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1章 幼少期編 I
19.魔導士長と冷蔵庫
しおりを挟むルベール兄さまと離宮に向かうと、門の前に大きな箱を抱えたシブメンが立っていた。
「今来たところです。お気になさらず」
ルベール兄さまは何も言っていないのに、先に返事がかえされた。
「それはもしや冷蔵庫ですか? 重かったでしょう」
門の鍵を空けながら、ルベール兄さまは畑作業をしている男──畑人を呼び寄せる。
(ここの鍵を持っているのは付添人たちだけなのだ)
畑人に冷蔵庫を渡して『では、失礼』と踵を返したシブメンは『使い方を説明しておきましょう』と、もう一度踵を返して厨房へと歩いて行った……私たち、まだ挨拶もしていない。
「面白い人だね」
ふたりでクスクス笑いながらシブメンの後をついて行く。でも、すぐに角を曲がって見えなくなってしまった。
歩くのが早い……初デートで振られるタイプね。
外で作業しているランド職人長に挨拶して工房に入った時には、もうチギラ料理人への説明が終わっていたくらいだから間違いない。
チギラ料理人は朝早くから来ていたのか、厨房ゾーンはすっかり片付いていていた。
調理台の上には今日の準備が整って指示待ち状態だし、やる気満々ですね。
お芋も、あった。届いている。
「ゼルドラまどうしちょう。これから、とってもおいしいちょうみりょうを、つくります。いっしょに、たべませんか?」
何を食べるかは言わないでおく。芋と言ったら逃げられちゃう。
「芋でしたな。昨日は乳からできた『バター』で、今日は何ですかな?」
はは、御存じでしたか。アルベール兄さまにでも聞いたのかな?……あら、では、その冷蔵庫はもしや……
「あ~、申し訳ない。兄上に冷蔵庫を急かされたのですね……今日のも食べたそうにしていたからなぁ」
やっぱり、ルベール兄さまもそう思いますか?
はっ! 目の下にクマが出来てるっぽいのはそのせい? 徹夜した? ひゃぁ~、うちの兄がご迷惑を~。
「きょ、きょうは『マヨネーズ』という、たまごからつくるちょうみりょうです。ゼルドラまどうしちょうのためにつくります!「シュシュ~? 僕のは~?」ぜひ、たべていってください!」
美味しいのを作って労わなければっ! ルベール兄さまのはまた今度です!
「お言葉に甘えましょう」
嫌がっていない、はずっ!
「では、あちらの、しょくどうで、おまちください」
「調理の過程を見たいので、ここで結構です」
「ランドしょくにんちょぉ、いすをおもちして~」
「お構いなく」
「シュシュ~、落ち着こうねぇ~」
ワタワタする私はルベール兄さまに抱き上げられた。よちよちされても収まりそうにありません。
シブメンとの縁を深めなければいけないような気がするのです! ここで逃げられないようにガッチリ胃袋を掴まえておかなければ!
「×××××× ×× ×××」
シブメンの指先が私の額に触れた。
声が……トンネルで響いているような声が……ほわぁぁ?
「興奮を抑える綴言です。どうですか?」
どうですか……って、ん~?
「……しんこきゅう、した、あとみたい」
「良いようですね。では『まよねーず』作りを見せてください」
……これか。
ベール兄さまが言っていた『空気読む気はありません』は。
「プリンの一口大会の時を思い出すなぁ」
やっぱり。
「……ん? あれ? もしかして、いまのは、まほうですか?」
声にエコーがかかってた……ような気がする。
あれを聞いて気持ちが落ちついた……ような気がする。
精神干渉系の呪文だったりする? 乙女ゲームあるあるの『魅了魔法』があったりする!?
「そのまほうで、そのきのないひとを、ホレさせることは、できますか!?」
ヒロインに魅了を使われたら、兄さまたちが簡単に落ちてしまうもの。阻止しなくちゃ。
「シュシュ~。そんなことが出来たら魔導士が世界を征服しちゃってるよ」
「でもでも、こえがボワンとしたのです! あたまがジワンとしたのです!」
「さき程のはただの『おまじない』です。僅かな魔力に言霊を乗せてよく聞こえるようにはしましたが、効果はその場限りです」
「ではでは、まりょくを、つよくしたら?」
「強い魔力は体感を刺激しますので、さすがに相手も気づきます…「それじゃ、それじゃ」…回答を続けましょう。微量の魔力を相手に流し続けることは可能ですが、止めてしまえばそれまでです。効果も持続しません。言霊を魔力に乗せるために唱え続けるのも現実的ではありません。よって、意味のない行為であると知っている魔導士は、それを行いません……余興で笑いを取るのがせいぜいですな」
……ほっ。じゃぁ、魅了魔法はないのね。
(くくく、ヒロイン、ざまぁ)
「シュシュ、誘惑してほしい人がいるのかな? 僕の知っている男かい? ん~?」
不機嫌そうにほっぺをツンツンされた。
3歳児に何を言っているのですか、この兄は……
「ワーナーせんせいに、みせてもらった、しょくぶつせいちょうまほうが、すごかったので、ほかのまほうも、しりたかっただけですよ」
乙女ゲームの話は、まだ誰にもしていない。そういうことにしておこう。
でも、植物成長魔法はマジで凄かった。動画の早送り再生みたいで興奮した。
三回続けてやってもらったら飽きちゃったけど。
……あ、チギラ料理人と目が合った。
視線がぬるい……
ルベール兄さまも、スタンバってる彼に気が付いた。
「……待たせちゃったね。なんだっけ……まよねーず、だっけ?」
私語禁止令を忘れていた兄妹でした。
……アルベール兄さまには内緒です。
☆…☆…☆…☆…☆
さぁ、気を取り直していきましょう!
