神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 2話-2

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 レオンハルトが、少しだけ靄が晴れたような顔をしていることに、ルヴィウスはほっとし、同時にやる気をみなぎらせる。
 これで対処の方向性がはっきりした。絶対に、レオンハルトを禁書庫に近づけてはならない。レオンハルトの話では、禁書庫は藍玉宮の敷地内の地下にある。それなら、最初の対策はこれではないだろうか。

「レオ、誕生日までは公爵家で寝泊まりしよう」
「は?」唐突な申し出に、レオンハルトは目を丸くする。
「だって、禁書庫に近づいちゃダメなんだよね? それなら王宮から離れたほうがいいよ」
「まぁ、そうかも……?」

「ルヴィウス様」マイアンが可笑しそうに笑いながら言う。「殿下の魔力なら瞬時に王宮へ戻れてしまいますよ。場所は関係ないのでは」

「大丈夫です。レオの従者に魔道具に詳しい人がいるので、その者とイルヴァーシエル家の方に魔力を弱める手枷か足枷でも作ってもらって、あとは結界でも張ってレオを完璧に監禁しますから」

「ははっ」アルフレドが吹きだすように笑う。「監禁ですか。エスタシオを訪問された時は、ルヴィウス様が軟禁されていましたから、仕返しですね」

「そうなりますかね?」

「ふふふっ、では殿下に破られないくらい強力な結界を張ることが出来るよう、私とアルも協力いたしましょうか」

「ありがとうございます、助かります。僕は攻撃より守りの魔法のほうが得意なのですが、さすがに師匠であるレオを閉じ込めるとなると、自分の術展開だけでは心もとないですし」

 ルヴィウスが笑顔で言った言葉に、マイアンとアルフレドが「え?」と目を瞬かせる。
 ルヴィウスが後天的に魔法使いになったことは、新聞に載った。が、掲載箇所が王都エリアの情報誌面だったため、エスタシオには広まっていないようだ。

「あ~……、実はルゥが魔法使いになりまして」と、言ったのはレオンハルトだ。
「いつのことですか?」マイアンが目を丸くする。
「三ヶ月くらい前でしょうか」答えたのはルヴィウスだ。「今はアカデミーの専攻を変えて、魔法科専攻に通っています」

「お体は、特に問題なく?」

 アルフレドが急に神妙な面持ちになる。これにはレオンハルトが不安を覚え、どきり、とする。

「特に、なんともありませんが……」
「そうですか……」

 アルフレドが考え込んでしまった。レオンハルトが無意識に、ルヴィウスの手を握りしめる。

「マイスナー卿、ルゥに何か問題でも」
「いえ、なんともないのならいいのです」
「言ってください。ルゥに関わることなら知っておきたい」

 レオンハルトが今日一番の真剣な顔をする。自分のことより、伴侶のことか。と、アルフレドは自分にも身に覚えがあるな、と小さく苦笑いした。

「お二人はどうやって魔力の受け渡しをされているのですか?」
「これです」

 すっ、と二人揃って、手首のバングルを見せる。

「俺が作った魔道具で、常にルゥに魔力が流れる状態を作っています。あとは……口づけ?」

「殿下、」マイアンが完璧すぎる笑みを浮かべる。「なぜ疑問形なのです? 交接していると素直にお認めになられたらいかがでしょう」

「えっ、聖下には分かるのですかっ?」

 慌てたのはルヴィウスだ。隣でレオンハルトが「カマを掛けられただけだって……」と項垂れる。
 ルヴィウスは「なんか、ごめん……」と小さくなって謝った。

「まぁ、お二人もご成長されましたし、子どもではなのですから、よろしいのではないでしょうか」

 ため息交じりにそう言ったマイアンは、「避妊はしっかりと」と小言を付け加える。まるで、親が一人増えたようだ。
 マイアンの前世―――クレアにとって、レオンハルトは子孫だ。レオンハルトを身近に感じているのかもしれない。

 その様子を窺っていたアルフレドだったが、わざとらしく咳払いし、レオンハルトの意識を自分へと戻した。

「とにかく、ルヴィウス様が魔法を使えるようになった理由として考えられるのは、殿下の魔力量が関係しているのではないかと思います」

「それは俺も考えました。ルゥに流れていく魔力量を減らしたほうがいいかもしれないですね」

「そうですね。以前の私、管理者のニルスが持つ魔力量も人ならざるものでした。殿下が成長し、殿下自身が使う魔力が増えていると言っても、受け取る側のルヴィウス様に渡る魔力もまた膨大な量になっているはずです。もしかしたら、体が不調をきたさないよう、魔法使いとして魔力を多用することでバランスを取っているのかもしれません。だとすれば、どこかで無理がくる可能性はあります」

