21 / 177
1章 幼少期編 I
17.料理人がやって来た
しおりを挟むミネバ副会長は、レストランの料理人を連れて離宮に戻ってきていた。
調理器具も持ち込んできてくれたようで、厨房ゾーンには木箱が山と積まれている。
すっぽり頭から抜けてたけど、お芋を食べる食器がなかったね。
「お初にお目にかかります。アルベノール(商会のレストラン)から来ました、チギラと申します。私語は禁止と聞きましたので、簡単な挨拶ですがお許しください」
洋風居酒屋の厨房スタッフのような、正直に言うなら湘南のカフェバーにいる店員のような、でもほのかに体育会系で日本人臭が漂うような。
年齢はミネバ副会長と同じくらいかな。
頭にバンダナのような布を巻いて、そこから少し見える短い髪はカフェモカ色だ。瞳も同じ色で、なんとなく甘い……カフェモカ……コーヒークリームのロールケーキが食べたくなった。そう思わせる顔をしている。うん、カフェの店員も似合いそう。
「こちら指示通り作ったものです。いかがですか?」
ミネバ副会長に抱っこされている私の目の前に、分離した水分とバターが入った容器の中身を傾けて見せてくれた。
「できてますね。では、すいぶんと、かたまったものを、わけましょう。スプーンでおして、かんぜんにすいぶんをぬいてください。すいぶんのほうも、すてないでくださいね。ミネバふくかいちょう、のんでみますか?」
「飲めるんですか?」
ちょっと嫌そうな顔をされた。まぁ、今は見た目がグチャッとしてるしね。
しかし、これはぜひ飲んでもらわなければ。むふっ。
「おイモも、きていますね。みせてください」
ランド職人長がスタタ…はもういいか、籠に入ったお芋をひとつずつ見せてくれる。
小ぶりだけど見慣れたお芋たちだ。
ジャガイモっぽいのは皮が緑なのは除けて、他のは芽を取り除いてもらう。サツマイモっぽいのは問題なさそう。里芋がないのは残念……次に期待しましょう。
「ランドしょくにんちょう、あれがそうですか?」
寸胴鍋とフック付きの網枠が置いてある。
「鍋の縁にここを引っ掛けて網枠を浮かせるように作りました。やりますか?」
「なべにこのくらいおみずをいれて、やっちゃってください」
(芋で何すんだ!?)
目は口ほどに物を言う。
チギラ料理人。今日ここにいるのだから、あなたも試食に参加してもらいますよ。
さぁ、お芋を蒸かしてる間にバターの仕上げをしてしまいましょう。
お塩だけで食べてもいいのだけど、じゃがバターにして美味しさを二重にしたいのだ。お芋ちゃんのデビューだもの。
「チギラりょうりにん。かたまってるほうに、このくらい、おしおをいれてまぜてください。すいぶんのほうは、こちらに」
「そんなもの、姫さまに飲ませられません」
椀を受け取ろうと手を出したら、ミネバ副会長に奪われてグビッと呑まれてしまった。素早くて顔が見えなかった。悔しい。
「………」
チギラ料理人がミネバ副会長の感想を待っていますよ。私も。
「さっぱりしていますね」
「…っ! 副会長、自分にも……」
ミネバ副会長は皆まで言うなと残りが入った椀を彼に渡す。
クピリ。
「………へぇ」
そうそう、味わっちゃえば意外性のない味なのよ。ただのコクのないミルクよね。
「ミネバふくかいちょう。まっているあいだに、おイモのせつめいをするので、しょくどうにいきましょう」
(この流れだと芋を食う気か? 嘘だろ? もしかして俺もか?)
料理人のあなたが食べなくてどうするのです。おーっほほほ。
「姫さま、柔らかくなった芋にバターをつけるんですね?」
「はい。わたくしのよそうでは、まるいおいもにあうはずです。よこながのおいもは、あまいのではないかと。それでですね……それで……」
厨房から食堂に移動すると、すると、すると……
また全員集合ですかーっ!?
