私馬鹿は嫌いなのです

藍雨エオ

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悲観的あるいは独善的

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「この学園の料理は貴族が通う事を前提に材料の時点から一定の品質基準を設けられているんだよ。
そのお友達も学園の料理を問題なく食べていたかい?」
「はい」
「だから余計にわからなかったのかもね。
多くの貴族は良い物を食べている。体が弱いお友達はそれは厳選した食品で食事をしていただろうね。
まず水の清浄さが違う。小麦の粗さが違う。卵やミルクの鮮度が違う」
「でも出来るだけ良い物を選びました!」
「だから?」
「だから、その」
「出来るだけ良い物を選んでも普段より品質が劣る物は味だけじゃなく体調にも影響するよ。
他国へ行ったら生水を飲むな。あれは水に含まれる成分が自国と違うからだよ。火を通せば多少マシにはなるが優れた味覚を持つ物なら無味無臭の水の違いがわかる。
含まれている成分が違うならそりゃ体への影響も変わるよ。
あとさー、田舎菓子って事はもしかして焼き締めた硬いお菓子じゃなかった?」
「そう…です」
「あっ、やっぱり。体弱い子になんで消化が大変なお菓子作っちゃったのさ。
田舎というか貧しいとこだと長期保存目的の食品が名産になる事はよくあるからそこは良いんだけどさ、せめてそれは健康に不安が無い友達に贈ろうよ。
田舎菓子を渡せる様なお友達なら、貴族から見たら安っぽい工芸品でも喜んでくれたんじゃない?
無難に健康祈願のお守りとか作っても良かったでしょ。自分で布選んで中身も考えてさ。柔らかさを追求して綿でも良いし、相手にアレルギーが無いならドライハーブ入れてポプリみたいにしても良いじゃない。
『友達の為に美味しいお菓子を作った優しい女の子!』って注目されたかったのかい」
「ちがいますそんな」
「なら浅慮過ぎるね。どんなに親しい相手でも礼儀を忘れてはいけない。礼儀とは相手を思いやる事だよ」
「~~っでも友達に断られたら素直に応じました!渡す物は間違えたかもしれないけど無理やり食べさせるなんてしません!」
「へぇ?A令嬢は傷付いて無いっぽいからセーフで自分は傷付いてるからアウトって言った君が?断られたら素直に応じた?折角の手土産しかも手作りを食べてくれない貴族は傲慢だって思うんじゃない?少しぐらい平気だろうって、根拠の無い大丈夫で食べさせようとしない?そのお友達にとって毒に等しいそれを?好意なのだからと押し付けしない?」
 校医はすごくわかりやすくあおり散らかした。
「しないっ‼」
 醜く歪んだ顔で特待生女子は金切り声を上げた。
「勝手は事言わないでアタシだってわざとじゃないもん!わざとじゃないんだからそんな責めなくてもいいじゃないですか!それにアタシは喜んで欲しかっただけで悪気は無かったのにそんなに言われなきゃいけないんですか⁉」
 怒らせる様な物言いをしたのは悪かっただろう。
 だがアタシはアタシはと自分の擁護ばかり。少しでも反省し己の非を認めれば敵対まではしなかったのに。
 校医は完全に見限った。
 彼の良い点だ。自分に不利益した生まないと判断したモノを即座に切り捨てる事が出来る。
「じゃあ悪気は無くて危険だからと思わず君のお菓子を叩き落したA令嬢は悪くないよね。
では君の横暴な態度に対する証言は破棄する」
「違います彼女はっ!」
「君はお勉強は出来るけど人の気持ちには疎いね」
「はい?」
「A令嬢は君を糾弾出来たんだよ、貴族に毒になる物を盛ろうとしたってね。でもわざとじゃないとわかっていたから自分が悪く言われようと今まで黙っていたんだ。その慈悲になんで気づかない。
お友達の立場になって考えたかい?断れば友人が傷付かないか、それに貴族が平民のお菓子を拒否したとなればお高く止まっていると思われないか。その苦悩が何故わからない。
別に感情論で言っている訳じゃないよ。感情として理解出来ないなら勉学として『こんな風に考える人がいる』と学べばいい。知識を持っていれば世論として一般的な考えが何かがわかる。少数派の考えでも己の判断を信じて貫き通すんならそれも有りだ。
でも見聞を広めようともせずに自己弁護しかしない。自分の事だけを喚く君は駄々をこねるガキでしかない」
 捲し立てずにもっと優しく言えたが、もうどうなってもいい相手に気を使ってなんかやらない。相手が気を使わないのにこっちがする必要なんて無い。
 トドメは躊躇わず容赦無く。
「平気そうなら問題無いってのも間違いだ。
本人の意識も大事だけど、周囲の認識も重要って言ったじゃん」
 そして簡潔に。
「端的に言えば君は殺人未遂の犯人でA令嬢は殺人を止めたヒーローだよ」
 イジメや横暴という言葉では範囲が大きくてわかり辛いが、要は既存の法律に当て嵌めればいい。
 学園以外の場所で同じ事案が起きた場合を想定したらもっと簡単だ。
 今回の件で仮にA令嬢が悪意を持って、平民の田舎菓子だからと叩き落とし恫喝したとしよう。罪状は暴行と脅迫。しかし怪我を負った訳でもなく恫喝も一言だ。そこまで重い罪にはならない。
 では特待生女子の場合だとどうだろうか。
 悪意は無かったと言っているが、それでも明らかに確認と認識不足だ。毒となりえる物を相手に食べさせようとした。だが自ら作成しどんな物かを相手に教えている。押し付けをしていたか否かは現状では判断できない、客観的な目撃証言が足りないからだ。
 結果だけ見れば罪になるか微妙だが、A令嬢が我関せずとお菓子を叩き落としてなければかなりの高確率で罪になっていただろう。
 アレルギー持ちの人間に忘れていたと言ってアレルギー物質を食べさせようとして無罪はあり得ない。
 運良くて過失傷害、運が悪ければ過失致死だ。
 彼女が今この場にいられるのは、その被害者にあたるお友達がそれを訴えなかったお人好しだからである。
 そもそもお友達がハッキリと拒絶していればこんな事件にもならなかったのだが、流石にこれ以上本人の話を聞かずに判断してはならないだろう。
 本来ならそんな、まかり通ってはいけないのだから。
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