196 / 339
第4章
192.波乱の朝
しおりを挟む
次の日の朝、お父様が朝早くから出掛けてしまったばっかりにお母さまと朝食を取る羽目になった。
相変わらず1人で食事を取るのを嫌がるのだから面倒だ。
全く、付き合う私の身にもなってほしい。
そのくせ、ため息を吐きながら食べるのをやめてほしい。
他の家族がいるときはそんな行儀の悪いことなど一切しないので、おそらく私と食事をする時しかしないのだろう。
それほど私と一緒にいるのが嫌らしい。
自分から呼んだくせに、我がままな人だ。
母の斜向かいの席に着いて食事を始めるが、母が一方的に話をするのみで私は口を挟まない。
以前会話でもしようかと思って受け答えをしたものの、更に機嫌が悪くなってしまったからだ。
この人は、ただ単に黙って話を聞いてくれる相手がいればそれで満足なのだと思う。
こんな憂鬱な朝食なら取らない方がずいぶんとマシだ。
暗い顔になりながらフォークを持ち上げたとき、食堂の扉が開く音がした。
既に朝食は脇に運ばれている。
一体なんだろうとそちらを見やると、いつもはいないその姿があった。
引き籠っていた所為かどこかやぼったい姿だったが、ちゃんと自分の足でここまできた意志が彼女の瞳にはあった。
「シ――――」
「シルビアッ!!」
私が呼ぶより早く、母が大きな声でその名前を呼んだ。
食事の席などということはすでに母の頭の中にはなかったのだろう。
シルビアを抱きしめると、目じりを滲ませ満面の笑みの母がそこにいた。
体が硬直して動けない。
嬉しそうに笑う2人の姿が滲んでいく。
どうして。
あんなにもう、いらないと思ったものなのに。
どうしてまた私は、囚われそうになっているの?
そんなはずないのに、何かが零れそうで怖かった。
まだ、未練があると思いたくない。
そう、必死に思ってせき止めるしかなかった。
母の抱擁を恥ずかしがりつつ受け止めるシルビア。
と、そのときシルビアは私を見つけ、微笑んだ。
それは悪意などどこにもない、本当にうれしそうな微笑みだった。
その時私はやっと我に返ることができた。
「さぁシルビア。こちらに座って」
母は忙しなくシルビアを案内すると、傍に仕えていたメイド長に朝食を用意するように命令している。
母の隣を当たり前のように座るシルビアとそれを嬉しそうに見つめる母。
目の前に繰り広げられる景色がまるで自分とはかけ離れたもののように見えた。
まるで私だけそこにいないみたいに自然だった。
母はシルビアの前ではあんなに綺麗に笑うのか。
それは昔の、もういないと思っていた母と同じ人だった。
しかし、その母がいたのも束の間だった。
シルビアは自分の食事が運ばれてくる前に、自分の口で転校したいと母に申し出た。
そこからが修羅場の始まりだった。
「そんなの、許されるはずがないでしょう!」
机を叩きこそしなかったが、母の顔はまるで般若のように険しい。
親の仇でも見つけたのかと感じさせるほど、そこには殺気に似た何かがあった。
一体、母がどうしてここまで怒っているのか、私もシルビアもわからなかった。
いつもは優しい母が怒ったのは、シルビアにとっては余程ショックだったのだろう。
泣きこそしてはいないものの、今にも零れ落ちそうな涙を瞳一杯に溜めた彼女が助けを求めるように私を見つめた。
それがいけなかった。
「……お前ね、お前の仕業ね!!」
母はシルビアの視線の先を捉えていた。
母はシルビアをよく見ているのだろう。
私が傷ついていても、母は気づきもしないのに。
私に飛びかかろうとする母を、周りにいた使用人たちが3人がかりで抑え込んでいる。
男性に取り押さえられていても尚、母はその拘束から逃れようと必死に藻掻いていた。
「許さない、許さないわよっ! 一体どれほど私たちを苦しめれば気が済むのよ!!」
母の憎悪が私にまで届いた。
シルビアが恐怖のあまり泣いているのが見える。
でも、母が邪魔してシルビアを慰めることが出来なかった。
私を見つめるシルビアの瞳は、恐怖と不安で揺れていた。
まるで虐められている小さな小鳥のようだった。
だめ。
このままではまたあの部屋に引き籠ってしまう。
今だ蠢く母に、どうにかしてシルビアの意志を届けようと声を張り上げる。
「お母さま、シルビアは苦しんでいます。あの学院でなくても、他にも良い学び舎はたくさんあるはずです。どうかシルビアを助けてあげてください」
「お黙り! そんなの許せるはずないでしょう! あの子はヴァリタス様と婚約させる予定なのだから!!」
えっ?
な、何を言っているのかわからない。
ヴァリタスと婚約?
どうしてシルビアが?
