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1章 幼少期編 I
14-1.藁紙 1
しおりを挟む王宮の食堂で朝食を取り終えると、私とベール兄さま以外の家族は執務棟へ向かうのが日常である。
私は自由行動。
ベール兄さまは自室に戻り、訪問する教師たちとのお勉強が待っている。
ベール兄さまの授業には前に何度か乱入したことがある。
意味が分からない教師の単語に質問に質問を繰り返し、程度の低い私のための授業にスライドしてゆき、また、一を聞いて一を聞いて一を聞いて、聞いた傍から頭からこぼれていく不毛の時間に、最初は我慢…根気よく見守ってくれていたベール兄さまも堪忍袋の緒が切れたらしく、授業中は二度と来るなと厳命され追い出されてしまった。
実はベール兄さまは本気で怒ると結構怖い。アルベール兄さまの半分ぐらいは。ええと、もうその半分くらいかな…………あれ? そんなに怖くないかも。ほとぼりが冷めた頃また突入しよう…(※喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプ)
ということで今、朝食を終えたファミリーは食堂の大扉を出てそれぞれの予定のために散ってゆくところである。
「シュシューア、離れなさい。危ないですよ」
「いーやー」
私は今、お母さまのドレスにまとわりついている。
今日のお母さまのドレスはギャザー寄せがたっぷりで、体を絡みつかせることができるほど布地をふんだんに使った超贅沢品なのだ。サラサラしていてとっても気持ちがいい最高級品なのだ。
品質はさておき、お母さまは歩行中であった。
私も追いかけつつ絡みついていた。
間の悪いことに、最高潮に巻き付いたところで私の足がお母さまの足の甲に乗った。
歩を進めて前に浮かせた母の御御足である。当然私も一瞬浮かんだ。そして私は巻き付いていたドレスから解かれることで勢いがつき、軽快に転がった。万歳ポーズで三回転はしたであろうか。
面白かった。
「もういっかい!」
「ダメだよ、お転婆さん」
ガバリと起き上がった私を後ろから抱き上げたのはルベール兄さまだ。
「もういっかいだけ~! おかあさま~!」
クスクス笑いながら通り過ぎようとするお母さまに手を伸ばすも叶わず、あきらめきれずに目で追うと「ロッド、今の見ましたか?」と、はしゃいだ声のお母さまは遠ざかっていく。そして娘をネタにお父さまとイチャイチャしだした。今はもう無理っぽい。
──…ふふふ、でも、私はあきらめない。夕飯の時に再チャレンジする所存!
ベール兄さまと目があった。
私が何を考えているか見抜いたベール兄さまは口パクで「ばーか」と半眼でチラ見しながらスタスタ行ってしまった。
──…ぬぅ、ベール兄さまだって面白そうだと思ったくせに! もう一回やらせてもらって見せびらかしてやる!
「う~ん、僕のお姫さまはどこに行っちゃったのかなぁ?」
お姫さまらしくないと言いたいらしい。
「ルベールにいさまが、いま、だっこしていますよ」
いちおう主張しておく。
「僕が抱っこしているのは、お転婆さんだよ?」
「おひめさまですよぅ」
ルベール兄さまの両頬をペチペチ叩き、寄せて上げてグニグニする。
アルベール兄さまには決してできないおふざけである。
──…コロコロが出来ないなら、イチャイチャに変更だぁ。
「やめないか」
アルベール兄さまの邪魔が入った。
「シュシューアはこれから離宮へ連れていく。ルベールはこれから視察が入っているのだろう? 早く行くといい」
そう言ってルベール兄さまの腕から私をもぎ取る。
「あぁ、もう馬車が待っているかも……それじゃぁ僕は行くけど、シュシュ、お行儀よくね」
「はぁぃ、いってらっしゃい」
いってきますのほっぺにちゅうを残し、ルベール兄さまも手を振って行ってしまった。
残るはアルベール兄さまと私だけとなった。
「今日の付添人はミネバだ。面倒を掛けないように良い子にしていなさい」
「アルベールにいさまは?」
「来客が多くて、今日は予定が立たん……ミネバ、頼む」
おっと、ミネバ副会長がいた。
廊下の端とはいえ王宮に立ち入ることを許されているとは、かなりの信用を得ていると見える。
私をポンと預けてしまえるのだから、これはもう相当のことだ。
アルベール兄さまは私を下におろし、昨日のリボンくんの様に服の乱れを直して「行ってこい」と送り出してくれた。もちろんお返事は「いってきます」だ。
「おはようございます、姫さま。今日はよろしくお願いいたします」
「おはようございます、ミネバふくかいちょう」
ミネバ副会長の顔は無表情だけど、こちらに手を伸ばしてきたので迷わずキャッチする。指一本にぎにぎ戦法で父性を爆上げするのだ。──…ぬぅ、表情に変化なし。
けど、私は挑み続ける。いずれ、そのうち、いつか、たぶん、攻略……は無理そうなので観賞だけに留めておく。クールマンは一歩引いて眺めるのが正解なのである。
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