95 / 177
四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 1話-6
しおりを挟む「レオン、王族教育で建国史は習ったな?」
「はい」
なぜ、いまここで建国史? レオンハルトの眉間にしわが寄る。
「現在、王国は建国何年だ」
「1373年です」
「建国の理由はなんと習った」
「初代国王が流民の民を率いて闇を抜け、女神の導きにより、光の大地ヴィクトリアにたどり着いたためと習いました」
「闇とは何だと思う?」
「魔物ですか?」
「では、魔物はどこから湧く」
「魔の森―――……え、もしかして、エルグランデルとヴィクトリアは一つの国だった?」
ヒースクリフが「そうだ」と頷く。彼がこれから話すのは、王となる者だけが知る、忘れ去られた建国史だ。
「今から二千年以上前の神話の時代の終わり、エルグランデルとヴィクトリアは、エルトリアという一つの国だった。統治していたのは神の代理人であり、世界樹の守護者、ウェテノージル」
「ウェテノージル……ただ一人の、と言う意味ですね」
「そうだ。寓話の中で魔王ジルとして登場することが多い」
レオンハルトは合点がいったように「あぁ」と呟いた。
「寓話では、魔王が世界を危機に陥れましたが、実際はウェテノージルがなんらかの事情で居なくなり、世界樹ユグドラシルが守護者を失ったことで世界が荒れたんですね。その影響で一つの国だったエルトリアは、エルグランデル皇国とヴィクトリア王国に分かれた。まさか、世界樹が実在するとは思いませんでした。ずっと何かの比喩だと思っていましたから」
レオンハルトの推測に、ヒースクリフは満足して頷きを返す。
「察しがいいな、レオン」
「一応、王族ですので」
「そろそろ反抗期が終わってもいいと思うのだが」
「父上が反抗されるようなことをしなければ、俺も大人しくしますけど」
「減らず口が」
ヒースクリフはどこか嬉しそうに目をすがめてレオンハルトを見る。同じような表情で、イーリスもレオンハルトを見つめていた。
あぁ、こんなにも大きくなって。心配が絶えない子だったが、強く成長し、誰かを守れる強い人に成長した。
だからと言って、遠くに行ってほしくはない。ずっと、ずっと、我が子のままでいてほしい。
イーリスは涙を堪えるのが精いっぱいで、ヒースクリフは手を離れていくレオンハルトを繋ぎ留めたい気持ちを抑え、話を続ける。
「とにかく、ウェテノージルが居なくなった後、世界樹が役割を果たせず、世界は荒れ始めた。この世に神がいるかどうかは知らんが、神が不在の間も、世界は壊れないように出来ている。それが自浄作用であり、変革であり、進化とも呼ばれているものだ」
ヒースクリフの言葉の続きを受け持ったのは、レオンハルトだった。
「世界の理、ですね。居なくなったウェテノージルの代わりに世界樹の守護者が必要になったが、地上には人間しかいない。だから、管理者が現れた」
「そのとおりだ。世界はウェテノージルの代わりになる世界樹の管理者が生まれるよう、変革の時を迎えた。だが、人の身で神話の大樹を管理するのは容易ではない。管理者は生まれるようになったものの、大いなる力を宿すには精神が弱く、寿命も短い。そのうち魔力の元、魔素に耐えられる者と耐えられない者が現れ始め、国は二つに分かれた。これがエルグランデルとヴィクトリアの始まりのきっかけ、今から1500年以上前のことだ」
「その頃はまだ、筥が存在しないということですか」
レオンハルトの疑問に、カトレアが答える。
「おっしゃるとおりです、殿下。管理者が成長しきれず、世界樹をうまく守護できない過程を経たことで、世界はさらに歪み、逆に管理者が生まれなくなった時期がありました。そして王国の誕生以後、再び管理者がこの世に生を受けた時、新しい変化も生まれたのです」
「それが筥だ」ヒースクリフが言った。「管理者の膨大な魔力の余剰分を受け取り、成長を助けると同時に、その精神を支える者。筥はいつでも王国側に生まれた。二つは必ず惹きあう。だから管理者も、王国側に生まれるようになった」
「それがずっと、繰り返されてきたんですね」
