11 / 18
愛しき思い出1
しおりを挟む
高校3年生にあがる春休みだった。
父の会社がとある事業に失敗し、会社が傾いた。
その事業でそこそこ重要な役職についていたらしい父は、責任を取るため会社を退社することになった。
自主退職と言っていたが、実質的なリストラだった。
仕方ないこととはいえ、50歳を超え、無職となった父がそこから定職につくにはなかなかに難しかった。
だから、大学に行けなくなっても仕方がないと納得した。
あんなに思い詰めて落ち込み、悠灯に謝る父の姿を見たら不満なんてぶつけられなかった。
それから、慣れないアルバイトに勤しむようになった。
高校は進学校で、今まで勉強だけしていればよかったため、なかなかに大変だったが申し訳なさそうな両親を見ているとそんなことも言えなかった。
自然と勉強にはついていけなくなり、成績はガクッと下がった。
こうなる前まで仲良くしていた友人たちは、悠灯のその様子をあざけるように、遠巻きに避けるようになった。
『同じレベルの人間としか付き合いたくない』
以前まで仲良くしていた友人がそう漏らすのを聞いた。
しかし、関係を修繕しようとも思えなかった。
それも仕方ないと割り切るほうが楽だったから。
それよりもその時は家の事で精一杯で、傷つくことからも向き合うことからも逃げたというのが本当なのだろうと今となって思う。
それでも、家族一丸となって頑張ればどうにかなる。
そう甘く考えていた。
自分を奮い立たせて、なんとか踏ん張っていたある日、追い打ちをかけるように母が心労で倒れた。
深く眠る母の目の下には、今まで見たこともない程濃い隈が現れていた。
傍に座る父にも同じものが刻まれている。
それだけで二人がどれ程苦労しているのかが読み取れた。
僕はまだこれほど疲れていない。
だから、大丈夫。
そう、言い聞かせた。
でも時々、自分が今どこに立っているのか、わからなくなった。
それでも僕は、僕だけは倒れるわけにはいかなかった。
とある放課後、誰もいなくなった教室で一人だけになったことがあった。
外から聞こえる、運動部の掛け声やどこか近くにいる人の話し声。
どの音も悠灯から一線を引いたように、曇ったように、遠くの世界の音のような気がした。
ただこの時間だけは悠灯のためのもののように思えた。
こんな穏やかな時間は久しぶりだった。
机に頭を突っ伏し、この時間にずっと浸っていたい
しかし、いつの間にか眠ってしまっていた。
気づくと辺りはもう夕焼けに一面染まっている。
慌てて時計を確認すると、まだ時間に余裕があった。
ほっとため息が零れる。
「あぁ、起きた?」
そこで正面に人がいるのに気づいた。
頬杖を付き、片手で携帯を操作しながら暇をつぶしていた彼は、悠灯が起きたことを確認すると携帯を机の上に降ろした。
(あ、この人確か……)
同じクラスの人だ。確か名前は…。
(都築、都築千尋だ)
学校一のイケメンといっても過言ではない、都築千尋がそこにいた。
3年になって初めて同じクラスになったが、入学してから女子がよく告白しただのなんだの騒いでいたため、以前から千尋のことをなんとなくは知っていた。
しかし、改めてみると女子が騒ぐのも納得がいく。
色素が薄く、茶色がかった髪に整った顔立ち。
人懐こそうにいつも笑顔を絶やさずにいるためか、爽やかな印象を持つ美青年だ。
しかも、成績もよく性格もよいとくれば女子が放っておく方がおかしい。
しかし、どうしてそんな学校一の人気者が自分なんかに絡んでくるのか、悠灯は不思議で仕方なかった。
「幾島寝てたから起こすのも悪いなぁ~と思って、起きるの待ってたんだよ」
「な、なんでそんなこと」
気にするの、と言いかけたが口には出せなかった。
最近、友人と縁を切られたのが思っていた以上に堪えていたらしい。
相手が返す反応が怖いと思った。
そんな悠灯の躊躇いには全く気付かない千尋は、唐突に悠灯の顔へ手を伸ばしてきた。
「それにしても、すごい隈だな」
