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1章 幼少期編 I
13-3.離宮工房 3
しおりを挟むテイク2がリボンくんのプロデュースで行われた。
もう一度土間に戻って、再び服を整えてもらって、お姫さまの入場……コケッ……例の段差でコケたのでもう一度やり直し。
次は無事に隣の部屋に行けたけど、今度は笑いをこらえている待ち人ふたりの姿にリボンくんは不合格を出した……が、次はなかった。リボンくんも笑ってしまったから。
リボンくんが笑うなら私だって当然笑うのだ。良きかな良きかな。
☆…☆…☆…☆…☆
「離宮では仕事以外の会話は禁止だ。ここに来る職人たちにも伝えてある。用があったら『付添人』に話しなさい。付添人は事情を知っている者たちだ。ここにお前を連れてくるのが付添人だ……そうだな、離宮にいる間は今のように手をつないでもらっておくといい」
あちこち走り回るなよ……と言われたという事は、私の冒険心はお見通しだったようだ。残念。
「えと、リボンくんは、つきそいの、ひと?」
つないでいるリボンくんの手をキュッと握る。
「はい、秘密は絶対に守ります」
リボンくんがキリッ。 私はドキッ。
──…リボンくんと秘密の共有! 転生者でよかった! 嬉しい!(はぁはぁ)
「さて、シュシューア。何から始める?」
ぽわんとしている間に厨房っぽいエリアに来ていた。
ぱっと見た感じでは、もともと厨房だったところを、工房と厨房のゾーンに分けたように見える。
きれいに掃除された火台。大きな作業台が2つ。鍋がたくさん。桶がたくさん。壁に棚に様々な道具。藁の山がひとつ。薪の山もひとつ。所狭しと置かれた木材。裁断機もあった。
──…おぉ、木灰入り箱発見! 今できるのはこれ! 灰汁作り!
「はいをここにいれて、あついおゆをいれて、あしたまでまちます。たくさんつくって、くらさい」
……【訳】木灰を桶に入れて熱湯で浸します。その上澄みを明日、灰汁として使います。藁を煮るための灰汁なので多めに作っておいてください。
ランド職人長は何も言わず桶を持って、先ほど私たちが通って来た勝手口に向かう。
水を汲みに行ったのだと思うけど……
「アルベールにいさま、おみず、えーと、おみず、リボンくん」
──…井戸は何て言うんだっけ? あ~、井戸、井戸。
とにかく見に行こうとアルベール兄さまを誘い、リボンくんの手を引っ張る。
「井戸が見たいのか?」
そう言ってアルベール兄さまが勝手口に歩き出してくれたので、私とリボンくんもついていく。
──…井戸はハートル、井戸はハートルゥ。はっ! 馬!
「リボンくん! ディフィン!」
お馬ちゃん再び!
「いけません」
速攻で抱き上げられてしまった。
「あ~ん、ディフィ~ン、ディフィ~ン!」
諦めきれずに、荷馬車の横を通り過ぎる時に馬を呼んでみる。
──…ふぉっ、お馬ちゃんがこっち見た! おぉぅ、ちっちゃい角があるけど、知っている馬の顔だ! ディフィーン、ヒヒーン♪
「シュシューア、これが井戸だ」
──…あ、井戸を見に来たんだったっけね。どれどれ……
ザブンと、ちょうどランド職人長が桶に水を入れているところだった。
井戸自体は丸く石を積み上げたもので、井戸だと言われなくても私でも井戸だとわかる形のものだった。
その井戸の隣には水作業用の横に長い腰高の流し場がある。
使い終わった水が側溝に流れるような作りになっているから、屋外のキッチンシンクのような場所なのではないかと思う……洗濯もできるか。お、物干し台も発見!
あと、雨の日でも水仕事ができるよう、井戸と流し場の上に木製の屋根がある。
一面だけ道具置きになっている壁を兼ねている棚があるので納屋の様に見えなくもない。
そして肝心の井戸の水くみ方法は『滑車』であった。
──…知識チートあるある『手押しポンプ』を炸裂させる時が来ましたよっ!
