105 / 206
1章 幼少期編 I
92.オマー子爵領2(Side ロッド王)
しおりを挟む─翌日─……収穫祭前日。
今日は昨年とは違う視点で邸内の観察に集中する。
事務方の経領陣は、昨年同様裏方に徹していて出てきていない。
領兵の指揮系統が越権しすぎる感も昨年同様。
しかし前オマー子爵の存在が無いせいか、前線の砦のように張り詰めていた空気が幾分か和らいでいるように感じる。
その分、新しい空気に馴染まない者との二極化が際立った。
特に、大男の領兵長が幅を利かせている姿が悪目立ちをしている。
前子爵に似た振る舞いで露骨に新領主を軽んじていた。釣られて心得違いをする従事者も多そうだ。
目が合ったリボンは肩をすくめて同意を返してきた。
夫人の方も苦笑いだ。
しかし、ふたりだけで今後の人事を話し合う姿からは焦燥を感じない。
……いや、リボンから直接指示を受けている中堅の兵士が側にいた。
彼の兵上部の輩を見る目は、既に見切りをつけたものになっている。この男が次期兵長になる。そんな予感がした。
◇…◇…◇
午後になると、邸門の前には領都周辺の畑人が集まり、前夜祭の準備が始まった。
舵取り役の良く通る声がここまで聞こえてくる。まずは天幕張りから取り掛かるようだ。
天幕は昨年のうちに捨てるほど配ってある。
仮設の厨房として、休憩所として、そして女子供が雑魚寝できるように。
畑人たちは祭りが終わるまで畑の集落には帰さず、天幕で過ごさせる。遠方の村や町でも同じ様子になっているはずだ。
やむなく集落に残った者たちは時が着たら被害を受ける事になるが、もう切り捨てるしかない。すべての民を救う力など私にはないのだ。
昨年配ったものは天幕以外にも、種芋…ジャガ、甘ジャガの苗、開墾費から、調理道具、調味料の食材、無料配布用の荷車など。全て国家予算から大量に出している。
今回は畑人たちのみを開催側にしているが、今後は多様化する予定だ……いや、今後があるかは不明だ。毎回国庫から補助金は出せん。他の領から苦情が出る。
もしかしたら、シュシューアがリボン会いたさに祭りに参加したがるかもしれんな。
戻ったら煽ってみるか。
本人は知らないが、娘はアルベール商会の役職付きの高給取りなのだ。アルベールがきっちり商業ギルド口座に積み立てているのを、父は知っているぞ。いやいや、娘の金を当てにしているわけではない……決して。
「出てきた、出てきた。リボン、お待ちかねの兵長だよ」
窓辺で本を読んでいたルベールが、指先でリボンを呼び寄せる。
部屋にいるのは、昨夜の酒席の5人。
全員が窓辺に集まる。
この領主邸で主のように君臨してる兵長が、中庭で騒いでいる姿が見える。
天幕張りを手伝っていた非番の兵士たちを叱責しているようだ。
栄誉ある子爵領兵士が下働きをするとは何事だ!…とかほざいている。
畑家出身の兵士もいるであろうに、何を言っているのだか。
「彼は南部侯爵家の次男です。前オマー子爵の友人の伝で兵長の役を得ています。職務実績なし。実戦経験なし。人望なし。妻なし。財なし。能なし」
リボンの中では、あやつの未来はないようだ。
「聞いてくださいませ。あの男、私の夫になって子爵になるつもりでいましたのよ」
サハラナの、この物怖じしなさは良し。
城の侍女にならなかったのが惜しまれる。
「今は止めなさい、サハラナ」
「僕は聞きたいよ」
「うむ、私もだ」
「……お二人とも」
リボンに睨まれた。
こういう若者も城に従事して欲しかった。
「父と兄の訃報を聞いて修道院から戻ったその日の夜、何故かあの男が私の寝所にいたのですわ。事もあろうに湯あみ後の姿で寝台に腰かけておりましたの」
修道院から付添ってくれた尼僧の部屋へ就寝の挨拶に行き、戻ってきたところでの衝撃。
そのまま気付かれないように尼僧の部屋へ取って返し、匿ってもらったそうだ。
そして、暫くして邸内が騒がしくなり、サハラナの不明が知られるところとなる。
聞き耳を立て届くのは、兵長と家令の声が初夜の是非を問うている会話。
サハラナを探す使用人たちの報告も胡乱じみていた。
子爵家乗っ取りを計っているのだと、サハラナは気づいた。
邸人は誰も信用できない。
サハラナと尼僧は隙を見て脱出し、領都の小神殿に身を隠した。
サハラナの純血を散らし、夫の座に就こうとするとは見下げ果てた男だ。
なるほど、リボンの口が辛くなるわけだ。
そこから先は我々の知るところである。
サハラナは小神殿の神官に手紙を託して、隣のガーランド領に送り出した。
婚約者は遠い王都。
友人のユエン侯爵令嬢も王都。
母親の実家は王都よりもずっと先。
一番近くにいる未来の義父に助けを求める以外、案など浮かばなかったのだ。
……結果として、それは正しい選択であった。
サハラナからの手紙で、オマー子爵と子息の死を初めて知ったガーランド伯爵は、即座に動いた。
訃報の知らせを鳥に託して王都へ飛ばし、同時にオマーに向けて密かに手練れを走らせる。
次いで神官を連れて急ぎ駆けつけた中には、ガーランド伯オレドガ本人もいた。見知りでないと安心できぬであろうという配慮からである。
「あの時は子供の様に泣いてしまいましたわ」
思い出したサハラナは目元を潤ませる。
「良いところを父親に取られたな」
「……私が到着した時も泣きましたよ」
父親に対抗する息子。
唇を尖らせる子供っぽいリボンを娘が見たらどう反応するか。『眼福!』とか叫びそうだ。
王都にオマー子爵と子息の死の知らせが届いたのは、ガーランドからの鳥が最初であった。
同時にリボン宛のサハラナの危機も……リボンが急に出立した理由がここにある。
オマー領からの知らせは定期書簡にて、そのずっと後であった。
意図的に遅らされたのは明白である。
222
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです
珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。
そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。
日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!
婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。
異世界カフェ食堂で皿洗いをしますと思ったら日本料理を創造する力が与えられていた!(もふもふ聖獣猫のモフにゃーと楽しく日本料理を創造します)
なかじまあゆこ
ファンタジー
可愛いもふもふ達とアリナは異世界でスローライフをします。
異世界召喚された安莉奈は幼女の姿になっていた。神様に与えられた能力を使い眷属聖獣猫モフにゃーや魔獣のライオン魔獣鳥に魔獣の日焼けとお料理を創造します!
熊元安莉奈(くまもとありな)は黄色のバスに乗せられ異世界召喚された。 そして、なぜだか幼女の姿になっていた。しかも、日本の地球人だったことを忘れていたのだ。 優しいモリーナ夫妻に養子として引き取れた安莉奈はアリナになった。 モリーナ夫妻はカフェ食堂を経営していたが繁盛しておらず貧乏だった。料理が出来ないアリナはお皿洗いなどのお手伝いを小さな体ながらしていたのだけど。 神様から日本料理を創造する力が与えられていた! その力を使うと。
地球では辛い生活を送っていた安莉奈が異世界ではアリナとしてお父さんに激愛され幸せに生きている。
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる