いつか灰になるまで

CazuSa

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ほんとう3

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布施山に向かうため、電車に乗ると、夜尋はまた考えていた。

幾島の行動を思い返してみる。

幾島はあの場所で何をしていたのか問い詰められた時、「灯油をまいて火をつけようとした」と言っていた。
夜尋はその言葉が妙に引っかかっていた。

一体何を燃やそうとしていたのだろう。

思い返してみても、あの場所には燃やせるようなものは落ちていなかった。

1か月以上前の事とは言え、あそこまで木々の生い茂った山の中だ。
風に吹かれてどこかに行ってしまうだろうか。

それに火をつけようとしたところまでいったということは、おそらく燃やす媒体は用意しており、それは灯油まみれになっていたのだろう。
動物が突くような代物では決してないはずだ。
そしてそう易々とどこかに移動するようなものでもないような気がした。

それでは、幾島自身が持ち帰ったのか。そんな油まみれのものを?
誰もそんなものを持ち帰ろうとするはずがない。きっとそれは幾島も例外ではなく、その場に放置するだろう。

しかも、火をつけようとした直後に恐ろしい目に遭っていたのなら、そんなものを持っていこうなどと考える暇もなく、一目散に逃げたはずだ。

「灯油をまいた」という表現から察するに、紙などの風で飛んでいくような軽いものではなさそうである。
ならばあの場にあった、木でも燃やそうとしたのだろうか。

しかし、そんなことをしたら煙で人に気づかれる可能性がある。
そんなリスクが大きいものを燃やすだろうか。
それとも別の。

そう考えて、とてつもなく恐ろしい推測が思い浮かんだ。
自分で考えておきながら夜尋はぞっとした。

でも、それなら納得がいく。
もし、今もまだ兄を強く想っているならば。

それにあの千尋の訴えかけるような言葉。
そして、始終言っていた「悠灯を助けてほしい」という願い。

もし、夜尋の憶測が正しければ、早くいかないと手遅れになる。

電車の窓の外、日も落ちかけた景色を見て逸る気持ちを抑えながら、夜尋は目的地に着くのを待っていた。


布施山に着いた頃には、日がすっかり落ちていた。携帯で時間を確認すると7時前だ。
もうすっかり夜の帳が降りている。

携帯のライトをつけ辺りを見渡した。
しかし、幾島の姿はない。

(兄さんの話ならどこかにいるはずなんだけど…)

山を登りながら辺りをライトで照らすが、人がいる気配などしない。
結局、頂上まで誰とも会わずに着いてしまった。

この先に兄が殺された現場がある。
そして、昨日訪れたあの木々が開けた場所があるのもこの先だ。

(やっぱり、あそこ…だよな)

鬱蒼とした山の木々は、今やもう闇を孕んで不気味さを生んでいる。
すこし躊躇いながらも、夜尋は意を決してあの場所へ向かうため、闇の中に足を踏み入れた。

ライトで闇の中を照らしながら、あの開けた場所を探す。
自分が闇の中にいる恐怖心を意識しないように、どうにか踏ん張って辺りをくまなくライトで照らした。

5分ほどそうしていただろうか。
いい加減発狂しそうになる頭をどうにかごまかしていると、木々の間から光が零れているのが見えた。

急いでそちらに向かう。
すると、そこには木々が開けた場所が広がっていた。
真ん中近くに木があるから、昨日来た場所に間違いない。

(良かった、着いた)

安堵したからか、下を向いてため息を漏らす。
夜尋自身が思っていたよりも、体は疲労していたようで気づいたら息が少し荒くなっていた。
膝に手をついて、呼吸が整うまで待った。
そうしてもう一度顔を上げると、改めてその場所を確認した。

そこだけ遮るものがないからだろう。月明りが直接地面を照らしている。
まるで美しいものを隠すように、閉ざされた闇の中にあったそれは幻想的で、思わずため息が出てしまいそうになるほどだった。

そこに月光に照らされ、ぼんやりと立ち尽くす幾島の姿があった。
月を見ているのだろうか、上を見上げ微動だにしない。

「幾島さん」

声を掛けた。
静かにゆっくりと幾島はこちらに顔を向けた。

つい最近同じ場面を見た。
昨日この布施山で落ち合った時。ゆっくりとこちらを見た幾島の顔は振るえるほど恐ろしかった。
そして今の幾島も、あの時と同じだった。

「つ、づき……、さん。どうして……」

まるで死んでいるような正気のない顔。

しかし、今の幾島の表情からはそれとは少し別の感情が読み取れた。
何かを諦めたような、哀しさに瞳を濡らしているような、そんな感情が読み取れるようなそんな顔をしていた。

「やっぱり、ここだったんですね……」

近づいて、はたと気づく。
幾島の体が濡れている。頭からバケツ一杯の水を被ったように、びっしょりと。
今日はこの辺りは雨なんか降っていない。
そして、この近くに水があるような場所もない。
なのに彼はびしょぬれだった。

近づくにつれツンと鼻につく匂いが辺りに漂うのに気づく。
思わず袖で鼻を覆った。

やはり、やはりそういうことなのか。
否定したかった憶測が、ぴったりと当たってしまったことに夜尋は落胆した。

幾島の横には、ポリタンクが転がっている。
おそらく20L程度入るものだろう。
あれを持ってここまで登ってくるのは相当体力を使うはずだ。

それもあんなに痩せこけた体でどうやって運んできたのか。
一瞬目を瞑り、幾島をまっすぐ見据えると、意を決して謝罪の言葉を口にした。

「俺、幾島さんに謝らないといけないことがあるんです。昨日あんな事を言ってしまって、本当に―――」

「都築さんが謝ることなんて、なにもないです」

しかし、幾島は夜尋の言葉を受けとめてはくれなかった。
静かに小さく、淡々と発せられたその声に、感情は一切感じられない。

自分の足元を見るように、幾島は下を向いた顔が、今どんな表情なのか夜尋からは確認できない。

幾島のその様子が心配になった夜尋は彼に一歩近づいた。
カサリっと足元の草を踏んだ音が、静かな夜に響く。

「来ないでください!!」

「!!」

その小さな音で夜尋が踏み出したのがわかったのだろう。
幾島は俯きながらそう叫んだ。

幾島が大きな声を出すのを初めて聞いた。
強い、強い拒絶の言葉に夜尋は怯んでその場から動けなくなった。

幾島は続けて懺悔するように、激情を抑えながら訴えた。

「もう、もう駄目なんです。僕は、生きていても仕方ない。彼は死んでしまってもなお、僕によって傷つけられる。なら、僕が、僕が彼とは違う世界に逝くしかないんです」

ずっと俯いたままの幾島の顔から、小さな雫が零れている。
澄んだ月光に照らされたそれは、幾島が今まで抱えてきた多くの悲しみを映しているようだった。

「だって、だって。千尋が死んでしまったのは、僕のせいなんですからっ」

「それ、って…、どういう……?」

困惑する夜尋の疑問に幾島は答えることができず、ただそこで蹲って泣き崩れるしかなかった。
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