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2-1 快速な移動法と迷子
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僕の視界の奥から雪景色が飛んできて、視界の端に流れていく。
一つに束ねた灰色の髪が靡いてうねるのが見える。
その爽快な速さは癖になるほどのもので、心がワクワクするものだった。
みるみる植生が変わっていく様は、さながら時間の早回しみたいだった。
でもそれは電車とか車といったファンタジー皆無の代物でも、時間の加速というファンタジーそのものの事象でもない。
「ほ、よ、と」
魔石の力を借りて、森を疾走するリンの為せる業だった。
木衛門が発光の魔石を咥えて森を照らす中、そこを器用に走り抜けて距離を稼いでいるのだ。
凄い彼女の身体能力に、竜族の力に、僕は半分唖然となって、もう半分は笑い出したくなるほど嬉しくなっていた。
「凄いね。リン!」
「何、回、目だよ!」
だって気付けば森は草原に変わって、雪景色には緑が混じってきた居るのだ。
気候が温暖になっていくのだ。
つまり、リンは気候が代わるほどの距離を走破して見せたのだ。
凄い以外になんて言えばいいか僕には分からなかった。このワクワクをどう伝えればいいか知らなかった。
駿馬よりも速く、そしてタフな彼女はまさしく竜だった。
けど流石にそれも限界が来たらしい。
「へ、とお、もう、駄目、だあ」
という声と共にリンが減速して倒れる。
「だ、大丈夫?」
「可笑しいな。延命の魔石って奴の力で体力が減らないはずじゃ?」
「そのはずなんだけど……もしかしたら魔石の力以上の動きをしていたのかも」
高レベルの魔石の力も、彼女の動きにはついていけなかったに違いない。
何にせよ、夜が白み始めているし、もう動けないだろう。僕達の野営地の場所は決まった。
今日の宿は大樹の根元だ。
雨風がしのげそうで、何より暖かそうだったという安直な理由だったけど、思いの外よさそうな場所だった。
樹齢千年はありそうな古木は温かみがあって、背中を預けるほど木の根がせり出していて、包まれている感じがするのだ。
「あー流石に疲れた」
リンが縛った髪を解いて木へと近付く。
その根元に脱いだ防寒着を敷物にして寄りかかると、木衛門が僕の背中から飛び出して彼女の汗を舐めとる。
「ありがと。木衛門」
「ああ、何故か舌が生えていたね。木衛門」
この一本の木から木製トカゲへ突然変異した一見怖い怪物は、現在も進化を続けて遂に人を労わることもも学んだみたいだった。
でも、いくら労わっても彼女の疲労は回復するようには見えない。
質素なシャツとズボン姿のままぐったりとする様子を見るに、やはり延命の魔石も数時間の疾走を賄うだけの力はなかったようだ。
いくらレベルを上げても、所詮は小石ということだろうか。それともまだまだ成長の余地があるのか。
「お疲れ様。食事の準備とかは任せて。木衛門はそのままリンをお願い」
とにかく疲れ切ったリンに更に鞭を打つわけにはいかない。体を暖められるように薪だけ用意して、僕は食料調達の準備をする。
一人での行動だから、何が起きても良い様に一応装備の確認しておこう。
ポケットの右側には魔石。金剛力、軽身、疾駆、延命、発光、水中適応。
木の棒は結局壊れにくい木と、居り取った成長する木の小さな枝。そして魔法弾を撃つ杖。
木っ端は防虫と毒液の二つ。けど低レベルでまだ使えそうにない。
毒液と成長する小枝は今回使わないから木の根元に置いておくとして。
「まあ今回活躍するのはこれのどれでもないけど」
僕は眼鏡を指で押し上げて、世界を見る。
やっぱり、これは優秀だった。持って来て正解だ。
もうずっとかけているこの眼鏡は、物のステータスを見ることが出来る。
そして道具の中の木片で見たように、毒の有無はステータスに書かれる事柄だ。
つまり、この眼鏡さえあれば知識がなくても食べられるものかどうか、判別できるのだ。
「凄いなあ。これぞファンタジーだよ」
一応サバイバル知識はシュリから学んだけど、これがあると安心感が違う。
それにファンタジー色の強い、楽しい物も見つかるかも知れない。
期待を胸に、足取りを軽やかに。ウキウキとしたまま森の中を探してみる。
あの木の実は食べられる。隣の草には毒がある。これは……なんと魔法陣を描く際の染料だ。
「よし、これは絶対持って帰ろう」
と、少し脱線しつつも恐らく十分は探し続けただろう。
手やポケットには、キノコとか木の実とかがめいっぱい溜まった。これで彼女の胃袋が収まるかは分からないけど、もう持ちきれないので一先ず戻らないと。
「入れ物欲しいなあ」
蛇行した森を真っ直ぐ戻って古木へと行きつく。
「おー。大丈夫だったか?」
「うん……うん?」
僕はいつの間にか数が数えられなくなったみたいだった。
僕の視界には、焚き火を囲む三つの影が見えたのだ。
三という数字は僕達にとっては何の問題もない数だ。僕達はまだ日は浅いけど、三人仲良く協力して頑張ってきたのだから。
でも、問題はその三人を構成する一角がここに居ることだ。
……ああ、混乱してややこしい思考をしてしまったみたいだ。何のことは無い。結局、こう聞けばいいだけだった。
「その子誰?」
リンの腕の中で丸まる子供を見ながら聞いてみた。
「っ!」
子供はまだまだ幼い様で僕を見て少しおびえているようだった。
リンの腕の中で更にリンに強く抱き着いて、顔を埋めて固まる。
全く理解できない状態だけど多分何かがあったのだろう。一先ずこれ以上子供を怯えさせないように近付く。
そして更に聞きたかったことを聞いてみる。
「盗んできたの?」
「違うから」
「人の子は食べられないよ」
「違うから。私を何だと思ってる」
「大食らいの竜人」
「違う……訳じゃないな」
どうやら空腹に耐えかねて人さらいをしたようでないみたいだ。安心した。
とすると、本当に一体何がどう転んだのだろうか。
「もしかして迷子?」
「そうだ。火の明かりに気づいてきたらしい。名前は……知らん」
「へえ。僕の名前はレイ。よろしく」
一先ず挨拶して、差し出した手を無視されたのを気にせずにたき火の反対側に座る。
当たり前の様に無視されたけど、それは最初の態度で想定済みだ。
辛くはない。元々ロペス家は人徳が皆無なのだ。
でも、こうも嫌われてしまったなら直接は話さない方がいいだろう。リンを仲介して話を進めよう。
「って考えても、迷子を前にやることは一つだよね」
「まあ、そうだよな」
子供はきちんとご家庭に返すのが一番だ。
僕達は一先ず木の実とキノコを横に置き、立ち上がる。
推理の時間だ。
「あまり疲れていないから、長い時間を歩いたわけじゃないね」
「この子の身なりを見るに、どっかの村の出だぜ」
「じゃあ、すぐ近くに村があるってこと?」
「だな」
方針は決まった。推理の後は捜査だ。
リンが子供を置く。僕は疾駆の魔石と軽身、発光の魔石を投げて渡した。
「準備良いな。借りるぜ」
そう言うと彼女は一気に森を走り出した。捜査の基本は足なのだ。
直ぐに森へと消えていく彼女の背中を、子供は不安げに見送っている。
不安なのは理解できる。一人は誰だって怖いのだろう。だから笑いかける。
「すぐ戻ってくるよ」
「……」
その子供は僕から離れて、傍で見上げていた木衛門を拾って抱きしめた。
僕よりもそれの方がまだ信頼できるらしい。
いやいやいや、それは可笑しい。正直言って顔は木衛門より僕の方が可愛いのに。
あの牙がズラリと並んだ顔より、僕の方が人間味があるのは明らかなのに。
しかもあれはシュリから勉強した、完璧スマイルだ。
貴族の女の子も頬を赤く染めた、折り紙付きの笑顔だったのになぜ通用しないのだろう。
「な、なんでかなあ」
思わず子供に聞いてみるけど、その子からは返答はない。ただ木衛門の口が気になるようで手を入れて遊ぶだけだ。
されるがままの木衛門に何処となく愛らしさは感じるけど、感じるけども……腑に落ちない。
つくづく、ロペス家には人望がないということだろうか。人外よりも人徳がないのだろうか。人の徳と書いて人徳なのに。僕達は人なのに。
顔は悪くない。声にドスが利いているわけでもない。悪口も言っていない。
付け加えるなら、武器らしい武器も持って居ないし、服だって普通だ。
うん。やっぱり嫌われる要素なんてどこにもない。
