恵まれすぎてハードモード

想磨

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2-2 いつもそこに、スキンヘッド

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 彼は相変わらずのスキンヘッドと悪人相で、ニヤりと笑って見せている。その横でミミルは何故かオドオドと仕切りの髪飾りである小さな宝箱を弄っている。
 何処に居ようと変わらない、いつも通りの二人だった。

 しかし、どうしてここに居るのだろうか。
 移動自体はかなりの速度だった。決して尾行をされる速さではない。それにこの辺境の村の通りで、ばったり鉢合わせする確率も高いとは限らない。
 そして何より、ばったり会ったにしてはゲイルが全然意外そうな顔をしていない。むしろ予定通りと言った様子だ。

 つまり、追ってきた可能性が高い。

 でも、もしそうだとしたら何故だろう。勧誘は再三拒否したし、行先も伝えていないのだけど、どうやって嗅ぎ付けたのだろうか。
 何か小言の一言でも言うがてら聞いてやろうか。

 そう思ったけど、視界に子供の姿が見えて思い直す。先ずは子供だ。
 リンが足にしがみ付く子供の背中を押す。

「この子が森に居た子なんですけど?」

 ゲイルが率いているように見える一団に、子供の顔を見せる。
 すると、一団の中から老人が出てきた。

「おお、ケビン。間違いないケビンじゃ」

 この一言で、目的は達成されたと確信した。
 でもその目的は村の人たちにとってはもっと重要な意味だったみたいだ。

 長老の声が上がると同時に村人が歓声を上げ、何人かが走り出し、親を連れてくる。
 親は随分と疲弊した様子だったけど、子供を見るなり駆け寄って抱きしめた。

 それを止まない歓声が包み込んで、さながらもう死んだと思われていた子供が返ってきたようだった。

「何か、僕達が思っているよりもずっとピンチだったみたいだね」

「だな」

 そこから流される様に、僕達は歓待を受けることとなる。

 先ず村人達に押されるまま長老の宅にご招待されて、改めて何度も頭を下げられた。
 その上、お礼に宴会を開くという話が持ち上がり、果てにはお金やらを包もうとする者まで現れる始末だった。

 正直言って、やり過ぎだと思う。
 僕達はただ子供を村へ連れて来ただけで、そこまでの事はしていない。なのに、決して裕福そうでない村からそんな金品を巻き上げるのは、心が痛む。

 結局小市民な僕達は、そう言った催しや金一封を辞退し、一晩泊まる為の空き家を借りることを報酬としてもらった。


「おう、一緒のところだな」


 ゲイルと一緒の寝床だけど。

 僕達に提供されたログハウス風の大きな家は、元は穀物を引くところだったらしい。
 本でしか見たことがない碾臼が、壁際にずらりと並んでいる。
 多分、水車で粉を挽くようにしたから、もうこの施設を使わなくなったのだろう。

 で、何故そんな所でゲイル達が寝る準備を整えているのだろうか。
 丁度いいからかまをかけてみるか。

「本当に、偶然だ。ねえミミル」

 少し圧をかけてみると、ミミルが毛布を持っていることを忘れて手を振り、目を泳がせる。

「いい、い、いえ、ソンナ、追いかけてなんかいないから」

 自白は取れた。
 けど、リンやゲイルから何故か冷たい目で見られた。

「お前、意外と容赦ねえな」

「今頃気づいた? で、何の用なの? わざわざこんなところまで来るなんて。ことと次第によっては恩人でも容赦しないよ」

 事態をややこしい方に持って行った前科がある。むやみに信じない方がいい。

「それを言う前に、自己紹介と行こうじゃねえか。仲間を蚊帳の外にしちゃいかんだろう? それに妙な獣もいるし」

 ゲイルがリンと木衛門の方に視線を向けながら言うと、キノコをひそかに炙って食べていた二人が振り向く。
 と、リンが串を片手に持ちながら、ゲイルに手のひらを見せた。

「あ、私ご飯食べてるからお構いなく」

 更に木衛門も同じように続ける。

「シャアアア」

 多分、二人の本音は食事の邪魔をするな、だろう。リンに至っては全速力で走り続けてお腹ペコペコだろうし。
 でもゲイルはそんな事を知らない。普通にリンに話しかける。

「何じゃそりゃ。気にならんのかよ。お嬢さん。てか、あの獣は人語を理解するのかよ」

「気になることは無い。レイの事情は大体聞いたからな。後、こいつは賢い。人語も理解するし空気も読める」

「おいおい、俺には言わなかったのにあんたには全部話したのか。……もしかしてレイブンは女に甘いのか?」

「もしかしたらそうかもな? ああ、でも全部は聞いてないぜ。あんたのことは知らないからな」

「俺は大体の外側かよ!」

 ゲイルが勢いよく此方を向いたから、返事をしておく。

「うん。まあそうだね。僕の仲間じゃないし」

「冷酷だな! てか最近の子供はみんなオヤジに冷たいんだ! トマも最近は全然俺と話さねえし!」

 何か、彼の傷を抉ってしまったらしい。急に膝をついて拳を床に叩きつけている。

「べ、別にそこまで深い意味はないよ」

 言い訳するなら、彼女に全てを教えたのは似た境遇だからで、ゲイルの事を言わなかったのはただ単に彼の事を言う機会がなかったからだ。

 と言った所で彼の傷が癒える訳ではないか。彼には一応お世話になったし、ここで改めて説明しておこう。

「この人はゲイルさん。僕の後を付いてきて、手配書見せて戦った挙句、保護するって言った変な人」

「そうだけども、ちげえだろ!」

「私はリン。こっちは木衛門。よろしく。変な人」

「シャアア」

「そっちが名前じゃねえよ! てか変な人に握手求めんなよ! で、結局こいつは何なんだよ!?」

 一頻り突っ込んで、ゲイルが剃り上げった頭を撫でる。

「と、ちげえちげえ。ここに来た理由は漫才する為じゃねえんだ」

「へえ。まともな理由があるんだ」

「おうとも。色々とな」

 そう言うと、彼は手を出し、亀裂を作った。彼のスキル『収納空間』だ。

 あの何キロも続く倉庫の中にまた何かを収納したらしい。その入り口に手を入れようとする。
 が、彼が手を入れる前に、何かがぺっとぞんざいに投げ捨てられた。

 それをしたのが、空間の管理人として入っているトマであるのは明らかだった。
 つまり彼が言っているように仲が悪くなっているようだ。

 というかそんなに酷いことになっているのは意外だ。僕が知る限り、そんな事をする子ではなかった気がするのだけど。

「え? なんで二人はそんなに険悪になったの? 僕と別れて一か月も経ってないよね」

「知らねえよ。つーかレイブンと会う前からこうなってるんだよ」

「あ、今はレイだから」

「また名前変えたのか。ややこしいな」

「仕方ないでしょ。シュリがまだ追ってるだろうし」

「ああ、そうだな。そう言えば氷の洞窟で見かけただろうから諦めちゃいねえだろうよ。……色々とな」

 多分それは僕が居た洞窟だ。流石に長居をし過ぎたらしい。 
 後少しのんびりしていたら、また大変な目に遭っていたに違いない。

「と、また話が脱線しちまったな。これだよこれ」

 投げ捨てられたそれを拾って、僕に手渡す。
 それは『アルバンフラの花』と書かれているけど、それ以外は読めなかった。

 あの時から僕の識字能力は変わっていない。そろそろ何とかしたいなあ。

 と固まっていると、その事情はもう知っているゲイルがその内容を諳んじた。

「これを持っている者に『アルバンフラの花』本拠地の利用を許可する、って奴だ。シュリが思ったより執心らしいからな。ここに逃げ込めばあいつもしばらく手が出せねえぜ。地図は……」

 とまた空間から出そうとして、投げ捨てられる。
 今度は僕の足元に投げてきたから、それを拾うと、地図に赤い丸で印がされてあった。

「そう言えばシュリと知り合いみたいだったね」

「色々あってなあ。まあ夜更かしてまでする話じゃねえさ。毛布貸してやるから今日はもう眠りな」

 そういって三度空間を開く。
 ゲイルは当然の様に大量の毛布を頭からかぶって、沈んだ。

「……なんでだよ」

「うん。それは僕も気になる。シュリの関係よりも」

 どうしてゲイルはトマにそこまで嫌われたのか。
 その議題は夜を徹して話し合われたのだった。





 翌朝、僕が目を覚ます。
 結構話し込んでいた気がするのだけど、いつから寝てしまっていたのだろうか。
 もしかしたら意外と寝心地が良かったのかも知れない。

 うん。寝起きで今更なのだけど、ログハウス風の家は水の中には及ばないまでもそれなりに寝心地がよかった。
 それに毛布一枚で寒いだろうと思ったけど案外暖かくて、特に背中辺りが……。

「うん?」

 最近いつも感じている体温が、背中からする。

 首だけ動かすと、リンが僕を抱えて寝ていた。口をもごもごと動かして、健やかに寝ている。
 彼女が僕を抱きかかえている理由は何となく分かる。多分寒かったのだろう。

 しかし、このままでは不味いことになりそうだ。

「さて、早く抜け出そう」

 時限爆弾が発動しない内にその手を解こうとしたけど、彼女の腕力は僕より強い。全然出られない。
 指を一本一本剥がしていっても、一本一本戻ってしまう。寝ているとは思えない頑丈さだ。

「よう、幸せそうな寝床だな」

「まあね。でも少し気恥ずかしいかな」

 別に誰かに見られていないなら平気だけど、こうもニヤニヤと見降ろされていると恥ずかしい。
 多分、友達に姉と仲良くしている所を見られた感じが、こうなのだろう。

 でも、恥ずかしがる時間も弁明する時間も惜しいから、適当に流しておく。

「てか、なんでこんな塊になって寝てるんだよ。三人とも」

「三人?」

「おう。レイにリンにミミル。てめえらなんだ? 猫の兄弟か?」

「あー。リンは人に好かれやすいからね」

 夜を徹しての話し合いの時にはもう仲良しになっていたし、多分意気投合したのだろう。
 つまり、ミミルも不味い立場にある。

 早くこれを剥がして、ミミルも救出してやらないと。

 だんだん大きくなる寝言に急かされながら、脱出を試みる。でもやっぱり抜け出せない。
 料理のメニューがはっきり聞こえて来た。なのに全然成果がない。
 遂に身じろぎも始めた。もう時間がない。

 そして、努力も空しくタイムリミットが来た。

「ぶ た の ま る や き!」

 急に目覚めて起き上がるリン。
 抱き着かれていた僕と抱き着いていたミミルはそれに跳ね飛ばされて、床に思い切り頭を打った。

「ぐっはああ!」

 凄い勢いだった。肩から着地して、足が天井に向いて、その上座るような形に収まるくらいだった。
 胡坐を掻いたまま、傷む肩を撫でる。本当に危なかった。頭だったら死んでいたに違いない。

 リンの起床は予想ができていた。氷の洞窟での寝起きがこうだったのだから。

 あの時はロープで筋を少し痛めるだけだったけど、今回はとても痛い結果に終わってしまったようだ。
 肩が痛い。打撲をしたに違いない。

「いてて。あれ? なんでたんこぶ出来てるんですか。なんで? あれ?」

 ミミルも同じ状況らしい。頭を押さえながら、起き上がる。
 まだ眠いらしい。フラフラとしていて、そしてその状態のままリンへと手を伸ばす。

「リンさん。頭痛い」

「え? 大丈夫か? 一体なんで?」

 リンも混乱したまま、ミミルの頭を撫でる。
 リンのせいだ、とは言わないでおこう。二人のためにも。

「よし、今日も頑張っていくぞ! ご飯食べよう!」

「はいはい」

 先ずはご飯。これはリンの基本である。
 僕達は朝の日課である朝食集めに勤しむことにした。

 採集したキノコや木の実、狩った豚系の魔物を解体して得た肉を適当に作った串に通す。
 手早くログハウスの前にたき火を焚いて、作っておいた串を周りに突き立てる。

 これで食事の準備が完了した。
 そうして五分もすれば、香ばしい香りが漂い出して、リンのお腹の虫が急かし始める。

「あああああああああ」

 序にゾンビ化したリンも呻き始めた。

「別に焼きながら食べてもいいんじゃないかな」

「だな!」

 もう一秒だって我慢できなかったのだろう。リンは早速串を立てながら胃袋に焼けたそれを詰めていく。

 僕はその隣で彼女の邪魔をしないように串を取って、ご飯を食べる。
 同時に昨日聞けなかったゲイルの詳しい話を聞く。

「で、この紙の為だけに来たの?」

 同じくたき火を囲んだゲイルは苦笑を浮かべた。

「まあ他にも色々とあるが主にはそうだ。シュリとは古い馴染みでな。あいつが後ろでコソコソしてるのを見ると妙に不安になるんだよ。だから少し無理な手を使って、レイに会おうと思ったのさ」

「ミミルお代わり!」

「はい」

 リン、最初のお代わりである。横を見ると、どうやらミミルが焼いて、リンの方へと渡しているらしい。
 因みにお代わりの基準は、焚き火一つ分らしい。

 と、いけないいけない。

「ゲイルは心配性だね」

「まあな。この年になると心配ばかりしちまう」

「ミミルお代わり!」

「はい」

 二回目のお代わりだ。

「僕についてはもう少し放任主義でいいと思うよ」

「いや、駄目だな。シュリに釘刺されてるのさ。てめえは何時爆発するかも知れねえ奴だって、まあ俺はそんな事はないと」

「ミミルお代わり!」

「あああ! リンさんや! もう少し遠くで食ってくれるかね!?」

 ゲイルがついに堪え切れなくなった。
 確かに、雑多な串焼きを椀子そばみたいに食べていく存在の横で、真面目な話が出来るわけないか。

 僕も余り集中できなかったし。

 でも、リンは不服な様で、口を膨らませたまま膨れる。

「えーここじゃないと肉が焼けないじゃん」

「たき火新しく作ればいいだろ。俺達は少し大事な話をしてるんだ」

「何だよぉ。怒りっぽいと頭の毛だけじゃ済まないぜ。内臓も悪くなるぜ」

「これは剃ってるんだ!!」

 ゲイルが怒鳴り散らすと、リンは遂に折れた。
 少し口を尖らせながらも、串焼きとミミルを連れて少し離れる。

 でもミミルは着いていくみたいだから良いとして、僕の分の串焼きまでもっていくのはなぜだろう。
 ああ、そうか食べるんだよね。当たり前だね。

 根こそぎ持っていく彼女を、ゲイルが横目に見る。

「あの食欲は何なんだ? 腹の中に竜でも飼ってるのか?」

「竜?」

「竜は俺の地方じゃ貪欲の象徴なんだよ。でよく食う奴は腹に竜を飼ってるっていうのさ」

「ふーん」

 確かに彼女は竜の血を持ってはいるけど、それも関係したりするのだろうか。

「と、脱線したな。とにかく今のままじゃシュリの手からは逃げられないぜ」

「へえ。じゃあどうすればいいのさ」

「そうさなあ……」

 ゲイルが少し口を閉じてツルツルの頭を撫でて考え出す。
 十秒、三十秒、一分。

 そうして悩んだ末に、彼はもう一つ、手を追加して、頭を抱えた。

「全然思いつかねえ。どんな手を弄しても後ろに鉄仮面が居る」

「じゃあ無理じゃん」

「いや待て。絶対何かあるはずだ。……やっぱねえ」

「……」

 じゃあ、この紙きれも意味がないではないか。
 僕が思わず細い目で彼を見ると、リンの世話をしていたミミルが慌ててこちらに走ってきた。

「あの、団長! 本来はシャドウストーカーの討伐で来たはずなんだけど!?」

「あ、そっか。いや、誰かがレイに行き着けばいいかって適当に依頼を受けて適当に配分したから忘れてたぜ」

「あ、ああ。なんだ。だから二人だったんだ」

「おう、東西南北と本部組に分かれてもらってる」

 事態はとても大事になっていたらしい。そこまでして居るとは考えても居なかった。
 これは、意味もないのになんで来た、とはとても言えない。心に仕舞っておこう。

 それにしても、シャドウストーカーか。
 道理で村人があんな態度を取っていたわけだ。

「ええと、じゃあゲイルさんは僕のことは一先ず置いて、シャドウストーカーに専念すればいいんじゃないかな?」

「そうだな。しばらくすればいい案も思いつくだろ」

 あっけらかんと笑ってゲイルは串焼きを頬張った。
 何とも彼らしい判断であるけど、僕が進めたこともあるんだけど、安直すぎる。

「団長はいつも直感で動くから……」

 ミミルが呟くように言ったその台詞は、それに振り回された苦労が滲み出ていた。


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