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四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 1話-5
しおりを挟む「殿下は、ご自身の体内で魔力を生んでしまいます。それは、お腹の中に居る時でも同じでした。吐き出す先のない魔力が、イーリスの胎の中で溜まり続ければ、魔力暴走が起きます。イーリスは殿下をお腹に宿している間ずっと、命の危険に晒されていたんです。アレンが作った魔道具の腕輪がなければ、イーリスはいまここに居ません」
「つまり、俺も母上も、アレン殿がいなければ死んでいたということか……?」
「正確には、イーリスだけが亡くなっていたでしょう」
グラヴィスがレオンハルトの間違った認識を指摘する。
レオンハルトは「は?」と呆然とした顔でグラヴィスを見た。
「殿下、閨教育で、同性婚の場合の妊娠の仕方を習いましたよね? 神殿の神木の泉を胎として借りる、と。あれは母体が妊娠に耐えられず、儚くなった際にも有効です」
グラヴィスの言葉に、レオンハルトの顔が一気に青ざめた。
「じゃあ、俺は……母上を殺して、産まれてきたかもしれないのか……?」
父親から愛する妻を奪い、兄から母を奪い、国から国母を奪っていたかもしれない事実に、レオンハルトの手が震えだす。
「レオン、そうはならなかった。お前が気に病むことではない」
ヒースクリフが宥めるように言う。それでも、自分が母親を危機にさらしていたことは、消えようのない事実だ。
ぎりっ、と歯を食いしばり、拳を握りしめるレオンハルトの背を、ルヴィウスが何も言わずにさする。
ルヴィウスに、グラヴィスを責める気持ちはなかった。グラヴィスは憎まれ役を買ってくれたのだ。
知りたいと思ったのはレオンハルトで、その事実を乗り越えるのもまた、レオンハルトだ。そして、それを支えるのが、ルヴィウスの役目。
「レオン、私は無事よ。私は、あなたの母であることを後悔したことなど一度もないわ。それはクリフも同じよ」
「イーリスの言う通りだ。レオン、私もお前の父であることを後悔したことなど、一度としてない」
ヒースクリフとイーリスの親としての強い信念の言葉に、レオンハルトはきゅっと唇を真一文字に結び、きつく眉を寄せた。
彼らは、レオンハルトの気持ちを蔑ろにしてきたのではない。何も言ってくれなかった理由は、単に子ども扱いしていたからでもない。話す過程で、レオンハルトが傷つく事実があると、分かっていたからだ。
二人が守りたかったのは、レオンハルトの心だった。もっと早く事実を知ることになっていたら、ルヴィウスとの絆も脆いまま、自分を否定して、責めて、違う未来を選んでいたかもしれない。
彼らは、待っていてくれたのだ。レオンハルトが、親の手を自ら離せる日が来るまで。
「レオ」
ルヴィウスが、レオンハルトを呼ぶ。指先が冷たくなった右手を、ルヴィウスが両手で握りしめてくれた。顔を上げると、銀月色の瞳と目があう。
大丈夫。違う未来なんか来なかった。誰も傷つかなかった。だから、レオンハルトの生に罪などない。
まるで、そう言われているようで、レオンハルトはルヴィウスを見つめ返した。
ルヴィウスはただ、柔らかく微笑んで、レオンハルトの手を包み込んでくれる。だから、どんな現実だって受け止められる。
「もう、大丈夫です」
レオンハルトはそう言い、ルヴィウスと繋いだ手はそのままに、姿勢を正した。涙を堪えたようで、目元が少し赤い。
「公爵も、怒鳴って悪かった。教えてくれたこと、感謝する」
グラヴィスは表情を柔らかくし、「はい、殿下」と答えた。
「父上、話を続けてもらってもいいでしょうか」
レオンハルトがそう言うと、ヒースクリフは「もちろんだ」と頷く。
「アレンが作ってくれた魔道具のおかげで、無事にレオンが産まれたまではよかったのだが、そのあと、私たちは別の問題に頭を悩ますことになった」
「俺の魔力過多ですね」
