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1章 幼少期編 I
101.回避2(Side ロッド王)
しおりを挟む空が明るくなると、放たれた鳥の知らせがいくつも届き始めた。
ガーランドからの救援隊の出発の報。
ヨーンからの救援隊の出発の報。
王都から救援・憲兵隊の出発の報。
ルベールがガーランドの救援隊と合流したとの報も届いた。
息子の安否が確認できて胸をなでおろした。
「王命を出す。各地に触れを出せ」
全鎮火の宣言。物価の凍結。買占めの禁止。夜間外出の禁止。女子供の単独行動の自粛。向う三ヶ月の犯罪の重罰化。配給期間の布告。焼失品の保障など、事前に用意した印刷物を『救済の手引き』と合わせて各地のまとめ役に配布する。
そして領都内限定ではあるが、要所ごとの訪問をにこまめに行う。
王の私は『慰問』だけに徹した。
窮地を脱するのは、オマー領主団の指導の下に行われなければならない。
まぁ便宜上そうすることで、新領主を『名君』として披露目ることができる。
リボンにその才はあるとみているが、如何せんまだ若い。訪問先では恥ずかしくなるほど新領主を褒めちぎって回った。
個人的に全力で後見する所存でもある。
間違っても、これから産まれる我が子が辿ろうとしていた『凶王子』のような二つ名を、リボンに負わせてはならないのだ。
※非常事態中なので、王女誕生の知らせの鳥はまだ飛ばされていません。
◇…◇…◇
物流が止まる弊害での失業者は決して出さない。
瓦礫の撤去、警邏、炊き出し、連絡係、子供を集め面倒を見る乳母係……仕事の適所は経領陣が取り仕切り再配している。
賃金は時間払い。賃金外の配給も常時続け、誰でも受け取ることが出来る。ここで出し惜しみをすると要らぬ諍いが起きると予想を立て、国庫の扉は大きく広げてある。
領民の衣食住を保証しいる裏では、捕らえた犯たちの尋問も行われている。
最初の一人目は、邸の鐘を落とした下働きの男であった。
鐘を落とすような派手な真似をして、逃げられると思っていたところが浅はかである。
深く考えもせず、それが何の始まりかなど想像もしない。
見も知らぬ男に声をかけられ、前金は受け取り済み。残りは実行後に指定された場所へ取りに行く事になっていたというが、真に受けていたところも呆れてしまう。約束したという時間と場所には案の定誰も来なかった。
鐘落としという犯した罪は小さいが、放火の共犯として裁かれる以上、労役は相当の長期に及ぶことになるであろう。他所の鐘落とし犯も同じである。
次の日は、保護されていた火着け役の子供たちが邸に集められた。
領民と接触しないよう先の続き部屋のある部屋に集められ、サハラナと信用のおける侍女たちに任せて、まずは落ち着かせた。
頃合いを見て『お話』を聞きはじめると、子供たちは口をそろえたように同じことを言い始めた。
『焼き畑の手伝い』『要らなくなった建物を壊す手伝い』『内緒でお手伝い』『新しくできた里親』『旅行に連れてきてもらった』『後で迎えに来る』『マラーナの孤児院』『マラーナの孤児院』『マラーナの孤児院』……
その里親や引率者たちは、子供を『お手伝い』に出した後、ほぼ全員がヨーン領からトルドンへ出ようとして、例の天幕で捕まっていた。
構想を練りに大家族でやって来た、マラーナの自称芸術家。
子供を多く連れた、マラーナの自称行商人。
子だくさんの、マラーナの自称金満家。
旅行に孤児を団体で連れてきた、マラーナの自称慈善家。
マラーナの、マラーナの、マラーナの……
彼らもまた金で雇われた者たちであったが、危険な仕事に子供を使い捨てにした事実は無視できない。
何をどう言い繕おうと最高刑の生涯労役が科される。残された子供たちのために、その命使い尽すがいい。
しかし、彼らを雇った者はまだ判明していない。
金の出所をたどる調査は始まっているが、それは現場に全権をゆだねて手を放す。
報告を待つのみという立場は、なんとも歯がゆいものである。
焼け跡で見つかった小さな遺体の報告も、ポツリポツリと増えてきた。
直接被害を受けた領民たちの憤りが、苦い哀しみに変わってゆく。
痛々しい亡骸に領民たちは泣いた。泣きながら子供を殺した犯に呪いの言葉を空に吐いた。
見晴らしのいい丘の上に鎮魂墓を立てると、誰ともなく言いはじめ、多くを語らず黙々と丘に集まる領民の姿は葬列のようにも見えた。ジャガの収穫祭は慰霊祭に変わってしまうのかもしれない。
ガーランド伯爵自ら率いる救援隊が到着した。
息子が治める領地の一大事に駆けつけた父親の仮面をつけて、そしてそれを喜んで迎える息子を演じるリボンと、尊大に激励する国王───そういう小芝居が必要な時だ。
続いてヨーン男爵一行も、相変わらずの魔獣肉の山を持って参上した。
配給の質がぐんと向上し、土木や建築を請け負う人材も派遣され、領民の気持ちが少しずつではあったが前に向いていった。
次の日、ガーランド領の次隊と共に、煤まみれのルベールが戻った。
息子からの報告は、今まで聞いたことがない程の、小さくかすれた声でなされた。
「……一番小さな子を守るように集まって、丸くなった黒い…子供の塊が……シュシュと同じぐらい…小さくて、黒くてプニプニしてなくて……抱き合ったまま離れなくて……」
黒焦げになった遺体が、抱き合う形のまま固まっている。
そんな痛ましい小山が、焼けた畑のあちこちに見られたと……声はそこで止まった。
常に微笑んでいるような息子が、大声をあげて泣いた。
この時ばかりは唯の父として、強く強く抱きしめた……気の利いた言葉など出て来はしない。ただ、抱きしめるしかできなかった。
問いはしなかったが、燃えて叫び苦しむ子供の姿は、目にしなかったようだ。
若い息子があれを見なかったのは幸いである。
王都に戻った後のルベールは、片時も妹を離さず長い日々を送ることになる。
詳しいことはわからなくとも、察した娘は、思う存分甘えて兄を癒していった。
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