恵まれすぎてハードモード

想磨

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1-12 仲間との朝。始まる探索

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 ここに来てから、僕は眠りから覚めかける時が少し楽しみになっていた。
 眼を開いた瞬間に、たまにあっと驚くような良い光景を見せてくれるからだ。

 朝日が少しだけ穴に差し込んで、それを氷がまばゆく反射し、更に水面が芸術的に揺らめかせる。
 まるで揺らぐ水晶にダイヤを散りばめて閉じ込めた芸術作品だった。例え、木々の隙間から見たとしても、ため息が出るくらいの造形だった。

 湖底で眼を開けると、今日もそんな光景が寝起きの僕を出迎えてくれていた。

 朝日と、氷と、揺らめく水面。
 けど、今日はこの光景に少し違う要素が加わっていた。
 それは普段は邪魔だった木がないというのもあるけど、その芸術作品にあるものが付けたされて居たのだ。


 水の中に揺蕩う、銀糸。


 幾筋の銀糸が、揺れる黄金の光と交錯して、それがまた違った絶景を生み出していた。
 不思議な光景に思わず手を伸ばすと、指に絡みつく。

 そして、それの正体が分かった。

「……ああ、リンの髪か」

 分かると、先ほどは意識していなかった隣の体温を感じて、昨日の出来事を思い出す。

 レベル上げの最中に熊と人が乱入してきた事。
 リンと名乗った人は口から火を吐き、竜の血を引いていて、とてもワクワクした事。
 そして、様々な理由からそんな素晴らしい人に抱きかかえられたまま眠ることになった事。

 そういった諸々のことだ。

 本当に機能は色々とあった。きっと走馬燈を見たなら昨日のことを思い出すだろう。

 そんな、新しく出来た思い出に浸りながら、欠伸をして伸びをしようとする。
 けど、上手く手が上がらない。伸びも出来ない。

「……何で動けない?」

 見ると、僕とリンの体がロープでしっかりと密着していて、動く隙が無かった。

 そうだ。僕が寝返りを打ってしまって水中適応の魔石がリンに届かなくなった、という事件が起きたのだった。
 これは命がいくつあっても足りない、ということでリンが手荷物からロープを取り出して、縛り上げて、こうなっているのだった。

「どうしようかな」

 見上げるとリンはまだ寝ていて、夢の中で何かを食べているらしい。口をもごもごと動かしてニマニマと笑っている。
 今起こしたら、多分夢の中でメインディッシュを食べ損ねてしまうだろう。

「しばらくゴロゴロしてるか。ねえ木衛門」

「……シャアアア」

 おや、どうやらこちらも寝起きだったらしい。いや寝起きの振りをしているらしい。

「それじゃあしばらく二度寝しようか」

 縦になろうが横になろうが頭の上に張り付いていた木衛門を腕の中に移して、僕はもう少し惰眠を貪る。

「っ!」

 寸前で所でリンの眼がカッと見開いた。

「熱々ステーキっ!」

「ぐはっ」

 そして僕の体ごと跳ね起きた。

 ロープで連結された全身が、不自然に折れ曲がって痛い。全然準備してなかったから筋を痛めそうになった。というか痛めてる
 『逆エビ固め』みたいな状況だ。リンの上半身で強制的に体を仰け反らされて、骨とか筋肉とかがギチギチいっている。

 全身が、あと一歩でご臨終しそうだ。

 早く気付いて。僕が拷問器具に掛けられているのを。

 いや気付け。僕がずっとギブアップのタップを背中にしていることを。

「……私は別にむせてないぞ」

「違うよ! 死にそうなんだよ! ……あ、空気が」

 そう言えば、逆エビ固めって窒息も狙える技だったっけ。
 そんな事を考えながら僕の意識は、闇へと落ちて行った。
 
 となる寸前で、リンがロープを外してくれて、僕は湖底に這い蹲った。

 他人の寝起きで死にかけるなんてどんなファンタジーだ。『酔拳』でなくて眠拳か。
 そんなふざけた技で死んでたまるか。死因が寝起きなんてファンタジー、だれも望んでいないのだ。