笑いながら悠灯の目の下を指で撫でる。
その距離の近さに悠灯は顔を顰めた。
(なんか、変な奴……)
その行為に妙な恥ずかしさを覚えた悠灯は千尋の手を避けるように顔を後ろに引いた。
千尋は悠灯のその行動に少しきょとんとした顔をしたが、手を引っ込めるとまた笑顔になった。
「最近なんか疲れてるみたいだから。なんか悩みでもあんのかなぁって思ってさ」
軽く言ってのける千尋に、悠灯はムッとした。
自分の苦労がどれ程のものか考えていないような口調に腹が立った。
「……ありがとう、気に掛けてくれて。でも僕、大丈夫だから」
席を立ち、帰ろうとした―――
が、何かに腕を掴まれ、悠灯の体は自然とその場で動けなくなった。
驚いて掴まれた方の腕をみると千尋の手が思いっきり腕を掴んでいた。
「あの、何して―――」
「心配なんだよ、幾島のこと」
上目遣いにドキリとした。
先ほどまでの軽い感じではなく、真剣な声とまなざしに自分の鼓動が早くなるのがわかった。
顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
それと同時に心臓の鼓動は徐々に音量を上げていた。
「幾島…」
千尋の懇願するような切ない顔をみるともう限界だった。
腕を強引に引っ張り千尋の手から開放させると、悠灯は逃げるようにその場を後にした。
靴箱まで行くと、下を向き息を整える。
心臓が早く強く脈打って苦しい。
(な、なに?なんでこんなに動揺するんだ)
相手はいくら綺麗な顔をしていると言っても自分と同じ男なのに。
熱くなる顔を誰にも見られたくなくて、悠灯はその場で火照る顔が冷めるのを俯きながら待つしかなかった。
離された手のひらを見つめながら、千尋は深くため息をついた。
どうしてあんなに焦って彼を引き留めてしまったのか。
「嫌われてない…よな?」
その疑問に答えるものは誰もいなくて、千尋はまた大きくため息をついた。
父の会社がとある事業に失敗し、会社が傾いた。
その事業でそこそこ重要な役職についていたらしい父は、責任を取るため会社を退社することになった。
自主退職と言っていたが、実質的なリストラだった。
仕方ないこととはいえ、50歳を超え、無職となった父がそこから定職につくにはなかなかに難しかった。
だから、大学に行けなくなっても仕方がないと納得した。
あんなに思い詰めて落ち込み、悠灯に謝る父の姿を見たら不満なんてぶつけられなかった。
それから、慣れないアルバイトに勤しむようになった。
高校は進学校で、今まで勉強だけしていればよかったため、なかなかに大変だったが申し訳なさそうな両親を見ているとそんなことも言えなかった。
自然と勉強にはついていけなくなり、成績はガクッと下がった。
こうなる前まで仲良くしていた友人たちは、悠灯のその様子をあざけるように、遠巻きに避けるようになった。
『同じレベルの人間としか付き合いたくない』
以前まで仲良くしていた友人がそう漏らすのを聞いた。
しかし、関係を修繕しようとも思えなかった。
それも仕方ないと割り切るほうが楽だったから。
それよりもその時は家の事で精一杯で、傷つくことからも向き合うことからも逃げたというのが本当なのだろうと今となって思う。
それでも、家族一丸となって頑張ればどうにかなる。
そう甘く考えていた。
自分を奮い立たせて、なんとか踏ん張っていたある日、追い打ちをかけるように母が心労で倒れた。
深く眠る母の目の下には、今まで見たこともない程濃い隈が現れていた。
傍に座る父にも同じものが刻まれている。
それだけで二人がどれ程苦労しているのかが読み取れた。
僕はまだこれほど疲れていない。
だから、大丈夫。
そう、言い聞かせた。
でも時々、自分が今どこに立っているのか、わからなくなった。
それでも僕は、僕だけは倒れるわけにはいかなかった。
とある放課後、誰もいなくなった教室で一人だけになったことがあった。
