、ルヴィウスに向けられる。じっ、と蒼い瞳を見つめる銀月の瞳には「一緒に行く」という決意が満ちていた。
その様子を窺っていたグラヴィスは、これは止められそうもない、と言いたいような表情を浮かべる。視線を愛息子から外した拍子に、カトレアと目が合い、彼女が苦笑した。そして二人は同じ思いで小さく頷いた。
この世のどこに、これほど愛し合う二人を引き離せる者がいようか。二人はもう、常に助けが必要な子どもではない。彼らが「行く」と決めたのなら、それを支えてやろうではないか。
「お話を戻しますが」
そう言ったカトレアに、再び視線が集まった。彼女は、イルヴァーシエル家について語りだす。
「私どもイルヴァーシエル公爵家は、エルグランデル皇国内でも特に異質で、竜の血が混じっていると言われており、平均寿命は皇国の民よりさらに長く180歳前後です」
「竜の血?」
レオンハルトが眉根を寄せる。
「はい。定かではありませんが、古代竜の血が混じっていると言い伝えられております。そのため、魔法や魔道具に詳しい者を多く輩出し、管理者と筥を見分けられるのではないかと」
「つまり、」レオンハルトが口を開く。「アレン殿は、イルヴァーシエル家の直系ということだな。魔法や魔道具に詳しいのも納得だ」
レオンハルトがそう言うと、グラヴィスがアレンに関して付け加えるように言った。
「アレンはイルヴァーシエル家の直系だが、少し事情があるんだ」
「どんな事情なんですか、父上?」
ルヴィウスが問う。グラヴィスは隠すことなく答えた。
「アレンは混血なんだ」
「混血?」レオンハルトが目を瞬かせた。「それは、王国の人間との?」
グラヴィスは「そうだ」と頷いた。
「ルヴィ、私たちとアレンの顔立ちが似ていると思ったことはないか?」
「それはもちろん、親戚筋だと言われてそれを信じていましたから……―――まさか、アレン兄さまにはアクセラーダ家の直系の血が入っているのですか?」
「あぁ。アレンは、カトレア様の双子の妹、ヒルダ様が産んだ子で、父親はエルビス・アクセラーダ」
「お…大御爺様ですかっ?」
ルヴィウスが驚く。レオンハルトも驚きを隠せない。
事実ならば、アレン・ルーウィックはイルヴァーシエル家の直系でありながら、アクセラーダ家の直系でもある。どちらの家を継ぐことも可能なうえに、場合によってはどちらの継承権も第一位だ。
グラヴィスは、ルヴィウスとレオンハルトの驚きを他所に、淡々とアレンの出自を明らかにしていった。
「アレンは、私の父、ルーカス・アクセラーダの腹違いの年の離れた兄になる。いまの年齢は確か、81になるはずだ。エルグランデルの人々は20歳前後の容姿を長く保ち、寿命の半分くらいを過ぎると、老化が始まるそうだ。アレンはイルヴァーシエル家の直系とは言え混血だから、すでに老化が始まったようでな。王国の年齢に変換すると24くらいじゃないかと本人が言っていた。寿命もカトレア様に比べれば短いものになるだろう」
「それに加え、」ヒースクリフがさらに付け加える。「イルヴァーシエル家は竜の血を受け継いでいるからか、番と呼ばれる運命の伴侶を判別する本能があるようでな」
「番ですか…、思い当たる節があるのは、なんでですかね?」
レオンハルトが半眼になった。ヒースクリフが苦笑いする。
物語の中の竜は、番を溺愛する描写が多い。それが創作ではなく、古代では事実であったとすると……。
「その…、間違ってたらすみません、」ルヴィウスが遠慮がちに聞く。「もしかして、アレン兄さまの番って……」
「ガイルよ」答えたのはイーリスだ。「誰にも取られたくないらしくて、クリフと相談して近衛に召し上げてレオンの側に置いたの」
はぁ、と深いため息をついたのはレオンハルトだった。
「ちゃんとガイルの意思を尊重してください。周りを固められたら逃げようもないでしょう」
まったく、傲慢な大人たちだ。それがレオンハルトの正直な気持ちだった。
ガイルがだんだんアレンにほだされ、満更でもない状態になっているから、何も言うつもりはないが、そうでなければ権力を発動するところだ。
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