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2章 幼少期編 II
70.岬公園 6
しおりを挟む私服兵に連行されていくピンクたちを見ながら、岬公園の入出口に向かってたらたら歩いていく。
抵抗はしていないものの、未だ甲高い声で文句を垂れ、チラチラと振り返ってプリン王子に秋波を送っている様子を見ると、蹴りのひとつも…いや、二つ三つ入れたくなってくる。
真正ピンクでなくても虫は虫なのだ。あぁ、私自みずから駆除したい。
「あいつら、これからどうなるんだ?」
ベール兄さま、良い質問です。私も気になっていました。
「憲兵署に収監後、ピンクの事情を知る騎士を派遣して尋問を行う。尋問後は平民法にのっとり刑が執行されるが、あれらの罪は……最悪は金で雇われた暗殺者として生涯労役。軽ければ……ベール、答えてみなさい」
自分に振られると思ってなかったベール兄さまは、ちょっとうろたえる。私じゃなくてよかった。
「あ~……金は成功報酬でまだ受け取っていないから、悪ふざけが過ぎた賭け事として処理されないか? 手付ぐらいは受け取っているだろうけど、それは措いておくとして……兄上に近づこうとしたのは一夜のナニが目的だろ?(アルベール兄さまの"言われたくなかった"という顔が…プッ)…けど、未遂だから奉仕労役1年……軽すぎるか?」
アメリカみたいに社会奉仕活動があるのか。
「標的が平民だったなら妥当な労期だな。しかし今回は王族が相手だ。しかも近く王太子になる第一王子となれば……2年、3年、いや5年?」
どんどん延びていった。景気よく100年にしちゃえ。
「じゃぁ、最初のピンクは? ルエ団長に魔素石で危害を加えたぞ。絶対重罪だよな?」
ベール兄さまはルエ団長に手を出された事が気に入らないらしい。
「故意なら労役場行きは確実だが、事故を主張されたら見舞金で済まされる可能性もある……シュシューア、来なさい」
岬公園の駐車場に着いた。
もう平民のふりをする必要がないので、騎乗騎士たちは馬と一緒に整列して非常に仰々しく私たちをお出迎えしてくれた。
マーザストを含む侍従たちも、アルベール王子の姿が見えたところで折目正しく礼をした。
『王子さまの、おな~り~』である。
『下がりおろ~う』でもある。
実際に胸に手を当てて立っている大勢の民衆が左右に立ち、無言で感動に打ち震えている様が窺えた。
お忍び姿の有名な第一王子と、彼とよく似た弟王子と妹姫。簡易正装の近衛騎士団、高官の制服を着た城人、噂になっているであろう高級新式馬車、ついでに目利きが見れば唸るほどの名馬たち。
民にとっては、滅多なことではお目見えできない最上級眼福セットなのだ。
今夜の食卓の話題におすすめしよう。
しかしマジで目立っている。
ここでコケたりは絶対にできない。
「早くしなさい」
帰りは快適な乗り心地の新式馬車アルベくんだ。
抱き上げて乗せようとしてくれるアルベール兄さまの手に、お姫様たる私は素直に身を任せた。いつもよりお行儀よく見えたはずである。
すぐにベール兄さまも乗ってきて、アルベール兄さまはというと、ドアの前で振り返って民衆に軽く手をお振りあそばした。
「「「わぁぁぁぁっ!」」」
歓声が上がった。
アルベール王子、大人気である。
僅かに「プリン王子」の声が混ざっていたけれど、人気は人気だ。自慢の兄なのだ。鼻が高くなるのだ。
アルベール兄さまが乗車してドアが閉められると、侍従たちがバス型馬車に乗る様子の音と「騎乗!」と号令がかかり、出発の準備が整った。
偽ピンクたちは?……と窓から見れば、私たちが研究院から乗って来た一般馬車に詰め込まれていた。連行にちょうどよかったみたいだ。
「出発!」
今日の騎士の中で一番偉い人の声が上がる。
ゆっくりと馬車は進んでいく。
アルベール兄さまが窓越しに手を振っていた。ベール兄さまも手を振ったので私も振ろうとしけど止められた。体を伸ばしても窓に届くのは目までだから仕方がない。格好がつかないのであきらめた。
「偽ピンクたちが行くケン…ケン「憲兵所な」…憲兵所はどこにあるのですか?」
警察署のようなところだろうか。それとも交番? ちょっと気になる。
「ここから一番近い西本通りの……禁門を出てしばらくしたところに黒い建物があったろう。ベールは見学で行ったことがあるな。説明してやりなさい」
「行ったことがあるのですか?! いいな、いいな!」
兄二人に阿呆を見るような目で見られた。
「いい事なんてあるもんか。憲兵たちの詰め部屋は汚いし、臭いし。地下の牢屋で騒ぐ罪人はうるさくて、もっと汚くて、もっと臭くて……まぁ、牢屋は百歩譲ってあのままでも構わない。でも憲兵の周辺だけでも、もう少しどうにかしないと……なんか住み着いているらしいんだ。廊下で寝てるんだぞ。王子が見学に行く先触れがあってもアレなら普段はどうなんだ? 下町の裏路地より汚いっておかしいだろ」
だんだんリアルに思い出されてきたらしい。鼻に皺が寄っていた。
そんなに臭くて汚いんだ。汚部屋? ゴミ屋敷? 逆に興味がそそられるんだけど。
「どうせ通り道です。ちょっと寄っていきましょう!」
「「却下だ!」」
「え~、ちょっとだけ、ちらっと見るだけ、ね?」
偽ピンクたちが入る牢屋がどれほど酷いか気になるし、尋問部屋なんかも見てみたい。尋問を見学出来たら尚よし。
「楽しそうだな」
あ、ざまぁな想像してニヤニヤしてしまった。
「そもそも王女はおろか、女性が近寄る場所ではない。憲兵に助けを求める時も代表して男が行くような所だ。興味を持たないように」
汚いだけじゃなくてガラが悪いとかいう事だろうか。
でも、前に見た憲兵の人たちに感じの悪い人なんていなかったけどな。いや、何かの本にマル暴の刑事たちはヤ○ザなみの風貌だと書いてあったような……表向きと裏向きの顔がある?
