いつか灰になるまで

CazuSa

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布施山3

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今まで穏やかだった兄が。
静かに眠っていたはずの兄が目覚めてしまった。
あの苦しみと共に。

それもこれもこいつのせいだ。
こいつが好奇心を埋めるためだけにあんなことをしたから。

昨日までの、兄を成仏させたいなんて思いはとうに消え失せていた。
もっと、もっとこいつを苦しめたい。
たとえ自己満足でもいい。

こいつには地獄を見せてやらないと気が済まない。

「普通の人が見えないものが見える人間の苦しみがお前にわかるか?そんな些細な興味のために、お前はまた兄さんにあの事件を思い起させるのか?」

その言葉に幾島は、なぜかひどく傷ついたような顔をした。
しかし、その表情に気づかず夜尋の怒りは止まらない。

「霊っていうのはな、生前の記憶に強く引っ張られる。その記憶の衝撃が強ければ強いほど。繰り返しその時のことを体験するようになるんだよ。
良い記憶だけじゃなく、苦しい記憶ならさらに強く。だから、お前が呼び覚ました記憶のせいで兄さんはまた苦しんでるんだよ」

夜尋にもう理性などなかった。
踏みにじりたい。
こいつに今までで一番苦しい思いを味合わせたい。
どす黒い何かが夜尋の中に溜まっていく感覚がする。

「そうだ、見たいなら死ねばいいだろ。そうすれば好きなだけ見られる―――」

拳を振り上げた。
身を捩って抵抗を始めた幾島の体を、幾島の背後にあった木にぶつける。
これで多少抵抗しにくくなっただろう。

殴りたい。
何度も何度も殴って、幾島をぐちゃぐちゃにして壊してやりたい。
今の夜尋にはその激情だけしかなかった。

『待って、待って夜尋!』

突然どこからか声が聞こえた。

幾島のものじゃない。

そもそも人の声ではない。

しかしそれは、聞き覚えのある声だった。
その声と同時に懐かしい気配を感じた。
4年前を最後に感じ、聞いたあの愛おしい声。

「千尋兄さんっ」

いつの間にか、幾島への感情は消え失せていた。
それよりも兄がどこかにいるという事実の方が重要だ。
声の主を探す。
いままで会いたくて、ずっと会えなかったあの人を。

周りを見渡す。
どこかに千尋がいる。
いるはずなんだ。

しかし、必死に方方を探すものの、兄の姿を見つけることができない。

「どこ?どこにいるの?兄さん!」

必死に呼びかける。

「都築さんっ―――」

夜尋のその異常な行動を止めようと、幾島が手を伸ばし掴もうとした。
しかし、その幾島の手を夜尋は思いっきりひっぱたくと、幾島を怒鳴りつける。

「邪魔だっ、触るなっ!」

叩かれた手をさすりながら、幾島は夜尋のその様子に恐怖を覚えた。
どうにかして彼を止めなければ。
そう思い、どうにかして自分を視界に入れさせようとする。

「落ち着いて都築さん。都築さん!」

夜尋の両肩を掴み、体を大きく揺する。
先ほどまで周りを探していた夜尋は、その行為に苛立ったのか強く幾島を睨みつける。

「お前なんか、お前なんか絶対に許さない!」

夜尋は恐ろしい形相で幾島を責め立てた。
しかし、先ほどまでと違い、幾島はもう夜尋から目を逸らすことはなかった。

「兄さんはずっと穏やかに眠っていたはずなんだ!なのにお前が、お前がいたずらに兄さんの目を覚ましたせいで、またあの日の痛みを繰り返すようになったんだ!」

そこまで言ってふと気づく。
先ほど声が聞こえたはずなのに、兄の気配が全くしないことに。
どうして。
どこかに消えてしまったのだろうか。

兄の気配が消えたことに落胆したのと同時に、これ以上ここにいるのが苦痛で仕方なくなった。
これ以上、幾島の顔を見るのが耐えられない。
夜尋は自分の鞄を乱暴に掴むと、逃げるようにその場を後にした。

早く、早くここから離れたい。
早くアイツから離れたい。
早く家に帰って今日のことを忘れたい。

はやくはやくはやく。

もつれそうになる足に何とか力を入れ、勢いよく下っていく。

夜尋は逃げるように布施山を後にした。

家の玄関を乱暴に開けると、帰宅の挨拶もせずに階段を駆け上り自室に飛び込む。

驚いた母の、自分を呼ぶ声を無視し、ベッドに勢いよく飛び込むと枕を掴む。

許さない。許さない。許さない。
幾島を絶対に許さない。

その気持ちだけが夜尋を支配していた。

どうすれば幾島をもっと苦しめられるのか。
そう思考し、一つの考えが浮かぶ。

そうだ、明日事務所に行って、呪術本を漁ってみよう。
その中で一番苦しい呪術をアイツに掛ければいい。

(見てろよ幾島。必ずお前を呪い殺してやる)

そう思うと、夜尋は自然と笑みをこぼした。

いつの間にか怒りで枕を濡らしていることにも気づかずに。

***

夜尋が立ち去った後、悠灯は立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。
両手をついてなんとか倒れずにすんだが、悠灯の心はもうボロボロだった。
また、同じ事を繰り返したのか。

夜尋が告げた様々な事実に胸が締め付けられるように痛い。

夜尋が放った言葉が今になって悠灯の心を強く痛めつける。
涙が止まらない。

「……ごめん。……ごめんなさい」

無意識にそう、零した。

小さく蹲り、涙をこぼす悠灯を彼は静かに悲しそうに見つめた。
しかし、悠灯が彼に気づくことはなかった。
絶対に。
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