 息を整えて、顔を上げる。

「お、おはよう。リン」

「おはよう! お腹減ったなあ!」

 豪快に欠伸をして、水に揺れる髪をめんどくさそうにかき上げる。
 でも、水中で長い髪はまとまらないようで、直ぐに諦めた。

「なあ、レイはどうやってご飯食べてたんだ? ステーキある?」

 いきなりステーキを食べるつもりらしい。
 朝からそんな重い物を食べるなんてどうしてそんな発想が出来たのだろう。

 ああ、そうか。夢の中で食べそびれたのか。

「住処を作ってそこにかまどを作ったんだよ。ランプフィッシュの火で木を燃やして、そこらの魚を焼いて食べてたよ。後水草とかも」

「ふーん。魚肉かあ。それもいいな」

 と、言ってからのリンの行動が速かった。

 僕を背負って水に飛び込み、ひょいひょいと魚を捕えたと思ったら、地上に上がってたき火を作り、そしてそこに魚を置いた。

 なんて簡単に言ったけど、実際は焚き火は二つ用意されていて、しかも魚の数は五十匹。
 それを二つのたき火でどんどん焼いては食べる、『わんこそば』形式を形成している。

 凄い食欲だ。まるで魚を飲んでいるみたいだ。
 そもそも物の三十分で出来る状況ではない気がするのだけど。

「はぐ、むぐ、もぐ」

 魚を口に詰め、胃に落としていく。そんな彼女の食べる様は豪快だった。

 僕もご相伴に預かっているから分かるけど、魚は一匹でお腹いっぱいになるくらいの量がある。 
 そんなボリュームのあるものを、頭から身を削ぐように口に入れてしまう。

 後に残るのは魚の骨だけだ。

 それをポイと投げる事、四十九匹回。骨を山積みにして、彼女はようやく満足したらしい。
 あの量でないと満足しないなんて、リンの食費は膨大なことになりそうだ。

「あ、熊食うの忘れてた」

「っ!?」

 前言撤回。膨大になる。そして、誰も支払えやしない。
 例え国王であっても。

「竜って強欲なんだなあ」

 そこから色々あって、熊は骨になった。……何で入ったのか分からないけど、とにかく肉は全て彼女が詰め込んだ。

 それでもお腹が全然膨れないのは、きっと胃袋が『ブラックホール』に繋がっているからだろう。
 そんな異常体質な彼女は氷を溶かして白湯にして、それを飲みながら僕に聞いてくる。

「そう言えば一緒に逃げるって話だったけど、レイってこの後どうするか予定あるのか? やっぱりこの後もここで?」

「うーん。しばらくはそうかなあ。意外と気付かれないみたいだし、もしかしたら別の所に行ったと思われてるかも。だったら動かない方が吉だよなあ。リンはどうするつもりだったの?」

「変わらないな。ひたすら歩いて逃げる予定だった。でも、レイのやり方の方が楽しそうだな。ダンジョンも住むには中々良かったし」

 でも、と少し困ったように眉を下げて、右手をじっと見た。

「得物がないのが少し不安だな」

「あー。そうだね」

 そう言えば彼女の武器は熊の爪によって割られてしまったのだった。

 となると、一端町に潜入して武器を調達するのがいいのか。
 でも僕は町に入ったことは殆どない。時間で言えば一日未満だ。それでボロを出さずに潜伏できるかと言われると、不安になってしまう。

