いつか灰になるまで

CazuSa

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ほんとう2

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「…幾島」

そう無意識に夜尋は彼の名前を呟いた。

「なんだ夜尋、悠灯くんの事知ってるのか?」

「は?ゆ、ゆうひ、くん?」

思わぬ人物から思わぬ言葉が出たのに驚き、聞き返す声が裏返った。
しかし、真尋はそんな夜尋を全く気にせず話を続ける。

「そう、幾島悠灯くん。知ってて名前呼んだんじゃないのか?」

なぜだ。
なぜ真尋が幾島の事を知っている。

しかもなぜ、そんな親し気に名前を呼ぶんだ。

「?」

困惑する夜尋を他所に、その様子に不思議に思ったのか、真尋は首を傾げる。

「…それにしても。懐かしいなぁ、悠灯くん。元気かなぁ」

真尋のその声はまるで大切なものを呼ぶように柔らかな声色だった。
眩しそうに写真を見つめる瞳の中に淋しさを滲ませている。

「……お前、千尋が死ぬ少し前から父さんと母さんとギクシャクしてたの、知ってたか?」

ふと思い出したかのように、真尋は夜尋に問いかけた。
唐突な問いに夜尋は一瞬息を詰まらせた。
事件があった時期の話を真尋とするのは初めてだ。夜尋は少し戸惑った。

「うん」

まさか真尋があのことを知っているはずもなく言うわけにもいかない。
どう答えようか迷った末、返事だけで返した。

「その理由は?」

「……知ってる」

具体的な事は言えない。
そう判断し、ただ自分がどう思っているのかだけ返した。

「…そうか」

夜尋の言葉にそう、静かに応えた。

その様子を見るに、夜尋の答えにさほど驚いていないようだ。
ただ淡々と当時の事を思い出しているような…。

伏目がちに写真を見つめる表情からでは、真尋が今何を考えているのか全く読めなかった。

しかし、おそらくこの問いと反応から察するに、真尋はすべて知っているのかもしれない。
千尋が同性愛者であることを。
話題が話題だけに、気まずい雰囲気が流れる。

意を決して真尋がどこまで知っているのか確かめようと、口を開こうとした瞬間、
真尋から思わぬ言葉が発せられた。

「実はさ、母さんが見ちゃったんだよ。千尋が男とキスしてるところ」

「は、え?」

思いもよらない事実に驚愕した。
またもやおかしな声がでる。

千尋はそんな大胆なことをするような人では決してなかった。
一体どういう状況でそうなるのか、夜尋には理解できない。

夜尋の疑問に気づいたのか、真尋が加えて話を続ける。

「俺もどういういきさつでそうなったか分かんないんだけどな。それを母さんが父さんに話してさ。激怒したんだよ」

それはそうだろう。あの父だ。

「勘当するって怒ってた。あの父さんだから仕方ないけど」

「だろうね」

そのことは、夜尋も知っていた。
その現場に偶然居合わせたから。

告白した千尋に父がどんな言葉を掛けたのか。
死んだ千尋に対して何を思っていたのか。

夜尋は全部聞いていた。

だから、今更父がそのことについてどう思っていたかなんてどうでもよかった。

「でもきっと父さんは、今後悔してるんだろうな」

真尋の言葉に、夜尋はあざけるように小さく苦笑した。

そんなわけない。
真尋は当時の父の言葉を聞いていないからそう思うんだ。

「そんで、その相手が悠灯くん。彼だった」

自然と肩から力が抜けた。

今度はさほど驚かなかった。
話の流れからきっとそうだろうなとは思っていたから。

(でもそうか)

幾島は千尋とそんなに深い関係にあった人だったのか。
なのに、ひどく幾島を傷つけてしまった。
頭がくらくらする。

「俺が悠灯くんを知ってたのは、昔、何度か家に遊びに来てたからなんだ」

大学卒業まで、真尋は実家で暮らしていた。
だから、そのころに幾島は何度か家に来ていたのだろう。

話し方から察するに、真尋ともそこそこ仲が良かったに違いない。
しかし、夜尋は幾島とこの家であった覚えは全くなかった。
だから、知らなかったんだ。

幾島が千尋にとって大切な人だったということを。

そんな相手に夜尋は何をした?

「最後に会ったのは4年前の9月ごろだったかなぁ。悠灯くん、千尋の葬式に来なかったから」

懐かしむようにこぼす真尋は、とても寂しそうに見えた。
まるで大事なものを見守るように、大切な思い出を思い返すように。
その慈しむような顔を夜尋は直視できなかった。