「……皆さま、どうしました?」
ミネバ副会長も知らなかったのね。
「情報源はベールだ」
アルベール兄さまはニッコリと笑う。
「シュシュが石けりしながら『バターの歌』を歌ってたぞ。旨そうな歌だった」
「……姫さま」
「ちらないよ。ベールにいちゃまの、かんちがいなの」
記憶にございません。
「シュシュ~、今度は僕のために作ってくれる約束だよ」
そうだっけ?
「皆さま。今日の主役は『芋』ですよ。バターは調味料です」
「「「え?」」」
ははっ、固まったね。
「まるいおイモは、さいばいにしっぱいすると、すごくまずいです。きょうとどいたおイモが、しっぱいさくではないといいですね。クスクス」
ちょっと意地悪を言ってみました。
◇…◇…◇
……で、蒸かし終わったお芋が食堂のテーブルに運ばれてきました。
「それでは、バターをつかうまえに、かくにんのひとくちを、わたくしが……」
しかし、アルベール兄さまがスッと手をかざして私を止める。
「いずれは自分のレストランに並ぶ野菜だ。私が味見する」
レストランに出す気ですか? この間までは家畜の餌と言っていたのに……気が早いですね。
「………」
あ、でも、やっぱり、なんか嫌そう。
「………」
本当にいいのかとチギラ料理人の顔は言っているけど、目を合わせたアルベール兄さまが(嫌そうに)頷くと、ジャガイモをナイフで小さく(ミックスベジタブル並みに)切って取り分けた。
アルベール兄さまの前に小皿が置かれる。
フォークを手渡される。
刺して食べようとするが崩れてしまった。
構わず掬って口に運び……
「……次」
同様にサツマイモの欠片も口に含む。
「………」
みんな感想を待ってますよ。私も。
「今日の芋はこの二種類だけか?」
「そうですが……味は、どうでした?」
ミネバ副会長は恐る恐る尋ねた。
「そうだな……バターとやらは丸い芋に合うのだったか? シュシューア」
『そうだな』は答えになっていません。
「おイモのうえにナイフでわれめをいれて、そこにバターを、おとします」
チギラ料理人は新しい皿に手早く用意する。
バターの溶ける得も言われぬ香りが食堂に漂ってきた。
「バターをとかしながらたべるのが、ただしいたべかたです。かわをたべてもいいですが、スプーンでくりぬくのがさほうです」
言うだけ言ってみた。
その通り食べてくれた。
そして完食。
アルベール兄さまに黒い微笑みが浮かんだ。イエス!
テーブルに着いた全員がチギラ料理人に催促の視線を送る。
「はんぶんにした、まるいおイモにバターをおとして。あかいおイモは、まんなかのぶぶんだけ、ください。あまったのを、みなさんで、わけてください」
少しずつしかないけど、まずは私が確認しないとね。
アルベール兄さまの反応が薄かったサツマイモは、ふむ、甘さが少ないかな。
じゃがバターは、ほくっ、まったり、後から塩味がじわぁ~。
お皿に残ったバターをサツマイモに絡めて……
「んふぅ、おいしぃ~……アルベールにいさま、あかいおイモにも、バターがあいますよ」
「そうだな」
なんだ、もうやっていましたか。
「みなさん、おいしいですか?」
コクコクコクコクコク……
言葉もなくコクコク。大人も子供もコクコク。
くふふふ、そうとう衝撃を受けた様子です。してやったり。
「このバターをつけると、何でも美味しくなりそうですね」
落ち着いてからのミネバ副会長の感想です。
「芋じゃなくて、バターが旨いのか?」
組み合わせが大事なのですよ、ベール兄さま。
「シュシュ、バターは何からできているんだい?」
ルベール兄さま、お芋よりそちらが気になりますか。
「きヤギのちちです。なまクリームのもとから、すいぶんをぬいて、おしおであじをつけると、こうなります」
「芋はもうないのか?」
ベール兄さまの催促と、右に同じと私を見るルベール兄さま。
「うははは、残りの芋も蒸気にあててますから、ちょっとお待ちを~」
ランド職人長が食堂の入口に立って笑っていた。気が利くぅ~。
「手伝ってまいります」
チギラ料理人も厨房に引っ込んだ。
蒸し器もどきをよく見せてもらうんだろうな。それと味見も。ぷふふっ。
応援ありがとうございます!
40
お気に入りに追加
1,477
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる