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2-0 三様に追う影
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アルバンフラ団長用のテントに籠って帳簿と地図と睨み続け、どのくらいの時間が経っただろうか。
俺の体感時間では一時間はこうしている気がするが、時計は何処へ行ったか定かでなく、それをわざわざ探す気力もない。
眼が疲れて首が凝っている、散々な状態で、そんな事をする気も起きやしない。
何分か何時間かは分からないが、ギルドのリーダーというのは、とにかくこういう、至る所が凝る様な仕事が多い。
道を決めて予算を組み、個々の能力をどう上げるか考え、日程を作って。
その間ずっと座りっぱなしだから、いずれ腰の方にも弊害が出るだろう。
こういった数字やら予定やらと言った考え事は当然苦手な部類だ。本部に残した会計係を呼び出したくなる位面倒で仕方がない。
その上、これだけ考え出した予定をひっくり返さないといけない時があるのだから、尚の事嫌になる。
「ゲイル。次は一番近いダンジョンに行く」
例えば、亀裂の向こうからトマが宣言した時は確実に変えざるを得なくなる。
そしてその上、紙が肩口から机に落とされて、あいつの気配が消えた。
それは最悪の時にしか渡されない紙だった。つまり特大の頭痛のタネだ。
ギルドの仕事から一旦目を離して、テントの天井を仰ぐ。
年を取ったか、最近目が疲れやすくなった。黄色いテントがぼやけて見えている。
それでも直ぐにぼやけは治り、首の凝りも左右に傾けてやれば治った。まだまだ老いも、俺をむしばむには力不足らしい。
さて、気分を持ち直した所で紙に目を通す。内容は、不必要な部分を削った味気ない物語だった。面白味もなく、恐怖をあおるわけでない。
が、その最悪の結末には俺ですら嫌気に顔が歪む。
「二匹の化け物か……厳しいな」
やはり、一先ずすべての予定をひっくり返して、書き直す必要が出たのは確かだった。
何分か何時間か分からないが、努力が水泡に帰したのだ。
「やってくれるぜ。悪ガキどもめ」
俺は苦笑いをしながら、早速地図に新たな線を引いた。
訓練場の真ん中で、居る筈のないメイドと話をするというのは、中々愉快な経験だった。
この世界はまだまだ知らない事ばかりなのだな。休みの日に寝てばかりだったが今度は外に出てみようか。
と、くだらない事を考えるくらいには愉快だった。
「つまり、俺達に守護の任を放れというのか」
が、予定にない来客者が持ち込んだ要請は、愉快なものではなかった。笑うとしても失笑だっただろう。
まあ、どっちにしろ五十歩百歩だ。違いはない。
そもそも練兵所のグラウンドの中、訓練の監督中にする話ではないのだ。
俺としてはその神出鬼没な質を利用してさっさとお引き取り願いたかった。
が、それは俺の気持ちも察せずに話し続ける。
「任務をしている時は別の部隊が入ります。警備に穴が空くことはありません」
涼しい顔で言い、全く表情のない眼差しで辺りを見た。
ここあるのは武器と防具と訓練中の兵士だけだ。つまり、これが次に要求することは一つ。
「そうですね。ここに居る全員は参加です」
思わず罵倒したくなる戯言である。そして俺はこいつには心をおもんばかるとか、優しくするとか、そう言ったことは一切する気はない。
「馬鹿言うな。狂ったか? それとも耄碌したか?」
相変わらず年の事では殺気を漏らすらしい。悪手だったか。
話を戻すとしよう。
「この舞台は訓練中だが精鋭だ。いわばここの虎の子だ。たかが子供の確保に使わせることは出来ない。シュリ、いくら師であるお前の願いでも、無理なものは無理なのだ」
殺される前に帰りの案内を誰かにさせようとするが、その前にシュリが目を微かに細めて、小さく言った。
「彼は私の弟子なのです」
それは俺には決して想定しえない内容だった。そして絶対にありえない嘘でもある。
「ほお、遂に冗談を言えるようになったか? それともやはり気が狂ったか? もしくはお前は亡霊を捕まえたいのか?」
「既に技の幾つかを十全に学んでいます。他の部隊では良い様にあしらわれるだけでしょう。これが必要です」
その目に狂った様子はない。むしろ狂ってもらっていた方が良かったのだが、どうやら正気らしい。
つまりこの女は愚かにも子供に指導をして、その子供はふざけたことに幾つかを学び取ったのだ。
馬鹿な話だった。空から金が降ってきたと言われた方がまだ信じられた。
「はあ」
が、信じるしかあるまい。信じた上で行動しなければ、国が荒れかねない。
シュリの弟子が野放しになっているという状況は、それくらい不味い。それに彼女に教えを乞うという事はかなり無鉄砲な気もあるのは間違いない。
選択肢はなかった。俺はそれに頷く外なかった。
「好きに使え。我が師よ」
そう言うと、シュリはメイドらしい礼をした後、音もなく消えた。
それはつまり、追って連絡するから準備をしておけという意味だった。
「相も変わらず、言葉足らずだな」
さて、急ごしらえにはなるだろうが、メイドになます切りにされるのは御免だ。
急いで虎の子を仕上げるとしよう。
チラシを配り歩いて数ヵ月。私の努力も空しいことに、相も変わらず彼女の情報はない。
人海戦術を使う者達は順調に彼女を見つけて殴られているようだが、それも焼け石に水だった。
その上、最近はめっきり従者達が接触したという噂もなくなって、音信不通だという。
「早く見つけねば」
我々にはあれが必要なのだ。たとえどんなことをしてでも確保する必要があった。
特に状況が変わった今、もう一刻の猶予も残されてはいない。
だからこそ私はここに居て、全力で情報を集めているのだ。例え徒労に終わろうとも。
「そう言えば知ってるか? 氷の洞窟で妙なものが見つかったんだってよ」
「ああ。知ってるよ。絶景が出て来たらしいな」
「……はて?」
その氷の洞窟。そのダンジョンの名前には聞き覚えがあった。
「あれが最後に目撃された場所の付近にあった筈だったが」
見つけた奴は例によって殴り倒されたらしいが、もしかしたらその後にダンジョンに逃げ込んだのかも知れない。
これは仮定だ。そしてその仮定を土台に更に仮定をするならば、同じくダンジョンに逃げる可能性も無きにしも非ず。
「ただ闇雲に探すよりは、仮定だらけの推測に従うとしよう」
そう、私はむやみやたらに足は使わない。
竜族は気高く賢い存在なのだから。
俺の体感時間では一時間はこうしている気がするが、時計は何処へ行ったか定かでなく、それをわざわざ探す気力もない。
眼が疲れて首が凝っている、散々な状態で、そんな事をする気も起きやしない。
何分か何時間かは分からないが、ギルドのリーダーというのは、とにかくこういう、至る所が凝る様な仕事が多い。
道を決めて予算を組み、個々の能力をどう上げるか考え、日程を作って。
その間ずっと座りっぱなしだから、いずれ腰の方にも弊害が出るだろう。
こういった数字やら予定やらと言った考え事は当然苦手な部類だ。本部に残した会計係を呼び出したくなる位面倒で仕方がない。
その上、これだけ考え出した予定をひっくり返さないといけない時があるのだから、尚の事嫌になる。
「ゲイル。次は一番近いダンジョンに行く」
例えば、亀裂の向こうからトマが宣言した時は確実に変えざるを得なくなる。
そしてその上、紙が肩口から机に落とされて、あいつの気配が消えた。
それは最悪の時にしか渡されない紙だった。つまり特大の頭痛のタネだ。
ギルドの仕事から一旦目を離して、テントの天井を仰ぐ。
年を取ったか、最近目が疲れやすくなった。黄色いテントがぼやけて見えている。
それでも直ぐにぼやけは治り、首の凝りも左右に傾けてやれば治った。まだまだ老いも、俺をむしばむには力不足らしい。
さて、気分を持ち直した所で紙に目を通す。内容は、不必要な部分を削った味気ない物語だった。面白味もなく、恐怖をあおるわけでない。
が、その最悪の結末には俺ですら嫌気に顔が歪む。
「二匹の化け物か……厳しいな」
やはり、一先ずすべての予定をひっくり返して、書き直す必要が出たのは確かだった。
何分か何時間か分からないが、努力が水泡に帰したのだ。
「やってくれるぜ。悪ガキどもめ」
俺は苦笑いをしながら、早速地図に新たな線を引いた。
訓練場の真ん中で、居る筈のないメイドと話をするというのは、中々愉快な経験だった。
この世界はまだまだ知らない事ばかりなのだな。休みの日に寝てばかりだったが今度は外に出てみようか。
と、くだらない事を考えるくらいには愉快だった。
「つまり、俺達に守護の任を放れというのか」
が、予定にない来客者が持ち込んだ要請は、愉快なものではなかった。笑うとしても失笑だっただろう。
まあ、どっちにしろ五十歩百歩だ。違いはない。
そもそも練兵所のグラウンドの中、訓練の監督中にする話ではないのだ。
俺としてはその神出鬼没な質を利用してさっさとお引き取り願いたかった。
が、それは俺の気持ちも察せずに話し続ける。
「任務をしている時は別の部隊が入ります。警備に穴が空くことはありません」
涼しい顔で言い、全く表情のない眼差しで辺りを見た。
ここあるのは武器と防具と訓練中の兵士だけだ。つまり、これが次に要求することは一つ。
「そうですね。ここに居る全員は参加です」
思わず罵倒したくなる戯言である。そして俺はこいつには心をおもんばかるとか、優しくするとか、そう言ったことは一切する気はない。
「馬鹿言うな。狂ったか? それとも耄碌したか?」
相変わらず年の事では殺気を漏らすらしい。悪手だったか。
話を戻すとしよう。
「この舞台は訓練中だが精鋭だ。いわばここの虎の子だ。たかが子供の確保に使わせることは出来ない。シュリ、いくら師であるお前の願いでも、無理なものは無理なのだ」
殺される前に帰りの案内を誰かにさせようとするが、その前にシュリが目を微かに細めて、小さく言った。
「彼は私の弟子なのです」
それは俺には決して想定しえない内容だった。そして絶対にありえない嘘でもある。
「ほお、遂に冗談を言えるようになったか? それともやはり気が狂ったか? もしくはお前は亡霊を捕まえたいのか?」
「既に技の幾つかを十全に学んでいます。他の部隊では良い様にあしらわれるだけでしょう。これが必要です」
その目に狂った様子はない。むしろ狂ってもらっていた方が良かったのだが、どうやら正気らしい。
つまりこの女は愚かにも子供に指導をして、その子供はふざけたことに幾つかを学び取ったのだ。
馬鹿な話だった。空から金が降ってきたと言われた方がまだ信じられた。
「はあ」
が、信じるしかあるまい。信じた上で行動しなければ、国が荒れかねない。
シュリの弟子が野放しになっているという状況は、それくらい不味い。それに彼女に教えを乞うという事はかなり無鉄砲な気もあるのは間違いない。
選択肢はなかった。俺はそれに頷く外なかった。
「好きに使え。我が師よ」
そう言うと、シュリはメイドらしい礼をした後、音もなく消えた。
それはつまり、追って連絡するから準備をしておけという意味だった。
「相も変わらず、言葉足らずだな」
さて、急ごしらえにはなるだろうが、メイドになます切りにされるのは御免だ。
急いで虎の子を仕上げるとしよう。
チラシを配り歩いて数ヵ月。私の努力も空しいことに、相も変わらず彼女の情報はない。
人海戦術を使う者達は順調に彼女を見つけて殴られているようだが、それも焼け石に水だった。
その上、最近はめっきり従者達が接触したという噂もなくなって、音信不通だという。
「早く見つけねば」
我々にはあれが必要なのだ。たとえどんなことをしてでも確保する必要があった。
特に状況が変わった今、もう一刻の猶予も残されてはいない。
だからこそ私はここに居て、全力で情報を集めているのだ。例え徒労に終わろうとも。
「そう言えば知ってるか? 氷の洞窟で妙なものが見つかったんだってよ」
「ああ。知ってるよ。絶景が出て来たらしいな」
「……はて?」
その氷の洞窟。そのダンジョンの名前には聞き覚えがあった。
「あれが最後に目撃された場所の付近にあった筈だったが」
見つけた奴は例によって殴り倒されたらしいが、もしかしたらその後にダンジョンに逃げ込んだのかも知れない。
これは仮定だ。そしてその仮定を土台に更に仮定をするならば、同じくダンジョンに逃げる可能性も無きにしも非ず。
「ただ闇雲に探すよりは、仮定だらけの推測に従うとしよう」
そう、私はむやみやたらに足は使わない。
竜族は気高く賢い存在なのだから。
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