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2章 幼少期編 II
59.研究院 8
しおりを挟む書記の人が食べ終えたところで、本題にいきなり突入した。
「養蜂に使う六角形の集合板を覚えているか?」
ハニカム構造ですね。
「ゼルドラ卿の依頼で、数種類の養蜂箱と専用の遠心分離機などを手掛けたのが、このふたりだ」
数種、というと……
「自動採取巣箱は作りましたか?(ふたり頷く)どうでした?(同時に首を傾ける)……ええと、アルベール兄さまはご存じですか?」
「試作はカルシーニ領に納めたが、今どう扱われているのかは把握していない。アルベール商会預かりで特許は取得してあるから、ミネバか、いや恐らく商業ギルドに委託しているのではないかな。今度聞いてみるといい」
”聞いておこう”とか、”確認しておこう”とかじゃないんだ。
会長は養蜂に関心がないと……そういえば、甜菜糖もお父さまに押し付けていたっけ。
──…さて、メンデルとパルバッハについてです。
シブメンは離宮の秘密会議(1章9話参照)の後、院生に作らせようと”ハニカム構造製作募集”の紙を、本院の掲示板に張り出したのだそうです(丸投げね)
何をするでもなく放置していたところ(シブメンらしい)…すっかり忘れていた頃に現れたのが、メンデルとパルバッハの両名だった。他の院生も掲示板は見るし募集は知っていたが、本気で考えたのは彼らだけだったらしい。
シブメンは詳しい話を聞いたりせず(え?)製作費を渡してまたもや放置。
ハニカム構造製作キットが持ち込まれたのはその3日後だという。
そうして、彼らを使えると思ったシブメンは、ふたりをアルベール商会に紹介したのだった──以上です。
「パルバッハは、魔導金属加工技師だ」
──…へ? 金属がなんですか?
フィカス・ベンジャミンの真似をして首をかしげてみる。
「魔力を金属に影響させる特殊技能の持ち主だ……砂の連結と分離を金属でやると言えばわるか?……パルバッハ、実際にやって見せてくれ」
今、頷いた方がパルバッハ院生ね。さっき名乗ってたけど、どっちがどっちなんだか。
「これ」
パルバッハ院生は、おもむろに金属スプーンを取り出した。
「見てて」
なぜカタコト……スプーンがぐにゃりと曲がった。
「!!」
超能力! ちゃう! 分離をしたんだ!
あ! 手の上で形が変わっていく! ちょっ、ちょっ……
「ボルト! ナット!」
うわー、うわー、スプーンがボルトとナットになっちゃった!
「メンデルの製図があれば、すぐ作れる」
ボルトとナットの精密な図がテーブルに置かれる。
「これ、王女殿下が描いた絵図」
その隣に、私が描いたヘタクソな絵図が……
「お前が描いた訳のわからないものは、このメンデルが解読して図面に起こしている。出せるものは出して見せてやってくれ」
アルベール兄さまの指示で、院生の二人はキャビネットから紙の束を取り出した。
いや、突っ込まなかったけど、スチールのオフィスキャビネットっぽいんだけど。そんなの描いたっけ?
(あ、やめて…)
私の絵図と、メンデル院生の製図……わざわざ並べなくていいから。
馬車だね。
ダンパーだね。
エレベーターだね。
あ、アイスクリームディッシャーも。
「おぉ、シュシュの落書きが本物になってる!」
……本物って何ですか?
「全部、お前が描いたのか?」
ベール兄さまは尊敬のまなざしを向けた。
「図面を引いたの、メンデル」
へ?……ということは、あなたはパルバッハ院生? さっき右側にいたのがメンデル院生ではなかった?
ベール兄さまもふたりの顔を見比べて『え?』って顔をしている。けど、気を取り直して、改めてメンデル院生を褒めたたえた。
「これ、実物」
”安全フック”がコトリと置かれる。
メンデル院生の製図と、空中街道に行ったときに描いた私の絵図と、書記の人が書いた詳細の紙も。
書記の人と目を合わせて、頷きあった。できたてホヤホヤ。形になっているのを見るのは嬉しいね。
「試してみなさい」
アルベール兄さまに促された。
大人が使う物だから結構大きい。そして重い。
握りの部分にある金具をグッと握って押すと、フックの開閉部分が稼働するようになる。そして離すと開かなくなる。
そんな確認を両手を使ってやってみた。
「シュシュ」
椅子から下りたベール兄さまの手が伸びてきた。
いじってみたいですよね。
「へぇ」
自分でも開け閉めして、次はテーブルの足に引っ掛けてみる。
ガキガキ揺らして外れないのを確認して……うくく、楽しそう。
「これ全部、魔力だけで作ったのか?」
ベール兄さまはキラキラした瞳を向けた。
「魔導士は、パルバッハ」
……彼はメンデル院生らしい。
「魔力操作だけで作る。でも、メンデルの製図がないと、作れない」
……あなたがパルバッハ院生ね。
移動されるとわからなくなる。
私はもう見分けるのを諦めました。
ベール兄さまも再びふたりを見比べて……あの顔は、諦めたね。
「メンデルの製図なしに、このくらいのネジを作って見せてくれ」
アルベール兄さまは悪戯を思いついたように、さっき作られたボルトをパルバッハ院生の手の上に置く。
私とベール兄さまの前にしゃがみ込むパルバッハ院生。
「見てて」
ぐにゃ……液体金属みたいになった。
うにょっ……ミミズみたいになってきた。
シュッ……出来たみたい。
一応手のひらには1本のネジがある。
ベール兄さまはそれを摘まみ上げた。
私も横からつついてみる。
普通のネジだ。
「これ、メンデルの製図」
ネジの製図ね。
さっき作ったナットを手にしたパルバッハ院生は、シュッと、さっきより早くネジを作った。
へぇ……余った金属は弾かれるんだ。コロンと丸くなってネジの横に転がった。
「製図を見ながら作ると迷いがなく早い。よく見て見ろ、溝の間隔も均一だ」
アルベール兄さまも膝を曲げ、黒い布の上に2本のネジを乗せて比較できるようにしてくれた(それ椅子に掛けてあった制服のジャケット…だけど、いっか)なるほど、違いがわかりやすい。
「均一じゃないと使えないのか?」
「木になら無理やりでもいけるが、金属が相手では無理だな。途中で回らなくなるか曲がってしまう」
ベール兄さまは納得して頷く。
院生ふたりも頷く。
「……このように、パルバッハは製図を見ながらだと素早く製品を作ることが出来る。パルバッハの癖を知っているメンデルがそれを補う、という形で相互の研究を進めてきた異色の二人だ。そこにもうひとつ、シュシューアのアレが解読できるメンデルの特技が加わったのは、行幸であった」
ますます使えるようになったというわけですね。
「しかも周りの意見を聞いて、線を引き直すのが早い。機転も聞く」
べた褒めですね。
「……俺は、一度にたくさん、作れない」
あぁ、パルバッハ院生の耳が垂れた……ような幻影が見えた。
彼も褒めてあげてください。
「試作だからいいのだ。型を作らずに現物が作れるし、溶接の手間も省ける。鍛冶職人に任せたら何週間、何ヶ月とかかるものなのだぞ。パルバッハのおかげで開発が早く進められるのだ。胸を張れ!」
耳が立った。
「お前たちはティストームの宝だ。私と共に太陽の使途になろうではないか!」
王子は明日に向かって指をさす。
窓の外には本院の壁しかないけど。
──…青春だ。
院生は状況を把握できないでいる。
ベール兄さまは、ルベール兄さまの朗読演技で痒いのは慣れている。私も。
免疫のない書記の人だけが、面映ゆくなって真っ赤になっていた。
「改めて紹介しよう──」
誇らし気なアルベール兄さまは二人を立たせ、二人の間に移動する。
そう、商会の傭人たちもそうだけど、アルベール兄さまの懐に入った人たちはみんな身内認定されるのです。面倒見ているとはそういうこと。くふふ。そういうところ大好きです。
「設計学部院生、金属設計技師のメンデルと──」
メンデル院生の肩にポンと手を置く。
「魔導学部院生、金属加工魔導士のパルバッハだ」
もう一方の手をパルバッハ院生の肩に。
ふたりでひとつ。相棒ね。
「メンデルじゃない」
「パルバッハはあっち」
──…逆ですって。
「……こうやって試作品が作られるのだと、今日はお前たちに見せたかったのだ」
弟妹への愛を主張して、見分けられないことはスルーされた。
「面白いだろう?」
「「はいっ!」」
ふたりでいい返事をしておいた。
良い子は空気を読むのです。
聞くとフィカス・ベンジャミンは赤の他人。
似ているようで、よく見ると似ていない二人は面白いが、そこは追及しないのが粋というものなのです。キリッ……っとしたのはベール兄さまです。
………続く
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