私馬鹿は嫌いなのです

藍雨エオ

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初動からミスってたわ

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「貴女が国の繁栄から殿下を愛したように、平民乙女もどこを愛しどう愛したかを知りたいという事でよろしいですか?」
 A令嬢が『はい』と肯定すると次期神官は目を閉じる。
 才能や性格、今の話で外見を愛するのもわかる。だが地位や権力や財は持っている本人を愛していないのではないか?いやでも簡単にそうだと結論付けるな。悩め深く自分の考えろ否定しろ。
「維持するのも才、得るのも才。愛しているのはその才なのかその物なのか」
 スッと目を開く。
「図書員男子さん『全証拠の内容を詳しく調査し残す。結論のみや概要のみは証拠として著しく信用性が下がる』と書き足して下さい。平民乙女さんは勿論ですが他の証言した方々もです」
 最初から、本当に最初から間違っていたのだ。
 A令嬢の断罪という結果を最初に施行してしまうのが間違いだった。
 結果→結論→議論→調査→原因の順に認識が進んでいる。だが実際の時間経過では逆だ。
 原因があった。その原因が何なのかまた何故そうなったのか調査。集まった証拠を元に複数名で議論。結論を出しそれの不備が無いか確認。その後やっと結果として糾弾するなり許すなりすべきだった。
 だが実際はA令嬢は断罪すべきだと既に思い込んでいた。糾弾するのは皇太子殿下の婚約者に相応しくないから。虐めをしていたらしい傲慢が過ぎるらしい。その証拠を探さなければ。やっぱり被害者が出てきたぞ。
 最初は悪女だと思っていなかった。でも周囲の声を聞く度に彼女が悪だと認識が染まっていった。何時からかそうだとしか見なくなった。
 まだ調査していない平民乙女に対してもそうだ。
 平民乙女が皇太子の財を愛していてもそれだけで糾弾してはいけない。財だけを愛しているのか財を築ける才能を愛しているのかきちんと調査しなければ。財だけなら財を無くした瞬間見限るだろうが、財を築ける才能を愛しているのなら、財を失ってもその才能をまた発揮出来る様に支えるという選択肢が出てくる。
 それが性格だろうが見た目だろうが地位だろうが全部一緒だ。
 時が病が時勢がそれを奪うかもしれない。その時共に歩む道が消えてしまうのなら金目的と何が違う?
 色眼鏡越しの世界は悪くは無いが正しいとは言えない。
 あぁ怖い。『噂』というのは本当に怖い。噂は時に遅効性の毒になる。その毒に侵食された成れの果てが僕達だ。上手く飲み込めば薬となったそれを過剰摂取で毒にしてしまった。
「A令嬢、これは本筋には関係のない事であり答える必要はないです。
貴女は殿下を愛していた。両親と領地の民を愛している。国を愛している。僕達は…参謀役や騎士見習いは」
「愛しておりました」
「神の教えのもと僕は貴女を愛しております。…今じゃなくても良い、何度でも謝罪し貴女の気が済むまで責められましょう。
天に召されるその日までに、また僕達を愛してくれる可能性はありますか?」
 全世界の生物に愛される人になんてなれない。だけど全世界の生物を愛する事は出来る、愛される努力は出来る。
 例え今は無理でも遠い未来で、また愛するものに愛されたい。
「知っていますか次期神官様」
 困ったような、嬉しいような、美人な顔立ちの彼女にしては珍しい可愛らしい笑み。
「同じ国を愛する国民として、私は貴方達を愛しております。
今はまだ無理ですが、いつかの未来でまた互いに友愛を育めたのなら、それはきっと非常に幸運な事です」
 非常に幸せではなく、非常に幸運ラッキー。きっと、仮定の話。つまりそれぐらい可能性は低いのだ。
 それなのに愛していると言うのか。友としはもう愛せないと言っているのに、民として愛しているだなんて残酷なこと。
「知りませんでしたよ、貴女がそんなに愛情深い人だなんて知らなかった。知っていたかった」
「今知ったではありませんか」
「遅すぎたのです」
「ならば巻き返す手立てを考えなければいけませんね。まだ終わっていませんわ」
「えぇ大丈夫です。今回の騒動を終結させなければ。
国の上層部に関わる人間関係で起きた騒動は民に影響する。出来るだけ迅速に問題を片付けましょう」
 一段落つくと図書員男子は議題書に諸々書き込み、一礼し元の群衆の中へと戻っていった。
 改めて今回の当事者であるA令嬢、皇太子、参謀役、次期神官、騎士見習いがテーブルを挟んで対面する。最初の頃の険悪さはもう無い。
 元から準備されていた証拠は別でまとめ、今回の話し合いで作成された様々の書類をまとめる。紐でそれらを括るとペンを取り一番上の白紙に全員の名前を書く。
 わざと紐を通して名前を書くことを忘れない。簡易的だが誰かが勝手に書き換えが出来ない様に封の代用だ。
「校医様及びに相談役様にお願い申し上げます。此度の書類を保管責任者としてお預かり頂きたい」
 皇太子が丁寧にお願いをする。命じられる立場だがここで命じてしまえば、『皇太子の息が掛かった者』に書類を預けたという事になりかねない。
 今回の案件は様々の人が関わりすぎて公平な立場の人を探すのが難しい。だからあえて複数の立場にある人を選んだ。   
 校医、政治に関わる貴族であり学園関係者。相談役、信仰に関わる平民であり学園関係者。
 学園という共通点があるだけで二人の立場は真逆だ。ならばお互いを尊重しながらも監視するだろう。この人は悪事を働かないと信用していても、安心の為に監視は必要だ。
「どうします?」
「どうしたいです?ワタシは引き受けても構いませんが二人に問われたのです。二人の答えが一致しないのならお断りした方が良いでしょう」
「この後もズルズル続きそうでヤダ。めんどくさい」
「そうですね。それで?」
「引き受けるよ本当にやりたくない」
「お断りしても良いのですよ」
「わかってて言ってるでしょ。オレは学園の者として在学生にも影響を及ぼしかねない事案を無責任に放り出すような事はしない」
「貴方意外に選択した結果に伴う重荷を絶対投げ出しませんよね」
「その分利益を享受してんだから当たり前」
 二人はポンポンと友人の様に会話しながら、
「引き受けますよ」
「お引き受けいたします」
 皇太子から証拠と書類を受け取った、
 互いにチラリと相手に目を向ける。この二人には学園以外にも共通点があった。
 仲良くしているが友人では無い。後腐れなく上辺だけの関係。相手になんら興味なんて無い事だ。
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