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2章 幼少期編 II
60.研究院 9
しおりを挟む先程の会議室とは別の部屋に来ております。
本日のメインイベント───
『不織布製造機』!
ごたいめ~ん!……でございます。
「おぉ!」
ドーンと、機械という重みを感じます。
流れ作業だから横に長く、2ヶ所に分かれている加工部分はベール兄さまの背丈より高いものだ。
厨房の鍋と同じ色だから、きっと錆びにくい素材の、えーと、なんだっけ……
「アラカ鋼」
カラ…ラカ……とボソボソ言っていたら、ベール兄さまが教えてくれた。
「それ以上進むと埃が舞う」
近づこうと思ったらアルベール兄さまに止められた。
足元を見ると、埃が積もっている場所と積もっていない場所が明確に分かれていた。
もちろん私たちが立っている場所は、辛うじて掃き掃除された場所だ。
「作業小屋で使う前に、ここと、ここ、ガラス板で覆う」
そっか、カバーがないから埃だらけなのね。
「起毛の機械はもう作業小屋で稼働しているからここにはない。次の工程はあの部分……綿状になった繊維を取り込み、筒に絡ませて均す加工がされる。綿が舞うからあそこに置いてある木の箱をガラス板の代わりに被せて作動させる」
ローラーがたくさん連なった部分が回るのだと、アルベール兄さまは自分の指先をくるくる回しながら説明してくれた。
「試作だから、まだ手動。向こう側に、手回し棒がある」
図面がピラッと……たぶんメンデル院生がファイルのページをめくってを見せてくれた。
図面の回転ハンドルを指さして、視線を機械に向ける。うん、ハンドルはここからは見えないね。
「これ、見えない部分で作った、均した綿」
パルバッハ院生が、ふわっとした綿シートを持ってきてくれた。
ニードリングする前だから、まだ透けて見えるほど緩い状態だ。
ベール兄さまは指でつついて穴を開け、私は指で摘まんで裂いてみた。それを丸めて『もう一回、起毛行きね』と笑いを取る。ふふん、ウケなかった。
「これを何枚か重ねて、針刺し加工する機械の部分があれだ……そこだけは見せよう。動かしてくれ」
何枚か重ねた綿シートが、ベルトコンベアとローラーの隙間に設置された。
パルバッハ院生が作動ハンドルを回すと、綿シートはゆっくりと引き込まれていく。同時にブラシのように生えた針部分も上下に動き出し、針と同じ数の穴があいた板を貫く。そこを通る綿シートがザクザクされていく様子を、私とベール兄さまは目を細めて凝視した。
これが魔導自動機械になれば、目にも止まらない速さで加工されるようになる。
そうなったら王都の外までいかないと見られなくなるだろうけど、絶対見に行く。工場見学とか好きなのだ。
「アルベール兄さま。作業小屋は火気厳禁の表示をあちこちに打ち付けておいてください。炎の絵にバッテンをつけて赤文字で大きくです。それと、小麦粉が舞う小屋も火はダメです。狭い空間に粉が舞っていると、一瞬で火が広がって爆発するのです」
粉塵爆発だ。
アクション映画で元CIAエージェントが、わざと爆発させるシーンがあったのだ。
「そうか、実験してみよう」
戦略的に使えるかもしれない……とアルベール兄さまが顎をなでる横で、書記の人がササッと記録した。
──…リボンくんみたいな素早さだなぁ。あぁ、リボンくん。どうしているかなぁ。会いたいなぁ。
ザクザクが済んだ部分が3cmぐらい出てきたところで、ハンドルは止められた。
──…もう終わり?
ハンドルを回していたパルバッハ院生が戻ってきた。
──…もう終わりらしい。
「10層重ねたの、これ」
隣にいたメンデル院生に完成品を手渡された。
枯れた葉の欠片が少し入った、生成りのままの……完全なフエルトだ。
アルベール兄さまは見分済みらしく、見ているだけ。
ベール兄さまは私と一緒になってフエルトをサワサワする。
「わかるぞ。布とは違うな。固い毛布みたいな……これを使い捨てるのか?」
「使い捨てるのはもっと薄く作ったやつですね。これは……う~ん、色を付けて……カーペット…劇場の靴音防止に床に敷き詰めるとか、冬の……フェルトのベレー帽! それとフエルトのAラインのコート! 新しいスタイルで、お姫さまにも帽子を被るチャンスを!(所どころ日本語)……”書記の人”、紙とペンを! いえ、会議室に戻りましょう」
私は書記の人の服を掴んで引っ張った。
「なんだ? 何を思いついたんだ?」
ベール兄さまがウキウキしながら扉を開けてくれた。
「お姫さまの可愛らしいお洋服です!」
いきなり興味を失って『さっさと通れ』って態度になった。
一旦待合小間に出てから、向かいにある会議室に向かう。
分室『設計・試作』は、中心に応接を兼ねた待合小間があって、右側に作業室、左側に会議室と、並んでもう2部屋がある。
私の予想では片方は設計室で、もう片方は物置兼休憩室……たぶん、フィカス・ベンジャミンの巣になっているはずだ。
「不織布はもういくつか製品になっているのだ。ベールのわかるところで言えば、厨房の換気扇と、冷温風機の濾し布だな。それから遠征中に簡単に温かい茶も飲めるようになったぞ。薄めに作ったあれで茶葉をくるめばティーポット要らずになって……」
アルベール兄さまがベール兄さまに、不織布の説明をしているのが聞こえる。
液濾しとして、薬液フィルター・コーヒーフィルター・ティーパック。
使い捨て布として、掃除用品・衛生用品。
緩衝材として……このあたりから私の耳は勝手にスルーしてしまうのだった。
………続く
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