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四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 1話-4
しおりを挟むレオンハルトは一つ息をつき、「話を元に戻しましょう」と言う。
「それで、さっきの魔術陣に刻まれていた14年前の日付は、どこから今日につながるのですか? あの日付に至った理由に、アレン殿の出自が関係しているんですよね?」
レオンハルトの指摘に、ヒースクリフが頷く。そこに、グラヴィスが「その話をする前に」と割り込んだ。
「アレンがどうして監視役をするに至ったか、話しておきたい」
レオンハルトはグラヴィスに目を向け、こくり、と頷いた。ルヴィウスも、やや背筋を伸ばし、父親のほうへと顔を向ける。
「アレンは混血だと言っただろう? 彼は混血がゆえに、エルグランデルに長期間留まれないんだ。それが分かったのは、アレンが18の時だった」
「あの……、」遠慮がちにルヴィウスが言葉を挟む。「大御爺様と、アレン兄さまのお母上であるヒルダ様は、婚約者同士というわけではなかったですよね?」
アクセラーダ家の家系図に先々代公爵夫人としてその名を刻んでいるのは、ヒルダではない。ルヴィウスの記憶が正しければ、変わり者として有名だった曽祖父エルビスは、二十歳を超えてから、婚約者を擁立し、そのまま結婚したはずだ。
ルヴィウスが生まれる三年前には曾祖母が、その翌年にはエルビスが亡くなった。そのため彼らと話した記憶はないが、思い出話で聞いてきた限り、恋愛結婚ではなくとも、曽祖父と曾祖母はそれなりに仲が良かった印象だ。実際は、違ったのだろうか。
「お爺様―――エルビス様とヒルダ様は、」グラヴィスが再び話し始めた。「アカデミーで出会って恋仲になったと聞いている。ヒルダ様は当時、監視役として王国へ潜入していたんだ。しかし、妊娠が分かると同時にエルビス様の元を離れ、エルグランデル皇国へ戻っている。無理もない。彼らが生きた時代は、今ほど自由恋愛が許されていなかったからな。当時のエルビス様は彼女を忘れられず、やっと婚約者が決まったのはそれから五年後だったそうだ。先々代公爵夫人は、大らかで愛情あふれる方だった」
「では、大御婆様は、アレン兄さまのことをご存じだったと?」
グラヴィスは「そうらしい」と眉尻を下げ、困ったように笑った。
ここでカトレアが、会話を一時的に受け取る。
「アレンを生かすため、わたくしと妹は、恥を忍んでエルビス様を尋ねました。一年の半分を、王国で過ごさせてやってもらえないか、と。その話し合いの席に、先々代公爵夫人もおられました。彼女は、“私が愛する人が大事にしたい人は、私にとっても大事な人だ”、そうおっしゃられ……。エルビス様はアレンを我が子として受け入れる、とおっしゃってくださいました。先々代公爵夫人におかれましては、ヒルダに“お友達になりましょう”と声をかけられたほどです。最初は疑ったものですが、それが本心だとわかり、彼女とはずいぶん仲良くさせていただきました」
「それ……、大人はともかく、御爺様…―――先代公爵のルーカス様はだいじょうぶだったのですか?」
ルヴィウスは、優しくて少し気の弱いところがあった、幼い頃の記憶にある祖父を思い浮かべて聞いた。それに答えてくれたのは、カトレアだった。
「ルーカス様は、当時、十歳でした。エルビス様はご自身の咎だと、隠すことなくお話になられました。ヒルダは申し訳ない気持ちもあったようですが、ルーカス様はそうではなかったようで。兄が欲しかったのだと言って、すぐにアレンと仲良くなってくださいました。ご両親の愛情あふれるお人柄を引き継がれたのでしょう」
「それ以来、」グラヴィスが穏やかな顔で、その後のいきさつをまとめる。「アクセラーダ公爵家にはイルヴァーシエル家と繋がる転移陣が敷かれ、アレンは半年ごとに王国とエルグランデルを行き来するようになった。そのうち空座になっていたアクセラーダの臣下、ルーウィック伯爵を継ぐことになり、管理者と筥を見つけるためにはちょうどいいと、自らその役割を買って出たのもこの頃だと聞いている」
「でも、なかなか現れなかったんですね、管理者と筥が」
ルヴィウスが言った。グラヴィスは頷いて答える。
「そうだ。アレンは役目を果たしながら、一年の半分を王国で過ごす日々を続けた。父がアクセラーダの爵位を継ぎ、私が産まれると、彼は公爵家から距離を取ろうとしたらしい。これ以上、公爵家に甘えるわけにはいかない、そう思ったんだろう。だが、状況が変わった。私が三つになる頃、魔力欠乏症であることが分かってな。それを知ったアレンとカトレア様は、手を尽くして治療法を探し、病を治してくれた。それが、5歳の時のことだ。今でこそ欠乏症完治の手法はアクセラーダ家の手柄とされているが、本当はアレンとカトレア様の―――イルヴァーシエル家の手柄なんだ」