外から聞こえる、運動部の掛け声やどこか近くにいる人の話し声。
どの音も悠灯から一線を引いたように、曇ったように、遠くの世界の音のような気がした。
ただこの時間だけは悠灯のためのもののように思えた。
こんな穏やかな時間は久しぶりだった。
机に頭を突っ伏し、この時間にずっと浸っていたい
しかし、いつの間にか眠ってしまっていた。
気づくと辺りはもう夕焼けに一面染まっている。
慌てて時計を確認すると、まだ時間に余裕があった。
ほっとため息が零れる。
「あぁ、起きた?」
そこで正面に人がいるのに気づいた。
頬杖を付き、片手で携帯を操作しながら暇をつぶしていた彼は、悠灯が起きたことを確認すると携帯を机の上に降ろした。
(あ、この人確か……)
同じクラスの人だ。確か名前は…。
(都築、都築千尋だ)
学校一のイケメンといっても過言ではない、都築千尋がそこにいた。
3年になって初めて同じクラスになったが、入学してから女子がよく告白しただのなんだの騒いでいたため、以前から千尋のことをなんとなくは知っていた。
しかし、改めてみると女子が騒ぐのも納得がいく。
色素が薄く、茶色がかった髪に整った顔立ち。
人懐こそうにいつも笑顔を絶やさずにいるためか、爽やかな印象を持つ美青年だ。
しかも、成績もよく性格もよいとくれば女子が放っておく方がおかしい。
しかし、どうしてそんな学校一の人気者が自分なんかに絡んでくるのか、悠灯は不思議で仕方なかった。
「幾島寝てたから起こすのも悪いなぁ~と思って、起きるの待ってたんだよ」
「な、なんでそんなこと」
気にするの、と言いかけたが口には出せなかった。
最近、友人と縁を切られたのが思っていた以上に堪えていたらしい。
相手が返す反応が怖いと思った。
そんな悠灯の躊躇いには全く気付かない千尋は、唐突に悠灯の顔へ手を伸ばしてきた。
「それにしても、すごい隈だな」
笑いながら悠灯の目の下を指で撫でる。
その距離の近さに悠灯は顔を顰めた。
(なんか、変な奴……)
その行為に妙な恥ずかしさを覚えた悠灯は千尋の手を避けるように顔を後ろに引いた。
千尋は悠灯のその行動に少しきょとんとした顔をしたが、手を引っ込めるとまた笑顔になった。
「最近なんか疲れてるみたいだから。なんか悩みでもあんのかなぁって思ってさ」
軽く言ってのける千尋に、悠灯はムッとした。
自分の苦労がどれ程のものか考えていないような口調に腹が立った。
「……ありがとう、気に掛けてくれて。でも僕、大丈夫だから」
席を立ち、帰ろうとした―――
が、何かに腕を掴まれ、悠灯の体は自然とその場で動けなくなった。
驚いて掴まれた方の腕をみると千尋の手が思いっきり腕を掴んでいた。
「あの、何して―――」
「心配なんだよ、幾島のこと」
上目遣いにドキリとした。
先ほどまでの軽い感じではなく、真剣な声とまなざしに自分の鼓動が早くなるのがわかった。
顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
それと同時に心臓の鼓動は徐々に音量を上げていた。
「幾島…」
千尋の懇願するような切ない顔をみるともう限界だった。
腕を強引に引っ張り千尋の手から開放させると、悠灯は逃げるようにその場を後にした。
靴箱まで行くと、下を向き息を整える。
心臓が早く強く脈打って苦しい。
(な、なに?なんでこんなに動揺するんだ)
相手はいくら綺麗な顔をしていると言っても自分と同じ男なのに。
熱くなる顔を誰にも見られたくなくて、悠灯はその場で火照る顔が冷めるのを俯きながら待つしかなかった。
離された手のひらを見つめながら、千尋は深くため息をついた。
どうしてあんなに焦って彼を引き留めてしまったのか。
「嫌われてない…よな?」
その疑問に答えるものは誰もいなくて、千尋はまた大きくため息をついた。
0
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる