恵まれすぎてハードモード

想磨

文字の大きさ
29 / 45

2-7 底で蠢いていたもの

しおりを挟む
 僕を抱えた人は、見なくても分かる。リンだ。

 彼女が僕を抱えて、土と木で出来た壁を蹴破り破壊し、飛び出したのだ。
 その後ろで必要なものを飲み込んだ木衛門が飛びついて、僕の足に張り付くのを感じる。

 それと同時にバサリという音が聞こえて視界が急に浮かび上がって、森の上を飛び出した。

「り、リンなんか飛んでるみたいだけどってリン!?」

 後ろを向いた僕の眼には、なんと皮膜が付いた翼が見えたのだ。

 つまりドラゴンの翼だ。
 つまり、リンは翼を出して飛べるのだ。

「か、かっこいい!! どうやって」

「悪い! 今は後だ!」

 僕の言葉を遮って、今度は急降下して、森の下に戻り、地面すれすれの所で飛行する。
 地面に衝突しそうになるたびに足を使って飛び上がり、さながらアクション映画のワンシーンだ。

「追手が来たのは分かるけど、そんな血相変えて逃げるの?」

「手配書配る奴は超ヤバい奴なんだ! 超面倒なんだよ!」

「どのくらい面倒なの?」

「底なし沼並みにしつこい!」

 それはしつこい時に使う表現ではない。抜け出せない時に使う言葉だ。

「底なし沼って大丈夫なの?」

「ああ! 沼は殴って液体全部飛ばしちまえばいい!」

 本当の沼の事を聞きたかったわけでないのだけれど、そんな認識なら一応逃げ切るための計画はありそうだ。
 これだけ機動力があるのだ。多分慣れた手つきで華麗に回避するのだろう。

「どうするの?」

「多分追って来るし追いつく! だから追いついた所で頭の骨を折る!」

「随分過激だった!」

「過激じゃないぜ! 寧ろ、あいつの方が!?」

 急に旋回して、僕の体が外側に引っ張られて、足の近くにに何か熱いものが通り過ぎる。
 なんだ、と思うとその答えがすぐ目の前に落ちた。

「火の玉だ!」

 真っ赤な火の弾が頭上からいくつも落ちて来てる。
 僕をすっぽりと包むくらいの大きな火の玉だ。きっとリンが曲がって回避しなければ僕らは丸焼きになっていただろう。

 というか現在進行形で執拗に降り続いていて、回避し続けないと丸焼きになってしまう。

 というか、というか……

「森林火災になるから!」

 僕達が行くところに火が降り続けるものだから、後ろを見ると木が燃えて炎のトンネルが出来ていた。
 多分上から見たらそれが道の様に見えるに違いない。

 このダンジョンはもうじき焦土になってしまうだろう。折角綺麗な場所だったのになんてことだ。

 僕が上を睨みつけると、その諸悪の根源が炎を共にしながら落ちてくる。

 それは燕尾服とマントを着こんだ金髪の男だった。
 炎にマントをひらめかせ、シルクハットを被りなおし、此方を見てにやりと笑う。

 そして、マントを翻し、辺りの炎を散らしてポーズを決めた。

「あーはははははは! 迎えに来たよ! ボクのフィ~アンッセ!」

 それはむかつくほど気障だった。
 そしてそれは彼女も同じらしく、僕を置くと力を込めて走り出し……

「ふんっっ!」

 思い切り顔面を殴りつけた。

「ぷぶべらっ!」

 中身の詰まった鐘を叩くような異様に鈍い音を立てて、気障な男が後ろへ急加速した。
 木にぶつかり、その木をへし折って更に奥の木に当たり、それすら折って更に更に奥の木に当たって、ようやく止まった。

 普通の人だったら間違いなくひき肉になっていた一撃だ。
 でもあの音を聞く限り、まず間違いなく顔は普通じゃない。

「あっははははは! 今日は凄い一撃だなあ!」

 平然と立ち上がって埃を払い、手を広げて見せた。

「だが! 君への愛はこんな程度じゃ砕けない!」

「頬ははれ上がってるけどな」

「あ、ホントだ。痛い」

 リンに指摘された彼が頬を押さえてうずくまる。多分本当は眉目秀麗なのだろうけど涙目で悶えている。
 そんな彼をリンは見下し、歩み寄る。

「ディートリンデ。僕の美しき気まぐれな蝶よ。なんか強くなりすぎてないかい? 意識を失うまで十発は耐えられたと思ったのだけど?」

「悪い。ムカつき過ぎて加減できなかった!」

 更に踵を落としを脳天に打ち込んだ。また鈍い音がなって今度は根が張り巡らされた地面へめり込む。
 こういう森の土は根が絡み合い固く締まっているはずなのだけど、頭が丸々埋もれている。 

