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四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 7話
しおりを挟む昼間の熱気が和らぎ、夕刻時の風の温度が季節の移ろいを予感させる、十月も半ばに差しかかろうとしている十二日。
レオンハルトが誕生日を迎え十八になる日、つまりエルグランデルへ経つまで、あと三日となった。
分厚い城壁のような雲が姿を消し、代わりに薄くたなびく雲が広がり、空は少しずつ高さを増す。
夕焼け色は鮮烈な赤からオレンジや紫へ。昼の喧騒は夜には静まり返り、鈴の音のような虫の声が聞こえる季節になった。
庭園では、緑が濃かった木々の葉も少しずつ色褪せ始め、早いものはすでに赤らんでいる。
「ひとまず、早急の手続きとしてはこんなものか」
各書類に国王としてのサインを施したヒースクリフは、特殊な塗料が内包されたペンを侍従に手渡した。
国王としてのサインは重要であるため、偽造したものが出回らないよう、特殊インクが使われ、読み取り用の魔法具に通すと直接ヒースクリフが記入したことが分かる仕組みになっている。
ヒースクリフの前には、三つの書類が並んでいる。
一つ目、アクセラーダ公爵家にアレン・ルーウィックが養子に入ることを許可する移籍書類。
二つ目、この度の討伐の褒賞として、ガイルをイーリスの実家ノースランド伯爵家の養子に、そして妹を伯爵家臣下であるヴィヴィウッド男爵家の養子とする移籍書類。
三つ目は、王太子エドヴァルドの婚約者に、ノアール・アクセラーダを擁立することを許可する婚約許可証。
このように、レオンハルトとルヴィウスがエルグランデルへ行くにあたって、周囲の立場を明確にするため、今日は関係者が黄金宮の庭が見渡せる応接室に集まった。
国王のヒースクリフ、王妃のイーリス、王太子のエドヴァルド。
アクセラーダ公爵家からは当主のグラヴィス、長女のノアール、そして養子となるアレン。
他にも、イーリスの実家の養子になるガイル、レオンハルトの侍従を外れ一時的にノアールの侍従となることが決まったハロルドもいる。
なぜ一時的なのかと言うと、レオンハルトが管理人としてエルグランデルを統治し、状況が落ち着くであろう数年後を目処に、カトレアがハロルドと婚姻を結ぶ予定だからだ。
ハロルドの両親は、突然の隣国公爵家からの求婚に、目を白黒させて驚いていた。
「長いようで短かったな」
ヒースクリフが、開け放たれた窓扉の向こう、丁寧に手入れをされた庭で、仲睦まじく寄り添って話しているレオンハルトとルヴィウスを見つめた。
「あっという間に大人になってしまったわ」
イーリスが感慨深げに言う。彼女の瞳は、少し揺れていた。
「遠いな、エルグランデルは」
グラヴィスがどこか寂しそうに呟く。
「レオンがすぐ魔素を治めますよ。そうしたら転移陣で会いに行けます」
エドヴァルドが励ますように言う。もちろん、弟が王宮から居なくなることを寂しく思う、自分への言葉でもあった。
「ルヴィは向こうでも頑張るのでしょうね。私も負けてはいられませんわ」
ノアールが隣のエドヴァルドの手に、そっと自分の手を重ねた。
諦め切れなかった恋が、レオンハルトとルヴィウスの選択と後押しによって叶った。
反発もあるだろうが、隣に立つと決めた以上、エドヴァルドを支える妃にならねば、と決意を新たにする。
「ガイルは伯爵家に養子に入って、私の親族になるのだから、これからもよろしくね」
イーリスが微笑んで言う。ヒースクリフも笑みを浮かべている。
「国王陛下と王妃陛下が繋いでくださったご縁です。精一杯つとめさせていただきます」
ガイルはすっと頭を下げた。隣のアレンも共に、頭を下げる。
「二人とも、末永く幸せになるのだぞ」
「そうよ。そしてしっかり王家に仕えてちょうだい」
冗談めいて言ったイーリスに苦笑しながら「はい」と答えた二人は、顔を見合わせて幸せそうに笑いあった。
「ハロルドは相変わらずね」
イーリスは苦笑しながら、レオンハルトとルヴィウスを恍惚な瞳で見守るハロルドに目をやる。その場の全員が彼に目を向け、「まったくだ」と苦笑いした。
しかし、今日ばかりはハロルドの事をあれこれ言える者はいない。堅苦しい話が終わったいま、やはり視線はどうしてもレオンハルトとルヴィウスに向いてしまう。
二人は、本当に幸せそうだ。
レオンハルトが早咲きの秋桜を指さして、何かをルヴィウスに囁いた。
ルヴィウスはそれに何かを囁き返し、笑いあい、見つめ合うと、自然と唇を重ねる。
「あの子たちの羞恥心はどうなっているのかしらね」
「ないのだろうな……。レオンのやつ、親の前であぁも堂々と……」