──…見られてる。
アルベール兄さまが険しい顔つきで私をジッと見ている。
なんでしょう。何を探られているのでしょう。
「もしや、前世で憲兵所に入った事があるのではあるまいな」
──…悪さをしたと思われた!
「なにやったんだ?」
──…ベール兄さままで!
誤解ですよ。私は清廉潔白、身綺麗なのです。そのはずです、はず、はず……はず?
「………あぅっ」
突然、散らばっている書類がフラッシュバックのように浮かんだ。
「んなっ……ななっ?」
泣いてる女子社員。ゲラゲラ笑うブランドスーツの男。
──…澄子の……記憶?
会社のロビー、遠巻きに見ている社員たち、笑う男のクローズアップ、私の拳、クリーンヒット!
──…澄子の記憶だね。
警備員、警察官、パトカー、取調室、書類に記入して……
「…………なに、やったんだ?」
もう一度ベール兄さまからのお問い合せ。
お顔が引きつりあそばしている。
「………」
アルベール兄さまは無言。
腕を組んで瞼を閉じておしまいになった。
嫌な汗が出てきた。
──…いや、でも、あれはあのバカ坊が悪い!
「商会の受付嬢にふざけた真似をしてくれたバカ坊を殴り飛ばしただけです。鼻の骨と前歯もイっちゃいましたけど、あれは正義の鉄槌だったのです!」
私の指の骨もパキョッたけど。
「大丈夫、牢屋には入っていません!」
佐藤くんが迎えに来てくれて助かったのだ。
目つきがヤバい弁護士を連れてきてくれて、帰りは黒塗りのベンツで、運転手付きで、助手席には厳ついその筋のお方がいて………後部座席で私の隣に座る佐藤くんは、いつもの優しげな顔が険しくなっていて、こんこんと説教されて……
佐藤くん…『若』って呼ばれてなかった?
イベント企画会社で私の部下やってたのはなぜ?
後から嫌がらせしてきたバカ坊とその家族が消えちゃったのはなぜ?
「"けーざいや○ざ"……財務系の暗部か?」
違います、ベール兄さま。
「ニッポンでは貴族でなくとも連座が適用されるのだな」
違います、アルベール兄さま。
「しかし、そうか……スミコはレイラと同じ質だったのか」
違……わないかも。
「今生は指を守れよ。ペイアーノが弾けなくなるぞ」
うぅ……
兄ふたりを遠い目にさせたところで、禁門の改めに入った。
いつの間にやら憲兵所を通り過ぎていたことに気付いたけど、もう行かなくてもいいや……今はピンクより佐藤くんの方が気になる。
彼が澄子にとってかなり重要人物だったような気がしてきた。
どんな関係だった?
有能な部下だった。フォローが完璧だった。守りが堅かった……なぜ私のアパートに佐藤くんがいるのかな? どうして一緒に夜景を観ているのかな?
どうしたらいいかわからなくなった私の手を取って、見つめて、困ったように笑って、見つめて……
──…どうしよう。
離れちゃいけない人だった。ずっと一緒にいると約束してくれた人だった。死ぬ時も道連れだと言ってくれた人だった。絶対にひとりにしないと……
──…どうしよう。
ひとりで死んじゃった……
「シュシュ?……なぜ泣く!」
泣く?……泣いてる?……泣いてる……そうだね。悲しいね。さよならは悲しいね。今もさよならは嫌いだよ。置いて行かれるのが怖いよ。なのに佐藤くんを置いてきちゃった。私が置いてきちゃった。
「前世の憲兵所で、泣くほど酷い目にあったのか?」
──…違う。
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