 手品の種を言うならリンの背中に各種魔石を仕舞っている木衛門が張り付いているからなのだけど、何であんな所に居るのだろう。

「キシャアア」

 何だかご立腹らしい。あの気障な男が気に入らないのだろうか。

「まあ、昔のよしみで挨拶位はしてやるよ。久しぶり、アレクシス」

「久しぶりだね。ディートリンデ!」

 挨拶した途端にリンがタックルをされて引き倒され、そのまま抱きしめられる。

「君が僕に笑いかけることをどれだけ望んでいたk」

「笑ってねえ!!」

 と同時に思い切り両足で蹴り飛ばし、アレクシスが綺麗な弧を描いて落ちる。
 リンがすぐに起き上がると、アレクシスが突進し、二人は両手を組んで力比べに移る。

「いい加減諦めろ。私は誰の物にもならねえ」

「君こそ早く諦めてくれ。僕の所に嫁いだ方が幸せだぞ。大家族を作ろう。安心してくれ。子育ての資金も学費も用意してある」

「無駄に計画的だな。反吐が出るぜ!」

「ああ。幸せとは完璧な組み上げられた計画の下に成り立つんだよ。マイスウィート」

 押し合いで押されながらも、平然と話し続けるアレクシス。
 今までの発言から判断すると彼はリンの婚約者という立ち位置か、そうなりたい人間なのだろう。

 いや、そもそも人間なのかも怪しい。魔石で強化されたリンの攻撃を受けてああしていられるなんて、普通の人間では考えられない耐久性だ。

 …………え? 待ってという事はこの凄い戦いの原因って恋愛話がこじれたからなのか。

「何か、訳分からないや。いい加減自己紹介してくれないかな」

 思わず呟くと、アレクシスが僕の方を見てにこりと笑いかけた。

「それもそうだね。僕の名前はアレクシス! 竜の里の華族にしてディートリンデの第一婿さ!」

 そういってアレクシスは僕にウィンクをして見せた。
 だけど、その油断で一気にリンに押し込められて木に押し付けられた。かなり背中が痛そうだ。

「ディートリンデ、僕は押し倒されるのもいいけど、実はこう見えて押し倒す派なんだ」

「そんなの分かり切っているぜ。あんたは辞めろって言っても押し倒す不貞野郎だ!」

 リンがそう言って足を踏みつけて、更に膝をお腹に執拗に叩きこもうとする。
 けどそれはするりとかわされて、風が巻き起こった。

 リンの視線が上へと向いて、僕もそれに倣う。

 アレクシスは翼を出し、空を飛んでいた。 
 竜の里の出とは言っていたけど、まさかアレクシスも翼を出せるなんて思わなかった。

「里を出て益々やんちゃになったようだね。でも果たして僕から逃げられるとでも思ったのかな? 竜である僕に!」

 彼が手を掲げると火が溢れて、辺りの空気へと流れ出す。
 そして、彼がそれを振り下ろすと火の玉がいくつも降り注いだ。

 どうやらこれが僕達を追い立てた火の正体らしい。

 その炎の群れから逃げる為に、またリンに抱えられて僕は森を逃げ回る。

「というかあの人が竜なの?」

「ああ。まあな」

 僕の中の竜が崩れ去ろうとしていた。

 確かに彼は格好いい。言動も見た目も、翼もその能力も、文句なしに格好いい。
 でもそれを全て兼ね備えたなら、くどすぎて文句しか出てこなくなるのだ。

 竜というのはもっと冷静沈着で思慮深く、老成した存在だと思っていた。もしくは強大で畏怖を感じるような存在というのもある。

 だけど、彼はそれとはまったく違う。

「竜なのに、三枚目の匂いしかしない!」

「失礼だな君!」

 失礼なのだけど事実だ。
 今までのアレクシスの行動を簡潔に言ってしまえば、結婚を迫って殴り飛ばされた。これだけなのだから。

 それをどうして格好いいと言えるだろうか。お世辞にだって言えない。
 それをどうしたら格好悪いと言わずに済むだろうか。どんなオブラートだって不可能だ。

 あれは格好悪い。そうとしか言えない。

「少し君にはお仕置きが必要みたいだね」

 追いかけるアレクシスの動きが変化する。

 炎の玉がなくなり、代わりにアレクシスがリンの横を並走した。
 その手には剣の形をした炎があり、それを僕目掛けて振ろうとする。

 リンがそれをかわすと、地面がどろりと溶けて根が焼け焦げる。

「一瞬で溶けた!?」

「あれは熱を凝縮しているんだ! 触るなよ!」

「無駄にスペックが高いね!」

 当たったらバーベキューなんて目じゃないくらい痛い目に遭うだろう。

 リンはそんな攻撃をかわし、その度に森がみるみる焼けていく。

「これでどうかい!?」

 そして死角である真上からの突き攻撃すら急停止してかわして見せた。

 炎の剣が根元まで大地に突き刺さり、大地から火が噴き出る。

「甘いんだよ!?」

 と、言うと同時に地響きが起きた。

 赤い木々がざわめいて、下草すらまるで意思を持ったようにうねり出す。
 遂に地面が割れた。そして何メートル化の下にある赤い体が出て来る。

「何だ!?」

「さあ? でも、私のせいではあるかも知れないな」

「間違いなくお前のせいだろ。タイミング的に」

「ディートリンデ。それを認めたら僕のフィアンセになってくれるかい?」

「徹底的に否定し続けるんだな。どうせ起きたことは戻らねえ」

 リンとアレクシスが空高く飛んで見下ろす。
 僕もリンに抱えられたままそこを見ると、この自称の全貌が明らかになった。

 地響きの元は、身動ぎだった。下草のうねりは、根が動かされていたからだった。
 地面が割れたのは、中から巨大なイノシシが出て来たからだった。

 この赤い森は、全てが猪の背中に乗っていたのだ。



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...