なんだか、息が詰まって仕方がない。
ここに居たくない。

夜尋はアルバムを静かに閉じると、千尋の部屋を早足で出ていった。



食事を取る気になれなくなった夜尋は、自室に戻るとベッドにうつ伏せになって倒れた。

幾島は兄の恋人だった。
それを、知らなかったとはいえ怒りのあまり幾島をひどく傷つけた。

幾島がどうしてあそこに行ったのか。
どうして、霊を見たいなどと言ったのか。

夜尋は幾島の言葉を鵜呑みにして、罵倒した。
その言葉に真実が含まれていないとも知らないで。

自分の行いに、今更ながら強い後悔が押し寄せる。

息が詰まってどうしようもない。
今は何も考えたくない。

そのまま目を瞑ると、いつの間にか眠りについてしまっていた。

『……や…ろ…。…や……ひ、ろっ…。夜尋―――!』

ある声に気づいて目を覚ます。
これが夢か現実なのかわからないほど視界は曖昧だ。
ただ声がする。
昨日あの山で聞いた懐かしい声。

(千尋、兄さん)

まだ頭がぼんやりとしている。

ここはどこだろう。
家?
いや違う。
ここはあの山だ。
布施山。兄が殺された山。

なぜこんなところに自分はいるのだろう。
いつの間にまた、来てしまったのだろうか。

『お願い夜尋。悠灯を止めて、お願い』

悲痛な千尋の声が頭にこだまする。
千尋の姿を探すがやはりどこを見渡しても見当たらない。

「待って兄さん!どこにいるの?兄さん」

そこでふと自分の体の異変に気付く。

熱い、とにかく熱い。何かが近くで燃えている。
しかし、近くには木々があるだけでなにかが燃えているようには見えない。

でも、視界の端にメラメラと蜃気楼のようなものが見える。
何かじゃない。自分だ。自分が燃えているのだ。

ガバっと勢いよく半身を起こした。
いつの間にか眠っていたらしく、時計を見ると夕方の5時前だ。

なんだろう。
すごく嫌な予感がする。
あの兄の夢を見たからだろうか。

体がひどく震えている。

(どうして、体が燃えて……)

今見た夢を思い返す。

千尋が自分の名前を呼んでいた。
でも、千尋はどこにもいなくて、気づくと自分の体が燃えていて。

(そういえば、千尋兄さん、幾島さんの名前を呼んでた)

そして助けてほしいと。
苦しそうな声でそう訴えていた。

(どうしよう)

布施山に行ってみれば答えがわかるかもしれない。
しかし、どうしても行く気力がわかない。

いまだに、先ほどの事実が夜尋の気力を削いでいた。

(そういえば朝から何も食べてない…)

お腹をさすり夢から目を背けるように、夜尋は1階へと降りていった。

居間へ行くとテーブルの上に書置きが置いてあった。
母からのようだ。

『夜尋へ
 お父さんとお母さんは用事で、夜家を空けるので夕飯は自分で用意して食べてください。
 冷蔵庫の中にハンバーグがあります。チンして食べてね。
                                     母より』

ガチャリと冷蔵庫を開けると、真ん中にラップがかけられたハンバーグが置いてある。
取り出し、レンジで温める。

温めたご飯とハンバーグをテーブルに並べると、手を合わせた。

「いただきます」

口に運ぶと、ジュワっと肉汁が溢れて口いっぱいに広がる。
先ほどまで思い詰めていた心が少し軽くなるような感じがした。

母は専業主婦なだけあり、家事は完璧にこなしていた。
中でも料理は絶品で、外食に行っても物足りなさを感じる程だった。

(そういえば千尋兄さんが母さんの料理の中で一番好きだって言ってたっけ…)

「―――っ!」

自然と涙が零れた。
昔とちっとも変わらない、千尋が好きだった味。

あの頃から何をしていても、千尋の事を思い出して、辛くて、でも嬉しかった。
まだ、自分が千尋の事を覚えていると思えるから。

嗚咽交じりにごはんを掻き込んだ。
泣いていても、母の作るごはんは美味しかった。

千尋にも一緒に食べて欲しかった。

『夜尋…』

名前を呼ばれて、箸を止め顔を上げた。
千尋が、そこに立っていた。

昔と、生きていたころと何も変わらないままの姿で。

「千尋、兄さん…、どうして……」

いままで一度だって会うことの叶わなかった兄がそこにいた。

ずっと会いたかった。
4年前からずっと。

しかし、久しぶりに見る千尋の顔は苦痛に歪み、苦しそうに夜尋を見つめていた。

『お願い、夜尋。布施山に行って、悠灯を止めて。このままじゃ悠灯が…』

そこまで言うと手で顔を覆い、体を震わせた。
その千尋の様子に、夜尋は先ほどの夢を思い出す。
やはり、あれは千尋からのメッセージだったのだ。

「どういうことなの、兄さん。幾島さんに何かあったの?」

思わず立ち上がる夜尋を他所に、千尋は顔を上げるともう一度訴え掛ける。

『お願い今は早く、早く悠灯のところに!』

そう言ったまま、千尋はすぅっとどこかへ消えてしまった。

今まで一度も会いに来なかった兄のメッセージ。
そして恐らく兄の大切な人の

このまま罪悪感から自分のしたことに逃げたままでは、また兄を傷つけてしまうかもしれない。
そしてきっとこの先、ずっと後悔する。

両手で自分の頬をバシっと叩くと、決意した気持ちを切り替える。
夕食の残りを急いで片づけると夜尋は急いで布施山に向かった。
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