【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

NOX

文字の大きさ
97 / 177
四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 2話-1

しおりを挟む
 ヒースクリフらと話し合った日から十日が経った、七月十六日。レオンハルトとルヴィウスは、エスタシオのマイアンとアルフレドを訪ねてきていた。

 ヒースクリフが特急の伝言蝶で謁見申請をし、マイアンが同じく特急の伝言蝶で十日後の日付の返答をくれたのだ。
 これまで大人たちにはいろいろ苛立つことがあったが、それには彼らの事情があり、実際には助けられていたことが多かったのだと、二人は少しだけ反省している。

 前回の訪問時に転移陣を設置していたため、今回の行き来は無駄がなく、かつ、早い。なにより、公式訪問ではなく内密での謁見であるため、仰々しくないのが、二人にとってはありがたかった。
 特に、気持ちに余裕がない今のレオンハルトにとっては、精神的な負担が減る状況はありがたかった。完璧だった第二王子の仮面が、外にいても被れなくなるほど追い詰められるのは、初めてのことだ。

 レオンハルトは左手で頬杖を突きながら、窓の外で揺れる白と黄色の百合の花を眺めていた。
 マイアンが居住する宮殿の奥にある、こじんまりとした応接室に接している常春の庭は、淡い色で埋め尽くされている。その様子は、清らかな純粋さそのものだ。

 隣に座っていたルヴィウスは、レオンハルトに声を掛けようか迷い、開きかけた口をきゅっと噤む。

 この十日間、レオンハルトはぼうっとしていることが多かった。
 呼び掛けるまで気が付かなかったり、話しかけても胡乱な返事をしたり、つないだ手を離しても気づかなかったり。
 なにより、あんなにひっきりなしに口づけて、三日と空けずに体を重ねていたのに、この十日間は口づけさえ数えるほどだ。

 不安なのだろうとは思う。だが、ルヴィウスは、レオンハルトの不安をどう取り除いてやればいいのかが分からず、対処できずにいる。出来ることと言えば、なるべく明るく、前向きに振舞うことくらいだ。

 昔からこうだった。レオンハルトは一人で抱え込むことが多い。平気そうな顔をして、強いから大丈夫と思い込んでいる節がある。ふらりと一人でどこかへ行き、知らない間に何かを終わらせて、何事も無かったかのように、汚れも傷も何もかもを元通りにしてしまう。
 それは、強いこととは似て非なるものだ。

 ルヴィウスがレオンハルトの袖を、きゅっ、と握りしめたが、彼は気づかず庭を眺めるばかりだった。

 長く一緒にいるのに、抱きしめ合い、口づけもして、体を重ね合わせ愛を確かめ合ったにも拘らず、ルヴィウスには今のレオンハルトが見えない。
 目の前にある管理人や筥、世界樹やウェテノージルの問題以前に、もっとレオンハルトの奥底に眠るものをすくいあげる必要があるのではないか。ルヴィウスはこの十日間のレオンハルトを見ていて、そんな想いを抱いた。

 不意に、ノックの音が響いた。ルヴィウスが「どうぞ」と答えると、マイアンとアルフレドが入ってくる。その後ろに、見習い神官の少年がいた。お茶の準備のために付いてきたようだ。
 形式的な挨拶を交わしている間に、少年がお茶の準備を終え、静かに退室する。

「アル、頼みます」

 マイアンがアルフレドにそう言うと、アルフレドは経典の一部を読み上げた。神聖力を使った術を展開したようだ。

「遮音魔法を掛けましたから、何を話していただいても大丈夫ですよ」

 アルフレドの言葉にレオンハルトは、こくり、と頷き、さっそく口を開こうとした。が、言葉が続かなかった。
 何をどう聞けばいいか、頭の中がまとまっていないのだ。

「殿下、」アルフレドが柔らかく声を掛けた。「ヴィクトリア国王陛下から、だいたいのことは伺いました。ウェテノージルの再来にならないよう、管理者のままエルグランデルへ行ける方法を知りたい、違いますか?」

 気を遣ってくれたアルフレドに、レオンハルトは苦笑しながら「そうです」と答える。

「言葉を濁しても仕方ないので、はっきりお答えしますが、」先に言葉を発したのはマイアンだ。「殿下とルヴィウス様が求める答えを、私たちは持ち合わせていません」

「ですが、」今度はアルフレドが言う。「私が管理者としてエルグランデルへ行った経緯ならお話できます」

「構いません。少なくとも、マイスナー卿と同じことをすれば管理者の立場を確保できる可能性は大きいと思います」

 レオンハルトの意思に、アルフレドはしっかりと頷いた。

 ここからは、二人だけが理解できる話になるはずだ。そう考えたルヴィウスは、下手に反応して邪魔をしないようにと唇を引き締める。

「ではまず、禁書庫の話をしましょう。殿下は禁書庫へ行かれましたか?」
「えぇ、何度か」
「そこで何を読みましたか」
「古代の魔法書や魔道具の設計書、魔力の操作指南書に魔物辞典や歴史書。それから、日記のような予言書のような、自叙伝のような、そういう禁書も読みました」
「語り口調の文言で、表紙に何番目かが刻まれた禁書ですか?」
「そうです」