「こんなふうにルヴィを育てたつもりはないんだがな」
「お父様、ルヴィの閨教育はレオンハルト殿下がしたようなものですわ」
「そうだね、あれこれレオンが口を出していたものね」
「僕はもう見慣れたよ。ね、ガイル」
「えぇ、アレン様と同じく、私も見慣れた風景です」
「ボクはずっと見守っていたいです!」
「何を見守るって?」
唐突にレオンハルトが会話に割って入る。
「あらレオン、ルヴィはどうしたの?」
「カトレアに渡す花が欲しいらしくて、侍女たちと温室に行きました。こういうのはハロルドの役目だと思うんだが」
「はっ、確かに! 行ってきてもよろしいでしょうか!」
「行ってこい」
ハロルドは慌てながらも、最低限の礼を尽くして部屋を出ていく。
「傍を離れてよかったのか、レオン?」
「ここは王宮ですよ。一人歩きがマズいのは禁書庫に近づいたらいけない俺のほうです」
「そうね…向こうに行く前に一緒に晩餐をとりたかったわ」
「いいですよ」
「しかし、レオンに何かあってはよくない」
「あと三日しかないですし、ずっと公爵家でお世話になりっぱなしですから、今日は久しぶりに自分の部屋で寝ます」
「しかし殿下、クリフが言うように何かあってはいけません」
「公爵、心配してくれるならルゥも俺の部屋に泊めさせてくれ。魔力封じの枷を付けて、ルゥに結界張ってもらうから」
そう言われたグラヴィスは、ヒースクリフとイーリスに目を向ける。二人とも期待の眼差しをしている。
…………仕方ない。
「わかりました。ルヴィをお願いします」
「公爵」今度はエドヴァルドだ。「ではノアも―――」
「さすがにノアはダメです、王太子殿下」
「ふふっ、残念でしたわね、エディ」
「では、話がまとまったところで、迎えに行きがてらルゥに伝えておきますね」
「お伴いたします、殿下。―――アレン様、少しお傍を離れますね」
ガイルが遠慮なくアレンの細い腰を抱き寄せる。
「大丈夫だよ、ガイル。ヴィーもいるから、心配しないで」
そう言うアレンの頬に、ガイルはキスをする。
「お前もたいがい過保護だな、ガイル」
「そうでしょうか。近くにいた恋愛モデルが殿下とルヴィウス様でしたので」
「俺たちの所為だっていうのか?」
しばらく考えたガイルは、爽やかな笑顔で言い返した。
「失礼しました。私の性分です。ハロルドが言うには、殿下に負けず劣らず、私は溺愛執着系らしいので」
レオンハルトはくるり、とイーリスを振り向いた。
母親が記憶持ちだと知ったのは、つい最近のことだ。それも、ハロルドと同じ世界線だと言うではないか。
「母上、もしやガイルも攻略対象とかいうやつですか」
「そうよ。普段は穏やかで優しいのに、攻略を失敗すると監禁エンドなの」
レオンハルトは驚いて目を丸くする。
初めて聞く情報に、焦ったのはガイルだ。
「アレン様っ、私はそこまでするような男ではありません!」
「ふふっ、大丈夫だよ。むしろドンと来い? ガイルに監禁されてみたいなぁ」
「そ…んなことは、しませんが……、お望みなら結婚休暇の一週間は監禁して差し上げます」
「待て待て待て、ガイル、落ち着け」
「はっ、すみません、殿下! アレン様のあの顔でお願いされると、なんでも叶えて差し上げたくなると言いますか!」
レオンハルトは声を上げて笑った。真面目で冗談ひとつ言えなかった愚直な男が、恋をするとこうも変わるのか。まぁ、自分も他人のことは言えないが。
恋は人を変える。そして愛は、人を強くする。
恋しいも、愛おしいも、ルヴィウスが教えてくれた。そして、弱さを隠すより信じて頼ることのほうが強いのだということも。
彼がいなければ、きっと、そんな大事なことも知らないままだった。
エスタシオへマイアンとアルフレドを訪ねたあと、秘密の別荘で一晩を過ごしたあの日、心を黒く染めたルヴィウスへの感情は、まだ身を潜めている。
今はその闇が溢れてこないよう、ただルヴィウスと過ごす今だけに、想いを向けるようにしている。
そうして過ごしていけば、いずれいらない杞憂だったと思えるはずだ。ひたすらに、平気な顔をしてそう自分に言い聞かせる日々。
本当は、不安で仕方ない。怖くて、どうしようもない。けれど、ルヴィウスにはこのどす黒い感情を気づかれたくなくて、愛おしい彼さえも欺いている。
そのことが自分自身をより深い闇に追い詰めていこうとしているのだと知りながら、レオンハルトはその昏い感情を押し殺す。
薄く雲がたなびく秋の高い空を見上げたレオンハルトは、顔を覗かせようとしていた昏い想いを再び胸の奥底に押しやった。そして、明日も続くであろうささやかな幸せだけに目を向ける。
その明日が、自分を深淵へと突き落とすとも知らずに。
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