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2章 幼少期編 II

21.黒色火薬(Side アルベール)

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※食事中の方は後で読みましょう。




【アルベール視点】


火の勢いを利用した破裂薬…─黒色火薬─

この薬品の威力は、爆裂魔法と似たようなものだと認識している。

ただし、爆裂魔法を発動できる魔導士は少ない上に、影響はごく狭範囲に限られる。
ティストームにおいては、ゼルドラ魔導士長と彼が鍛えた研究院の院生数人のみが存在する。恐らく異国も似たようなものであろう。

そこで『黒色火薬』である。

常人のみの作成が可能。常人のみの発動が可能。威力の調整が可能。備蓄が可能……作らない手はない。

とはいえ、当初は素材と工程の忌避感から、上会議で却下されていた案件だ。

それを拾い上げたのは父である国王陛下である。

着火筒ファイヤーピストンでの着火を目にした父は、黒色火薬にも興味を持ったのだ。

ティストームの海岸線は完全なる断崖絶壁である。
陸続きの他国とは山脈で寸断され、深い森は軍隊の侵攻を阻んでいる。

そんな国防に恵まれた地形により、大規模な侵略を仕掛けられた例が、幸運なことにこれまでに一度もない。
しかし豊かな陸の孤島を狙う国は多いのだ。いずれ勃発するであろう侵略戦争に備えるには、黒色火薬は都合のいい代物だった。

実用可能であればの話ではあるが、それは実際に作って確かめるしかない。

まずは素材を集めることから始めるのだが……これが、わかっていたことではあったが、難航した…らしい。無理もない……黒色火薬の原料となる『硝石』作りが、言葉にもしたくないようなものばかりなのだから。
そうは言っても経過報告は上がってくる。私も読まなければならない。

硝石の製造は、新種の堆肥生産場として人里離れた場所に作られた。
村ほどの大きさのそこは重罪人の労役場でもある。厳重な警備体制をしく理由としてこれ以上ふさわしい場があるだろうか。

誂え向きにも、新種の堆肥もシュシューアの知識から数種生産され、出荷もされている。
”堆肥を使用したことによる作物収穫の増加”──という目に見える成果も出していた。堆肥そのものの収益が上がったのは嬉しい誤算であった。

そんな労役場がと知る者は、国王陛下、次期王太子である私、宰相、軍務大臣の4名だけである。
国王陛下直属の密偵が現場との連絡役になり、報告は軍務大臣へと上げられるのだが、その密偵が誰であるのかは大臣も私も知らないし、知る必要性も感じない。

堆肥事業が順調に稼働されている裏で、硝石作りの方もよどみなく進められている。

屋根付き堀を発酵場所としたそこは、他とはまた隔絶された凄惨な場となっていた。
掘の中身は動物の糞や適当な枯草だ。それを掻き混ぜるのは罪人の役目であり、そこに自分たちの排泄物を毎日かけ、時には他の罪人の遺体も混ざる。

発酵が進むよう蓋をし、温度を保ち、塩硝土となるのは数年後だ。
塩硝土は灰汁煮して濾過する。それをまた灰汁煮して濾過。何度も繰り返せば上質な『硝石』が出来上がる。

次の段階は粉末状の木炭と硫黄をよく混ぜて、そこに硝石を加える。水を少量入れて丁寧に磨り混ぜるのだが、使用するのは革を張った器限定のようだ。理由はシュシューア本人も知らない。それを綿布に包んで圧縮すれば黒色火薬の完成らしい。気が遠くなるような工程だ。


有毒ガスが発生する地帯での硫黄採取も重罪人の労役である。
硫黄はガモの樹液の加工にも使われるので秘匿はしていないが、この重罪人たちもそう長生きできるものではない。

病気に感染する危険のある硝石作り。そして黒色火薬の配合と実験。
黒色火薬が出来上がるまで、そして黒色火薬が出来上がっても……生涯労働刑の重罪人は生きてそこを出ることは適わない。故に、罪人からの情報漏洩もない。


この流刑地の存在を、シュシューアに知らせることはない。
これに関してだけは父の胸の内に無条件で従う。あの妹につまらぬ憂いは必要ないのだ。


「硫黄があったという事は、もしかして温泉があったりしませんか?」

聞かれたのが硫黄の件だけであったので、そこだけはっきりと答えておいたが、父親の膝に揺られて来室の趣旨を忘れてしまったようだ。構わんが。

「湧き出る湯はオマー領の手前と、山側にもいくつかあったはずだ」

数年前の視察で確認した。浸かってはいないが。

「そうですか。リボンくんのところにあるのですか。うふふ」

行きたいのだな。

「ところで、お父さま。飢饉回避のご褒美をいただけると伺いましたが、わたくしからおねだりしてもよろしいでしょうか?」

わかるぞ。何を言い出すのか。

「すまない、シュシューア。お父さまはもう褒美を用意してしまったのだ。そなたが喜んでくれないと悲しいのだが」

「お父さまから頂けるご褒美は何でも嬉しいですよ。でも、ご褒美はひとつでなくてもよろしいですよね?」

……阿保が。

「ふっ、お父さまの褒美を聞いても、シュシューアはおねだり出来るかな?」




【王都駅から伸ばされる空中街道は、北側が先行される】




耳元で囁かれる褒美を聞いたシュシューアは、目を丸くして父を見上げた。

「わたくしのお願いが、何故わかったのですか?」

媒体の同調で全部筒抜けだ、馬鹿者が。

「うふふふ、それではもう一個追加しても構いませんよね?」

私の予想の上を行かれた。侮れない妹だ。


「花火です! ドドーーーン!」


……なんだ?

「火薬が出来上がったら色を付けていただきたいのです。大丈夫です。作り方は知っております。筒で飛ばす方法も知っています。決まり事を守れば事故も怖くありません」

決まり事を守っても事故は起こる前提なのか?

私と父は顔を見合わせる。

「新しいのが出てきたな」

緩んだ父の顔が素に戻った。




………続く
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