今日のお芋はジャガイモ系のみ。
蒸かしはランド職人長にお願いして、私たちは『マヨネーズ』作りに入ります。
卵黄+塩+酢+油を、泡だて器でもったりするまで混ぜる、だけ。
油を少しずつ加えるぐらいのことは言った。
味の調整はティストーム人の舌を持つチギラ料理人におまかせしちゃいます。まずは万人に受け入れてもらわないとね。
それよりも大切なのはサルモネラ菌対策だ。
鳥類の卵は糞と同じ場所から出てくるから時々やばい状態になるのです。
60度以上の湯にさらすと殺菌されるのだけど、温泉卵になってしまうのでそれは没。
アルコールでの消毒方法は知らないので、とりあえず今回は完成品の湯煎で殺菌することにします。
あと、殻を水につけると菌が中に浸透しやすくなるので、水洗いは割る直前にしておきましょう。
チギラ料理人が泡だて器でシャカシャカやっている間に、ランド職人長にゆで卵を作ってもらう。
火台が3つもあると、こういう時に便利ですね。だから使わなかった卵の白身も平鍋で焼けるのだ。焼いた後はパンの上に乗せておこう……と思ったらパンがない。
「パン生地はこねてあります。焼きたてをお出ししますよ」
チギラ料理人の視線の先に、ドーム型の窯の上部分だけなのが置いてある。
火台の上にかぶせて使う簡易窯だそうだ。いつも食べているナンのようなパンは窯で焼かれていたのですね。考えたこともなかったよ。
お芋は蒸かし終わった。
卵の白身も焼けている。
ゆで卵も茹であがって殻は剥き終わった(熱いうちに冷水に浸すときれいに剥けます)
次はクリーミーに仕上がったマヨネーズを熱湯で湯煎する。
そこで、シブメンが質問をしてきた。
「その湯煎の意味は?」
「なまのたまごには、ときどき、おなかをこわす、ワルイやつがはいっているので、おゆのねつで、なくすのです」
「あぁ『ゾウゴウ菌』のことですか。それには入っていないので湯煎の必要はありません」
こちらでは『ぞうごうきん』というのですね。
……ん? 入っていないとか言った?
「ゼルドラ魔導士長は『鑑定』持ちなんだよ。鑑定とは物の本質を見極める……え~と、見ただけで全部わかる力だよ」
カンテイ。かんてい……鑑定のこと!?
「生まれつきのものです。努力したわけではありません。さぁ君、パンを焼き始めなさい」
シブメンが、チギラ料理人に指示を出す。
「マ、マヨネーズは、れいぞうこで、たべるまで、ひやしておいてください。ゆでたまごは、こまかく、きざんでください。それで、それで、ゼルドラまどうしちょう。あれ、あれのなかみは、なんですか?」
明らかに塩が入っている容器を指して、鑑定をせがむ。
「鑑定しないでくださいね。また興奮して鼻血出しますから」
あ~ん。いけずぅ~。
「おぉ~、冷蔵庫! やっとシャーベットが食べられるな」
ベール兄さまの登場です。出来上がりの時間を狙って来ましたか?
「それに凍らせる機能はありません。冷凍庫はもうしばらくかかります」
「えぇ~」
「そういえば、この冷蔵庫は魔導具でしたね。氷を使っていないということは……どれ」
ルベール兄さまが冷蔵庫の見分に入る。私も抱っこされているので一緒に観察します。
「箱の背面に冷気を出す魔法陣を嵌め込んでいます。温度調節はこの突起で……」
見た目はただの木の箱だけど二重構造になっていて……え? ちょっと待って、これは……
「ゼルドラまどうしちょう。とびらのうちがわについている、かたくない、これは、なんですか?」
パッキンだよね! ゴムだよね!
「ガモの木の樹液を固めたものです。魔導具の保護によく使われますが……欲しいのですかな?」
「はいっ、はいっ。つくりたいものがあるのです!」
「魔導部にあるので、いつでも用立ていたしますよ」
キャーーーーッ!
「皆さま、試食の準備が整いました。食堂の方へどうぞ」
チギラ料理人が話の腰をボキッと折ってくれた。
助かった。鼻血の難を逃れたよ。ありがとう。
応援ありがとうございます!
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