「あぁ、小さな変化を繰り返しながらな。だが、管理者と筥にはどうにもならない壁が存在した。寿命だ。人でしかない筥は、管理者を置いて逝く。管理者は筥を追うように死に、世界はまた歪み始める。それを打破したのが、先代の管理者ニルスと、筥だったクレア王女だ」
「その話はルゥが本人から聞きました。魔力と魔法の才があったニルスが、クレア王女の寿命を引き延ばしたと。それでもクレア王女は結局、王国の人間。エルグランデル皇国で過ごしても、その地の人のように長寿にはならない。なぜなら、筥であった彼女には、魔力を貯めこむ器がないから。膨大な魔力によって長寿になった管理者とは違い、共に同じ地で過ごしても魔力を貯められないがために王国人の寿命のままの筥。管理者にとって、筥の消失は死と同じ。このままではまた世界が歪む。世界の理は、筥の消滅を問題だと判断した」
「推測しかできないが、その考え方がほぼ正しいだろう。重要な点は、ニルスが統治した約200年間が、ウェテノージル亡き後の世界で、最も安定した時期だということだ。長い年月を掛けて、管理者にとって筥がかけがえのない存在だと世界に知らしめたことで、世界は応え、ニルスが安定をもたらした恩恵により逆鱗が遣わされた。レオンの代でも凶龍が出現したことで、この説は成り立つ。彼らは恩恵を受け取るのに時間が掛かったが、お前たちはそうではない。レオンが管理者を継ぎ、長寿となったとしても、逆鱗でルヴィに器ができれば、共に生きられる」
共に、生きられる。ヒースクリフのその言葉に反応し、レオンハルトとルヴィウスは、繋いだ手をぎゅっと握り直す。
生きていける。一緒に。レオンハルトの寿命が長くなったとしても、ルヴィウスは彼の隣を共に歩いて行けるのだ。
レオンハルトとルヴィウスは、喜びを分かち合うように顔を見合わせて笑った。
二人の純粋な想いを見て、ヒースクリフは深く息をつく。
幸せになってほしい。ただそれだけのことが、どうしてこんなにも難しいのだろうか。
「私が思うに」
ヒースクリフの声に、レオンハルトとルヴィウスが顔を上げる。
「お前たちは集大成だ。世界が、そして世界樹がウェテノージルを喪失したあとに生まれてきた数多の管理者と筥の、もっとも成功した形となるだろう。私は、それが意味するところの結果が怖い」
意外な言葉に、レオンハルトは戸惑う。
「それは、どういう意味ですか……」
レオンハルトの声は、どこか乾いていた。ヒースクリフが滲ませる哀しみを思わせる視線に、喉の奥が強張っている。
ヒースクリフは言葉を探すように、しばし目を閉じる。再び瞼を開けた時、彼はただ、ただ、父親の顔をしていた。
「レオン、私はお前が愛おしい。どんな憎まれ口を叩こうが、お前は私とイーリスの愛する息子だ。もし、世界の理がウェテノージルの代理として管理者を作ったのではなく、ウェテノージルと同じものを作るために長い年月を費やして管理者と筥を作り続けてきたのだとしたら、お前の役割は今までの管理者の範疇を超える。私は、神の代理人の父親になど、なりたくはない」
レオンハルトは目を瞬かせた。
荒唐無稽な話に聞こえる。人が神の代理人になるなんて、あり得ない。そう笑い飛ばしたい。でも、出来ない。
「レオン……」
イーリスの目に涙が溜まっている。
20
あなたにおすすめの小説
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される
コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。
その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。
ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。
魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。
騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。
※他サイトにも掲載しています。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる