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第3章

98.市井見学会⑨

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意図していたとはいえ、結局彼との仲は修復してしまった。
まぁ、ここから緩やかにフェードアウトしていけばいいか。
今日の行動を見るに、どうやらセイラはヴァリタスに好意を持っているような感じがしたし。

大丈夫……だよね。

大丈夫よね?

なんか不安になってきた。

どうして私は彼に嫌われたいのに、こんな風に嫌われそうになると不安になるのだろうか。
彼と一緒にいると時々襲われる、この胸の痛みが原因なのかな。

どうすればいいのかわからない。
自分の気持ちが不確かすぎて、何をしても不安になる。

その気持ちを深く考えるのが億劫で、ぼうっと人混みを眺めた。
そうしていると徐々に、喧噪が遠く聞こえていく。

こうしていると、同じ場所にいるはずなのに私だけ違う世界にいるみたい。

ふと、遠くで何かトラブルでもあったのか、数名の学院の生徒が何やら言い合いをしているのが見えた。
様子からして言い争っている様子だ。
まったく、こんなところに来てまで喧嘩なんて、どういうつもりなのかしら。
自分たちが令嬢なのだという意識が足りないんじゃないの?

呆れながらも私にも野次馬精神があるのか、そちらに目が離せなくなる。

と、それまで人混みの所為で見えていなかった相手の姿が見え、その集団の全貌を確認できた。
どうやら複数対1人という構図のようだ。
まるで弱い者いじめをするように、複数の女生徒が一人の女生徒に詰め寄っている。

集団で1人を責めるその姿勢にほとほと呆れながらじっと見つめるとあることに気が付いた。
複数人に絡まれている女生徒は見覚えのある人物だった。
というか、あの珍しい桃色の髪色はどう見てもセイラだ。

え?
どういうこと?
ナタリーと一緒にいるのではなかったの?

彼女たちの周りを見るが、それらしき人物は見当たらない。
どうやらあっちはバラバラになってしまっていたようだ。

しかし、あれはどう見てもいじめ……よね。
気遣いしいの彼女がどうしていじめなど受けているのかわからないが、ここは黙ってみているわけにはいかない。

助けに行こうかと足に力を入れた瞬間、私の脳裏に不吉な考えが浮かんだ。

今ここで私が助けに行って本当に良いの?
だって彼女と私はいずれ恋敵になるのに。
いずれ彼女にいじめを仕掛けるつもりの私が、ここで助けてしまえば彼女に好印象を与えてしまう。

それは今後の関係において、面倒なことになりはしないだろうか。

きっと彼女を助けるのが人として、仮にも友人としてすべきことなのだろう。
しかし、その思考を止めることが私にはできなかった。

思案することに侵された私の頭は行動に移すことを躊躇い、動けなくなってしまう。
そして、一度躊躇ってしまった足は中々動かすことができなくなってしまっていた。
私はただ、彼女たちの様子を目を離さず見続けることしかできなかった。

「エスティ?」

そんな私の様子に気づき、ヴァリタスは私に声を掛けた。
しかし、私がその言葉に全く反応を示さなかったことを不審に思ったのだろう。
ヴァリタスも私の目線の先を追うようにそちらを見つめた。

ヴァリタスはそこでハッと小さく息を吐いた。
おそらく彼女を見つけたのだろう。
そして今の彼女の状況を理解したことだろう。

そう私が判断した瞬間、ヴェリタスが勢いよくベンチから立ち上がった。
そしてその勢いのままそちらの方へ全速力で掛けていくのが見えた。

彼の咄嗟の行動に思わず口を開け、驚いてしまう。
まさか、彼がここまで素早く彼女を助けに行くなんて。
今まで私以外の女性に見向きもしなかった彼とは思えないような行動だった。

ズキリ。

またしても、あの胸の痛みが私の心を貫く。

ヴァリタスが彼女たちへ駆け寄り、彼女たちの間に割って入った。
ヴァリタスが来た途端、怯んだ彼女たちは彼が2、3何かを口にした途端、一目散にその場を離れていった。

どうやら彼女は助かったようだ。
彼女が助かったことに安心するべきなのに、私の心は先ほどと変わらずざわざわと揺れ動いている。

怖がっていた彼女を慰めるように、手を取り微笑みかけるヴァリタスの姿が見えた。
その笑顔に応えるようにセイラも笑い返しているのがわかる。

その姿が眩しく見えると同時に、私の胸は耐えられないほどの締め付けられるような強い痛みを感じていた。

どうして、どうしてこんなに苦しいの?
どうしてそんな風に幸せそうに笑うの?

彼らが仲良くしていることを認めたくない。
しかし、それとは反対に思い知ってしまう。

ああ、きっと私はあんな風に彼に微笑みかけることなどできない。
彼の微笑みだって、きっと近いうちに私は無くしてしまうだろう。

羨ましい。
私だってそれが欲しい。

彼に嫌われたいはずなのに、どうしても今繰り広げられている事実に矛盾した気持ちが生まれてしまう。
もう、これ以上は私の心が耐えられなかった。

バッとベンチから立ち上がると、人混みを避けながら彼らとは反対方向へと駆けて行った。
まるで逃げるように、彼らが見つけられなくなるところまで必死に走っていた。
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