恵まれすぎてハードモード

想磨

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1-15 準備と仕込みと新たな旅立ち

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 このまま口喧嘩していたらリンは体液まみれで凍えることになるし、僕は酸の水溜りの上から抜け出せない。
 『埒が明かない』。その一点で満場一致した僕達はさっさと仲直りして地下から這い出た。

 と言ってもそこでも一悶着はあったのだけど。

 何せ今回の戦果は、あの巨大な蛙の体。
 つまりどんな屋敷の床にだって敷き切れない蛙の皮…………とどんな屋敷にだって入りきらない蛙の肉を引っ張り上げる必要があったのだ。

 そう、蛙の肉だ。リンは肉を全て回収すると言い出したのだ。

 皮は使おうと思えば使えるけど、こんな大量の肉をどうするんだろうか。一般のご家庭の何ヵ月分の量だって言うのに。
 ましてや数百人規模のホームパーティでも開くつもりでもあるまいし。

 でも、実際に聞いてみた所で

「私達が食べる以外に何かあるのか?」

 と返されて終わりだろうから何も言わない。何も言わずに手伝った。

 ただ、地下からそれらを延々と引っ張り上げる作業はとても大変だったことだけは分かって欲しかった。
 子供の身ではボス戦よりずっと疲れる作業だったと知って欲しかった。

 だって、重機もなければ滑車もないのだ。だからとても原始的に運ばねばならない。
 その原始的な方法を具体的に言うなら、こうだ。

 地下に積まれた大量の肉。一つ一つが一抱えもあるそれを、リンが掴んで放り投げる。
 投げられたそれを、上に待機していた僕が受け取って、一カ所にまとめて山にする。以上だ。
 この二工程をひたすら、延々と、気が遠くなる位、繰り返す。

 例え魔石を使っていようと腰が痛くなる、苦痛に満ちた作業だった。
 それこそ、ラスボスはお肉だ、と言って過言でないくらいだった。


 そんな作業もやっと終わって、山を移動しきった僕は、水路に浸かって休むことにした。
 リンはというとその岸に座って、何処からか出した薪に火を着け当たっている。

 いや、当たりながらご飯を食べている。
 リンの横には努力の結晶である蛙の肉が山積みになって、それを焼いてはパクパクと口に放り込んでいるのだ。

 さんざん時間をかけて持ってきた肉が、竜巻に吸い上げられるみたいに消えていく。

 朝もあれだけ食べたのに、彼女はまだまだ食べるらしい。
 しかもその横には木衛門も居て彼は生のまま食べている。 

 竜巻が二つ。食卓は大荒れだ。
 もう、お母さんも乾いた笑いしか出ない状況だった。

 竜巻はおよそ五分で肉を飲み込んで、満足げにお腹を叩いた後、話し出す。

「そう言えば、お前のスキルで私の剣って鍛えられるのか?」

「……鍛えるの?」

 この間は呆れではない。期待だ。
 思わず身を乗り出してしまったのだ。

 あの武器を極限まで鍛えたらどうなるだろう、と少しは考えていた。
 まさかリンから切り出すとは思わなかった。

 ワクワクしながら水路に肘ついて話を聞くと、対するリンは不機嫌そうに口を尖らせて剣を軽く叩いた。

「だってこれ、攻撃力が低すぎるんだよ。レベルの割には」

「あー。そう言えばそうだったね」

 言われてみれば、一番攻撃を与えていたのは魔法弾で、剣は胃袋の攻撃しか通用していない。
 そう考えるとボス戦で全然活躍出来ていなかったと言っていい。

 随分とかっこいい大剣なのに、実情としては全くかっこ悪い結果だった。

「二十五って言うのがウソみたいに弱いかも。このままじゃここを出る時に困るかもね。なるべく早く発ちたかったんだけど……」

「出る? なんだ。もうこのダンジョンから出るのか?」

「うん。流石に大騒ぎしすぎたかなあって」

 大騒ぎというか、大冒険というか……大乱闘。これだ。僕達は大乱闘しすぎたのだ。

 朝は落下してきた大熊と戦い、バーベキュー大会。昼は洞窟中の氷柱を全部落として、その上洞窟の底を叩き割って……。
 あれ。後半の方は大乱闘と言えるのだろうか。寧ろ破壊工作と言った方がいいような……。

 まあ、どちらにせよ、潜伏とは言い難いことをしでかした。
 流石にあのシュリが気付かない訳がない。むしろ今まで平穏だったのが不思議なくらいだ。

 だから潜伏先を変える必要がある。

「ってことでそろそろ脱出の準備をしようかなあって。干し肉を作ったりとか。その一環でちゃちゃっと武器を強化していこうか」

「おう!」


 意見はまとまった。行動開始だ。


 先ずリンは僕に剣を預けた。そして洞窟中の魔物にちょっかいをかけて集め始めた。
 話を聞くに、火を吐きながら走り回ったらしい。道理で集まる敵が皆、火傷を負っているわけだ。

 この集める作業には木衛門にもお願いしたけど、こちらはひたすら引っ掻いていたらしい。三本線が目立つ敵ばかりだった。
 ……口からつまみ食いの証拠を覗かせているのは、見なかったことにしよう。早くその脚を飲み込みなさい。


 次に僕は剣でその傷だらけの一団を一掃して、経験値を貯める。
 僕の筋力にかかれば全てまとめて、なんて容易いことだった。

 最後にまた集まるのを待ちながら、魔物からお肉を取って、細かく裂いて乾燥させる。干し肉製作だ。

 その地道な作業をしながら、ふと僕は思う。

「あれ? これって精肉加工工場だよね」

 と殺、精肉、加工。うん、間違いなく工場だ。可笑しいな。レベル上げを兼ねていた筈なのに、干し肉を作るという目的を追加しただけでもうファンタジー要素が薄れてしまった。
 どれだけファンタジーな事をしようとも、何故か違うものになってしまうのは何故だろう。

 疑問を覚えつつ、僕はそれでも手を動かした。

 思っていたのと違うなあと思いつつ、時間の大半を地道な作業で過ごした。


 洞窟の中だから時間が分からないけど、多分もう日が暮れただろう。


 それだけ頑張って、僕達は三人が一日生きていられるくらいの肉を加工することが出来た。
 そしてそのころには武器のレベルが四十になって、そこから上がらなくなっていた。

 どちらも半端な結果だけど、見えない制限時間がある中で生き抜けるだけの成果は得られたはずだ。

 が、リンは大剣を受け取って、微妙そうな顔で振っている。

「レベル三十から中々上がらなくなったのは仕方ないとして、四十になって少しも上がらないのはどういうことだ?」

「さあ? レベルディーラーの限界か、それかその剣の限界とかじゃないかな。でも四十まで行ったから御の字なんじゃない? もしかしたらもっと強い敵と戦ったら上がるかも知れないし」

「そっかなあ。じゃあまた今度にしようか」

 やっとにんまりと笑ったリンが剣を抱きしめる。その様子に、僕はふと思いついてしまう。
 ああ、こうなるととことんこだわりたくなるのが僕の悪い癖だ。

「鞘が欲しいね」

「鞘? 要らないだろ?」

「でも、あれば便利だと思うよ」
 
 刀身を晒したまま、持ち運ぶと腕とか切りそうで怖くなってくる。

 それにあり得ない話だけど、もし人込みを歩いたとしよう。

 リンが何かの屋台に気付いて、走り寄る。
 するとあの剥き出しの刃がすれ違う人を傷付けて、直ぐに警邏隊がやって来るに違いない。

 うん。やっぱり何か刃を包むものが必要だ。

 決して、もっと格好良くなるかもとは考えていない。きちんとした理由がある。
 ……免罪符がある。

 さて鞘についての情報が、本で出ていた豆知識に何かあった気がする。思い出してみよう。

「確か、こういう大きい剣の鞘って皮で作られてたって書いてあったかな。ぐるぐる巻きにしてるんだよ」

「じゃああのカエルの皮でも使おうかな。でもちょっと鞣すから、暫くかかるぜ」

「大丈夫。なら肉を燻すとするよ。それに、僕も少しやりたいことがあるからね」

 何せここはダンジョンで、僕の目的の一つは皆に夢を見てもらうことだ。
 何もしないで帰るなんて出来やしない。

 僕は幾つかの木片を取って、早速仕掛けを作り始めた。

「さて、接ぎ木は出来るかな」



 そこから更に一日かけて、僕達は夜深くに脱出作戦を決行した。
 当然逃げるのだから普通の道からは出ない。

 誰かと鉢合わせすることが絶対にない、例の湖がある縦穴を登ることにした。

 勿論リンが僕と木衛門を達を抱えて、だ。

 滝の水が降らない所を、リンが爪を立ててよじ登る。
 一トンの岩を持ち上げたのを見ていたから、出来るだろうとは思っていたけど、本当に易々と登るなあ。

 背中から感心してみていると、氷で出来た結晶を足場にして、リンが下を覗き込んだ。

「すごいな。全然疲れない。延命の魔石って奴の力を初めて実感したぜ」

「ここでまた少し魔石のレベルが上がったからね。ほら前見て。もう少しだよ」

 指差すそこには雪が深々と降る世界があった。

 崖に手をかけ、縦穴を登り切る。
 リンの背中から見るそこは、雪に覆われた深い森の中で、暗い闇が奥に続いている。

 視界は殆どない。森に入れば視界が全くなくなるだろう。

「真っ暗だね」

「ああ。ここは人里離れた山に開いた穴だからな。明かりはあるだろ?」

「使わないよ。追われてるんだから。夜目は利かないの?」

「利かないな。月が出てれば何とか行けるが、木が遮ってる。このままじゃ走れないぜ」

 なら、明かりを付けないと見つかる前に大怪我してしまうか。

「森を抜けたら平気?」

「おう」

「なら森を抜けたら消すよ」

 僕は魔石を指を弾いて光らせて辺りを照らす。 

「じゃあ行こうか。ここから一番近いダンジョンは?」

「密林のダンジョンかな。ここから西南にあるんだけど」

「じゃあそこまでお願いしようかな」

「任せな」

 リンが僕を背負いなおして、一気に走る。

 遠目から見たなら、暗闇の中を疾走する光の線が見えただろう。

 だが、それを見るものは誰も居ない。
 僕は今度こそ、王国の魔の手から逃れて新たな世界へと走り出したのだった。


 
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