「ウェテノージルの欠片ですね」

「え?」
「永久に筥を傍に置きたければ、神の力で造り変えなければならない」
「それ……、闇烏を捕らえた日の夜に読みました……」
「殿下が初めてエスタシオに来られた日、お渡しした欠片が封じられるはずだった禁書の一節です。私と手が触れた時、痛みを感じる瞬間はありませんでしたか?」
「……ありました」

「私は、ウェテノージルの欠片を持ったまま生まれ変わりました。神の代理人の力によって、一部の記憶を保持したまま生まれてこられたのです。ですが、本来は次代の管理人によって禁書庫から回収されるべき欠片。自然な形でお渡しするためには少々策を弄さなくてはなりませんでした」

「それが、闇烏への対処だった?」
「そうです。本当はもっと穏便にお返しするつもりでした。その際に呪いや理の外に出る方法もお伝えできればと思っていたのですが、お膳立ては終わっていたようです」
「世界の理によって?」
「そうかもしれませんが、違うかもしれません。見えざる手の意思をくみ取ることは出来ませんから」
「では、マイスナー卿が欠片を持って生まれ変わった理由も、見えざる手の意志だと?」

「いいえ、違います。これは世界樹の意志です。次代の管理者と筥を手助けするため、私が再び愛する者と会えることと引き換えに、役割を賜りました」
「つまり、マイスナー卿と聖下は、世界樹という神の力によって再会したということですね」
「そう言ってもいいでしょう」

 会話がそこで途切れた。ルヴィウスは二人の会話を聞きながら、疑問が沸いた。
 アルフレドがレオンハルトに返したと言うウェテノージルの欠片。では、自分がマイアンから受け取った欠片は、いったい何の欠片だと言うのだろう。

 ちらり、とマイアンを見ると、目があってすぐ、彼はお茶に口を付けた。
 なるほど、何も言うなということか。これは教えてもらえそうもない。だが、今はとにかく、レオンハルトのことが優先だ。

「ところで殿下。殿下は今まで、ウェテノージルの欠片と思われる禁書を、いくつお読みになりましたか」

「えぇっと……」

 レオンハルトが思い浮かべながら指折り数える。折り返したところで、アルフレドの顔色が変わった。

「七つです。最後に読んだ禁書の表紙に、八番目と刻まれていましたから」

 アルフレドの表情が強張っている。
 何から話すべきか……。アルフレドはなるべくレオンハルトが不安にならないよう、言葉を選ぼうと努めた。

 考えをまとめるために、花びらが地面へと落ちるほどの時間を費やしたあと、アルフレドは再び視界にレオンハルトを捕らえる。

「どういう仕組みかわかりませんが、禁書庫でウェテノージルの欠片を回収すると、その分魔力量が増える。これは実感していますか?」

「もちろん。一度目の時はそうだと気づかなくて、二度目でそうかもと思いました。確信を持ったのは三度目以降です」

「管理者になる者は、元々ウェテノージルの欠片を持って生まれてきます。殿下は禁書庫ですでに七つの欠片を回収しました。そして御身にすでに一つを宿している」

「合計八つ?」

「そうです。私が管理者としてエルグランデルへ赴いた時、私は禁書を七冊読み、八つのウェテノージルの欠片を宿していました」

「じゃあ……」

「これ以上、禁書に触れてはいけません。殿下が早い段階から多くの禁書に触れられたのは、王族だからでしょう。私は騎士という立場上、王宮内を自由に出歩くことが難しかった。七つの禁書の大半を読めたのは、十八になり、エルグランデルへ向かう直前でした。一気に魔力が増え、上手く操作できなくなった私は、クレア王女の助けがなければ暴走していたでしょう。八つの欠片を宿した私は、歴代の管理者の中で、もっともウェテノージルに近いと言われました」

「それは、誰に……?」

「世界樹です。そこから推察するに、残る欠片はあと一つか二つ。殿下はこのまま禁書庫には近づかず、十八の誕生日になったらエルグランデルへ行き、世界樹の管理者となってください。そうすればルヴィウス様の筥としての役目も終わります。逆鱗を使って彼の体内に器を作り、向こうの特殊な魔素を取り込めば、殿下と長い時間過ごせるようになるでしょう。絶対とは言い切れませんが、これが最善であることは確かです」

 強く言い切ってくれたアルフレドに、レオンハルトは一つ深呼吸してから「わかりました」と答えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

吸血鬼公爵の籠の鳥

江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。 血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。 吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。

亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。 その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。 ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。 魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。 騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。 ※他サイトにも掲載しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...