どうしてこんなに嫌われてしまったのか。本格的に頭を悩ませていると、森の奥で何かの音が聞こえた。
「敵?」
一旦考えを中断して、壊れにくい木の枝を構えて、音のした方を睨む。
耳を澄ませてみると、凄い速さで来ているのが分かった。これは、まるで車が森を突っ切っているようだ。
リンを待つ余裕はない。
「木衛門。子供をお願いっ」
槍状のそれを盾に、衝撃に備える。
そして、茂みから音の元が飛び出して来た。
「ただいまっ」
「……早すぎない?」
「うん。私もそう思う」
リンだった。時計がないから正確ではないけど、多分往復で五分も掛かっていないはずだ。
「何かめっちゃ近くにあったぜ」
「それはもうわかっているよ」
僕達が話していると、子供がリンの足元に駆け寄り、抱き着いた。何故か木衛門を抱えたまま。
隣を見ると、二人と一匹が仲良く笑っている。
これが、人徳の差なのか。僕はあの輪の中に入れないのか。
「とにかくすっげえ近くにあった。しかも村人が総出で子供を探してたぜ。一応子供居るから連れてくって言っといたから」
「そ、そっか。運が良かったね」
「おう。私の足でたった一分くらいだから、子供もここにもすぐに来たんじゃねえか?」
「……それはないよ」
魔石を使った一分の移動は、馬鹿にならない。
僕の足でも大体一キロは走れるだろうし、リンの足だったなら……五キロは余裕だろうか。
「どちらにせよ子供が歩くには遠すぎるね」
でも子供は、何度確認しても何時間も森を歩いた様子はない。靴はボロボロでないし、汗をかいてもいない。
この子供は推定五キロくらいの距離をどうやって来たのだろうか。
「うーん。何でここに居るんだろう」
「何だよ。別に今は関係ないだろ? 早く送ろうぜ」
「そうだね」
今は子供を送り届けるのが最優先だ。
僕達ははリンの案内でそこに向かった。
リンが見つけた村は森を切り開く人達の集まりだった。いわゆる開拓村という奴だ。
川に沿うように発展しているらしく、水車や炭焼き小屋、パン屋が川沿いにずらりと並んでいる。
勿論、民家も軒を連ねていて、意外なことに辺鄙な土地にも拘らず教会まで建っていた。
でも何が一番意外だったかと言われたらそれではない。
「よう。また会ったな」
「ひ、ひ、久しぶり? レイブン君」
そこに何故か、ゲイルとミミルが居るのが一番意外だった。
一つに束ねた灰色の髪が靡いてうねるのが見える。
その爽快な速さは癖になるほどのもので、心がワクワクするものだった。
みるみる植生が変わっていく様は、さながら時間の早回しみたいだった。
でもそれは電車とか車といったファンタジー皆無の代物でも、時間の加速というファンタジーそのものの事象でもない。
「ほ、よ、と」
魔石の力を借りて、森を疾走するリンの為せる業だった。
木衛門が発光の魔石を咥えて森を照らす中、そこを器用に走り抜けて距離を稼いでいるのだ。
凄い彼女の身体能力に、竜族の力に、僕は半分唖然となって、もう半分は笑い出したくなるほど嬉しくなっていた。
「凄いね。リン!」
「何、回、目だよ!」
だって気付けば森は草原に変わって、雪景色には緑が混じってきた居るのだ。
気候が温暖になっていくのだ。
つまり、リンは気候が代わるほどの距離を走破して見せたのだ。
凄い以外になんて言えばいいか僕には分からなかった。このワクワクをどう伝えればいいか知らなかった。
駿馬よりも速く、そしてタフな彼女はまさしく竜だった。
けど流石にそれも限界が来たらしい。
「へ、とお、もう、駄目、だあ」
という声と共にリンが減速して倒れる。
「だ、大丈夫?」
「可笑しいな。延命の魔石って奴の力で体力が減らないはずじゃ?」
「そのはずなんだけど……もしかしたら魔石の力以上の動きをしていたのかも」
高レベルの魔石の力も、彼女の動きにはついていけなかったに違いない。
何にせよ、夜が白み始めているし、もう動けないだろう。僕達の野営地の場所は決まった。
今日の宿は大樹の根元だ。
雨風がしのげそうで、何より暖かそうだったという安直な理由だったけど、思いの外よさそうな場所だった。
樹齢千年はありそうな古木は温かみがあって、背中を預けるほど木の根がせり出していて、包まれている感じがするのだ。
「あー流石に疲れた」
リンが縛った髪を解いて木へと近付く。
その根元に脱いだ防寒着を敷物にして寄りかかると、木衛門が僕の背中から飛び出して彼女の汗を舐めとる。
「ありがと。木衛門」
「ああ、何故か舌が生えていたね。木衛門」
この一本の木から木製トカゲへ突然変異した一見怖い怪物は、現在も進化を続けて遂に人を労わることもも学んだみたいだった。
でも、いくら労わっても彼女の疲労は回復するようには見えない。
質素なシャツとズボン姿のままぐったりとする様子を見るに、やはり延命の魔石も数時間の疾走を賄うだけの力はなかったようだ。
いくらレベルを上げても、所詮は小石ということだろうか。それともまだまだ成長の余地があるのか。
「お疲れ様。食事の準備とかは任せて。木衛門はそのままリンをお願い」
とにかく疲れ切ったリンに更に鞭を打つわけにはいかない。体を暖められるように薪だけ用意して、僕は食料調達の準備をする。
一人での行動だから、何が起きても良い様に一応装備の確認しておこう。
ポケットの右側には魔石。金剛力、軽身、疾駆、延命、発光、水中適応。
木の棒は結局壊れにくい木と、居り取った成長する木の小さな枝。そして魔法弾を撃つ杖。
木っ端は防虫と毒液の二つ。けど低レベルでまだ使えそうにない。
毒液と成長する小枝は今回使わないから木の根元に置いておくとして。
「まあ今回活躍するのはこれのどれでもないけど」
僕は眼鏡を指で押し上げて、世界を見る。
やっぱり、これは優秀だった。持って来て正解だ。
もうずっとかけているこの眼鏡は、物のステータスを見ることが出来る。
そして道具の中の木片で見たように、毒の有無はステータスに書かれる事柄だ。
つまり、この眼鏡さえあれば知識がなくても食べられるものかどうか、判別できるのだ。
「凄いなあ。これぞファンタジーだよ」
一応サバイバル知識はシュリから学んだけど、これがあると安心感が違う。
それにファンタジー色の強い、楽しい物も見つかるかも知れない。
期待を胸に、足取りを軽やかに。ウキウキとしたまま森の中を探してみる。
あの木の実は食べられる。隣の草には毒がある。これは……なんと魔法陣を描く際の染料だ。
「よし、これは絶対持って帰ろう」
と、少し脱線しつつも恐らく十分は探し続けただろう。
手やポケットには、キノコとか木の実とかがめいっぱい溜まった。これで彼女の胃袋が収まるかは分からないけど、もう持ちきれないので一先ず戻らないと。
「入れ物欲しいなあ」
蛇行した森を真っ直ぐ戻って古木へと行きつく。
「おー。大丈夫だったか?」
「うん……うん?」
僕はいつの間にか数が数えられなくなったみたいだった。
僕の視界には、焚き火を囲む三つの影が見えたのだ。
三という数字は僕達にとっては何の問題もない数だ。僕達はまだ日は浅いけど、三人仲良く協力して頑張ってきたのだから。
でも、問題はその三人を構成する一角がここに居ることだ。
……ああ、混乱してややこしい思考をしてしまったみたいだ。何のことは無い。結局、こう聞けばいいだけだった。
「その子誰?」
リンの腕の中で丸まる子供を見ながら聞いてみた。
「っ!」
子供はまだまだ幼い様で僕を見て少しおびえているようだった。
リンの腕の中で更にリンに強く抱き着いて、顔を埋めて固まる。
全く理解できない状態だけど多分何かがあったのだろう。一先ずこれ以上子供を怯えさせないように近付く。
そして更に聞きたかったことを聞いてみる。
「盗んできたの?」
「違うから」
「人の子は食べられないよ」
「違うから。私を何だと思ってる」
「大食らいの竜人」
「違う……訳じゃないな」
どうやら空腹に耐えかねて人さらいをしたようでないみたいだ。安心した。
とすると、本当に一体何がどう転んだのだろうか。
「もしかして迷子?」
「そうだ。火の明かりに気づいてきたらしい。名前は……知らん」
「へえ。僕の名前はレイ。よろしく」
一先ず挨拶して、差し出した手を無視されたのを気にせずにたき火の反対側に座る。
当たり前の様に無視されたけど、それは最初の態度で想定済みだ。
辛くはない。元々ロペス家は人徳が皆無なのだ。
でも、こうも嫌われてしまったなら直接は話さない方がいいだろう。リンを仲介して話を進めよう。
「って考えても、迷子を前にやることは一つだよね」
「まあ、そうだよな」
子供はきちんとご家庭に返すのが一番だ。
僕達は一先ず木の実とキノコを横に置き、立ち上がる。
推理の時間だ。
「あまり疲れていないから、長い時間を歩いたわけじゃないね」
「この子の身なりを見るに、どっかの村の出だぜ」
「じゃあ、すぐ近くに村があるってこと?」
「だな」
方針は決まった。推理の後は捜査だ。
リンが子供を置く。僕は疾駆の魔石と軽身、発光の魔石を投げて渡した。
「準備良いな。借りるぜ」
そう言うと彼女は一気に森を走り出した。捜査の基本は足なのだ。
直ぐに森へと消えていく彼女の背中を、子供は不安げに見送っている。
不安なのは理解できる。一人は誰だって怖いのだろう。だから笑いかける。
「すぐ戻ってくるよ」
「……」
その子供は僕から離れて、傍で見上げていた木衛門を拾って抱きしめた。
僕よりもそれの方がまだ信頼できるらしい。
いやいやいや、それは可笑しい。正直言って顔は木衛門より僕の方が可愛いのに。
あの牙がズラリと並んだ顔より、僕の方が人間味があるのは明らかなのに。
しかもあれはシュリから勉強した、完璧スマイルだ。
貴族の女の子も頬を赤く染めた、折り紙付きの笑顔だったのになぜ通用しないのだろう。
「な、なんでかなあ」
思わず子供に聞いてみるけど、その子からは返答はない。ただ木衛門の口が気になるようで手を入れて遊ぶだけだ。
されるがままの木衛門に何処となく愛らしさは感じるけど、感じるけども……腑に落ちない。
つくづく、ロペス家には人望がないということだろうか。人外よりも人徳がないのだろうか。人の徳と書いて人徳なのに。僕達は人なのに。
顔は悪くない。声にドスが利いているわけでもない。悪口も言っていない。
付け加えるなら、武器らしい武器も持って居ないし、服だって普通だ。
うん。やっぱり嫌われる要素なんてどこにもない。
どうしてこんなに嫌われてしまったのか。本格的に頭を悩ませていると、森の奥で何かの音が聞こえた。
「敵?」
一旦考えを中断して、壊れにくい木の枝を構えて、音のした方を睨む。
耳を澄ませてみると、凄い速さで来ているのが分かった。これは、まるで車が森を突っ切っているようだ。
リンを待つ余裕はない。
「木衛門。子供をお願いっ」
槍状のそれを盾に、衝撃に備える。
そして、茂みから音の元が飛び出して来た。
「ただいまっ」
「……早すぎない?」
「うん。私もそう思う」
リンだった。時計がないから正確ではないけど、多分往復で五分も掛かっていないはずだ。
「何かめっちゃ近くにあったぜ」
「それはもうわかっているよ」
僕達が話していると、子供がリンの足元に駆け寄り、抱き着いた。何故か木衛門を抱えたまま。
隣を見ると、二人と一匹が仲良く笑っている。
これが、人徳の差なのか。僕はあの輪の中に入れないのか。
「とにかくすっげえ近くにあった。しかも村人が総出で子供を探してたぜ。一応子供居るから連れてくって言っといたから」
「そ、そっか。運が良かったね」
「おう。私の足でたった一分くらいだから、子供もここにもすぐに来たんじゃねえか?」
「……それはないよ」
魔石を使った一分の移動は、馬鹿にならない。
僕の足でも大体一キロは走れるだろうし、リンの足だったなら……五キロは余裕だろうか。
「どちらにせよ子供が歩くには遠すぎるね」
でも子供は、何度確認しても何時間も森を歩いた様子はない。靴はボロボロでないし、汗をかいてもいない。
この子供は推定五キロくらいの距離をどうやって来たのだろうか。
「うーん。何でここに居るんだろう」
「何だよ。別に今は関係ないだろ? 早く送ろうぜ」
「そうだね」
今は子供を送り届けるのが最優先だ。
僕達ははリンの案内でそこに向かった。
リンが見つけた村は森を切り開く人達の集まりだった。いわゆる開拓村という奴だ。
川に沿うように発展しているらしく、水車や炭焼き小屋、パン屋が川沿いにずらりと並んでいる。
勿論、民家も軒を連ねていて、意外なことに辺鄙な土地にも拘らず教会まで建っていた。
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