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1章 幼少期編 I
18-1.お芋 1
しおりを挟むそれからしばらくして、蒸かし終わったお芋が食堂のテーブルに運ばれてきた。
「それでは、バターをつかうまえに、かくにんのひとくちを、わたくしが……」
しかし、アルベール兄さまがスッと手をかざして私を止めた。
「いずれは自分のレストランに並ぶ野菜だ。私が毒…味見する」
覚悟を決めたように見えるのは、たぶん気のせいではない。
一見格好いいけど、頼もしくは見えるのだけど、敵がお芋なのでイマイチである。
「………」
あ、やっぱり、なんか嫌そう。
「………」
本当にいいのかとチギラ料理人の顔は言っているけれど、目を合わせたアルベール兄さまが真顔で頷くと、ジャガイモをナイフで小さく、本当に小さく、ミックスベジタブルなみに小さく切って取り分けた。
チギラ料理人の気遣いが過ぎて心の中で爆笑した。
──アルベール兄さまの前に、コトリと皿が置かれる。
大きな平皿の中央にちっこいお芋が鎮座している様子に、喉元まで笑いが込み上げてきた。
──フォークが恭しく手渡される。
いや、いいんだけど、そろそろ腹筋が痛くなってきたよ。
──刺して食べようとするがほろりと崩れてしまう。
「………………ナイフを」
ナイフの腹を使ってフォークの先に崩れたお芋ちゃんを乗せる。
一挙一動の注目を物ともせず、小さく開けられた口にお芋の欠片は運ばれた。
──…勇者だ。
ルベール兄さまとベール兄さまの驚嘆する表情に、勝手にアテレコを入れてみた。あながち間違いではないはずだ。
「………」
アルベール兄さまの閉じられた唇はあまり動かず、口内だけの感覚を元に脳内会議開いている様子だ。
結果、眉根を寄せるも「……次」と静かな声をチギラ料理人に向ける。
サツマイモ系の小さな欠片が乗った平皿……再びスマートな所作で欠片を口に含む。
「………」
アルベール兄さまは目を閉じ、しばし動きを止めた。
「…………今日の芋はこの二種類だけか?」
「そうですが……味は、どうでした?」
ミネバ副会長の顔は無表情だが、声がちょっとかすれている。
「そうだな……バターとやらは丸い芋に合うのだったか? シュシューア」
そうだな、は答えになっていません……などと茶々は入れないでおく。
「おイモのうえにナイフでわれめをいれて、そこにバターを、おとします」
私が言い終わらないうちに、チギラ料理人は新しい皿に手早くジャガバター(New)を用意する。
一番小さい丸芋がチョイスされたのは、チギラ料理人の気遣いである。
「バターか……良い香りだな」
アルベール兄さまの心の声がもれる。
「バターをとかしながらたべるのが、ただしいたべかたです。かわをたべてもいいですが、スプーンでくりぬくのがさほうです」
言うだけ言ってみた。
その通り食べてくれた。
そして完食。
アルベール兄さまの顔に黒い笑みが浮かんだ。
──…イエス!!
アルベール兄さまのお墨付きが得られた。
「チギラ料理人!」
私はタクシーを止めるように手を上げた。
「シュシュ、こういう時は手首だけ動かして、こんな感じに……」
そう私を指導するルベール兄さまは、そのまま視線をチギラ料理人にスライドさせ「僕にも頼むよ」と、指導も注文にスライドした。
直後に似た動作で、ミネバ副会長とベール兄さまも……ベール兄さまはまだ様になってないね。可愛い。
しかして、残りのお芋たちは均等に分けられてちょびっとずつ配膳された。
アルベール兄さまの反応が薄かったサツマイモは、ふむ、甘さが少ないかな。
じゃがバターは、ほくっ、まったり、後から塩味がじわぁ~。
お皿に残ったバターをサツマイモに絡めて……
「んふぅ、おいしぃ~……アルベールにいさま、あかいおイモにも、バターがあいますよ」
「うむ」
なんだ、もうやっていましたか。
「みなさんは、どうですか? おいしいですか?」
コクコクコク。
言葉もなくコクコク。
言葉にならないほど美味しいのではなく、家畜の餌が美味しい事に衝撃を受けた頷きである。
くふふふ、してやったり。
「このバターをつけると、何でも美味しくなりそうですね」
落ち着いてからのミネバ副会長は、たぶんレストラン利用を考えている。
「芋じゃなくて、バターが旨いのか?」
組み合わせが大事なのですよ、ベール兄さま。
「シュシュ、バターは何からできているんだい?」
ルベール兄さま、お芋よりそちらが気になりますか。
「きヤギのちちです。なまクリームのもとから、すいぶんをぬいて、おしおであじをつけると、こうなります」
「芋はもうないのか?」
私の話になど興味がないベール兄さまは、チギラ料理人とミネバ副会長を交互に見て食欲を素直に訴えた。
「うははは、残りの芋も蒸気にあててますから、ち~とお待ちを~」
ランド職人長が食堂の入口に立って笑っていた。気が利くぅ~。
「手伝ってまいります」
チギラ料理人は手早くテーブルを片付けると、そそくさと厨房に引っ込んだ。
バターの味見は済んでいるだろうけど、今度はお芋の味見をするのだろう……さてさて。
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