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2-4 影狩り
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帰ってみるとまだまだシャドウストーカーの捜索は続いていた。結局ゲイル達はアレを討伐することは出来なかったみたいだ。
つまり、彼は専門職ではなかったということか。残念だ。
村も相変わらずシャドウストーカーの脅威に晒されていて、ピリピリとした空気が漂っている。
厳戒令が敷かれているようで、皆固まって行動していて、声を抑えるように話している。
その中で僕達が何故ここに戻ったかと言えば、これが理由だった。
「やあ、一日ぶり。リンが少し君に話があるんだって」
「シャアア」
迷子の子供を、もう一回迷子にするためだった。
木衛門を仲介役にして言葉巧みに子供を連れ出す。村人見られると不味いから、こっそりと移動する。
これだけ聞いたら、完全な変質者だけど、これも必要な事なので我慢しよう。
こうして、変質者よろしく子供を連れ込んだ場所は森の中だ。人里離れていて、人気が無くて、多少暴れても人が来ないだろう。
そんな所に連れて来れれた子供の様子を見ていると、少し不安げに木衛門を抱きかかえている。
折角村に戻って来れたのに、また身内が居ない所に連れられたのだ。心細いのもうなずける。
……決して、僕が怖いからではないはずだ。きっと。多分。
でも、たとえ僕が怖いからだろうと何が怖いからだろうと、この子を見逃すわけには行かない。
あれだけ村から離れた所に、傷一つ付けないで来た。そして村にはシャドウストーカーの噂が流れていた。
間違いなく、黒だった。
「リン。お待たせ」
「おう、久しぶり」
「っ」
子供が抱き着こうとしたから、それを止めて遠くに配置する。
「じゃあ君は、そこに立っていて」
戸惑っている子供に指示を出して、ポケットから自分の手駒を出して、準備する。リンも剣を構えて、どんな状況でも対応できるようにしている。
子供には説明しなかった。それどころかリンにすら説明したのは最低限なものだった。
子供に魔物が取り憑いている。放っておけば子供が死ぬ。少し厄介だけど攻撃していれば殺せる。この三つだけ。
だからきっと彼女はこれで準備万端だと思っているだろう。
でも、実際はもっと準備をしておきたかった。
一か月くらい会議して、シュリを配備して、専門の人間を配置したいくらいだった。
今はこれが最善なんだと思うと、嫌な汗が流れる。
とは言え一ヵ月も準備をする時間はない。最善の中できっちりとここで仕留めないと。
「じゃあ行くよ」
タイミングだけで考えるなら、ここが一番難しい。
しっかりと合わせないと、『パンデミック』だって起こりうる。
一回、二回と呼吸を整えて……覚悟を決めた。
しっかりと魔石を握って、一つを発動する。
小さな流線型の光が発射されて、子供の方に飛んでいく。
眼をぎゅっと閉じるけど、これの狙いはそこではない。その子の足元の影だ。
これは誘導弾の魔石。狙った所にしか当たらない。だから綺麗な弧を描いて子供を避けて、その影に弾がぶつかる。
そして、ここからだ。
途端に影がぐにゃりと歪むのが見えた。一気に立体化するのも確認した。同時に子供が倒れて、影が弾かれる様に飛び出すのも確認して……
「今だ!」
「おう!」
「シャアア!」
合図と共ににリンがそれに斬りかかり、木陰に隠れていた木衛門が発光の魔石を咥えたまま子供を確保した。
木衛門のくわえる魔石で、辺りの影が掻き消える。
リンの方も、首尾よく行ったらしい。影の横腹を叩きつけて、子供から離すことに成功していた。
でも、その後が行けない。
「まじで取り憑いていた」
リンがそんな事を言って距離を取るのを忘れている。
このままだと不味いことになってしまう。誘導弾で牽制して、叫ぶ。
「さっさと離れる!」
「お、おう」
幸いにも影は誘導弾を避けて、リンに飛び掛かることは無かった。
良かった。本当に。
いよいよ本格的な戦いが始まるという時に出鼻をくじかれたくはない。
真っ黒な塊となった影を睨みつけると、それは離れた所で止まった。と思うと口らしきところが現れて、にたりと笑った。
手も生えて、足で地面を踏んで、そして腹の出た真っ黒な人型に変貌した。
文献通りの姿で、文献以上の気味悪さだ。
臼歯ばかりが生えたような口も、無駄につやのある肌も、でっぷりと太った体も、気色悪い。
子供の上で輝く魔石を嫌うように逃げるその姿に、リンが思いついた様に聞いてくる。
「なあ、これってもしかして」
「違うよ。あれは……通称変態だ」
「へ、変態?」
「うん。あれは子供にばっかり取り憑く気色悪い魔物だからね。しかも触られたら気絶するし。見てよあの笑い顔。間違いなく変質者だよ。悪戯する気満々だよ」
「言われてみれば……ってじゃあレイも不味いんじゃないか」
「うん。だからここはリンと木衛門任せて、僕は補佐に回るよ」
言って、木の陰に隠れる。
と、同時に影がリンに襲い掛かり、戦いが始まる。
最初は虚を突かれた形だったけど、リンは剣を振り下ろして牽制すると。直ぐに持ち直した。
地面を蹴って剣を振り下ろし、かわされるや否や引き下がって、木の幹を使ってまた斬りかかる。
「随分と慣れてる。良かった」
ダンジョンに入る前からずっと持たせていた魔石の力を、リンは十全に使いこなしてくれている。
高火力高機動で圧倒する作戦は、自分の力に振り回されないことが何よりも大事だったけど、何とかなりそうだ。
隙を作ったら何をされるか分からない敵なら尚更それが重要になってくる。
どんどん圧倒していって、押し切って倒す。これが一番だ。
「……リンが気付かない内に」
正直言って、現状はリンの素直さに救われている部分が大きかった。これがゲイルだったならきっと大変な目に遭って居ただろう。
だってこれは、そう言う手合いの魔物なのだ。
情報があればあるほど厄介になって、その上それを理解して情報を吐き出し続ける。
シャドウストーカーと言う化け物は、人類の敵と言って良い存在だった。
僕がアレを見たのは、最重要とか部外秘とか書かれた文献の中だった。
シュリの持ち寄ったそれは、貴族にしか共有されていない、人類の重要な情報と言う話で、少し緊張しながら話を聞いた記憶がある。
説明を聞いた当時の感想は、人類って常に危機に瀕していたんだな、と言うものだった。
何せあれは、捕獲できない。巣を見つけることも出来ない。何処に現れるかも分からない。
その上、人間を苗床にして増える。
そう、これが一番怖いのだ。シャドウストーカーは人を使って増える。
詳しく言えば、人と情報を使って、鼠算式に増えていくのだ。
簡単に言えば、あれは噂と一緒にふらりと現れ取り憑き、特殊な魔力を垂れ流して、シャドウストーカーの情報を得た人間をシャドウストーカーに変えてしまう。
そんな奴の対処法は少なく、その一つがこれだった。
「あれはどんな人間にも取り憑いて、三十分ほど乗っ取ることも出来る。けど大人は取り憑かれにくく、情報を持って居ない存在を変化させられない。だから、何も知らない大人を用意して戦わせるのが有効」
間違ってはいない。出来る範囲で最善の配置をしている。ただ、問題なのは何も知らない大人がリンだけだという事だ。
「……最悪、この辺りを焼き払うことになるね」
と言うかそれが貴族が取る本来の対処法だ。
貴族が完璧な情報統制をしているのに、何処からともなく噂が流れ始めるのは間違いなくシャドウストーカーが出現したことを現している。
なら、噂が発生した区域を全て焼き払って、民草ごと隠ぺいしてしまえばいい。
それが一番確実な方法で、国中をシャドウストーカーまみれにしない唯一の方法だと言われている。
「でも、これに勝てば被害はゼロに抑えられるっ」
大剣を振り回し、追いつめようとするリンを見守る。
彼女は、人類の敵に対して優勢に戦っていた。
大剣の間合いを使って近付けさせず、その上で切り込んでいって、敵を振り回している。
でも、それで全く決定打がないのは、大剣と森の相性が悪いからだろう。
どれだけ注意深く振っても枝を切り、幹を削ってしまう。これでは実力を発揮できない。
ならこの誘導弾で、と思うけどリンに当たりそうで撃てない。
成人男性並みと聞いていたのに、奴の動きが機敏過ぎる。何でだ。
「……そっかこの世界の成人男性基準なのかっ」
ここの人たちはなんだかんだ言って身体能力が高い。それを基準にしているなら、納得だ。
納得したからと言ってピンチには変わりないけど。
……そうだ。
「リン!」
「何だ!?」
「もう少し広くなれば倒せる!? 三分くらいで!」
「三分ってなんだよ! 出来るけど!」
「分かった!」
ならこの方法で、何とかする。
「木衛門! 子供を守って! リンは逃げて!」
「何でだよ!」
「ここの木を全部折る!」
魔法弾の杖を構えて、魔法弾を一帯にぶちまけた。
木を爆発して、どんどん倒していく。文字通り森林破壊だ。木が倒れて、木っ端が飛び散って、凄まじい様相だ。
自分でやっておいてなんだけど、怖い。
全く心の準備が出来ていなかった二人はもっと怖かったのだろう。
「キシャアア!」
「うわあああああっ!」
叫んで二人が一斉に逃げ出した。
木衛門はいち早く茂みに子供を引き込み、リンも交戦を止めて倒れる木を回避する。
敵はというと彼方も戸惑っているらしい。
木の隙間をぬるりと避けてつつも僕達に構う余裕はないみたいだ。
そうして多大な破壊活動の末に作ったのは、幾つもの木が倒れる、広場だ。
これでリンがしっかり攻撃できる。
ただ、難点は下に転がる大量の丸太だろう。運動するには不適切なのは明白だった。
「足場の悪さは我慢して!」
「足場か。そうだな」
逃げまどっていたリンが、広場が出来て立ち止まる。
そして広くなった空間を一周見回して、笑う。
そして木を踏み砕いて、大剣で倒木を弾き飛ばした。
広場を覆っていた木の半分が森に不法投棄されて、地面が見えるようになる。
「これで何処も悪くないぜ!」
リンが絶好調になった。多分、思うように振り回せないのが予想以上にストレスになっていたのだろう。
豪快に足場を確保したリンが、うっぷんを晴らすように大剣を振り回す。
思う存分に振れたその勢いは、轟音と一緒に敵に迫った。
その勢いは、シャドウストーカーが避けたけど風圧で飛ばされるくらいだった。
後ろに転がるように体勢を崩した敵を見て、リンが一歩踏み出して体をひねる。
「畳み掛けるっ!」
そこを更に大剣で追い打ちをかけて、遂にその刃が奴を捕えた。
シャドウストーカーが真っ二つに斬られ、粘土が侍従に負けるみたいに潰れていく。
「よし!」
その瞬間、リンの木が緩んだ。
「っ!?まだだよ!」
あれではあいつらには死なない。あいつらには急所はないのだから頭を切っても縦に割っても死にやしない。
ぐにゃりと動き出し、大剣を伝ってリンに迫った。
「むがっ」
一気に彼女を覆って、そして吸収される様に消えていく。
「……」
そこに立っていたのは、目からドロドロと黒い涙を流す、リンの姿をしたシャドウストーカーだった。
「随分と良い体を手に入れたみたいだね」
これは、死ぬかも知れない。
最悪な組み合わせだ。人質と同時に最終兵器を取られたのと同じだ。
……でも、僕には選択肢がなかった。ここで倒せなかったら、最悪の事態に展開していく。全人類とリンを天秤に掛けるなら……。
「っ」
これからやることのせいか、視界が歪んでくるけど、覚悟を決めて杖を構える。