だって、だってあの人は……。
思考がめちゃくちゃになって、何も考えられない。
「お前なんかっ……。お前なんか正体が分かった時に、捨ててしまえば良かったのよ!!」
それは私にとって、止めを刺すような言葉だった。
はっと息を飲んだ。
しかし、空気が肺に届いた感覚がない。
どうしようもなく胸が苦しくて堪らなかった。
その場に居たくなくて、勢いのまま食堂を後にする。
気が付いた時には、馬車に揺られていた。
隣に座るミリアの強い手の温もりだけを、感じていた。
相変わらず1人で食事を取るのを嫌がるのだから面倒だ。
全く、付き合う私の身にもなってほしい。
そのくせ、ため息を吐きながら食べるのをやめてほしい。
他の家族がいるときはそんな行儀の悪いことなど一切しないので、おそらく私と食事をする時しかしないのだろう。
それほど私と一緒にいるのが嫌らしい。
自分から呼んだくせに、我がままな人だ。
母の斜向かいの席に着いて食事を始めるが、母が一方的に話をするのみで私は口を挟まない。
以前会話でもしようかと思って受け答えをしたものの、更に機嫌が悪くなってしまったからだ。
この人は、ただ単に黙って話を聞いてくれる相手がいればそれで満足なのだと思う。
こんな憂鬱な朝食なら取らない方がずいぶんとマシだ。
暗い顔になりながらフォークを持ち上げたとき、食堂の扉が開く音がした。
既に朝食は脇に運ばれている。
一体なんだろうとそちらを見やると、いつもはいないその姿があった。
引き籠っていた所為かどこかやぼったい姿だったが、ちゃんと自分の足でここまできた意志が彼女の瞳にはあった。
「シ――――」
「シルビアッ!!」
私が呼ぶより早く、母が大きな声でその名前を呼んだ。
食事の席などということはすでに母の頭の中にはなかったのだろう。
シルビアを抱きしめると、目じりを滲ませ満面の笑みの母がそこにいた。
体が硬直して動けない。
嬉しそうに笑う2人の姿が滲んでいく。
どうして。
あんなにもう、いらないと思ったものなのに。
どうしてまた私は、囚われそうになっているの?
そんなはずないのに、何かが零れそうで怖かった。
まだ、未練があると思いたくない。
そう、必死に思ってせき止めるしかなかった。
母の抱擁を恥ずかしがりつつ受け止めるシルビア。
と、そのときシルビアは私を見つけ、微笑んだ。
それは悪意などどこにもない、本当にうれしそうな微笑みだった。
その時私はやっと我に返ることができた。
「さぁシルビア。こちらに座って」
母は忙しなくシルビアを案内すると、傍に仕えていたメイド長に朝食を用意するように命令している。
母の隣を当たり前のように座るシルビアとそれを嬉しそうに見つめる母。
目の前に繰り広げられる景色がまるで自分とはかけ離れたもののように見えた。
まるで私だけそこにいないみたいに自然だった。
母はシルビアの前ではあんなに綺麗に笑うのか。
それは昔の、もういないと思っていた母と同じ人だった。
しかし、その母がいたのも束の間だった。
シルビアは自分の食事が運ばれてくる前に、自分の口で転校したいと母に申し出た。
そこからが修羅場の始まりだった。
「そんなの、許されるはずがないでしょう!」
机を叩きこそしなかったが、母の顔はまるで般若のように険しい。
親の仇でも見つけたのかと感じさせるほど、そこには殺気に似た何かがあった。
一体、母がどうしてここまで怒っているのか、私もシルビアもわからなかった。
いつもは優しい母が怒ったのは、シルビアにとっては余程ショックだったのだろう。
泣きこそしてはいないものの、今にも零れ落ちそうな涙を瞳一杯に溜めた彼女が助けを求めるように私を見つめた。
それがいけなかった。
「……お前ね、お前の仕業ね!!」
母はシルビアの視線の先を捉えていた。
母はシルビアをよく見ているのだろう。
私が傷ついていても、母は気づきもしないのに。
私に飛びかかろうとする母を、周りにいた使用人たちが3人がかりで抑え込んでいる。
男性に取り押さえられていても尚、母はその拘束から逃れようと必死に藻掻いていた。
「許さない、許さないわよっ! 一体どれほど私たちを苦しめれば気が済むのよ!!」
母の憎悪が私にまで届いた。
シルビアが恐怖のあまり泣いているのが見える。
でも、母が邪魔してシルビアを慰めることが出来なかった。
私を見つめるシルビアの瞳は、恐怖と不安で揺れていた。
まるで虐められている小さな小鳥のようだった。
だめ。
このままではまたあの部屋に引き籠ってしまう。
今だ蠢く母に、どうにかしてシルビアの意志を届けようと声を張り上げる。
「お母さま、シルビアは苦しんでいます。あの学院でなくても、他にも良い学び舎はたくさんあるはずです。どうかシルビアを助けてあげてください」
「お黙り! そんなの許せるはずないでしょう! あの子はヴァリタス様と婚約させる予定なのだから!!」
えっ?
な、何を言っているのかわからない。
ヴァリタスと婚約?
どうしてシルビアが?
だって、だってあの人は……。
思考がめちゃくちゃになって、何も考えられない。
「お前なんかっ……。お前なんか正体が分かった時に、捨ててしまえば良かったのよ!!」
それは私にとって、止めを刺すような言葉だった。
はっと息を飲んだ。
しかし、空気が肺に届いた感覚がない。
どうしようもなく胸が苦しくて堪らなかった。
その場に居たくなくて、勢いのまま食堂を後にする。
気が付いた時には、馬車に揺られていた。
隣に座るミリアの強い手の温もりだけを、感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる