悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第1章

18.淡く芽生えた願い

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「では、これで私たちは失礼します」

あの後宮殿に戻ると予想していた通り、話し合いは終わっていた。
私が思っていたように、少しだけ焦り気味に困り顔の父が私たちを出迎えた。
やっぱり私がなにかヘマをしてはいないかと内心落ち着かなかったのだろう。
全く、もう少し娘を信用してほしいものである。

「あの、」

「はい。どうしました?殿下」

帰るため馬車に乗り込む直前、彼が近づいてきた。

「エスティと呼んでもよろしいでしょうか?」

恐る恐る聞くから何かと思えば、名前を呼びたいのだという。

今までも勝手に読んでいたのに、今更なんで許可をとるのだろう。
不思議に思ったが、まぁ改めて許可を欲しい理由でもあるのだろうと了承する。

「はい、大丈夫ですけど」

「ありがとうございます!」

ものすごい勢いで喜んでいる。
彼の後ろにいる国王陛下も少し驚いているぐらいに。

「あの、それでは私の事もヴァリタスとお呼びください!」

「え、えぇ」

流石に呼び捨てでは呼べないけど、彼が望んでいるなら今度は敬称を付けて呼んであげよう。
それにしても、人ってどうして仲良くなったら下の名前で呼びたがるのかしら。

そういうところは、ちょっとよくわからないわ。

父と共に馬車に乗り込み、窓から顔を出すとヴァリタスの方を向く。

顔の横で姿勢よく手を振る所作は美しいのだが、如何せん表情が満面の笑みなので恐ろしいほどのギャップがある。
なんだかそれがとても面白くて笑ってしまった。
手を振り返すとその素振りが少し大きくなるから面白い。

馬車が動き出しても、少しばかりそれを続けていた。

流石に100メートルも離れればよいだろうと顔を引っ込め、窓を閉めると、斜め向かいに座っていた父は腕を組みながら険しい顔をして目を瞑っていた。
どうやら怒っているらしい。
それか呆れているのか。

その様子を見て、先ほどの浮かれた気分が一気に冷める。
何か小言でも言われるのかと憂鬱になった。

「エスティ。ヴァリタス殿下がおっしゃっていたハンカチ、というのは一体なんだ?」

「別に、ヴァリタス殿下のお悩み相談を少ししただけです」

お悩み相談…?と不信そうに私の言った言葉を低く復唱する。
理解できないようにわざと言ったのは私の気持ちを少しでも察してほしかっただけなのに、父はあまり理解していないようだ。
私がおかしなことをしていないか、それだけが気になるのだろう。

「エスティ……あまりあの方に心を開くのは―――」

「でしたら婚約なんてはじめから結ばなければよかったのでは?」

言った後で後悔した。
別に父は私のせいで自分たちに不利益が生じるのを案じている訳じゃない。
ただただ、私の事を心配しているだけなのだ。

「……わかっていますわ、それがとうしても必要なことだったのは」

今度は私が呆れたような声になっていた。

昔はこんなぎこちない関係じゃなかった。

私に接する父からは優しさと包んでくれるような温かさを感じていた。
きっと私以外の家族に接するときは、昔からなにも変わっていないのだろう。
私の前世が恐ろしいものだから。どうしても私にはそうなってしまうのかもしれない。

そう考えると変わったのは父ではなく、きっと私の方なんだろう。
それでも隔離したり、差別したりせずこの程度で済んでいる父は、やはり結構な人格者なんだと思う。

「安心してくださいまし、お父様。なるべくベルフェリト家に損害が出ないように破棄してみせますから」

これ以上父との関係を歪めたくなくて強引に会話を終わらせると、窓の外を見つめて父の言葉を拒絶する。
なにか言いたげな顔の父が窓に反射して見えた。しかし、すぐにあきらめると父も反対側の窓の外を見つめた。

(やっぱり私はどこにもいないほうが良いのかもしれないわね)

出来れば婚約破棄したあとは、この国を離れて遠い地で何事もなく穏やかに過ごしたい。
きっと世間知らずな私が一人で暮らすのはものすごく大変だろうけど。

その淡い願いは、いつしかどうしても叶えたい願望になっていった。
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