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四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 1話-7
しおりを挟む―――あぁ、だから、彼らは今日まですべてを隠し通してきたのか。
レオンハルトは、気づかされてしまった。今日の今日まで、ヒースクリフとイーリスがレオンハルトに真実を告げようとしてこなかった、本当の理由を。
彼らは、レオンハルトを傷つけたくなかった。それはいくつかある理由の一つでしかない。
最大の理由は、二人が―――いいや、この件に関わる者たち、ヒースクリフにイーリス、グラヴィスにカトレアとアレン。彼らが真剣に、ウェテノージルの再臨の可能性を考えたことにある。
だから、出来得る限り、レオンハルトとルヴィウスから事実を遠ざけたかったのだろう。管理者という使命や、エルグランデル皇国という存在から遠ざけることで、“普通とは少し違う子ども”の日常を守り続けてきてくれた。
単純に「あれがやりたい」「これになりたい」という話なら、きっと、もっと言葉を交わすことができた。けれど、レオンハルトに背負わされたものは、逃げられない宿命なのだ。だからこそ、何も知らないまま、出来るだけ長く、ただの息子で居てほしかった。
それは確かに、親が子に向ける愛だった。そして、宿命を背負った子の親にとっては、限られた時間でしか与えられない愛情だ。
もし予測通りレオンハルトが人ではない存在になるのであれば、この先、言葉を交わすことすら難しくなる可能性がある。
「殿下」
カトレアが労わるような声でレオンハルトに話しかけた。
「陛下がおっしゃるように、ウェテノージルの再来を望まれている可能性はあります。ですが、わたくしたちエルグランデルの民は、殿下にそれを背負って頂きたいとは考えておりません。世界の安寧のためにも“世界樹の管理者”という宿命からは逃がして差し上げられませんが、ニルス様の前例があります。彼の方以上の責務は、今後も、誰も背負わずともいいと思うのです。宿命を背負いながらも、人としての幸せを諦めないでください。その幸せのために、ルヴィウス様が伴侶として隣に居てくださることを選択されるのなら、わたくし達は誠心誠意お二人にお仕えしましょう。どうか、殿下の人生を犠牲になさらないでください。殿下が人ではない存在になることを、誰も望んでおりません」
カトレアの精いっぱいの優しさが込められた言葉に、レオンハルトは何も答えなかった。
ルヴィウスが手を握りしめ「レオ」と名を呼ぶものの、レオンハルトは唇を噛み締め、沈痛な面持ちで黙り込んでいる。
ルヴィウスは黙って見ていられなくなり、ぱっと顔を上げ、ヒースクリフに向けて言った。
「陛下、レオと一緒に、グリフィード聖下とアルフレド様に謁見してきてもいいでしょうか」
ヒースクリフは、ぱちり、と一度瞬きをする。そして、ふっと表情を緩めた。
理由は予想出来るが、呆然としているレオンハルトにわざと聞かせるため、ルヴィウスに問うた。
「ルヴィ、謁見したい理由は?」
「はい、ニルス様―――アルフレド様は管理者のまま二〇〇年を統治されました。神の代理人にはなっていません。ならば、彼が何をして何をしなかったか。どうやって管理人になったのか、お話をお聞きしたいのです。管理人になる過程で筥が果たすべき役割があるのなら、聖下からご教授いただきたいと思います」
ルヴィウスは真っ直ぐに前を見つめていた。その強さに惹かれるように、レオンハルトの視線がルヴィウスへと向けられる。
レオンハルトの視線に気づいたルヴィウスが彼を振り返り、柔らかく笑う。
「一緒に行こう、レオ。僕はずっと、ずっと、君と一緒だよ。独りになんかしないからね」
繋いでいた手をきゅっと握りしめて「そうだな」と笑うレオンハルトの目は、少し潤んでいた。
今まで張り詰めていた空気が和らぐ。その場にいる全員が、ルヴィウスの前向きさに助けられた気分だ。
「では、謁見申請を出しておこう。なるべく早く会いたいと」
ヒースクリフの決定に、レオンハルトは、こくり、と頷いた。
「他に聞いておきたいことはあるか?」
「そうですね……」
しばし逡巡したレオンハルトは、ぱっと顔を上げ、カトレアを見た。
「世界樹はエルグランデルにあるんだろう?」
「はい、そのとおりです」
「どのあたりにあるんだ?」
「わたくし達も知らないんです」
「知らない?」
「はい、世界樹の元へ行けるのは管理人と、世界樹に呼ばれた者だけです」
「管理人以外を呼ぶこともあるのか?」
「記録では、クレア様が呼ばれたことがあると。急に姿が見えなくなり、ニルス様が珍しく大慌てだったと母が申しておりました」
「それは慌てるだろうな。俺もルゥが急に居なくなって焦ったばかりだ」
「殿下」グラヴィスが笑顔で怒っている。「その話、詳しく」
レオンハルトが「しまった」という顔をする。
エルグランデル皇国のイルヴァーシエル家にある転移陣を使って、アクセラーダ家へ転移移動した時、グラヴィスは留守にしていた。これ幸いと、あの日のことは報告していないのだ。
「あら、グラヴィス様、お聞きになっていらっしゃらない?」
「なぜカトレア様がご存じで?」
「やだわ、わたくしったら。これは―――」
「はいっ、そこまででお願いします!」
急に、ルヴィウスが大声を上げて立ち上がった。
「父上には後でご説明しますね! もうかなり時間が経っていますし、今日はここまでにしましょう! 終了! 解散ですっ!」
無理やり話を終わらせたルヴィウスは、ヒースクリフとイーリス、カトレアに「では失礼します」と挨拶し、レオンハルトの手を引いて、さっさと応接室を出て行った。
後ろでグラヴィスが「説明しなさいっ、ルヴィ!」と叫んでいたが、完全無視だ。
扉が閉まると同時に、二人の気配が消える。どうやら、転移魔法で戻ったようだ。
戻った先がルヴィウスの私室か、レオンハルトの藍玉宮か、はたまた最近通い詰めている“秘密の別荘”なのかは知らないが。
グラヴィスが「まったく」と大きくため息をつく。
しばらく各々、長時間の話し合いの疲れを感じ黙っていたが、そのうち、イーリスが笑い出した。それがカトレアに伝播し、ヒースクリフとグラヴィスも笑い出す。
ヒースクリフが涙目で「ルヴィには適わないな」と言った。
グラヴィスも「そうだな」と苦笑する。我が子は、逞しく成長してくれたようだ。
彼らはこの日、自分たちが出来ることは惜しまずにしようと誓うと同時に、神がいるならば、どうか聞き届けてほしいと、切に願った。
どうか、二人が苦しむことがありませんように、と。
どうか、二人がこの先もずっと、離れずに愛しあえますように、と。
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