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1章 幼少期編 I

17.料理人がやって来た

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ミネバ副会長は、レストランの料理人を連れて離宮に戻ってきていた。

調理器具も持ち込んできてくれたようで、厨房ゾーンには木箱が山と積まれている。
すっぽり頭から抜けてたけど、お芋を食べる食器がなかったね。

「お初にお目にかかります。アルベノール(商会のレストラン)から来ました、チギラと申します。私語は禁止と聞きましたので、簡単な挨拶ですがお許しください」

洋風居酒屋ダイニングバーの厨房スタッフのような、正直に言うなら湘南のカフェバーにいる店員のような、でもほのかに体育会系で日本人臭が漂うような。

年齢はミネバ副会長と同じくらいかな。
頭にバンダナのような布を巻いて、そこから少し見える短い髪はカフェモカ色だ。瞳も同じ色で、なんとなく甘い……カフェモカ……コーヒークリームのロールケーキが食べたくなった。そう思わせる顔をしている。うん、カフェの店員も似合いそう。

「こちら指示通り作ったものです。いかがですか?」

ミネバ副会長に抱っこされている私の目の前に、分離した水分とバターが入った容器の中身を傾けて見せてくれた。

「できてますね。では、すいぶんと、かたまったものを、わけましょう。スプーンでおして、かんぜんにすいぶんをぬいてください。すいぶんのほうも、すてないでくださいね。ミネバふくかいちょう、のんでみますか?」

「飲めるんですか?」

ちょっと嫌そうな顔をされた。まぁ、今は見た目がグチャッとしてるしね。
しかし、これはぜひ飲んでもらわなければ。むふっ。

「おイモも、きていますね。みせてください」

ランド職人長がスタタ…はもういいか、籠に入ったお芋をひとつずつ見せてくれる。
小ぶりだけど見慣れたお芋たちだ。

ジャガイモっぽいのは皮が緑なのは除けて、他のは芽を取り除いてもらう。サツマイモっぽいのは問題なさそう。里芋がないのは残念……次に期待しましょう。

「ランドしょくにんちょう、あれがそうですか?」

寸胴鍋とフック付きの網枠が置いてある。

「鍋の縁にここを引っ掛けて網枠を浮かせるように作りました。やりますか?」

「なべにこのくらいおみずをいれて、やっちゃってください」

(芋で何すんだ!?)

目は口ほどに物を言う。
チギラ料理人。今日ここにいるのだから、あなたも試食に参加してもらいますよ。

さぁ、お芋を蒸かしてる間にバターの仕上げをしてしまいましょう。
お塩だけで食べてもいいのだけど、じゃがバターにして美味しさを二重にしたいのだ。お芋ちゃんのデビューだもの。

「チギラりょうりにん。かたまってるほうに、このくらい、おしおをいれてまぜてください。すいぶんのほうは、こちらに」

「そんなもの、姫さまに飲ませられません」

椀を受け取ろうと手を出したら、ミネバ副会長に奪われてグビッと呑まれてしまった。素早くて顔が見えなかった。悔しい。

「………」

チギラ料理人がミネバ副会長の感想を待っていますよ。私も。

「さっぱりしていますね」
「…っ! 副会長、自分にも……」

ミネバ副会長は皆まで言うなと残りが入った椀を彼に渡す。

クピリ。


「………へぇ」


そうそう、味わっちゃえば意外性のない味なのよ。ただのコクのないミルクよね。

「ミネバふくかいちょう。まっているあいだに、おイモのせつめいをするので、しょくどうにいきましょう」

(この流れだと芋を食う気か? 嘘だろ? もしかして俺もか?)

料理人のあなたが食べなくてどうするのです。おーっほほほ。

「姫さま、柔らかくなった芋にバターをつけるんですね?」

「はい。わたくしのよそうでは、まるいおいもにあうはずです。よこながのおいもは、あまいのではないかと。それでですね……それで……」

厨房から食堂に移動すると、すると、すると……




また全員集合ですかーっ!?




