恵まれすぎてハードモード

想磨

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1-13 探索、発見、遭遇

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 氷柱を壊すには、リンの怪力でも十分過ぎたに違いない。でも、更に僕の魔石の力がそこに加わってしまった。

 その結果、氷柱は粉砕された。

 挙句に手りゅう弾が爆発したように破片を辺りにまき散らす。
 当然、それが当たった辺りの氷柱は破壊される。

 リンの一撃は、何本もの氷柱を一斉に破壊したのだ。

 けたたましい音が鳴り響いた。ガラスを一斉に叩き割ったみたいな音だった。
 それが幾重にも響いて、クラクラしてくる。

 しかも音は物理的エネルギーすら持つほど大きいのか、はたまた振動のせいか。他の氷柱が揺れて、更に落ちた。それを引き金に新たな氷柱が落ちる。

 その繰り返しだった。洞窟は氷の破片と共鳴音で満たされた。

 そんな音の中心にいるのだから、こちらは堪ったものではない。

 というか、耐えられない。
 リンの腕の中で耳を塞ぐけど、あまりに煩くて意味がない。
 どれだけ手のひらを押し付けても、ガンガン響いてくる。

 うるさい、というより最早痛い。音というレベルを超えて、音響兵器にまでなっている。

「死ぬっ。音で死ぬっ」

 それでも最初の十秒ほどを何とか耐えると、やっと音が小さくなっていく。
 音源がどんどん遠ざかっているらしい。

 死ぬかと思ったけど、何とか生き残ったみたいだ。

「お、音で殺されるかと思った」

「いやあ、驚いたな」

「なんの相談もなしにそんな事をやった奴が言うなっ」

「あはは、でも見ろよ。視界良好だぜ」

 言われてみると、洞窟内は非常にさっぱりとした様相になっていた。
 どうやら視界の大部分が氷柱で覆われていたらしい。

 だからこそ彼女のしでかしたことの大きさも、よく理解できる。

「ここの敵、半分くらい死んでるんだけど」

「ああ。みんな氷柱で死んじゃったな」

 飛んできた氷塊が食い込んだり、落ちて来た氷柱に押しつぶされたりして、ナメクジもカエルもぐったりとしている。
 魔物と言えども、氷柱の絨毯爆撃に耐えうる能力を持っていなかったようだ。

 まあ、当然かも知れない。

 どれだけ鍛えた人間だって巨大な氷の塊に頭をぶつければ即死する。それが鋭い氷柱と柔らかいカエル達という相性の悪さだったなら、尚更だ。

「何か……結果的にリンの案が正解だったのかな?」

「だろう?」

 世の中、勢いが大事なこともあるんだなあ。死にかけたことを無視するなら。

「じゃあ早速探すか」

「うん。木衛門は自由に食べてていいよ」

「キシャアアア!」

 木衛門にいつも通りの指示を出して、僕達は生き残りを倒しつつ地面を見た。
 氷の破片ばかりが散らばる岩肌だけど、それでもたまに誰かの落とし物か、もしくは遺品が落ちていた。

 錆びたナイフ。食べかけの堅パン。薬瓶、帽子。眼鏡越しに見ると、どれもレベルは最低で、何の能力もついていない。

 彼女の解説通りなら、これは落としてからまだ日が浅いのだろう。
 それでも、僕の手にかかれば凄い一品になる可能性がある。飛び掛かる蛙を殴り飛ばして、ナイフと帽子だけ拾っておいた。