「アルベールにいさま!」
みなまで言わずとも長兄にはわかるはず。
「後でな」
はい、黒い笑みいただきました。
……という事で、私は井戸の観察をしたいと思います。前世でも井戸を直に見たことが無かったのであ~る。
しかしリボンくんが下ろしてくれなかった。
私はごねながら思いきり海老反ったが、ガッチリホールドされてさらに動けなくなった。
みたい~、いけません、の攻防が続いたが、アルベール兄さまの「……戻るか」の一言で、抱っこされたまま先ほどの勝手口に連行されてしまった。
──…王宮の厨房にも井戸があるはず。料理長なら私にメロるから見せてくれるはず……はず、はず。
「ちょいと火場から離れてもらえますかね」
水くみを誰かに任せたらしいランド職人長も戻ってきて、水が来る前に火台の用意をしておくのだと鍋や火おこしの準備を始めた。
私は火おこしを間近で見たくて再び海老反ったが、リボンくんのホールドが緩まなかったので、抱っこイヤイヤ奥義『ビチビチ跳ねる』を披露した。
しかし暴れすぎてカボチャパンツが丸出しになったところでアルベール兄さまの雷が落ちた。
「殿下……お見事です」
一瞬で大人しくなった私を抱えなおしたリボンくんは、アルベール兄さまに尊敬の眼差しを向けていた。
アルベール兄さまの地を這うような『シュシュゥゥアァ』は本能的にヤバいのだ。このラインを超えるとお尻ペンペンが待っているのだ。
私はしばらくいい子でいようと自分にセーブを掛けた。自分のお尻は自分で守らねばならぬのだ。
──…カッ、カッ、カッ、カッ、カッ
大人しくしつつも私の興味は火台の方に向かっていた。
この音は、ランド職人長が何かを叩いている音だ。火打石だと思われる。
確認したくて首を伸ばしてみる……が、見えない。反対に伸ばしてみても、見えない。もう一度反対側にもっと伸ばしてみるが、見えない。縮めて斜め下からなら……ぬぅ、見えない。
「お行儀よく出来るとお約束できるのなら、見える位置に移動いたしますよ」
──…ぐはっ!
リボンくんから、出来ますか?…の『ん?』攻撃を食らった。
瞬時にHPが満タンになるご褒美に、私は「真実の王女」へと進化した。
うなづきますよ! 優雅に! 優美に! コクリと……
アルベール兄さまが変な生き物を見るように引いていたけど、知ったことではない。私はプリンセスなのだ。キリッ。
そんな私の様子に安心したらしきリボンくんは、ゆっくりと火台から少し離れた横の位置に来てくれた。
──…カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
やはり火打石であった。
丸めた木くずに向けてカチカチカチ。火花だけが散って火なんてついていないように見えるのに、ランド職人長が木くずをゴソゴソやりながら息を吹きかけると、ほわっと煙が立って小さな炎が生まれた。
──…面白そう、やってみたい。
密かにそう思ったところで、リボンくんがじっと私の顔を見ているのに気が付いた。
微笑んでいる。いちおう笑顔ではある。しかし圧があった……完全に読まれている。
「姫さま?」
──…うっ
「…………」
「…………」
──…うぅ
「……………ひあそび、は、しません」
「はい、それがよいですね」
「…………」
「…………」
──…う~、まだ見られてる……
「…………おしろの、ちゅうぼうの、いど……みに、いきません」
「はい、それがよいですね」
──…うぇっ、まだ見てる! ええと、他になんかあったけ?
「シュシューア」
「はいっ! なんでしょう、アルベールにいさま!」
溺れる者は藁をもつかむ……私は藁に飛びついた。
「火についてはどうだ?」
──…はい、はい、はい、ございますとも! ファイヤーピストンはいかがでしょう! ライターは、ライターは、どうだったかな。でも、チャッカードマンのほうが便利そう……構造はなんとな~く、うん、説明したらそれなりに作ってもらえるかな。あ~、いや、私の語彙ではまだ説明は無理か。そうなると井戸も……う~ん、う~ん……
「……ふむ、それも後でゆっくり聞くとしよう。では、これらで今出来ることは?……藁を切っておくか?」
アルベール兄さまは作業台周辺に用意されたアレコレを示して、腰に手を当てて決めポーズをとる。
いや、決めポーズではないが、スタイルがよく、姿勢がよく、品がよく、美しいから、何気ないしぐさがビシッと決まるのである。さすが第一王子である。自慢の兄である。カッコいいのである。前世では味わえなかった高ビジュアルな目の保養なのである。ムフフ……
「姫さま、兄君へのお返事は?」
──…はっ!
ひとりでニヤケていたら、リボンくんが背中をポンとして正気に戻してくれた。
「はいっ、わらを、きります。みずにいれます。おひさまの、ひかりがあるところに、おきます」
……【訳】藁を2cm程度の長さに切って水に浸けます。外に出して次の工程まで放置しておきましょう。紫外線に当てると漂白効果が期待できるのです。
火台の準備を終えたランド職人長は、無言でうなずいて作業に入る。
私もサクサク進めよう。
リボンくんにいいところを見せなければ。
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