「父上は、その時にはアレン兄さまの出自をご存じだったのですか?」
「いや、随分と長いこと知らないままだった。アレンとは、私の祖父……アレンの父、エルビスの葬儀で初めて言葉を交わした。その時の私にとっての彼は、ルーウィック伯爵の嫡男だという認識でしかなかった。父であるルーカスが、まだ当主として健在だったからな。その後、ルヴィがもうすぐ三つになるかと言う頃、魔力を吸う体質だと分かって、父がアレンを頼った」
「僕の魔力遮断の腕輪ですね」
「そうだ。私はアレンに感謝した。とは言え、その時もまだ、私の中の彼は、ただのルーウィック伯爵だった。彼の正体を知ったのはもう少しあとだ。ルヴィが六歳になる頃、父ルーカスの葬儀で、イーリスがアレンと話しているところに居合わせて、殿下が今代の管理者だと知った」
グラヴィスがそこまで話したあと、ここまでの経緯をかみ砕いて咀嚼するため、室内には少しの沈黙が流れた。それを断ち切ったのは、ルヴィウスだった。
「アクセラーダ公爵家は、イルヴァーシエル公爵家に多大なる恩があるのですね」
そう言ったルヴィウスに、カトレアが「それは違います」と否定する。
「ヒルダの忘れ形見であるアレンを、わたくしは我が子のように思って育ててまいりました。あの子が成長し、自分の役割を務め、番を見つけられたのは、ひとえにアクセラーダ公爵家がわたくしたちを見限らず、手を差し伸べてくださったからです。わたくしたちは、その恩をお返ししているだけのこと」
「忘れ形見……? ヒルダ様は、お亡くなりになられたのですか?」
ルヴィウスは戸惑いの表情を浮かべ、カトレアへ問いかけた。
「はい、妹は、亡くなりました。アレンが28の時です。領内の魔物が瘴気で狂化してしまい、討伐へ出たのですが……その時の傷が深く……」
カトレアは悲しげに目を伏せ、そのあとルヴィウスに顔を向け「気になさらずに」と笑みを浮かべた。ルヴィウスは「申し訳ありません」と俯く。
「ルヴィウス様」
カトレアが優しく声を掛けてくる。ルヴィウスは、ぱっ、と顔をあげた。
「状況が落ち着き、エルグランデルへお越しになった際には、ヒルダの墓へ花を手向けてやってくださいませ。あの子もきっと、喜ぶでしょうから」
カトレアの人の心を慮る気遣いに憧憬の念を抱いたルヴィウスは、素直に「はい、ぜひ」と微笑みを浮かべた。
アクセラーダ公爵家とイルヴァーシエル公爵家の繋がりについての話がひと段落したと判断したレオンハルトは、自分のことも聞いておくべきかと考えた。
アレンがアクセラーダ公爵家と親交を持ち、ルーウィック伯爵を隠れ蓑にしたとしても、当時、王太子と王太子妃であった両親にそうそう簡単に接触できる立場だったとは思えない。ならば、両親はいつ、どこで、どんなふうに、我が子が管理者であると知ったのか。
「母上は、どうして俺が管理者だとお分かりに?」
疑問が、そのまま言葉になった。
レオンハルトの問いかけに、イーリスの表情が僅か一瞬、強張る。だが、彼女はすぐに笑顔を作り、用意したかのような答えを返してきた。
「エルビス様のご葬儀で声を掛けられたのよ。妊娠されているのではないですか、お腹の子は魔力が大きい子になりますよ、って。まだレオンを妊娠したことに気づいていなかったから、驚いたわ」
何かを隠す意図を感じたレオンハルトがヒースクリフに目を向けると、彼は国王然とした表情を顔に張り付けていた。
さっきまではどこか父親の顔を滲ませていたのに。二人とも、嘘をつくのが下手になったようだ。
「どうして嘘をつくんですか」
レオンハルトがイーリスを非難する。ヒースクリフがすぐに「嘘ではない」と庇う姿勢を見せた。そのことにレオンハルトは、失望する。
ぜんぶ話してくれると思ったのに、まだ隠される。そんなに自分は庇護が必要な子どもに見えるのだろうか。
「俺はぜんぶ知りたいんです。どうして隠すんですか? なぜ教えてくれないんです? 俺が弱いからですかっ? 子どもだからですかっ? 俺は―――」
「母体が危険にさらされていたからです」
黙っていられなくなったグラヴィスが、ヒースクリフとイーリスに代わって、レオンハルトに告げる。
ヒースクリフが「余計なことを」とグラヴィスを非難する。イーリスは今にも溢れそうなほど瞳を揺らし「レオン、違うの」と呟いた。
「どういう、ことですか……」
レオンハルトが追及する。が、ヒースクリフもイーリスも、ぐっと唇を引き締め、教えるつもりがないようだ。
そこでレオンハルトは、事情を知っていると思われるグラヴィスに対し、声を荒げる。
「公爵っ、どういうことか教えろっ」
グラヴィスは深いため息をついたあと、厳しい目線をレオンハルトに向けた。
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