 他にも色々あるけど、劣化が酷くて使えそうにない。
 特にこの長剣なんて、芯まで錆びてただの穴だらけの鉄板になり下がっている。

「僕が使えそうなものはあったけど、リンが使えるものはなさそうだなあ」

 どれもあの怪力の前に粉々にされてしまいそうだ。

 そもそもの話、ここには良い装備がない。
 良い物はみんな持って行ってしまうのか。それともこの気候のせいで魔力を蓄える前に朽ちてしまうのか。

「うーん。分からないなって!?」

 いきなり地響きがした。新しい魔物だろうか。
 と様子をうかがっている間に、更に地響きがなる。それも断続的に。

 リンと木衛門は無事だろうか。

「木衛門っ」

 木衛門を呼び寄せて音のした方へ走る。
 とそこにはリンが居た。腰を落とし拳を構えている。

「どぅおりゃああああ!!」

 そして何を思ったか、地面に拳を叩きつけた。
 頭が狂ったか。何か変なものを拾って食べたのか。

「な、何やってるのさ!? 洞窟壊したいの!? とりあえず拾い食いしたもの吐き出して!」

「ん? 何でそんな話になってるんだよ。洞窟はある意味壊したいけど」

「やっぱり脳がやられて」

「ねーよ。これを見てくれ」

 リンは僕の慌てぶりを全く意に介さずに指差す。
 そこには地面からわずかに突き出た柄が見えた。刀身はおろか柄の大部分も埋まってしまっていて、一体何が埋まっているかは分からない。

「なんでこんなことに……ああ、これ石筍と石筍の間にあったのか」

「石筍?」

「石で出来た筍。トゲトゲした奴」

 あれは石灰分が溶け込んだ液体が垂れて、徐々に大きくなる。
 きっとその成長のせいで突き刺さった何かが埋まってしまったに違いない。

「ああ。あれはもうとっくに折ったぞ。問題は地面だよ。割ろうとしてるんだけど、随分と硬いんだ。傷一つ付かない」

「へえ」

 当然の様に石筍を壊し、地面を割ろうとしていることはさて置いて。
 武器という異物が混入している岩が、リンの攻撃を通さないのはどこか可笑しい。

 普通、こんなものが刺さっているなら衝撃に弱くなっていそうだけど。 
 不思議に思って焦点をしっかり合わせてみると、文字がぼんやりと浮かんできた。

 これは……

「凄いっ。壊れずの大剣だって!」

「なんだそれ」

「常に『リペア』、刃こぼれとかヒビを直し続けてるんだって。レベルも高いよ二十五だ。多分これのせいで周りの岩が固く感じたんだろうね」

「つまり岩も直しちまって、いくら殴ろうがヒビが広がらないってことか」

「うん」

 効果は地味だけどレベルが凄く高い。間違いなく宝物と言えるだろう。

「ワクワクするね」

「そうだな。武器が壊れるのが悩みだったし。それも今日でおさらばだ。じゃあ、ほい」

 リンがしゃがんで僕に振り向く。
 やりたいことは分かるし、それしか方法がないのも分かる。

「でも……洞窟崩落しない?」

「へーきへーき」

 何とも不安の残る返事だ。

 だけどリンには氷柱の時の実績もある。今回も上手く行くかもしれない。
 彼女を信じて僕がその背中にしがみつくと、リンが拳を固めて振り上げた。

「ちまちま回復する奴には特大の威力だ!!」

 どうか崩落しませんように。
 僕が願う中、魔石の力を借りて増幅した一撃は岩を砕いた。


 見事なまでに叩き割った。


 亀裂が蜘蛛の巣状に走り、急速に足場が崩れる。
 穴とヒビが拳と剣を繋いで、その延長まで走っていく。

 このままだと壁を上がって、天井にまで到達しそうだ。

「ぬおりゃああ!」

 と、リンが出て来た武器を引き抜いて走り、壁に突き刺した。
 普通は更に崩落してしまう攻撃だけど、剣の効果が発動して、切っ先の周りのヒビがみるみる修復していく。

 そして、洞窟の崩落だけは何とか止まった。

「っふう。何とかなったか」

「何とかはね。もう、いちいち心臓に悪いなあ」

「でもいい大剣が手に入ったぜ」

 確かにいい雰囲気を醸している大剣だ。

 出て来たのは幅広の片刃剣だった。

 切っ先から真っ直ぐ直線を引いたような刃が、柄の所まで伸びていて、拳を守っている。
 その剣の腹の中心には赤い金属が筋の様に走っていて、角度によって黄色みが強く見えたりしている。
 大きさは人の身長よりほぼ同じくらいで、リンの足から肩まではあるみたいだ。

「うん。中々イケてる。私の好みだ。……これのレベルってどのくらいだったっけ?」

「僕の眼鏡では二十五って書いてるけど。一つ言って良いかな」

「何だ?」


「宙にぶら下がっている状態で、それは重要なことかな?」


 言って下へ視線を向けてやると、そこには真っ黒な穴が口を開けていた。
 洞窟の崩落は免れた。でも僕達の足元は抜けてしまっていたのだ。

 壁と天井の破壊はリンの機転で免れたけど、それは地面のヒビを直すには力が足りなかったようだ。

「どうするの? まるで落とし穴の罠みたいになってるんだけど」

 宙ぶらりんのままで聞くと、リンが目を凝らすように下を睨む。

「……別にここから普通に穴を飛び越えられるけど、何か地下に気配がするから探検してみよう」

「気配?」

「ああ、かなりの大物だ。もしかしたらこの洞窟のボスかもな」

「ボス!?」

 その響きだけで僕の心は容易に動いた。

 ボス、それはお約束中のお約束な敵キャラだ。
 主人公に立ちはだかり、時には成長を促し、時には挫折を与え、たまに宝物をくれる、物語の根幹だ。

 そのボスが、ここに居る。ゲームみたいなボス戦が出来る。何だか動悸が速くなってきた。

 でも懸念が一つある。当たり前だけど、ボスは強いと相場が決まっている。
 果たしてレベル一が戦いを挑んで生きていられるだろうか。もしかして僕は自殺行為をしようとしているのでは、と考えてしまうのだ。

 ファンタジーを愛する心と冒険心、生存本能と冷静な判断が天秤に掛けられる。

「ボスって強いよね。一歩間違えたらとかあるよね」

「そうか? 大丈夫だろ。お前強いし、ここの魔物は弱いし」

 はい、傾いた。ドラゴン様が言うのだから間違いない。

「行こうっ。夢と冒険とお宝目指して!」

「いやいや、どこからお宝来たんだよ」

 そう言いながらもリンは同意を得られたからか、僕を背負い直し、降り始めた。

 壁に剣を突き刺し、爪を立てて、器用なものだった。
 するすると降りていって壁が終わると、最後は六メートルほどを飛び降りて、ものの一分で地面に足が付いた。


 一面氷に覆われた空間だ。天井の僕達が降りて来たのは、ここの天井の穴だったらしい
 『体育館』くらいの高さだろうか。広さも野球場くらいはある。

 僕が感じる限りこの空間に殺気はないけど、リンは油断なく剣を構えて左右に目を走らせていた。

「間違いなく居るな」 

「……」

 どうやら木衛門も警戒しているらしい。僕の背中から降りて、無言で尻尾を揺らしている。
 二人の視線は徐々に奥の方に注がれる様になる。どうやらそこに何かが居るらしい。

 僕は足元を照らしていた魔石をゆっくりと上にあげて、そこに光を照らした。


「蛙?」


 それは僕がさんざん相手にした蛙だった。大きさも色も変わらない、ここではごくごく普通の蛙だ。

 全くの拍子抜けだった。床に大穴を開けて、こんな広い空間に出て、そこのボスがこれだ。
 何だか気が抜けてしまった。木衛門も同じ心境なのか、若干尻尾が下がる。


 瞬間、更に奥から舌が飛び出した。


 その大きくて長くて赤黒い物が、小さな蛙に貼り付いてひゅんと闇に消えていった。
 そしてその方から大きな地響きが鳴り、何かが迫ってくる。

 恐る恐る光を更に掲げて、奥を照らしてみると、ぬめぬめとした青白い足が光に映し出された。
 イボだらけの体も、横長の飛び出た眼も、全て照らされた。

 巨大のウシガエルが、僕達を睥睨していた。

 勿論蛙は例の熊よりは小さい。でもこの空間が狭く感じるくらいの大きさがある。見上げないと視界に収まらない。

 それに氷を思わせる薄い青の皮膚や、そこに大量についた脈動するイボが、気持ち悪い。あれには嫌な予感もする。
 とにかく威圧感があり気色悪さもあって、ダークファンタジーに出てきそうなボスだった。

「これが、ボスかあ」

「多分、あの洞窟に居たカエル達の総大将だろうな」

 ワクワクしてくる気持ちはとりあえず抑えて、これに戦いを挑むにあたって注意する所は二つだろう。
 蛙と言えばお馴染みの異様に伸びる舌と、毒だ。

 特に毒は皮膚に常に纏わりついている種類もあるから、触るのは止めておいた方がいいだろう。

 そしてそして……

「ダメだ。ワクワクして仕方ないや」

 興奮しすぎて上手く考えられない。
 だって仕方がないだろう。この巨大なボスを倒すというのは、ゲームでしか味わえなかった物だ。
 なのにここで、現実に起ころうとしている。