「そうだ。世話をしたくとも、長く触れることが出来なくてな。最低限の世話をするのが精いっぱいだった。魔力量のおかげか、乳を充分に飲めなくとも、レオンが衰弱する危険は少なかったが、三つになる頃には、どうにもならなくなった。何の手立てもなかった私たちは、レオンの妊娠を言い当て、母体の安全を守った魔道具を作ったアレンに秘密裏に連絡を取り、助けを乞うた。カトレアと会ったのは、その時だ。彼らの話はにわかには信じがたいものだったが、レオンとルヴィの存在が私たちに確証を持たせた。そして足首につける枷をもらった。ルヴィが腕輪をもらったように。制約魔法を掛けたのは、その時だ」
ヒースクリフが言葉を切ったところで、レオンハルトが「あれも、アレン殿の魔道具でしたか」と呟く。
レオンハルトもルヴィウスも、知らなかったあけで、アレンには随分と助けてもらったようだ。
過去にどのようなことがあったのか。その話し合いに区切りがついたところで、カトレアは会話の流れを、遥か昔と、遥か未来へと向ける準備を始めることにした。
「殿下、良ければ、わたくし共の役割についてお話させていただいても?」
「あぁ、頼む」
そう答えたレオンハルトは、無意識にルヴィウスの手を握りしめた。この先の話は、これからの自分たちに大きくかかわる。そう予感したのだろう。
二人の真摯な眼差しを受け止め、カトレアは「承知いたしました」と小さく頷いた。そして、レオンハルトとルヴィウスへ向けて、言葉を連ねていく。
「わたくしたちイルヴァーシエル公爵家は、先代の主君であり管理者であるニルス様の命により、次代の管理者と筥を保護する役目を賜りました。同時に、国内の魔物の討伐についても、指揮を執る立場にございます」
「と言うことは、保護を目的として王国へ監視を送り込むようになったのは、この200年あまりということか?」
レオンハルトの問いかけに、カトレアが頷く。
「正確には、ニルス様がお亡くなりになった170年前からになります。ニルス様とクレア様は、エルグランデルへたどり着くまで、大変苦労されました。管理者は、18になる年にエルグランデルへ誘われます。魔の森を抜けられる充分な力を蓄えたと判断されるからだと言われていますが、正確なことは私たちには分かりません。しかし重要なのは、18になることと、安全であることは同義ではないということです。ニルス様はご自分たちの経験から、管理者として成長する間も、その後、エルグランデルへ行く際も、手助けをする者がいるとお考えになられたようで、我が公爵家に白羽の矢が立ちました。無論、愛するクレア様の苦悩をご存じでしたから、筥についても手厚く保護し、助けるように、とも指示を受けております」
それでイルヴァーシエルの名が、マイアンからルヴィウスに伝わったのか、とレオンハルトは思った。
しかし、一番肝心なことを、まだ聞き出せていない。
レオンハルトはルヴィウスの手を取って、指を絡めなおして繋いだ。ルヴィウスが顔を上げ、二人の視線が絡む。
きゅっと握りしめられた手に、決意を感じた。ルヴィウスは、こくり、と頷く。
ルヴィウスが自分の意図を察してくれたことを確認したレオンハルトは、改めてヒースクリフに目を向けた。
「アレン殿や父上たちがどのような経緯で俺たちのことを知ったのか、それと、イルヴァーシエル家が担う役割も分かりました。そのうえで、お聞きします。結局、俺はいったい何のために必要とされているんでしょうか。管理者は何を管理し、筥は管理者の魔力の受け皿であるだけの存在なのでしょうか」
「そのあたりのこと、自慢の禁書庫は教えてくれなかったのか?」
ヒースクリフの意地の悪い問いかけに、レオンハルトは自嘲気味に笑う。
「残念ながら、俺の禁書庫は謎かけが好きな賢者みたいな存在でして、そのあたりのことははっきりとした言葉にしてくれないんですよ」
わざと反抗的な態度をとってくる息子に、ヒースクリフは小さく笑う。その笑顔には、父親の愛情が溢れている。
逞しく成長した。そう思えることが、純粋に嬉しかった。出来ることなら、この先もずっと、愛する息子でいてほしい。
「父上?」
怪訝そうな顔をするレオンハルトに、ヒースクリフは小さく咳払いをし、表情を引き締めた。
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