 最悪、町を破壊する事になって、罪状が増えるかもしれない。と同時に追手もわんさか……。
 台所の悪魔のごとき追手を想像してしまった。少し憂鬱だ。

 げんなりしていると、リンが難しそうな顔で提案した。

「だから、このダンジョンを一回探索して、魔法武器を頂いちゃおうと思うんだけど」

「っ!!! そっか!! ファンタジーならそんな手があるよね!!」

 一気にそう状態だ。憂鬱なんてまるで雪の様に消え去った。

 そうだ。忘れていた。ファンタジーでダンジョンがあるなら、武器とかアイテムをそこで入手するのは当たり前だ。
 なんで気づかなかったのだろう。僕は世界一の馬鹿だ。

 想像してみる。僕とリンが一緒にダンジョンを攻略する光景を。

 戦い、汗を流し敵と立ち向かう。
 助け助けられ、一つの目的へと努力する。
 そして手に入れる、不思議な武器。

 素晴らしい。絶対に楽しいことになる。

「やろう! 今すぐに!」

「おう! そうだな!」



 僕達は早速、ダンジョン攻略に乗り出すことにした。



 といっても既にここがダンジョンでやることは日々の生活と大して変わりはしない。
 魔物を倒す。これだけだった。

 僕達は湖底から上に続きそうな道を見つけて、光を照らしながらそこに蔓延るボウリング大の蛙を倒しながら進む。
 ここはどうやら蛙の巣窟らしい。倒しても倒しても切りがなない。

 でも、その割には手応えがないので、少し手持ち無沙汰になっていく。
 そして、ふと禁断の質問を思いついてしまった。

「そう言えば、どうして落ちてる武器とか道具とか、品質が悪くならないのかな?」

 普通なら放置された道具の品質は悪化する。
 でもダンジョンとかに落ちているものは錆びた剣とかでなく、普通のものだ。
 しかも難しいダンジョンに行けば行くほど強い武器が見つかるという謎の仕様すらある。

 普通だったならご都合主義です、で終わってしまうその質問だが、ここではどんなことになっているのだろうか。

 期待半分不安半分で聞いてみると、リンは事も無げに答えた。

「ここはダンジョン、言い換えると、えーと魔物発生区域? いや魔物異常発生区域だったかな? 要はそれだけ魔力が多く発生しているってことだ」

「へえ」

「で、そんなところに物を放置すると、物がその魔力を吸収してレベルが上がるってわけさ」

 結論、品質は悪くならずむしろ良くなる。

 とリンに言われて僕の口がにんまりと笑ってしまうのを、自覚した。
 素晴らしい説明だ。今の所、何処を考えても何ら矛盾がない。何だか嬉しくなってしまう。

 なるほど、要はレベルディーラーの自然現象版だったのか。

 満足した僕は近場に居たカエルを杖で打ちのめし、鼻歌まで飛び出してしまった。

「私からも聞いていいか?」

「何?」

 振り向くと、リンは指を差していた。

「あれってなんだよ」

 その先には、木衛門が居た。 
 食事をしながら僕の護衛をそつ無くこなしていて、その様は獅子奮迅と言っていい。
 獅子でなくて、木製のトカゲだけど。

 まあ、彼女が言いたいことも分かる。というか質問が遅すぎたくらいだ。

 木衛門は見た目だけで判断したなら一番魔物らしい動きをしている。
 敵にかみつくし、爪でひっかくし、最近では尻尾をしならせて鞭の様にすることもある。

 あれは魔物だと言われても、否定でする材料はない。

 でも、敢えて言おう。
 木衛門は魔物でない。そして道具でもない。

「木衛門は、僕達の仲間です」

「な、仲間か」

「木としてのレベルが上がって、自我を持つようになった生命体なのです」

「何か、すごいな」

「そして、僕と木衛門は一心同体なので、倒した際の経験値、魔力さえも分け合っているのです」

 と言って指差すと、ノリがいい木衛門は二足で立ってポーズを決めた。『戦隊モノ』でよく見る、爆発をバックにやるあれだ。
 多少チープなものも、きちんとやればそれなりに見れるものらしい。愛嬌があって可愛い。

 でも四つ足の動物が取るには少し無理があったみたいだ。彼はそのまま仰向けに転んでしまった。
 そこも可愛い。

「おおお! すげえ!」

 リンは目を輝かせて、木衛門を持ち上げる。

「すげえ不気味な奴だけど、頼れる仲間なんだな」

「シャアアア」

「でもお前、性別どっちだ? ちゃん付けか君付けか迷うんだけど」

「シャアアア」

「まあいっか。よろしくな」

 リンがぎゅうっと抱きしめると、木衛門の尻尾が左右に揺れて、嬉しそうにしていた。
 多分、男だ。素直だなあ。

 その後、木衛門は再び戦いに赴き、カエルを食べる作業に戻った。

「いい奴だな」

「うん。まあね」

「働き者だな」

「うん。そうだね」

「やること、ねえな」

「うん。張り切っちゃったからね」

 木衛門の捕食速度は、リンに抱きしめられることで倍加するということが分かった。
 それは僕達がより手持無沙汰になるという事だったけど、今更何を言っても聞く気はないだろう。


 仕方ないので、僕達は雑談しながら上り坂を上っていく。

 すると目の前に行き止まりが現れた。氷が全面に着いた、白い壁だ。
 一見何もなくて、先ほどまで好調だった木衛門もうろうろとするばかりだ。

 けど、ファンタジー脳の僕は騙されない。
 氷の世界で氷の壁がある。何もない訳がない。

「つまり、この奥に秘密が隠されている!」

「そっか。なら、砕いてみるか」

 僕の言葉をあっさりと信じたリンが拳を握り締めて、そこを叩き割る。

 すると、壁は大きな塊となって足元に崩れ落ち、奥が開けた。
 すかさず発光の魔石を掲げて、辺りを照らしてみる。

 蛙の住む抜け穴を登り、氷に壁を割って行き着いたのは、大広間だった。 
 凍った白い岩肌と、氷柱と、石筍が入り混じった、視界と足場が悪い空間だ。
 序に魔物もうじゃうじゃ居て、非常に戦いにくそうだ。

 つまり、ダンジョンだ。

 多分僕が一週間前に駆け抜けた場所の奥だ。

「そう言えば隠されていたのは僕達が居た場所だったかな?」

「そうだな。ここの入り口が凍ってたから、私達のいた場所が気付かれなかったんだな」

 何だか、大きな布に自分から包まった癖に何も見えないと言っている気分だった。
 要は、少し恥ずかしかった。

「気を取り直して、視界が悪いね。ここ」

「ああ、本当だ」

 右を見ても左を見ても氷柱や石筍が妨害して、五メートル先も見えない。
 それだけ柱が多いのだから、当然道も狭く、魔物よりも体が大きい僕達には動きにくかった。

 リンが煩わしそうに、氷柱の一つを指で弾く。

「見辛すぎるぜ流石に。氷だけでも砕くか?」

「その衝撃で一斉に氷柱が降ったらどうするのさ。木衛門が死んじゃうよ」

「あり得るのか?」

「うん」

 氷柱は脆いが硬い。前世の世界でも、窓を割るわ、人を串刺しにするわと凄まじい被害を出す。

 子供はそれを剣だ何だと盛んに取りたがるけど、凶器だと知っているなら触るべきではないと思うのだ。
 もっと言えば、取ろうとして手が滑れば指が裂けかねないし、靴と足を縫いかねないのだから触るべきではないのだ。

「つまり、ここは慎重に動かないと、とても痛い!」

「何か、トラウマでも持ってんのかよ」

「だいぶ昔に」

「いや、レイってどう多く見積もっても七才だろ」

「実質年齢は十歳だよ」

「……栄養足りてねえな」

「一応、ご飯はもらってたんだけどね」

 もしかして重労働の方で全部エネルギーが持っていかれて、成長分に回せなかったのかも知れない。

「とにかく、氷柱はむやみに壊さないこと。腕もげるよ」

「いや、それだけ危ないならむしろ壊しちまおうぜ」

 というと、リンは早速捕食をしていた木衛門を掴み、僕も引き寄せる。
 その動きに僕は察した。でも待て、という暇は無かった。

「目閉じてな」

 リンは覆いかぶさるように僕達を守ると、近場の大きな氷柱を思い切り殴りつけたのだった。


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