 例の熊は流石に大きすぎて楽しめなかったけど、きっとこれなら楽しめるだろう。

 でも、リンは少し不服顔だった。

「これは余り期待できないな。もっと毛皮とか取れるものがある奴がよかったんだけど」

「やっぱり魔物の体で作った道具とかは強いの?」

「まあな。この毛皮だってそこらの低級の魔物から取ったものだが、かなり丈夫なものだぜ」

 となると、この蛙の使えそうな部分を是が非でもはぎ取って、レベル上げて使ってやろう。
 僕が更にやる気を漲らせていると、隣で余り漲っていないはずのリンがぐっと膝を曲げた。

「じゃあ早速」

「待って待って待って! 作戦を」

「そんな悠長なことは言ってられねえ! 戦いは先手必勝だ!」

 リンが僕の制止を振り切って、蛙に斬りかかった。
 瞬間、舌が伸びてリンが捕まり、そのまま胃袋に収まった。

 その流れるような事の運びに、僕はまるでリンが胃袋に飛び込んだようだった。
 芸術点すら与えられるくらいだった。

「……………じゃないよ! 何やってんのリン!?」

 とにかく魔法だ。魔法をお腹に打ち込むんだ。
 もしかしたらお腹を叩けば吐き出すかもしれない。というか吐き出せ。

 そもそもあの考えなしは余り乗り気でなかったのに何であんな意気揚々と特攻したのだろうか。
 もしかして突撃が好きなのだろうか。だとしたら鉄砲玉の素質があるに違いない。

 というか少しは学習すべきでないのか。舌攻撃は一回見たではないか。

「ぬりゃあああああ! 吐け! 吐き出せえ!」

 自分でもびっくりするくらい魔法弾を連射し続ける。
 それはピクリとも動かない体に当たった。起きた爆発はお腹を揺らした。

 けど、どうも胃袋までは届いてないみたいだ。それどころか一部のイボが活発に脈動し始めて、何かが起きそうだった。

「あああ、どうしよう。これ。もう僕も特攻するかなあ」

 突進して背中を登って、杖先を目にでも突き立てて、そこで爆発させれば絶対に痛いだろう。
 そしてあわよくば頭を潰して、そこからお腹を裂いて、餌になりに行ったリンを摘出する。

 ……どうしよう。上手く行く光景が想像できない。

「と、とにかく先ずはあの妙なイボを潰しておこう」

 何をするにも敵の手を潰しておくに限る。あれが何かをするなら、仕掛けられる前に仕掛けるまでだ。
 杖を振って相手の手を、そのイボを爆発で潰す。

 すると、爆発に飛ばされた何かが、イボから出てきた。

「オタマジャクシ?」

 どう見てもオタマジャクシだ

 一抱えもある大きさで、ぼとりと落ちて冷たい岩の上をうねって動く。
 どんどん近付いてきて、改めて見るとその顔の不気味さが際立っていた。

 意外と凸凹していて、眼が上辺りに付いていて、口が小さいけど鋭い牙が生えそろっている。
 そんな奴がウネウネと近付いてくる。すごく気持ち悪い。

 しかも僕の攻撃が引き金になったのかそんな奴が全身のイボから溢れ出てくる。
 数えられるだけで十は地面に落ちて、でも更に零れ落ちて、数えきれない。

 これは不味い。

 雑魚敵みたいな登場だけど、僕はレベル一だ。当然かまれた時は現世にお別れの言葉を言わないといけない。

「リンは現在消化中だし、変なオタマジャクシはうじゃうじゃ来てるし」

 つまり僕はあのオタマジャクシの群れを無傷で切り抜けて、その上で巨大蛙からリンを救出しないといけない訳で……。

「……仕方ない。木衛門っ。槍! 後オタマジャクシを食べといて!」

 折角のボス戦だ。こうなったら二つの仕事くらいこなして見せよう。

 木衛門から武器を貰って、木衛門に指示を出して、僕はオタマジャクシの群れに魔法弾をぶつけた。
 五匹のオタマジャクシが跳ねて、飛び散る。

 こちらに来たオタマジャクシを槍で木衛門の方に打ち返し、彼がきちんとジャンプして噛みついているのを確認して、殺気に気付く。

「あからさまだ!」

 これだけ強い殺気だと見なくても分かる。足元の敵を貫いて蹴り飛ばす。
 やっぱりオタマジャクシが足元まで迫っていた。しかも奥を見たらどんどんこちらに向かっている。

 その内の一匹を槍で掬い上げ、足元の二匹を払いのけ、落ちて来た一匹を突き飛ばす。
 全く効いていない様子だけどそれは気にしない。要はただの時間稼ぎだ。

 よし、このルートならいける。

 両手を袖で隠して、準備万端だ。

「自棄になった僕を舐めるなっ」

 足元に迫る一匹目を踏みつけた。そして更に来る二匹目、三匹目を飛び石みたいに飛んでいく。
 僕の身体能力をしてみればヌルヌルのオタマジャクシを飛ぶことなんて容易いのだ。

 そして一気に蛙の方に詰め寄って、杖先を思い切りお腹にめり込ませる。

「これで、どうだ!」

 爆発をゼロ距離で叩きこむ。

 瞬間に僕の足が地面からはがされて、弾き飛ばされた。

 予想以上に爆風が凄まじい。露出した部分は服で守ったけど、熱い。
 それでも何とか態勢を立て直して、隙ありと言わんばかりに飛んできたオタマジャクシを蹴散らす。

 流石にゼロ距離は厳しかった。少し間違っていたら大変な目に遭っていただろう。

 でも、ゼロ距離が厳しいのは相手も同じみたいだ。

 あの、いくら攻撃しても全然平気そうだった蛙がぶるりと震えて、よろめいている。
 ブルブルと震えたまま、よたよたとよろめいたまま、何かを堪える様に頭を下に向ける。

 そしてえずき出して、リンを吐き出した。

「くそっ。後一歩だったのに」

 リンは涎だか胃酸だか分からないものにまみれていたけど、ピンピンしていた。
 しかもお腹の中で何かしていたらしい。退却しながら悔しそうに呟いている。

 そしてすぐに蛙から離れて、僕の隣に陣取った

「何かしてたんだ」

「思い切り剣を振り回して胃袋を荒らしてやった」

 どうやら大きめの『ピロリ菌』になっていたみたいだ。

「でも案外硬かったな。破ってやろうとしたんだけど、それにはもっと時間がかかりそうだったっと」

 リンが近付いてきたオタマジャクシ斬り飛ばす。
 流石に一刀両断とまではいかなかったけど一気に三匹を斬ってしまう所に彼女の腕力が伺い知れた。

「じゃあ今あいつのお腹は胃腸が弱い人並みにボロボロなの?」

 僕も槍を回転させて近づくオタマジャクシを順次弾いていく。

「ああそうだ。見ろよまだ吐いてるぜ」

 リンが蛙に向かってオタマジャクシを蹴りつけた。

 オタマジャクシが頭がぶつかった奴は口の中に手を突っ込んでいる。リンの攻撃が余程痛かったのだろうか

 でもどうも苦しんでいる様子ではない。震えが収まっているし、またでんと構えている。 
 なら、あれは一体何しているのだろうか。もしかしてああやって裏から手で押してオタマジャクシを押して……。

 と、思っているといきなりその口から黄色い透明な液体をドバドバと吐き出した。

「……あれ?」

「なんだありゃ?」

 凄まじい量を吐いて、広がっていく水溜まりに眼を丸くしていると、その液体に触れたオタマジャクシが悶え苦しみだす。
 よく見ると尻尾の方が解けているみたいだ。

 そして観察して十秒も経たない内に水溜りに浸ったオタマジャクシが骨になっていた。

「……ねえ、胃潰瘍であんなになっちゃったみたいだよ」

「私のせいじゃねえ。きっと大家族を支える内に精神的にやられて胃が穴だらけなんだよ」

 冗談を言いながら僕はじりじりと後退する。
 とにもかくにも、蛙が本気を出したようだ。

 そしてその本気はどうやら僕には厳しい物らしい。
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