 アルフレドの仮説を聞いたレオンハルトは、内心慌てた。

「よし、ルゥ、魔力の量を調整しよう」
「え、でも……」
「俺は大丈夫だ。魔物狩りでもすればいい」

「どうせなら、お二人で魔物狩りをされてはいかがですか?」

 アルフレドからの意外な提案に、レオンハルトは眉根を寄せ、反対にルヴィウスは満面の笑みを浮かべる。

「それはいい案ですね」

 アルフレドの案を後押ししたのはマイアンだ。彼は少し意地悪い顔で、レオンハルトを脅しに掛かる。

「殿下、魔力を調整するとなれば、ルヴィウス様とは接触できにくくなりますよ? 体液にも魔力は含まれていますから」

 マイアンの意図を汲んだアルフレドが、ここぞとばかりに援護射撃を撃つ。

「殿下のお誕生日は十月でしたよね? 三ヶ月もルヴィウス様と交われなくて大丈夫ですか?」

「そりゃ、ルゥの為なら俺はそれくらい―――」

「無理ですっ」

 え? と三人の顔がルヴィウスを向く。ルヴィウスは半ば涙目でレオンハルトに縋りついた。

「この十日間でさえ我慢ならないのに、三ヶ月も無理だよっ」
「え、俺、そんなにルゥを放置してた?」
「してた! キスも数えるほどだった! ひどいっ! あんなに色んなこと教え込んだくせに、ほったらかすなんてっ!」

 ぽこぽこ、とレオンハルトを小突くルヴィウスは、わざと傍若無人に振舞い、多少の誇張を含んだ言い方をした。
 こうして我が儘なフリをすれば、優しいレオンハルトが、我慢したり傷ついたりしなくて済む。
 自分の所為で魔法使いになり、もしかしたら体調を崩すかもしれなくて、さらには自分の所為で魔物狩りの危険にさらされる。そんなふうに考えるに決まっている。ならば、そのすべてを恋人の我が儘を聞いたことにしてしまえばいい。

「レオ、僕、魔物狩りをしてみたい! いま魔の森から魔物が出てくる被害が増えてるんでしょ? 連れてってよ。上級魔法もだいぶ使えるようになったし、ダイアウルフに震えあがるようなこと、二度とないよ!」
「いや、でも、ルゥ、それは……」

「ルヴィウス様がそうおっしゃるなら、願いを叶えて差し上げたらいかがですか?」

 そう言ってルヴィウスに賛同したのはアルフレドだ。

「殿下が管理者として巣立つ前ですから、そろそろ魔物が溢れる時期です。私の時も、何か所かでスタンピードがあり、対処が大変でした。ルヴィウス様を大切に思われるのは分かりますが、彼は公爵家子息です。才能ある魔法使いになられたのなら、力ある者が民を守らねば」

「そのとおりですよ」ダメ押しとばかりに、マイアンも賛同する。「討伐で魔力を枯渇寸前まで使えば、殿下が思いっきりルヴィウス様をお抱きになっても問題はないのでは?」

 なんと俗物的な言い方をする教皇だろうか。レオンハルトは驚いて声も出なかった。そこに追い打ちをかけるように、アルフレドが納得顔で頷いて言う。

「確かに。討伐後は気も高ぶりますからね。それに、前衛に出なくとも、後方で治癒や回復魔法、瘴気の浄化魔法なら危険から遠ざかる割に魔力が大量に必要です。ルヴィウス様も活躍できるのではありませんか?」

 直接魔物と対峙しない方法を提示してきたアルフレドに、ルヴィウスは満面の笑みでレオンハルトを振り向いた。

「そうしよう! レオ、そうしようっ? ねぇ、いいから頷いて!」
「いいから頷いてって………」

 隣からは可愛い婚約者の愛らしい期待に満ちた瞳を向けられ、正面からは人生の大先輩たちからの圧を感じる笑顔。

 レオンハルトはしばらく「いや、でも」と呟いて時間稼ぎをしていたが、三方向から飛んでくる協力体制抜群の攻撃に、とうとう陥落するしかなかった。
 
 
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