するとその歪む視界の奥、シャドウストーカーの後ろの茂みから、捻じれた槍が飛び出した。
「よう! パーティには間に合ったか!?」
ゲイルが一気にシャドウストーカーに襲い掛かったのだ。
つまり、彼は専門職ではなかったということか。残念だ。
村も相変わらずシャドウストーカーの脅威に晒されていて、ピリピリとした空気が漂っている。
厳戒令が敷かれているようで、皆固まって行動していて、声を抑えるように話している。
その中で僕達が何故ここに戻ったかと言えば、これが理由だった。
「やあ、一日ぶり。リンが少し君に話があるんだって」
「シャアア」
迷子の子供を、もう一回迷子にするためだった。
木衛門を仲介役にして言葉巧みに子供を連れ出す。村人見られると不味いから、こっそりと移動する。
これだけ聞いたら、完全な変質者だけど、これも必要な事なので我慢しよう。
こうして、変質者よろしく子供を連れ込んだ場所は森の中だ。人里離れていて、人気が無くて、多少暴れても人が来ないだろう。
そんな所に連れて来れれた子供の様子を見ていると、少し不安げに木衛門を抱きかかえている。
折角村に戻って来れたのに、また身内が居ない所に連れられたのだ。心細いのもうなずける。
……決して、僕が怖いからではないはずだ。きっと。多分。
でも、たとえ僕が怖いからだろうと何が怖いからだろうと、この子を見逃すわけには行かない。
あれだけ村から離れた所に、傷一つ付けないで来た。そして村にはシャドウストーカーの噂が流れていた。
間違いなく、黒だった。
「リン。お待たせ」
「おう、久しぶり」
「っ」
子供が抱き着こうとしたから、それを止めて遠くに配置する。
「じゃあ君は、そこに立っていて」
戸惑っている子供に指示を出して、ポケットから自分の手駒を出して、準備する。リンも剣を構えて、どんな状況でも対応できるようにしている。
子供には説明しなかった。それどころかリンにすら説明したのは最低限なものだった。
子供に魔物が取り憑いている。放っておけば子供が死ぬ。少し厄介だけど攻撃していれば殺せる。この三つだけ。
だからきっと彼女はこれで準備万端だと思っているだろう。
でも、実際はもっと準備をしておきたかった。
一か月くらい会議して、シュリを配備して、専門の人間を配置したいくらいだった。
今はこれが最善なんだと思うと、嫌な汗が流れる。
とは言え一ヵ月も準備をする時間はない。最善の中できっちりとここで仕留めないと。
「じゃあ行くよ」
タイミングだけで考えるなら、ここが一番難しい。
しっかりと合わせないと、『パンデミック』だって起こりうる。
一回、二回と呼吸を整えて……覚悟を決めた。
しっかりと魔石を握って、一つを発動する。
小さな流線型の光が発射されて、子供の方に飛んでいく。
眼をぎゅっと閉じるけど、これの狙いはそこではない。その子の足元の影だ。
これは誘導弾の魔石。狙った所にしか当たらない。だから綺麗な弧を描いて子供を避けて、その影に弾がぶつかる。
そして、ここからだ。
途端に影がぐにゃりと歪むのが見えた。一気に立体化するのも確認した。同時に子供が倒れて、影が弾かれる様に飛び出すのも確認して……
「今だ!」
「おう!」
「シャアア!」
合図と共ににリンがそれに斬りかかり、木陰に隠れていた木衛門が発光の魔石を咥えたまま子供を確保した。
木衛門のくわえる魔石で、辺りの影が掻き消える。
リンの方も、首尾よく行ったらしい。影の横腹を叩きつけて、子供から離すことに成功していた。
でも、その後が行けない。
「まじで取り憑いていた」
リンがそんな事を言って距離を取るのを忘れている。
このままだと不味いことになってしまう。誘導弾で牽制して、叫ぶ。
「さっさと離れる!」
「お、おう」
幸いにも影は誘導弾を避けて、リンに飛び掛かることは無かった。
良かった。本当に。
いよいよ本格的な戦いが始まるという時に出鼻をくじかれたくはない。
真っ黒な塊となった影を睨みつけると、それは離れた所で止まった。と思うと口らしきところが現れて、にたりと笑った。
手も生えて、足で地面を踏んで、そして腹の出た真っ黒な人型に変貌した。
文献通りの姿で、文献以上の気味悪さだ。
臼歯ばかりが生えたような口も、無駄につやのある肌も、でっぷりと太った体も、気色悪い。
子供の上で輝く魔石を嫌うように逃げるその姿に、リンが思いついた様に聞いてくる。
「なあ、これってもしかして」
「違うよ。あれは……通称変態だ」
「へ、変態?」
「うん。あれは子供にばっかり取り憑く気色悪い魔物だからね。しかも触られたら気絶するし。見てよあの笑い顔。間違いなく変質者だよ。悪戯する気満々だよ」
「言われてみれば……ってじゃあレイも不味いんじゃないか」
「うん。だからここはリンと木衛門任せて、僕は補佐に回るよ」
言って、木の陰に隠れる。
と、同時に影がリンに襲い掛かり、戦いが始まる。
最初は虚を突かれた形だったけど、リンは剣を振り下ろして牽制すると。直ぐに持ち直した。
地面を蹴って剣を振り下ろし、かわされるや否や引き下がって、木の幹を使ってまた斬りかかる。
「随分と慣れてる。良かった」
ダンジョンに入る前からずっと持たせていた魔石の力を、リンは十全に使いこなしてくれている。
高火力高機動で圧倒する作戦は、自分の力に振り回されないことが何よりも大事だったけど、何とかなりそうだ。
隙を作ったら何をされるか分からない敵なら尚更それが重要になってくる。
どんどん圧倒していって、押し切って倒す。これが一番だ。
「……リンが気付かない内に」
正直言って、現状はリンの素直さに救われている部分が大きかった。これがゲイルだったならきっと大変な目に遭って居ただろう。
だってこれは、そう言う手合いの魔物なのだ。
情報があればあるほど厄介になって、その上それを理解して情報を吐き出し続ける。
シャドウストーカーと言う化け物は、人類の敵と言って良い存在だった。
僕がアレを見たのは、最重要とか部外秘とか書かれた文献の中だった。
シュリの持ち寄ったそれは、貴族にしか共有されていない、人類の重要な情報と言う話で、少し緊張しながら話を聞いた記憶がある。
説明を聞いた当時の感想は、人類って常に危機に瀕していたんだな、と言うものだった。
何せあれは、捕獲できない。巣を見つけることも出来ない。何処に現れるかも分からない。
その上、人間を苗床にして増える。
そう、これが一番怖いのだ。シャドウストーカーは人を使って増える。
詳しく言えば、人と情報を使って、鼠算式に増えていくのだ。
簡単に言えば、あれは噂と一緒にふらりと現れ取り憑き、特殊な魔力を垂れ流して、シャドウストーカーの情報を得た人間をシャドウストーカーに変えてしまう。
そんな奴の対処法は少なく、その一つがこれだった。
「あれはどんな人間にも取り憑いて、三十分ほど乗っ取ることも出来る。けど大人は取り憑かれにくく、情報を持って居ない存在を変化させられない。だから、何も知らない大人を用意して戦わせるのが有効」
間違ってはいない。出来る範囲で最善の配置をしている。ただ、問題なのは何も知らない大人がリンだけだという事だ。
「……最悪、この辺りを焼き払うことになるね」
と言うかそれが貴族が取る本来の対処法だ。
貴族が完璧な情報統制をしているのに、何処からともなく噂が流れ始めるのは間違いなくシャドウストーカーが出現したことを現している。
なら、噂が発生した区域を全て焼き払って、民草ごと隠ぺいしてしまえばいい。
それが一番確実な方法で、国中をシャドウストーカーまみれにしない唯一の方法だと言われている。
「でも、これに勝てば被害はゼロに抑えられるっ」
大剣を振り回し、追いつめようとするリンを見守る。
彼女は、人類の敵に対して優勢に戦っていた。
大剣の間合いを使って近付けさせず、その上で切り込んでいって、敵を振り回している。
でも、それで全く決定打がないのは、大剣と森の相性が悪いからだろう。
どれだけ注意深く振っても枝を切り、幹を削ってしまう。これでは実力を発揮できない。
ならこの誘導弾で、と思うけどリンに当たりそうで撃てない。
成人男性並みと聞いていたのに、奴の動きが機敏過ぎる。何でだ。
「……そっかこの世界の成人男性基準なのかっ」
ここの人たちはなんだかんだ言って身体能力が高い。それを基準にしているなら、納得だ。
納得したからと言ってピンチには変わりないけど。
……そうだ。
「リン!」
「何だ!?」
「もう少し広くなれば倒せる!? 三分くらいで!」
「三分ってなんだよ! 出来るけど!」
「分かった!」
ならこの方法で、何とかする。
「木衛門! 子供を守って! リンは逃げて!」
「何でだよ!」
「ここの木を全部折る!」
魔法弾の杖を構えて、魔法弾を一帯にぶちまけた。
木を爆発して、どんどん倒していく。文字通り森林破壊だ。木が倒れて、木っ端が飛び散って、凄まじい様相だ。
自分でやっておいてなんだけど、怖い。
全く心の準備が出来ていなかった二人はもっと怖かったのだろう。
「キシャアア!」
「うわあああああっ!」
叫んで二人が一斉に逃げ出した。
木衛門はいち早く茂みに子供を引き込み、リンも交戦を止めて倒れる木を回避する。
敵はというと彼方も戸惑っているらしい。
木の隙間をぬるりと避けてつつも僕達に構う余裕はないみたいだ。
そうして多大な破壊活動の末に作ったのは、幾つもの木が倒れる、広場だ。
これでリンがしっかり攻撃できる。
ただ、難点は下に転がる大量の丸太だろう。運動するには不適切なのは明白だった。
「足場の悪さは我慢して!」
「足場か。そうだな」
逃げまどっていたリンが、広場が出来て立ち止まる。
そして広くなった空間を一周見回して、笑う。
そして木を踏み砕いて、大剣で倒木を弾き飛ばした。
広場を覆っていた木の半分が森に不法投棄されて、地面が見えるようになる。
「これで何処も悪くないぜ!」
リンが絶好調になった。多分、思うように振り回せないのが予想以上にストレスになっていたのだろう。
豪快に足場を確保したリンが、うっぷんを晴らすように大剣を振り回す。
思う存分に振れたその勢いは、轟音と一緒に敵に迫った。
その勢いは、シャドウストーカーが避けたけど風圧で飛ばされるくらいだった。
後ろに転がるように体勢を崩した敵を見て、リンが一歩踏み出して体をひねる。
「畳み掛けるっ!」
そこを更に大剣で追い打ちをかけて、遂にその刃が奴を捕えた。
シャドウストーカーが真っ二つに斬られ、粘土が侍従に負けるみたいに潰れていく。
「よし!」
その瞬間、リンの木が緩んだ。
「っ!?まだだよ!」
あれではあいつらには死なない。あいつらには急所はないのだから頭を切っても縦に割っても死にやしない。
ぐにゃりと動き出し、大剣を伝ってリンに迫った。
「むがっ」
一気に彼女を覆って、そして吸収される様に消えていく。
「……」
そこに立っていたのは、目からドロドロと黒い涙を流す、リンの姿をしたシャドウストーカーだった。
「随分と良い体を手に入れたみたいだね」
これは、死ぬかも知れない。
最悪な組み合わせだ。人質と同時に最終兵器を取られたのと同じだ。
……でも、僕には選択肢がなかった。ここで倒せなかったら、最悪の事態に展開していく。全人類とリンを天秤に掛けるなら……。
「っ」
これからやることのせいか、視界が歪んでくるけど、覚悟を決めて杖を構える。
するとその歪む視界の奥、シャドウストーカーの後ろの茂みから、捻じれた槍が飛び出した。
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