「……皆さま、どうしました?」

ミネバ副会長も知らなかったのね。

「情報源はベールだ」

アルベール兄さまはニッコリと笑う。

「シュシュが石けりしながら『バターの歌』を歌ってたぞ。旨そうな歌だった」

「……姫さま」
「ちらないよ。ベールにいちゃまの、かんちがいなの」

記憶にございません。

「シュシュ~、今度は僕のために作ってくれる約束だよ」

そうだっけ?

「皆さま。今日の主役は『芋』ですよ。バターは調味料です」


「「「え?」」」


ははっ、固まったね。

「まるいおイモは、さいばいにしっぱいすると、すごくまずいです。きょうとどいたおイモが、しっぱいさくではないといいですね。クスクス」

ちょっと意地悪を言ってみました。


◇…◇…◇


……で、蒸かし終わったお芋が食堂のテーブルに運ばれてきました。

「それでは、バターをつかうまえに、かくにんのひとくちを、わたくしが……」

しかし、アルベール兄さまがスッと手をかざして私を止める。

「いずれは自分のレストランに並ぶ野菜だ。私が味見する」

レストランに出す気ですか? この間までは家畜の餌と言っていたのに……気が早いですね。

「………」

あ、でも、やっぱり、なんか嫌そう。

「………」

本当にいいのかとチギラ料理人の顔は言っているけど、目を合わせたアルベール兄さまが(嫌そうに)頷くと、ジャガイモをナイフで小さく(ミックスベジタブル並みに)切って取り分けた。

アルベール兄さまの前に小皿が置かれる。

フォークを手渡される。

刺して食べようとするが崩れてしまった。

構わず掬って口に運び……

「……次」

同様にサツマイモの欠片も口に含む。

「………」

みんな感想を待ってますよ。私も。

「今日の芋はこの二種類だけか?」

「そうですが……味は、どうでした?」

ミネバ副会長は恐る恐る尋ねた。

「そうだな……バターとやらは丸い芋に合うのだったか? シュシューア」

『そうだな』は答えになっていません。

「おイモのうえにナイフでわれめをいれて、そこにバターを、おとします」

チギラ料理人は新しい皿に手早く用意する。
バターの溶ける得も言われぬ香りが食堂に漂ってきた。

「バターをとかしながらたべるのが、ただしいたべかたです。かわをたべてもいいですが、スプーンでくりぬくのがさほうです」

言うだけ言ってみた。

その通り食べてくれた。

そして完食。

アルベール兄さまに黒い微笑みが浮かんだ。イエス!

テーブルに着いた全員がチギラ料理人に催促の視線を送る。

「はんぶんにした、まるいおイモにバターをおとして。あかいおイモは、まんなかのぶぶんだけ、ください。あまったのを、みなさんで、わけてください」

少しずつしかないけど、まずは私が確認しないとね。

アルベール兄さまの反応が薄かったサツマイモは、ふむ、甘さが少ないかな。
じゃがバターは、ほくっ、まったり、後から塩味がじわぁ~。
お皿に残ったバターをサツマイモに絡めて……

「んふぅ、おいしぃ~……アルベールにいさま、あかいおイモにも、バターがあいますよ」

「そうだな」

なんだ、もうやっていましたか。

「みなさん、おいしいですか?」

コクコクコクコクコク……

言葉もなくコクコク。大人も子供もコクコク。

くふふふ、そうとう衝撃を受けた様子です。してやったり。


「このバターをつけると、何でも美味しくなりそうですね」

落ち着いてからのミネバ副会長の感想です。

「芋じゃなくて、バターが旨いのか?」

組み合わせが大事なのですよ、ベール兄さま。

「シュシュ、バターは何からできているんだい?」

ルベール兄さま、お芋よりそちらが気になりますか。

「きヤギのちちです。なまクリームのもとから、すいぶんをぬいて、おしおであじをつけると、こうなります」

「芋はもうないのか?」

ベール兄さまの催促と、右に同じと私を見るルベール兄さま。

「うははは、残りの芋も蒸気にあててますから、ちょっとお待ちを~」

ランド職人長が食堂の入口に立って笑っていた。気が利くぅ~。

「手伝ってまいります」

チギラ料理人も厨房に引っ込んだ。

蒸し器もどきをよく見せてもらうんだろうな。それと味見も。ぷふふっ。

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