180 / 203
2章 幼少期編 II
61.研究院 10
しおりを挟む王侯貴族の防寒上着と言えば、フード付きのマントである。
縁をふわふわの獣毛で飾ったり、刺繍を施したり、式典用などには宝石を縫いつけたりもするそうだ。
私にとってのマントとは、冬の外遊びが楽しくなくなるという邪魔くさい呪いのアイテムである。
何としても『コート』という新しい流行を巻き起こし、マントを過去のものとして封印したい。
「じょ、上手ですね」
会議室に戻るなり、子供椅子代わりのアルベール兄さまの膝に乗っかり、ガリガリ描きましたともさ。
ベレー帽をかぶったAラインコートを着る女の子を。
……頭にお皿を乗せた、三角の服を着ている人にしか見えないけど。
それで唸っていたら、書記の人がササッと描いてくれたのだ。
黒一色の線画だけど雰囲気は伝わってくる。
私はさらに注文を付けてデザイン画を要求した。
「襟と袖周りは白兎毛をふわふわって、襟と同じ白の包みボタンは大きくね。それで中に着るドレスも裾広がりにして、コートの下にこのくらいドレスの裾が見えるようにするの。タイツも白ね。コートの色は…帽子の色は……え~と」
ルベール兄さまには、はっきりした色の方が似合うと言われたけど。
「一番お好きな色は?」
「ミエム!」
──…スミマセン、赤と言ったつもりでした。
「では、コートと帽子、どちらを取るか考えたら?」
「帽子!」
──…実は王侯貴族……は無理でも、子供だったら帽子OKの風潮にして、プードちゃん帽子をゲットするという野望があるのだ(2章15話参照)
これをその取っかかりにしたい。
「……では、帽子と靴を赤にして、コートの色は自由に。まぁ帽子と合わせた赤が無難でしょうね。ドレスは襟色に合わせた白、取り換えがきく腰帯に赤を持ってきましょう。コートを脱いだ時に帽子もお脱ぎになるのなら、髪に赤い髪飾り……リボン結びをすると良いですね」
リボン結び! 好きですよ!……くふふ、私がリボンくんが大好きだって知っていますね?
「……帽子か」
頭の上からアルベール兄さまの苦み走った声が……
わかっています。
布の被り物は平民の間でだけ、そして上流では官人と軍帽だけ。
王侯貴族は男女とも頭を隠すことはしない(マントのフードは別よ)
「ここっ、これは帽子ではありません! ちょっと大き目な髪飾りです! 帽子に見えるのは気のせいなのです!」
ダメ出しが出る前に屁理屈で押し切ってみる。
「帽子、帽子と何度言ったか?」
「『べれぇぼー』は帽子のことだろ? それを入れたら4回だ」
ベール兄さまっ、また私の呟きを!
ちぃ兄を睨んでいると、横からサッと紙がスライドしてきた。
「裁断図、ざっとだけど、描いてみた」
型紙の素案! メンデル院生!
「こんな感じ?」
ベレー帽?! パルバッハ院生!
「一応、金属」
へ? 金属?……そうね、そういう能力者だったね。
そっと手渡されたグレーのそれは、言われてみれば少し重いような気がする。
スチールウールたわしのような手触りだ…──あっ! アルベール兄さまに取られた。
「金属の……綿…か」
アルベール兄さまの顔が真剣になった……そうか、これ使い道あるよね。
「研磨、研磨……西大陸語では何て言うのかわかりませんが、擦って取るというか……錆が取れます。塗装も、木のささくれも削り取ってくれるし、鍋のこびりつきなどは一発ですよ」
ちょっ、アルベール兄さま。そんなに引っ張ったら、あ~、ほらぁ~、裂けた~。
「ふむ」
ふむ、じゃないですよっ。被って鏡を見たかったのに。
「はい、これ」
アルベール兄さまが何をしたいのかわかったメン…パル…どっちかは、木板を持ってきた。
……ごしごし擦って、細かいおがくずが出た。
続けて持ってこられた金属板も擦ってみる……簡単に傷がついた。
「ふっ」
黒王子降臨!!
「パルバッハ、今まとめて作る事はできるか?(頷く)…では、一抱えほど作ってくれ。持って帰ってランドたちに試しに使わせてみる「ランドさん、明日来る」…では渡しておいてくれ(頷く)…シュシューア、この帽子は「帽子ではありません」…はぁ、まず段階を踏みなさい。大きめの布の髪飾りからだ。これはニッポンの服飾だと広めればいけるだろう」
そうか、ちょとずつ小出しに……ファッション名は「ガーリー」でいこうかな。
「シュシュは、そういう服が着たかったのか?」
「はいっ。これならマントの前を開かなくても、雪だるまが作れるのです。帽子は「帽子?」…いいえ、え~と……」
やりづらいな……帽子っぽくて帽子じゃないもの、ヘッドドレスのような……そうだ、ボンネ! 幅広のバレッタみたいなやつ。あれはオシャレで上品よね。いけるね、ボンネ。
「このくらいの幅で、こう耳のちょっと上まで」
作れますか? パルバッハ院生。
「こんな感じ?」
金属ベレーの一部がシュワッとボンネになった。わおーっ!
「書記の人! こんな風に頭にコーム…ピンでとめます。これはコートを脱いでも外しません。色は……色は白しか見たことありません。どうしましょう」
書記の人に装着した姿を見てもらう。
少し頭を捻って書記の人は言う。
「……初めての形の帽子「ボンネです」…ボンネという新しい被り物「髪留めです」…新しい形の髪留めなので、冒険はしないで白のままが良いと思います。コートとは別に考えましょう」
え? Aラインコートがお蔵入りに!
「シュシューア、これから夏が来るのだ。コートは来年考えることにして、今はそのボンネとやらだけにしておきなさい。手持ちのドレスに合わせて作るのはどうだ?」
そう言われてみれば、夏か……ボンネも夏は暑苦しいかなぁ。
「………」
やる気がしぼんだ。
アルベール兄さまに頭をポンポンされた。
しばらく背もたれになってくださいませ、はぁぁ~。
「シュシューア」
「ん~?」
「目を開けなさい」
む~ん……何ですか?
……ふぉっ!
目の前に紙がある!
紙の中に私がいる!
書記の人がまた描いてくれた!
「これっ! わたくしですよね! 可愛い! いえ、絵がね!」
お母さまそっくりな私も可愛いですがね……じゃなくて、このマンガ絵は光ってますよ!
「ね、ね、書記の人は……」
ニッコリ笑っている書記の人と目が合った。
「………」
改めて見ると……目が合ったと確定するのが危ういほど、目が細い。
20代半ば、黒髪、彫はそんなにそんなに深くはない。元日本人の私には親しみのある顔だ。
「確か、このような白いレースのドレスをお持ちでしたよね。それに合わせてボン…ボン…「ボンネです」…ボンネとリボンを組み合わせてみました」
文字だけじゃなくて絵を描くのも早いのね。下絵なしでこれは凄いですよ。
「上手いな」
ベール兄さまも感心している。
「修繕用の共布が残っているはずだ。ドレスを作った衣装士に作らせよう……シュシューア?」
「兄上、往きそうになってるぞ」
「またか? シュシューア?」
う~ん……しばらくお待ちください。
どうでもいい設定……………………
上流婦人の衣装基本はワンピース。子供は膝あたりの長さで、成人するとロングドレスになる。
…………………………………………
ボンネと、Aラインのコートはこんな感じです(書記の人の絵ではありません)
132
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
モンド家の、香麗なギフトは『ルゥ』でした。~家族一緒にこの異世界で美味しいスローライフを送ります~
みちのあかり
ファンタジー
10歳で『ルゥ』というギフトを得た僕。
どんなギフトかわからないまま、義理の兄たちとダンジョンに潜ったけど、役立たずと言われ取り残されてしまった。
一人きりで動くこともできない僕を助けてくれたのは一匹のフェンリルだった。僕のギルト『ルゥ』で出来たスープは、フェンリルの古傷を直すほどのとんでもないギフトだった。
その頃、母も僕のせいで離婚をされた。僕のギフトを理解できない義兄たちの報告のせいだった。
これは、母と僕と妹が、そこから幸せになるまでの、大切な人々との出会いのファンタジーです。
カクヨムにもサブタイ違いで載せています。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
【完結】大魔術師は庶民の味方です2
枇杷水月
ファンタジー
元侯爵令嬢は薬師となり、疫病から民を守った。
『救国の乙女』と持て囃されるが、本人はただ薬師としての職務を全うしただけだと、称賛を受け入れようとはしなかった。
結婚祝いにと、国王陛下から贈られた旅行を利用して、薬師ミュリエルと恋人のフィンは、双方の家族をバカンスに招待し、婚約式を計画。
顔合わせも無事に遂行し、結婚を許された2人は幸せの絶頂にいた。
しかし、幸せな2人を妬むかのように暗雲が漂う。襲いかかる魔の手から家族を守るため、2人は戦いに挑む。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
